殺し屋、JKになる。〜伝説の暗殺者、普通の青春が難しすぎて詰む〜

Y.

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第1話:その転校生、殺気につき

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 1. 潜入開始

「……ターゲット、視認」

 蓮見零(はすみ れい)は、校門の前で足を止めた。

 彼女の瞳が捉えているのは、満開の桜でも、期待に胸を膨らませた新入生たちの笑顔でもない。校舎の屋上に配置可能なスナイパーポイントの数、および、不審者が侵入した際の最短脱出ルートだ。

 彼女の背負っているのは、防弾加工を施した特注のランドセル……ではなく、指定のスクールバッグ。中には教科書の代わりに、最新の解体術の本と、いざという時のための(一見すると文房具にしか見えない)暗殺道具がぎっしりと詰まっている。

「いいか、零。今回の任務は『JK』だ」

 耳に隠した超小型通信機から、聞き慣れた男の声が響く。組織の元教官であり、現在はなぜかこの高校の生活指導教師として潜り込んでいる影山の声だ。

「この三年間、お前は一切の殺生を禁じられる。目立たず、騒がず、平均的な女子高生を演じきれ。もし正体が露見すれば、即座に作戦は失敗……お前の望む『普通の生活』は永遠に失われる。わかったか?」

「……了解」

 零は短く答えた。

 彼女にとって、学校は戦場だった。いや、戦場よりも未知で恐ろしい場所だ。これまで彼女が接してきた人間は、殺す相手か、殺しを教える相手の二種類しかいなかったからだ。

「『了解』じゃない! 『はーい』とか『うん!』だろ! 語尾にハートを付けろと言っただろうが!」

 影山の怒鳴り声を無視して、零は校内へと足を踏み入れた。

 彼女の歩法は完璧だった。重心を一切ぶらさず、床の軋み音を最小限に抑えた「忍び足」の応用。しかし、そのあまりに隙のない動きと、周囲の人間すべてを「潜在的敵対勢力」として射抜くような鋭い視線は、逆に異様なオーラを放っていた。

 新入生たちがザワつく。

「ねぇ、あの子……モデル?」

「いや、なんか怖くない? 目が合ったら消されそうなんだけど……」

 零の耳は、半径五十メートルのひそひそ話をすべて拾い上げていた。

(……まずい。警戒されすぎている。もっと「普通」の擬態を強化しなければ)

 彼女はマニュアル(昨日読んだファッション雑誌)を思い出し、口角を無理やり一ミリだけ上げた。それが彼女なりの「親しみやすい笑顔」だったが、傍から見れば「獲物を品定めする捕食者の笑み」にしか見えなかった。


 2. クラスメイトという名の「協力者」

 一年B組。それが零に与えられた潜伏先だ。

 教室に入ると、彼女はまず窓際の最後列、通称「主人公席」を確保した。背後が壁であり、教室全体を見渡せる絶好のポジションだ。

「おっはよー! 隣の席、よろしくね!」

 突如、右前方から高デシベルの音声攻撃が飛んできた。

 零は反射的に右手をポケットの中のペン(暗殺用)に伸ばしかけたが、間一髪で踏みとどまった。

 そこにいたのは、明るい茶髪をゆるく巻いた、絵に描いたような「陽キャ」の少女だった。佐々木ユウキだ。

「……私に、用か」

 零の声は低く、冷たい。

「えっ、声低っ! カッコいい! 私はユウキ。あんた、名前は?」

「……ハスミ、レイ」

「レイちゃんね! オッケー! どこ中? 好きなブランドは?」

 質問の波。情報の開示を求められている。零は脳内データベースを高速で検索した。

(「どこ中」……出身組織を訊かれているのか? 「ブランド」……愛用の武器メーカーのことか?)

「出身は、極秘だ。装備は、主にドイツ製のカスタムパーツを愛用している」

「えっ、ドイツブランド? マジおしゃれじゃん! 秘密主義な感じもミステリアスで超イケてる!」

 ユウキは零の物騒な回答を、自分勝手なポジティブフィルターで変換して受け流した。零は困惑した。この女、防御力が皆無だ。急所が丸出しではないか。これでは暗殺する気が失せる。

「あ、あの……ごめん、ちょっと通してくれるかな?」

 次に現れたのは、ひょろりとした体格の少年、佐藤蓮だった。零の席の後ろ、カバンを置くために彼女のパーソナルスペースを横切る必要があるらしい。

 零は無言で彼を睨みつけた。

(背後に立つ者は、死。それがこの世界のルールだ)

「ひっ……!」

 佐藤は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。零の瞳には、彼が次にどの筋肉を動かし、どの角度で自分に襲いかかるかの予測線が映し出されていた。

「佐藤くん、おはよー! この子、レイちゃん。ちょっと人見知りなだけだから!」

 ユウキが間に入り、佐藤の肩を叩く。

「あ、ああ……よろしく、蓮見さん。僕は佐藤……」

 佐藤は震える手で挨拶した。その時、彼のポケットから小さな消しゴムがポロリと落ち、零の足元に転がった。

 零はそれを拾い上げた。

(これは……新種の小型爆弾か? それとも毒ガスを噴射するトラップか?)

 彼女は超精密な手つきで消しゴムを検分した。

「……プラスチック製。爆発反応なし。信管も見当たらない。……返そう」

「あ、ありがとう……」

 佐藤がそれを受け取ろうとした瞬間、零の指先が彼の手に触れた。

 零にとっては「物品の受け渡し」という事務的作業だったが、人生で一度も女子の手を握ったことがない佐藤にとっては、それは雷に打たれたような衝撃だった。

(な、なんだ……!? 今の、ものすごい電気走ったぞ!? もしかして、彼女も僕のことを……!?)

 佐藤の顔が真っ赤に染まる。それを見た零は、

(顔面が紅潮……。心拍数の急上昇を確認。毒か? 既に何者かの生物兵器による攻撃が始まっているのか!?)

 と、周囲の警戒レベルを一段階引き上げた。


 3. 入学式の死闘

 体育館で行われる入学式。

 零にとっては、これほど暗殺に適したシチュエーションはない。照明が落ち、全校生徒が集まり、視線が演台の校長に集中する。

 彼女は列に並びながら、不自然な動きをする者がいないか絶えず目を光らせていた。

 その時、壇上に立った生活指導の影山と目が合った。影山は鬼のような形相で「笑え、笑えバカ!」と口パクで指示を送ってくる。

 零は努力した。

 前方の女子生徒の肩に止まった一匹の羽虫を、手元に持っていた「入学のしおり」の角で、誰にも気づかれぬ速さで叩き落とした。周囲への配慮(害虫駆除)だ。これで「優しい生徒」としての擬態は完璧なはずだ。

 しかし、その超人的な挙動は、一人の少女の目に止まっていた。

 神宮寺麗奈。この地域の有力者の娘であり、幼少期から英才教育を受けてきた自称「学園の女王」だ。

(今、あの方……動いたかしら? 瞬きする間に、あんな正確な動きを……!)

 麗奈は戦慄した。自分こそがこの学園で最も優雅で、最も注目されるべき存在。それなのに、あの無表情な転校生からは、自分を遥かに凌駕する「完成された美しさ(殺しの所作)」を感じる。

「認めませんわ……。あのような、どこの馬の骨ともしれない女が、私より目立つなんて……!」

 麗奈は式典終了後、廊下で零を待ち伏せた。

「ちょっと、そこの貴女!」

 扇子をバサリと広げ、麗奈が立ち塞がる。

 零は瞬時に足を止めた。相手の重心位置、隠し武器の有無をスキャンする。

「……何だ。貴様、どこの組織の回し者だ」

「組織? フン、生徒会のことかしら? 私は神宮寺麗奈。この学園を統べる者よ。貴女、先ほどから不遜な態度が目立ちますわ。私が直々に学園のルールを叩き込んで差し上げてもよくてよ?」

 零は思考した。

(学園を統べる者……つまり、このエリアのボスか。ルールを叩き込む……拷問による情報の強制抽出、あるいは洗脳。これは宣戦布告と受け取るべきか)

「断る。私は『普通』を執行しに来ただけだ。交戦の意志はない」

「逃げるつもり!? 卑怯ですわよ! 待ちなさい!」

 麗奈が零の肩を掴もうと手を伸ばした。

 殺し屋の習性が、零の理性を上回った。

 零は麗奈の手首を掴むと、最小限の力でその力を受け流し、彼女の背後に回り込んで首筋に手刀を寸止めした。

「……動くな。頸動脈を遮断するまで0.2秒だ」

 廊下の空気が凍り付いた。

 ユウキが「あ、レイちゃん、それプロレスの技? 超カッコいいんだけど!」と空気を読まない声を上げたことで、零はハッと我に返った。

「あ……。いや、これは、その……」

 零は慌てて手を離した。

「……ハグだ。親愛の情を示す、海外の挨拶だ。気にするな」

 麗奈は顔を真っ赤にして、ブルブルと震えていた。

「な、ななな……何なんですの、今の速さは!? それに、今、私を……抱きしめ……ハグ……!?」

 麗奈は混乱の極致に達し、「お、覚えておきなさい!」というテンプレ台詞を残して、風のように走り去っていった。


 4. 任務、継続

 放課後。

 零は一人、屋上で夕日を眺めていた。

 第一日目にして、既に「普通」からは程遠い騒動を巻き起こしてしまった。

「……はぁ。JK、難易度が「SS」クラスだ」

 彼女がため息をついていると、背後の扉が開いた。
「お疲れ、零。初日から派手にやってくれたな」

 影山だった。彼は教師の顔を捨て、かつての教官の顔で呆れ果てていた。

「教官。私は、失敗したのか?」

「……いや。意外にも、お前を怖がっている奴ばかりじゃない。あの茶髪の娘(ユウキ)は、お前のことを『クールな親友候補』だと言いふらしているし、あの佐藤ってガキは、お前に一目惚れしたらしいぞ」

「……意味がわからない。私は彼を威嚇し、排除しようとした」

「それが『恋』のスパイスになることもある。……まぁ、いい。これがお前の望んだ生活だ。せいぜい足掻いてみせろ」

 影山が去った後、零はスマホ(組織支給の暗号化端末)を取り出した。

 待ち受け画面は、先ほどユウキが強引に撮影した「初めての自撮り」だ。

 そこには、怪訝そうに眉をひそめる零と、満面の笑みでピースをするユウキが写っていた。

「……友達、か」

 零はその言葉を、辞書で調べるように静かに呟いた。

 翌日から始まる「普通の高校生活」という名の、人生最大の難任務。

 彼女の戦いは、まだ始まったばかりだ。

「明日の任務……一時間目、数学。ターゲット……教科書P.12からP.20。……完遂する」

 彼女の瞳に、ほんの少しだけ、殺し屋ではない少女の光が宿った。
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