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第3話:勧誘という名のスカウト合戦
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1. 放課後の戦域
午後三時半。
終業を告げるチャイムの音は、蓮見零にとって「作戦終了」の合図ではなく、「第二フェーズ」への移行を意味していた。
「レイちゃん! 放課後だよ、放課後! ついにこの時が来たね!」
隣の席で、ユウキが鼻息も荒く身を乗り出してきた。彼女の瞳には、獲物を狙うハンターのようなギラつきがある。
零は冷静に周囲の状況をスキャンした。教室の空気は一変している。生徒たちは三々五々に集まり、手には色とりどりのビラが握られていた。
「……ユウキ。状況を説明しろ。何者が、何を目的として動いている」
「もう、レイちゃんは真面目すぎ! 今日は『部活動勧誘』のピーク日なの。一年生の有望株を、上級生たちが力ずくでも自分の部に連れていこうとする、一年で一番熱い日なんだから!」
零は机の下で、密かに膝の筋肉を弛緩させた。いつでも全速力で離脱できるようにするためだ。
(部活動……。特定の専門技能を磨くための、組織内ユニットのことか。だが、私はすでに「組織」に所属している。これ以上の二重契約はリスクが高い)
「私は、特定の派閥に属するつもりはない。即刻、このエリアを離脱し、帰路(ベース)へ向かう」
「えー! もったいないよ。レイちゃんのあの運動神経なら、どの部活でも『即戦力のエース』間違いなしなのに!」
ユウキの言葉を背中で聞き流し、零は教室のドアを開けた。
だが、そこはすでに「地獄の門」と化していた。
廊下には、各部のユニフォームに身を包んだ上級生たちが、壁のように立ちはだかっていた。
「君! いい体格してるね、ラグビー部は?」
「吹奏楽部で、君のその長い指を活かさないか!?」
「書道部だ! 墨の香りに癒やされないか!?」
差し出されるビラの数々は、零の目には「投擲武器」や「視界を遮るための目潰し」に見えた。彼女は足元に落ちている一枚のビラを、つま先で跳ね上げるように避けた。
「……掃討する時間は惜しい。回避(エボリューション)に専念する」
零は低い姿勢で、人混みのわずかな隙間へと滑り込んだ。
2. 第1の刺客:陸上部の猛追
零の移動速度は、一般生徒の歩行速度を遥かに凌駕していた。
人混みを縫うように進むその姿は、まるで水の中を泳ぐ魚のようだった。だが、その卓越した動きこそが、逆に「捕食者」の目を引いてしまう。
「見つけたぞ……! 伝説の『焼きそばパン・ランナー』!」
背後から、風を切るような足音が迫る。
陸上部部長、韋駄天(いだてん)の異名を持つ三年生・速水だった。彼は右手にストップウォッチを握り、零と並走する勢いで距離を詰めてくる。
「君! さっきの廊下のコーナーリング、完璧なアウト・イン・アウトだった! うちの100メートル走のエースにならないか!?」
「……断る。私は逃走のプロであって、競技のプロではない」
零は足を止めず、さらに加速した。
廊下の突き当り。通常なら減速して曲がる場所だが、零は壁に対して垂直に足をかけ、二歩、三歩と壁面を走行。重力を無視した軌道で、速水の頭上を飛び越えた。
「なっ……壁走(ウォールラン)だと!?」
速水が驚愕で足を止めた隙に、零は階段の手すりへと飛び移り、そのまま一階下へと滑り落ちた。
(陸上部……。機動力に特化した部隊か。正面からの追走は厄介だが、三次元的な動きには対応できていない)
零は無表情のまま、一階の渡り廊下へと辿り着いた。だが、そこにはさらなる「待ち伏せ」が用意されていた。
3. 第2の刺客:アーチェリー部の狙撃
シュッ――。
微かな風切り音が、零の側頭部を掠めた。
彼女は反射的に首を五センチだけ傾け、その「飛来物」を回避した。
パシッ、と音がして、廊下の掲示板に何かが突き刺さる。それは矢ではなく、先端に吸盤がついた「勧誘用ミニチュア矢」だった。
「あら、避けるなんていい反射神経ですわね」
中庭の方から、アーチェリー部の部長が弓を携えて立っていた。
「うちの部なら、その動体視力を存分に活かせますわよ。どうかしら、ターゲットを射抜く快感、味わってみたくなくて?」
零は、掲示板に刺さった「矢」をじっと見つめた。
(アーチェリー……。遠距離精密射撃(スナイピング)か。私の専門分野の一つだが……)
「……この得物は、重心が右に0.5ミリほどズレている。風力計算も甘い。これでは有効射程内でも、標的の生存率を下げることができない。……やり直しだ」
零は、手に持っていた使い古しの「B5ノート」をくるくると丸めた。
次の瞬間、部長が放った二の矢に対し、零はそのノートを一閃させた。
カツンッ!
乾いた音と共に、吸盤矢は空中で叩き落とされた。
それだけではない。零がノートを振り抜いた際の「風圧」により、落ちた矢は正確に部長の足元の地面へと突き刺さった。
「な……!? 矢を、ノートで叩き落とした上に、軌道を制御した……!?」
アーチェリー部部長が呆然と立ち尽くす中、零は一瞥もくれずに立ち去った。
(スナイパーに必要なのは、道具への信頼と、環境への冷徹な分析だ。誘惑に負けて集中を乱す者に、私の背後は任せられない)
零の評価基準は、常に「実戦で生き残れるか否か」であった。
4. 麗奈の「高貴なる」強襲
「そこまでですわ、蓮見さん!」
校門まであと数十メートルというところで、ついに「宿敵」が現れた。
神宮寺麗奈。今日はフェンシング部のフル装備に身を包み、手にはしなやかな細剣(フルーレ)を握っている。
「焼きそばパンの件は水に流して差し上げますわ。ですが! その類まれなるフィジカルを、ただの帰宅に費やすなど、わたくしが許しません! この神宮寺麗奈と勝負し、わたくしが勝てば、貴女はフェンシング部に入部していただきます!」
麗奈の背後には、フェンシング部の部員たちがズラリと並び、逃げ道を塞いでいる。
零は立ち止まり、深くため息をついた。
「……また貴様か。何度も言うが、私は『普通』の生活を希望している。剣を交えるなど、日常の範疇ではない」
「お黙りなさい! 貴女の存在自体がすでに日常を破壊していますのよ! さぁ、構えなさい!」
麗奈が鋭い踏み込みと共に、剣を突き出した。
その刺突は、確かに素人離れしていた。だが、零の目には、それはあまりに「優雅すぎて、殺意が足りない」ものに映った。
零は、カバンの中から三十センチ定規を取り出した。
「……得物がないなら、これで十分だ」
「定規!? 舐めてますの!?」
麗奈の連撃。零はそれを、定規の平らな面だけでパリティ(受け流し)し続けた。
金属の剣と、プラスチックの定規。本来なら定規が断たれるはずだが、零は剣の「力」が最も弱まる瞬間を捉え、そのベクトルを逃がし続けている。
「……足首の踏み込みが甘い。剣先が泳いでいる。……あと、その構えは右脇腹ががら空きだ」
「なっ……!?」
麗奈が動揺した瞬間、零は一歩踏み込んだ。
定規の先端で、麗奈の剣の根元を軽く叩く。そのわずかな振動が、麗奈の手に伝わり、剣が地面に音を立てて落ちた。
さらに零は、定規を麗奈の喉元から一センチの場所で止めた。
「……勝負ありだ。神宮寺麗奈、貴様の剣は綺麗だが、重さがない。命を預けるには……脆すぎる」
静寂が中庭を支配した。
零は定規をカバンにしまうと、呆然とする麗奈の横を通り抜けた。
「……あ、あと、その防具。通気性が悪そうだ。熱中症には気をつけろ」
それが彼女なりの、最大の「優しさ」だった。
5. 影山の「収容」と帰宅部結成
「おい、そこまでだ」
低く威圧的な声と共に、生活指導の影山が現れた。
彼は散らばったビラや、腰を抜かしている部員たちを見渡し、盛大なため息をついた。
「蓮見、お前……初日から言ったはずだ。『目立つな』とな」
「教官……いや、影山先生。私は防衛行動に徹していた。攻撃の意志はない」
「その『防衛行動』が、他人の一生のトラウマになるんだよ、バカ者が」
影山は零の襟首を掴むようにして、周囲の生徒たちを追い払った。
「いいか野郎ども! 蓮見零は、俺が直々に『更生』させる。こいつは今日から、俺の監視下にある特別な部……『帰宅部』の部長だ! 他の部が手を出すことは、この俺が許さん!」
「帰宅部……?」
「そうだ。放課後、直ちに帰宅し、家庭の平穏を守るための精鋭部隊だ。わかったな、蓮見!」
零の瞳が、僅かに輝いた。
(帰宅部……。拠点を防衛し、後方の安全を確保するための専任部隊。……なるほど、非常に理にかなった編成だ)
「了解した。……本日から、帰宅部部長として、全力でベースの守護にあたる」
こうして、零の所属先は公的に「帰宅部」として登録されることとなった。
周囲の部活動関係者は、影山先生の威圧感に気圧され、泣く泣く「伝説の逸材」を諦めるしかなかった。
6. 放課後の寄り道という名の「特訓」
「やったね、レイちゃん! 実質、放課後フリーってことじゃん!」
結局、帰宅部の初活動(という名の寄り道)として、ユウキに連れられてゲームセンターへとやってきた。
零にとっては、ここもまた未知の訓練施設であった。
「ほら、これやってみて! 人気のガンシューティング!」
ユウキが指差したのは、大型のモニターとプラスチック製の銃が備え付けられた筐体だ。
零は無言で銃(コントローラー)を手に取った。
(……光学式の照準器。トリガーの遊びは……0.3ミリ。重心が前方に偏っているが、許容範囲内だ)
ゲームが始まると同時に、零の表情から一切の温度が消えた。
画面上に現れるゾンビの群れ。それらが動き出す前に、零の手が閃く。
パン、パン、パン、パン!
画面には『PERFECT』『HEADSHOT』の文字が隙間なく並ぶ。
零は一切の無駄撃ちをせず、リロードも最小限の動作で完了させる。その動きは、もはや「ゲームを楽しんでいる」者のそれではなく、「効率的に敵を排除する装置」のようだった。
「……この兵器、調整が甘いな。着弾点が左にコンマ数ミリずれている。……修正完了」
最終スコアは、その店の歴代最高記録をトリプルスコアで塗り替えるものだった。
周囲に人だかりができる。
「おい、あの子やばくね?」
「一発も外してないぞ……」
「レイちゃん、凄すぎ……! プロなの? プロのゲーマーなの!?」
「……いや。私はただの、帰宅部だ」
遠くのUFOキャッチャーコーナーから、その光景を佐藤蓮が眺めていた。
彼は、必死に銃を構える零の姿を見て、胸を熱くしていた。
(蓮見さん……。あんなに真剣にゲームと向き合うなんて。きっと、平和のために戦う正義のヒーローに憧れているんだな……。なんて純粋な人なんだ!)
佐藤は、自分が取ったばかりの「不気味なクマのぬいぐるみ」を、零に渡すべきかどうかで悶々と悩み始めた。
零は、熱を帯びたプラスチックの銃を置き、自分の手を見つめた。
殺し屋だった頃、銃を握る時は常に「誰かの命を終わらせる時」だった。
けれど今は、隣でユウキが飛び跳ね、見知らぬ人たちが拍手をしてくれている。
ただの遊び。ただのゲーム。
その「無意味さ」が、なぜか彼女の胸を少しだけ温かくした。
「ユウキ。……この訓練、案外悪くない」
「でしょ!? 明日はプリクラ撮ろうね!」
零は小さく頷いた。
(帰宅部の任務……予想以上に奥が深い。……了解だ)
彼女の「普通」への階段は、また一段、不思議な方向へと登っていった。
午後三時半。
終業を告げるチャイムの音は、蓮見零にとって「作戦終了」の合図ではなく、「第二フェーズ」への移行を意味していた。
「レイちゃん! 放課後だよ、放課後! ついにこの時が来たね!」
隣の席で、ユウキが鼻息も荒く身を乗り出してきた。彼女の瞳には、獲物を狙うハンターのようなギラつきがある。
零は冷静に周囲の状況をスキャンした。教室の空気は一変している。生徒たちは三々五々に集まり、手には色とりどりのビラが握られていた。
「……ユウキ。状況を説明しろ。何者が、何を目的として動いている」
「もう、レイちゃんは真面目すぎ! 今日は『部活動勧誘』のピーク日なの。一年生の有望株を、上級生たちが力ずくでも自分の部に連れていこうとする、一年で一番熱い日なんだから!」
零は机の下で、密かに膝の筋肉を弛緩させた。いつでも全速力で離脱できるようにするためだ。
(部活動……。特定の専門技能を磨くための、組織内ユニットのことか。だが、私はすでに「組織」に所属している。これ以上の二重契約はリスクが高い)
「私は、特定の派閥に属するつもりはない。即刻、このエリアを離脱し、帰路(ベース)へ向かう」
「えー! もったいないよ。レイちゃんのあの運動神経なら、どの部活でも『即戦力のエース』間違いなしなのに!」
ユウキの言葉を背中で聞き流し、零は教室のドアを開けた。
だが、そこはすでに「地獄の門」と化していた。
廊下には、各部のユニフォームに身を包んだ上級生たちが、壁のように立ちはだかっていた。
「君! いい体格してるね、ラグビー部は?」
「吹奏楽部で、君のその長い指を活かさないか!?」
「書道部だ! 墨の香りに癒やされないか!?」
差し出されるビラの数々は、零の目には「投擲武器」や「視界を遮るための目潰し」に見えた。彼女は足元に落ちている一枚のビラを、つま先で跳ね上げるように避けた。
「……掃討する時間は惜しい。回避(エボリューション)に専念する」
零は低い姿勢で、人混みのわずかな隙間へと滑り込んだ。
2. 第1の刺客:陸上部の猛追
零の移動速度は、一般生徒の歩行速度を遥かに凌駕していた。
人混みを縫うように進むその姿は、まるで水の中を泳ぐ魚のようだった。だが、その卓越した動きこそが、逆に「捕食者」の目を引いてしまう。
「見つけたぞ……! 伝説の『焼きそばパン・ランナー』!」
背後から、風を切るような足音が迫る。
陸上部部長、韋駄天(いだてん)の異名を持つ三年生・速水だった。彼は右手にストップウォッチを握り、零と並走する勢いで距離を詰めてくる。
「君! さっきの廊下のコーナーリング、完璧なアウト・イン・アウトだった! うちの100メートル走のエースにならないか!?」
「……断る。私は逃走のプロであって、競技のプロではない」
零は足を止めず、さらに加速した。
廊下の突き当り。通常なら減速して曲がる場所だが、零は壁に対して垂直に足をかけ、二歩、三歩と壁面を走行。重力を無視した軌道で、速水の頭上を飛び越えた。
「なっ……壁走(ウォールラン)だと!?」
速水が驚愕で足を止めた隙に、零は階段の手すりへと飛び移り、そのまま一階下へと滑り落ちた。
(陸上部……。機動力に特化した部隊か。正面からの追走は厄介だが、三次元的な動きには対応できていない)
零は無表情のまま、一階の渡り廊下へと辿り着いた。だが、そこにはさらなる「待ち伏せ」が用意されていた。
3. 第2の刺客:アーチェリー部の狙撃
シュッ――。
微かな風切り音が、零の側頭部を掠めた。
彼女は反射的に首を五センチだけ傾け、その「飛来物」を回避した。
パシッ、と音がして、廊下の掲示板に何かが突き刺さる。それは矢ではなく、先端に吸盤がついた「勧誘用ミニチュア矢」だった。
「あら、避けるなんていい反射神経ですわね」
中庭の方から、アーチェリー部の部長が弓を携えて立っていた。
「うちの部なら、その動体視力を存分に活かせますわよ。どうかしら、ターゲットを射抜く快感、味わってみたくなくて?」
零は、掲示板に刺さった「矢」をじっと見つめた。
(アーチェリー……。遠距離精密射撃(スナイピング)か。私の専門分野の一つだが……)
「……この得物は、重心が右に0.5ミリほどズレている。風力計算も甘い。これでは有効射程内でも、標的の生存率を下げることができない。……やり直しだ」
零は、手に持っていた使い古しの「B5ノート」をくるくると丸めた。
次の瞬間、部長が放った二の矢に対し、零はそのノートを一閃させた。
カツンッ!
乾いた音と共に、吸盤矢は空中で叩き落とされた。
それだけではない。零がノートを振り抜いた際の「風圧」により、落ちた矢は正確に部長の足元の地面へと突き刺さった。
「な……!? 矢を、ノートで叩き落とした上に、軌道を制御した……!?」
アーチェリー部部長が呆然と立ち尽くす中、零は一瞥もくれずに立ち去った。
(スナイパーに必要なのは、道具への信頼と、環境への冷徹な分析だ。誘惑に負けて集中を乱す者に、私の背後は任せられない)
零の評価基準は、常に「実戦で生き残れるか否か」であった。
4. 麗奈の「高貴なる」強襲
「そこまでですわ、蓮見さん!」
校門まであと数十メートルというところで、ついに「宿敵」が現れた。
神宮寺麗奈。今日はフェンシング部のフル装備に身を包み、手にはしなやかな細剣(フルーレ)を握っている。
「焼きそばパンの件は水に流して差し上げますわ。ですが! その類まれなるフィジカルを、ただの帰宅に費やすなど、わたくしが許しません! この神宮寺麗奈と勝負し、わたくしが勝てば、貴女はフェンシング部に入部していただきます!」
麗奈の背後には、フェンシング部の部員たちがズラリと並び、逃げ道を塞いでいる。
零は立ち止まり、深くため息をついた。
「……また貴様か。何度も言うが、私は『普通』の生活を希望している。剣を交えるなど、日常の範疇ではない」
「お黙りなさい! 貴女の存在自体がすでに日常を破壊していますのよ! さぁ、構えなさい!」
麗奈が鋭い踏み込みと共に、剣を突き出した。
その刺突は、確かに素人離れしていた。だが、零の目には、それはあまりに「優雅すぎて、殺意が足りない」ものに映った。
零は、カバンの中から三十センチ定規を取り出した。
「……得物がないなら、これで十分だ」
「定規!? 舐めてますの!?」
麗奈の連撃。零はそれを、定規の平らな面だけでパリティ(受け流し)し続けた。
金属の剣と、プラスチックの定規。本来なら定規が断たれるはずだが、零は剣の「力」が最も弱まる瞬間を捉え、そのベクトルを逃がし続けている。
「……足首の踏み込みが甘い。剣先が泳いでいる。……あと、その構えは右脇腹ががら空きだ」
「なっ……!?」
麗奈が動揺した瞬間、零は一歩踏み込んだ。
定規の先端で、麗奈の剣の根元を軽く叩く。そのわずかな振動が、麗奈の手に伝わり、剣が地面に音を立てて落ちた。
さらに零は、定規を麗奈の喉元から一センチの場所で止めた。
「……勝負ありだ。神宮寺麗奈、貴様の剣は綺麗だが、重さがない。命を預けるには……脆すぎる」
静寂が中庭を支配した。
零は定規をカバンにしまうと、呆然とする麗奈の横を通り抜けた。
「……あ、あと、その防具。通気性が悪そうだ。熱中症には気をつけろ」
それが彼女なりの、最大の「優しさ」だった。
5. 影山の「収容」と帰宅部結成
「おい、そこまでだ」
低く威圧的な声と共に、生活指導の影山が現れた。
彼は散らばったビラや、腰を抜かしている部員たちを見渡し、盛大なため息をついた。
「蓮見、お前……初日から言ったはずだ。『目立つな』とな」
「教官……いや、影山先生。私は防衛行動に徹していた。攻撃の意志はない」
「その『防衛行動』が、他人の一生のトラウマになるんだよ、バカ者が」
影山は零の襟首を掴むようにして、周囲の生徒たちを追い払った。
「いいか野郎ども! 蓮見零は、俺が直々に『更生』させる。こいつは今日から、俺の監視下にある特別な部……『帰宅部』の部長だ! 他の部が手を出すことは、この俺が許さん!」
「帰宅部……?」
「そうだ。放課後、直ちに帰宅し、家庭の平穏を守るための精鋭部隊だ。わかったな、蓮見!」
零の瞳が、僅かに輝いた。
(帰宅部……。拠点を防衛し、後方の安全を確保するための専任部隊。……なるほど、非常に理にかなった編成だ)
「了解した。……本日から、帰宅部部長として、全力でベースの守護にあたる」
こうして、零の所属先は公的に「帰宅部」として登録されることとなった。
周囲の部活動関係者は、影山先生の威圧感に気圧され、泣く泣く「伝説の逸材」を諦めるしかなかった。
6. 放課後の寄り道という名の「特訓」
「やったね、レイちゃん! 実質、放課後フリーってことじゃん!」
結局、帰宅部の初活動(という名の寄り道)として、ユウキに連れられてゲームセンターへとやってきた。
零にとっては、ここもまた未知の訓練施設であった。
「ほら、これやってみて! 人気のガンシューティング!」
ユウキが指差したのは、大型のモニターとプラスチック製の銃が備え付けられた筐体だ。
零は無言で銃(コントローラー)を手に取った。
(……光学式の照準器。トリガーの遊びは……0.3ミリ。重心が前方に偏っているが、許容範囲内だ)
ゲームが始まると同時に、零の表情から一切の温度が消えた。
画面上に現れるゾンビの群れ。それらが動き出す前に、零の手が閃く。
パン、パン、パン、パン!
画面には『PERFECT』『HEADSHOT』の文字が隙間なく並ぶ。
零は一切の無駄撃ちをせず、リロードも最小限の動作で完了させる。その動きは、もはや「ゲームを楽しんでいる」者のそれではなく、「効率的に敵を排除する装置」のようだった。
「……この兵器、調整が甘いな。着弾点が左にコンマ数ミリずれている。……修正完了」
最終スコアは、その店の歴代最高記録をトリプルスコアで塗り替えるものだった。
周囲に人だかりができる。
「おい、あの子やばくね?」
「一発も外してないぞ……」
「レイちゃん、凄すぎ……! プロなの? プロのゲーマーなの!?」
「……いや。私はただの、帰宅部だ」
遠くのUFOキャッチャーコーナーから、その光景を佐藤蓮が眺めていた。
彼は、必死に銃を構える零の姿を見て、胸を熱くしていた。
(蓮見さん……。あんなに真剣にゲームと向き合うなんて。きっと、平和のために戦う正義のヒーローに憧れているんだな……。なんて純粋な人なんだ!)
佐藤は、自分が取ったばかりの「不気味なクマのぬいぐるみ」を、零に渡すべきかどうかで悶々と悩み始めた。
零は、熱を帯びたプラスチックの銃を置き、自分の手を見つめた。
殺し屋だった頃、銃を握る時は常に「誰かの命を終わらせる時」だった。
けれど今は、隣でユウキが飛び跳ね、見知らぬ人たちが拍手をしてくれている。
ただの遊び。ただのゲーム。
その「無意味さ」が、なぜか彼女の胸を少しだけ温かくした。
「ユウキ。……この訓練、案外悪くない」
「でしょ!? 明日はプリクラ撮ろうね!」
零は小さく頷いた。
(帰宅部の任務……予想以上に奥が深い。……了解だ)
彼女の「普通」への階段は、また一段、不思議な方向へと登っていった。
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