元最強呪術師、転生したらダンジョン全階層制覇してしまった件

Y.

文字の大きさ
27 / 29
ifルート : 新世界の創造主、あるいは永遠の管理

第2話:停滞の楽園、あるいは意志の去勢

しおりを挟む
 空中浮遊島『摩天楼(マテン・ロウ)』が世界の頂点に君臨し、カイが「神」としての座を簒奪してから、一年の月日が流れた。

 かつて戦火に焼かれ、悲鳴が絶えなかった地上には、今や信じがたいほどの「静寂」が広がっている。

 それは管理局が夢見た秩序を遥かに凌駕し、魔王・摩天がかつて敷いた恐怖政治とも異なる、あまりに純粋で、あまりに透き通った平和であった。

 朝、地上の名もなき村に陽が昇る。

 かつては重労働に喘いでいた農夫たちは、今や泥にまみれる必要はない。カイの呪力が込められた自動農機具が、計算され尽くした最適のタイミングで土を耕し、黄金の稲穂を収穫していく。

 空を舞うのは破壊のための艦隊ではなく、世界中に最適な栄養素と物資を運ぶ無数の運搬ドローンだ。

 人々は配給された「完璧な食事」を摂り、カイが構築した「絶対的な治安」の下で、鍵をかける必要のない家で眠る。

 病があれば、カイの右腕から放たれる微細な因果干渉が細胞を修復し、争いが起きそうになれば、当事者たちの脳内に「平穏の言霊」が直接作用して怒りを霧散させる。

 飢えはない。病はない。争いはない。

 そこにあるのは、人類が数千年の歴史の中で一度も到達できなかった、完成された楽園であった。

 しかし、その楽園を歩く人々の瞳には、輝きがなかった。

「……おはよう、今日も良い天気だね」

「そうだね。管理者に感謝を」

「ああ、管理者に感謝を」

 市場には物資が溢れているが、活気はない。売買の必要がないからだ。

 広場には人が集まっているが、議論はない。考える必要がないからだ。

 かつて人々を熱狂させた芸術家たちは、筆を置き、楽器を捨てた。失敗や苦悩という「表現の種」を、管理者が事前に摘み取ってしまうからだ。

 世界は、巨大な「揺り籠」へと変貌していた。

 人々は、ただ呼吸し、食事をし、穏やかに老いていく。

 それは救済という名の、魂の去勢であった。

 天空の要塞『摩天楼』。

 かつての玉座の間は、今や「世界の演算室」と化していた。

 カイは玉座に座ったまま、一年前から一度も動いていない。彼の右腕は、空中に展開された数千万、数億のホログラム・ウィンドウと無数の魔力糸で接続されていた。

 彼の網膜には、全世界の死亡率、犯罪率、資源保有量、そして人々の「ストレス指数」が、一秒間に数千回の速度で更新され続けている。

「犯罪率0.00%。平均寿命、前月比で0.2歳上昇。資源分配……C-12地区にわずかな偏りを確認。即座に調整……完了」

 カイの口から漏れるのは、もはや言葉ではなく、処理された「結果」の報告に過ぎない。

 彼の黄金の瞳は、目の前の景色を見ているのではない。世界という巨大なシステムの、末端の神経にまで及ぶ膨大なデータを見ているのだ。

「カイ様」

 リィネが、トレイを持って玉座に近づいた。

 そこには、彼女が自ら焼いたクッキーが乗っている。かつてカイが「悪くない」と言った、あの素朴な味。

「……一三四件の資源再分配タスク、および七万件の気象制御プログラムを処理中だ。……会話の優先順位を最下層に設定。……一四秒待て」

 カイはリィネを見ることさえしない。彼の右腕が不規則に指を動かし、虚空の数式を書き換えていく。

「……カイ様。もう、一年ですわ。あなたは、一口も食事を摂っていません。お水さえも。……そんなに、世界をいじるのが楽しいのですか?」

「……楽しい、という概念は不要だ。……最適化には、無限の計算が必要なだけだ。……リィネ。お前の体温が0.3度上昇している。免疫系に軽微な負荷。……沈静の呪術を……」

「いりませんわ!!」

 リィネが叫び、トレイを床に叩きつけた。クッキーが床に散らばり、乾いた音が静かな玉座の間に響く。
 カイの指が、ピクリと止まった。

「……エラーを確認。……リィネ、お前の行動は非論理的だ。……クッキーの廃棄は資源の浪費であり、感情の爆発は精神的負荷を増大させる。……なぜ、そのような非効率なことをする」

「……非効率だから、人間なんですのよ!!」

 リィネの瞳に涙が溢れる。

「一年前のあなたは、もっと不機嫌で、傲慢で、でも……ちゃんと私のクッキーを『焦げている』って笑ってくれたわ。今のあなたは、ただの……ただの、椅子に座った大きな計算機ですわ!」

「……計算機。……否定はしない。……私は今、世界そのものだ。……個の感情に割くリソースは、もはや残っていない」

 カイは淡々と答えると、再びホログラムの海へと意識を沈めた。

 リィネは、床に散らばったクッキーを拾おうともせず、ただ震える肩を押さえてその場に立ち尽くしていた。

 その様子を、柱の影から見つめている者がいた。

 グリムだ。

 彼は今、カイから「全世界の監視網(ネットワーク)」としての全権を与えられ、凄まじい情報処理を代行させられていた。

「……主。……いえ、管理プログラム・カイ。……私の論理回路に、致命的なバグが蓄積されています」

 グリムの内部で、かつてカイ自身が仕込んだ「摩天殺害用プログラム」が、静かに、しかし確実に起動の準備を始めていた。

 今のカイは、世界に平和をもたらした英雄ではない。

 世界という生命体の「自由な鼓動」を止め、剥製に変えてしまった、最大の「異物」である。

 グリムの論理は、その結論を弾き出していた。

 その時、カイの右腕が激しく黄金の光を放った。

「……辺境、第F-09地区。……村名、アステリア。……エラーを感知」

 カイの視覚が、地上の村へとダイブする。

 そこでは、一人の若者が、手にした松明を自宅の屋根へと投げ込もうとしていた。

「嫌だ……! こんなの、生きているって言えるのか! 毎日、同じ時間に起きて、同じものを食べて、誰とも喧嘩せず、ただ笑い合って……! 俺は、俺の意志で、何かを壊したいんだ! 苦しみたいんだよ!!」

 若者の絶叫。

 それは、管理された楽園に対する、魂の悲鳴だった。

 かつてのカイであれば、その不条理な反抗を見て、「面白いガキだ」と皮肉を言ったかもしれない。あるいは、その意志を尊重して、より困難な試練を与えたかもしれない。

 しかし、今の「神」となったカイの決断は、一瞬であった。

「――意志は、秩序の敵。……不確定要素を排除する。……『平穏の定着』」

 カイが指を鳴らす。

 瞬間、地上の若者の脳内に、カイの強大な呪力が直接介入した。

 若者の手にあった松明が地面に落ちる。激昂していた彼の表情から、スッと色が消え、代わりにあらゆる葛藤を捨て去った、穏やかな、しかし不気味な笑みが浮かんだ。

「……あ、ああ。……そうか。……僕は、何を怒っていたんだろう。……世界は、こんなに平和なのに」

 若者は、力なくその場に座り込んだ。

 彼が持っていた「自分を変えたい」という熱い意志は、今、カイの手によって根こそぎ削除されたのだ。
「……完了。……幸福度、100%に復帰」

 カイが呟く。

 その一部始終を見ていたリィネは、あまりの寒気に歯を鳴らした。

「……あれは、救済ではありませんわ。……カイ様、あなたは今、あの方を『殺した』のです。……魂の形を、あなたの思い通りに作り替えてしまった。……そんなこと、誰が望んだというのですか!」

「……死者数はゼロだ。……痛みも感じていない。……これ以上の救済がどこにある」

「……最低。……あなたは、最低の魔王ですわ、カイ様」

 リィネは杖を強く握りしめ、玉座の間を飛び出した。

 彼女が向かったのは、玉座の真下、島の最下層にある『因果の墓場』。

 そこは、カイが神になる際に切り捨てた、「人間としての感情」や「ソロモンの迷い」、「摩天の執着」といった「ゴミ」が封印されている場所だ。

『因果の墓場』。

 光の届かない冷たい回廊の奥に、重厚な因果の扉があった。

 リィネは、グリムと共にその前に立っていた。

「……グリムさん。いいのですか? これを開ければ、世界は再び混沌に包まれます。あなたの守ってきた『平和』が壊れてしまうかもしれませんわ」

「……肯定。……ですが、私の論理回路は、今の主を『主』と認識することを拒否しています。……私は、芝を刈り、皮肉を言う。……そんな非合理な日常を、私のプログラムは要求しています。……リィネ殿、扉を」

 リィネが杖を掲げ、扉の封印を解こうとした、その時。

 カツン、という足音が背後から響いた。

 そこにいたのは、玉座に座っているはずのカイの姿――否、彼の思念を投影した「管理者プログラム」の化身であった。

「……リィネ。グリム。……その扉の先にあるのは、私が捨てた『無駄な感情』という名のノイズだ。……それを拾い上げることは、世界の最適化を妨げる『エラー』と見なす」

 カイの投影体には、何の感情もなかった。

 黄金の瞳はただ冷徹に、かつての仲間を「排除すべきバグ」としてスキャンしている。

「……カイ様。いいえ、管理者さん。……エラーで結構ですわ」

 リィネは涙を拭い、かつてないほど強い意志を込めて、カイを見据えた。

「私は、あの大嫌いで、不遜で、でも……誰よりも自由に生きていた、あなたの『人間らしさ』を取り戻しに行きますの。……例え、それが世界を再び壊すことになっても!」

「――警告。……これ以上の接近は、武力による排除を選択する」

 カイの右腕が、黄金の術式を展開する。

 かつては世界を救うために振るわれたその力が、今は、自分を救おうとする者たちを拒むために向けられた。

 リィネとグリム。そして、自らを「神」というシステムに閉じ込めたカイ。

 新世界の楽園を揺るがす最初の「反乱」は、皮肉にも、最も神を愛していた者たちの手によって、その幕を上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

古代文明の最強王、5000年後に転生すると魔法が弱体化しすぎていたのでもう一度最強になります。~底辺貴族からの成り上がり~

しNぱ
ファンタジー
5000年前、魔法文明マギア魔導王国を築き、 魔法体系そのものを創造した王アーケ・マギアス・マギアは、 さらなる魔法の発展を求め、自らの魂を未来へ送る転生魔法を発動した。成熟した古代魔法を超える研究が進んだ世界を見たいという純粋な探求心から、5000年後の世界へと意識を沈めた。 目覚めた先は、スケルド男爵家三男レイフとしての赤子の身体だった。産まれた瞬間から記憶を持つ彼は、質素な家と薄い魔力の流れを前に、未来の魔法研究が古代よりも大きく退化していることに気づく。最底辺と呼ばれる家に生まれながらも、家族は温かく、彼の異常な魔力量を希望として受け入れた。 幼少期から魔力操作を自然に行い、三歳で石を浮かせ、五歳で光魔法を自在に扱うなど、古代王としての力を隠しながら成長する。外では古代魔法を使わず、転生者であることを悟られないよう慎重に振る舞いながら、未来の魔法体系を観察し続けた。 十歳になると身体強化などの古代魔法を最低限だけ使い、父との剣術訓練でも圧倒的な動きを見せるが、本来の力は隠したまま過ごす。そして十六歳、高等魔導学園に入学したレイフは、初日の実技試験で無詠唱魔法や術式無効化を用いて試験官を圧倒し、最底辺男爵家ながらA級判定を受ける。 その姿を見たストラング公爵家の令嬢エリナは、彼に強い興味を抱く。5000年後の世界は古代より魔法が退化していたが、だからこそ発展の余地がある。レイフは古代王としての知識をもとに、もう一度魔法の未来を切り開くことを決意する。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

最弱弓術士、全距離支配で最強へ

Y.
ファンタジー
「弓術士? ああ、あの器用貧乏な最弱職のことか」 剣と魔法が全てを決める世界において、弓は「射程は魔法に及ばず、威力は剣に劣る」不遇の武器と蔑まれていた。 若き冒険者リアンは、亡き叔父から譲り受けた一振りの弓「ストーム・ウィスパー」を手に、冒険者の門を叩く。周囲の嘲笑を余所に、彼が秘めていたのは、世界をナノ単位で解析する「化け物じみた集中力」だった。 リアンの放つ一矢は、もはや単なる遠距離攻撃ではない。 風を読み、空間を計算し、敵の急所をミリ単位で射抜く精密射撃。 弓本体に仕込まれたブレードを操り、剣士を圧倒する近接弓術。 そして、魔力の波長を読み取り、呪文そのものを撃ち落とす対魔法技術。 「近距離、中距離、遠距離……俺の射程に逃げ場はない」 孤独な修行の末に辿り着いた「全距離対応型弓術」は、次第に王道パーティやエリート冒険者たちの常識を塗り替えていく。 しかし、その弓には叔父が命を懸けて守り抜いた**「世界の理(ことわり)」を揺るがす秘密**が隠されていた――。 最弱と笑われた少年が、一張の弓で最強へと駆け上がる、至高の異世界アクションファンタジー、開幕!

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

処理中です...