天上の星、地上の露

Y.

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星の番人の孤独

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 数千年の時が流れていた。
 天界のその最も高い場所、星の軌道を見下ろす玉座で、アストラルは無感情に座していた。彼は星々を司る下級の神。彼の使命は、宇宙の物理法則と定命の者たちの運命という、冷徹な秩序を維持することだった。
 アストラルにとって、時間は無限であり、感情は不純物であった。地上に生きる人間たちは、彼から見れば、生まれては消える、取るに足らない「塵芥の集まり」に過ぎなかった。彼らの喜びは取るに足らず、悲しみは一瞬で風化する。
「全ては決められた流れ。そこに意味を見出す必要はない」
 それがアストラルの唯一の真理だった。
 玉座から下界を眺めるのは、日課であり、義務であった。ある日、いつものように地上に意識を向けたとき、彼は奇妙な「ノイズ」を捉えた。
 それは、世界の法則の中にある、小さな、しかし無視できない光の揺らぎだった。
 拡大して視界を集中させる。そこは、生者と死者が混在する、埃っぽい現代の街の片隅だった。
 一人の女性がいた。
 彼女の名はサキ。職業は地域の図書館で働く、目立たない存在だった。
 アストラルが目を留めたのは、彼女の行動だった。サキは雨が降る中、植え込みの奥で翼を濡らしている小鳥を見つけた。傘を差し、濡れた手でそっと鳥を包み込む。彼女の顔には、この小さな命の苦痛に対する、純粋な、何の打算もない「哀れみ」が浮かんでいた。
 アストラルは、その時、初めて自分の存在が揺らぐのを感じた。
 彼は数千年の間、生命の誕生と終焉を冷徹に見てきた。人間が他者に親切にするのは、報酬や自己満足のためだと知っていた。だが、このサキという女性は、誰も見ていない、何の見返りもない状況で、ただただその命の輝きを守ろうとしている。
 彼女の魂は、まるで濁りのない湧き水のように清らかで、アストラルの目には、暗い夜空でひときわ強く瞬く星のように見えた。その輝きは、彼の無感情な世界に、初めて「美しい」という概念を刻み込んだ。
「なぜ、そこまで」
 アストラルは疑問を抱いた。彼は法則を知るが、感情を知らない。この女性の行動は、世界の法則の中の、最も非効率で、最も理解不能な、しかし最も眩い例外だった。
 彼女の存在を、一瞬たりとも見失いたくない。その衝動は、数千年で初めて抱く、制御不能な欲求だった。
 天界の掟が頭の中で警鐘を鳴らす。「定命の者への干渉は、世界の秩序を乱す禁忌である」と。
 だが、アストラルは、その警告を無視した。彼の心は、一度点火された炎のように燃え上がっていた。この感情を知らずに、彼はもう永遠の時を過ごすことなどできそうになかった。
 彼は玉座から立ち上がった。
「私は知らなければならない。あの光が、どれほどの熱を持つのかを」
 アストラルは、自身の神としての力を封じ込め、その重く冷たい衣を脱ぎ捨てた。膨大な力の全てを、人間として立つための、脆弱な肉の器に凝縮する。
 天界に、アストラルの存在が消えた、小さな、そして致命的な「歪み」が生じた。
 そして、星々を司る神は、重力の鎖に引かれるように、たった一つの魂の光を追って、下界へと降り立った。
 彼の旅は、永劫の孤独を終わらせる、最初で最後の愛の旅であり、同時に、世界が許さない、悲劇の序章であった。
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