元最強呪術師、転生したらダンジョン全階層制覇してしまった件

Y.

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第4話:聖騎士の断罪、あるいは神の沈黙

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 王都の北に位置する大聖堂。白大理石で造られたその荘厳な建築物は、普段であれば神の慈愛を象徴する静謐な光に包まれている。しかし、この日の空気は針のように鋭く、張り詰めていた。

「枢機卿様! カイ様は……あの少年は、私たちを救ってくれたのです! 彼は決して邪悪な存在ではありません!」

 聖女候補、リィネ・ルミナスの切実な叫びが、高い天井に反響した。彼女は帰還するなり、謁見の間で膝をつき、必死に訴えていた。しかし、正面の玉座に座る老人、枢機卿バルドスは、その慈悲深い仮面の奥で冷酷な瞳を光らせた。

「リィネよ。お前は混乱している。呪いをもって呪いを制するなど、あってはならぬことだ。火を消すために油を蒔く者がどこにいる? その『カイ』という少年が振るった力は、我ら教会の教義において最も忌むべき『深淵の呪術』そのものだ」

「ですが、彼の力があったからこそ、私たちは――」

「黙りなさい!」

 バルドスの杖が石床を激しく叩いた。

「呪術とは、人の負の感情を糧とする汚れた力。それを使う者が人であるはずがない。魔族か、あるいは太古の邪神の器か……。いずれにせよ、王国の安寧のために排除せねばならぬ。断罪聖騎士団を動かし、聖地を汚すその芽を摘み取るのだ」

「そんな……!」

 リィネは絶望に顔を伏せた。彼女の隣に控えていた重装の男――断罪聖騎士団長ゼノスが、冷徹な笑みを浮かべて立ち上がった。

「枢機卿様。御心のままに。神の光を遮る黒雲は、この我が剣にて霧散させてご覧に入れましょう」

 リィネは護衛の騎士たちに左右を固められ、祈祷室という名の独房へと連行されていった。彼女の脳裏には、15階層の闇の中で見た、あの少年の透き通るような、それでいて絶望的に深い瞳が焼き付いて離れなかった。

 一方、そんな地上の喧騒など露ともしらず、カイはダンジョン第19階層の奥深くにいた。

 ここは『水没した古都』の中でも最も浸食が激しいエリアだ。膝まで浸かる冷たい水、崩れた石柱、そして淀んだ魔力。並の冒険者であれば精神を病むような閉鎖空間だが、カイの足取りは、まるで自宅の庭を散歩するかのように軽やかだった。

「……ここか」

 カイは、一見すると何の変哲もない行き止まりの壁の前で足を止めた。

 肩に止まった黒いカラス――式神の『クロ』が、不吉な鳴き声を上げる。

「ああ、分かっている。お前でも気づくほどの『歪み』だ。隠し方まで当時のままだな」

 カイは右手を壁に添えた。魔力は一切流さない。代わりに、特定の波長を持つ「負の念」を、鍵穴に差し込む鍵のように流し込む。

「――開け。我が名は摩天。すべての理を呪い縛る者なり」

 ズ、ズズ……。

 数千年の時を経て、厚い石壁が内側へと沈み込んだ。隠し扉の先には、カビ臭い空気ではなく、驚くほど乾燥し、静寂な空気が保たれた小部屋が広がっていた。

 そこは『魂の貯蔵庫』。前世のカイ、最強の呪術師・摩天が、もしもの転生に備えて自らの技術や知識の断片、そして幾つかの「予備の魂」を封印した施設の一つだった。
「懐かしいな。この空気、この配置。……だが」

 カイは部屋の中央にある祭壇に歩み寄り、そこに置かれた一冊の手記を手に取った。表紙には、前世の自分が使っていた古い呪印が刻まれている。

 ページをめくる。そこには、カイの死後に残された弟子の筆跡があった。

『師よ。貴方が去った後、世界は変わり果てました。我らが呪術を恐れた神々(と自称する者たち)が、この地を「ダンジョン」というシステムに改造し、貴方の遺産を食い潰そうとしています。……もし貴方が戻られたなら、どうか……』

 文字はそこで途切れていた。

「なるほど。このダンジョン、もとは私の墓所だったというわけか。それを誰かが勝手にリフォームして、モンスターを湧かせ、冒険者という名の餌を放り込んでいる……。不愉快極まりないな」

 カイが手記を懐に収めた時、

 部屋の外から、金属が擦れる音と、訓練された複数の足音が近づいてきた。

「見つけたぞ、異端者! 動くな!」

 声の主は、断罪聖騎士団長ゼノスだった。彼の背後には、教会の精鋭たちが、抜身の剣を構えて立ち並んでいる。彼らの装備は、対呪術用に特別に調合された「聖銀(ミスリル)」でコーティングされ、眩いばかりの神聖な光を放っていた。

「……散歩の邪魔をしないでくれと言ったはずだが」
 カイは振り返りもせず、溜息をついた。

「抜かせ! お前が15階層で行った『不浄の奇跡』、枢機卿閣下はすべてお見通しだ。その不吉なカラス、そして得体の知れぬ術……。お前は人ではない。神の敵だ!」

 ゼノスが大剣を振り下ろす合図を送った。

「放て! 『聖光の鎖(セイント・チェイン)』!」

 聖騎士たちが一斉に法術を発動する。カイの周囲に、幾重もの光の鎖が実体化し、その四肢を縛り上げようと絡みついた。通常の呪術師であれば、この神聖な拘束に触れただけで霊魂を焼かれ、力を封じられるはずだった。

 だが、カイは縛られたまま、退屈そうに鎖の質感を確認した。

「これが君たちの自慢か? 神の加護を物質化したとかいう……」

「ハッ! 苦し紛れの虚勢を! その鎖は神の浄化を帯びている。汚れた呪いなど一滴も通さな――」

 パキィィィィィン!!

 乾いた音が響き、ゼノスの言葉が止まった。

 カイが少しだけ肩をすくめただけで、神聖な光の鎖が、まるで安物のガラス細工のように粉々に砕け散ったのだ。

「……なっ!? バカな、あり得ん! 神の鎖が、ただの筋力で……!?」

「筋力? 違うな。強すぎる呪いは、不純な光をただ『拒絶』するんだ。君たちの言う神様は、よほど教育がなっていないらしい」

 カイが一歩、踏み出す。

 その瞬間、聖騎士たちの心臓が、見えない巨人に握られたかのように止まった。

「近寄るな! 対呪具(アンチ・カース)展開!!」

 ゼノスが叫び、盾を構える。盾には強力な魔法防御陣が刻まれており、あらゆる呪術を跳ね返すはずだった。

「対呪具……。私の前で、その言葉を使うな」

 カイは右手を軽く掲げ、掌をゼノスの方へと向けた。

「呪いの本質は、対象への『干渉』ではない。対象の『理』を書き換えることだ。君たちの鎧が『鎧』として機能することを、私は許さない」

 ――呪術:『鉄錆の晩餐(アイアン・ラスト)』。

 瞬間、ゼノスたちが身にまとっていた最高級の聖銀の防具が、一気に赤黒く変色した。

「な、なんだ!? 鎧が……熱い、いや、重いッ!?」

 聖騎士たちが悲鳴を上げる。彼らの鎧や武器は、数千年の時を加速させたかのように猛烈な勢いで腐食し、ボロボロの屑鉄へと成り果てた。それだけではない。朽ちた鉄粉は、蛇のような触手となって聖騎士たちの身体に絡みつき、彼らを床に縫い付けた。

「ぐわぁぁぁぁ! 離せ、この、化け物……ッ!」

 ゼノスだけが、辛うじて折れた剣を支えに膝をついていた。彼の顔は恐怖と絶望で、もはや騎士の威厳など微塵も残っていない。

 カイはゆっくりとゼノスの前まで歩み寄り、冷たい目で見下ろした。

「神は死んだか、あるいは最初からいない。私が前世で呪い殺した連中に比べれば、君たちの崇める『神』など、ただの幻覚だ」

 カイはゼノスの額に指を当てる。

「命は取らない。だが、お前たちの身体に『沈黙の呪い』を刻んだ。今後、神の名を騙って魔法を使おうとすれば、耐え難い激痛がお前を襲うだろう。二度と、私の前に現れるな」

「ひっ……、あ、ああああ……」

 ゼノスは白目を剥き、恐怖のあまり失神した。

 静まり返った隠し部屋。

 カイは肩のクロを撫で、再び奥の通路へと歩み出した。

「さて。邪魔者はいなくなったな。……クロ、次の20階層には、私の記憶にある『門』があるはずだ」

 カラスは短く鳴き、闇の中へと消えていくカイの背中を追った。

 一方、王都の独房。

 リィネは窓から差し込む月光の下、静かに立ち上がった。彼女の指先には、カイが15階層で見せた『呪力』の残滓が、ほんの少しだけ宿っていた。

「教えが間違っているなら……私は、私の目で真実を確かめます」

 聖女の祈りが、初めて神ではなく、一人の「魔王」へと捧げられた夜だった。
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