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第1話:お世話係の朝は、世界の終わり?と共に始まる
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大陸の中央にそびえ立つ、空を突くような巨塔――『七彩の魔導塔』。
そこは、この世界の秩序を守り、天災を鎮め、魔王の残滓を焼き払う「世界最強の七賢者」が住まう聖域だ。
塔の麓では、今日という一日を無事に迎えられたことを感謝し、人々が祈りを捧げている。
「ああ、今日も七賢者様のおかげで太陽が昇った……」
「昨晩の嵐も、きっと風の賢者様が追い払ってくださったのだな」
国民にとって、彼女たちは触れることさえ許されない高潔な女神であり、畏怖の対象だ。火、水、風、土、光、闇、氷。それぞれの属性を極めし七人の乙女たちは、常に凛として、神聖な魔力をまとい、世界を導いている――はずだった。
だが。
そんな「外側」の勝手な幻想は、塔の内部に足を踏み入れた瞬間に粉々に砕け散ることになる。
「……暑い。っていうか、これもう火事だろ」
俺、アルトは、清潔にアイロンがけされたエプロンの紐を締め直し、独り言を漏らした。
現在、時刻は午前六時。
手に持っているのは、火災消火用の魔法具……ではない。最高級の茶葉が入ったティーポットと、焼き立てのクロワッサンが載ったトレーだ。
俺の目の前にある「火の賢者」フレア様の寝室の扉からは、既にどす黒い煙と、鉄をも溶かすような熱気が漏れ出している。
普通の人間なら、この扉に触れた瞬間に火傷を負い、中の熱気に触れれば一瞬で炭になるだろう。
だが、俺には魔法の才能が「ゼロ」な代わりに、どんな強大な魔力も受け流してしまう『無効化』に近い超耐性があった。
「失礼します、フレア様。朝食の時間ですよ」
ガチャリ、と扉を開ける。
瞬間、轟音と共に紅蓮の爆炎が吹き荒れた。
「近寄るなぁぁぁ! 焼き尽くしてやるぅ……むにゃ……」
部屋の主、火の賢者フレア様は、ベッドの上でシーツを蹴飛ばしながら、寝ぼけて絶大な魔力を解放していた。彼女の髪は炎のように赤く逆立ち、部屋中の家具が赤熱している。
俺はため息をつきながら、吹き付ける火炎の中を平然と歩き、彼女の枕元へと進んだ。
「フレア様。いつまで寝ているんですか。今日は魔導評議会への出席予定があるでしょう?」
「うるさーい! 私を……このフレアを誰だと思ってるのよ! 火刑よ、死刑よ!」
「はいはい、死刑は後にして、まずはお顔を拭きましょうね」
俺は魔法耐性に任せて、彼女が放つ業火を無視し、冷たい水で絞ったタオルで彼女の頬を優しく拭う。
すると、さっきまで荒れ狂っていた炎が、ふっと嘘のように消えた。
「……あ、あると?」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「な、ななな……なんでいるのよ! あんた、いつの間に!」
「五分前からいましたよ。ほら、起きてください。髪が爆発していますよ」
真っ赤な顔をして跳ね起きるフレア。彼女は「世界を焼き尽くす紅蓮の魔女」なんて二つ名を持っているが、実態は朝に弱くて独り言が激しい、ただの寂しがり屋の少女だ。
彼女は俺の腕をがしっと掴むと、ツンとした表情を保とうとしながらも、瞳を潤ませて上目遣いに俺を見た。
「……ね、ねえ。今日のクロワッサン、私の好きなチョコ入り?」
「もちろんです。ですから、早く着替えて食堂に来てください」
「……ふん、わかったわよ。あんたがそこまで言うなら、起きてあげなくもないわ。勘違いしないでよね、あんたが焼くパンが食べたいだけなんだから!」
典型的な台詞を吐き捨てて、彼女は布団の中でモゾモゾと着替え始める。
よし、まずは一人目。
俺は足早に次の部屋――「氷の賢者」シエル様の部屋へと向かった。
氷の部屋は、火の部屋とは真逆だ。扉は完全に凍結し、廊下まで霜が降りている。
「失礼します」
無理やり扉をこじ開けると、そこは完全に氷河期だった。
中央の氷の天蓋付きベッドで、銀糸のような髪を広げて眠っているのはシエル様。
彼女は俺の気配を感じると、ゆっくりと瞼を持ち上げた。その瞳は冷酷なまでに美しい青。
「……アルト。死にたいのですか。私の聖域を汚す不届き者には、絶対零度の罰を」
「シエル様、毎朝その台詞飽きません? ほら、特製のハーブティーです。喉を潤してください」
「…………」
彼女は無表情のままティーカップを受け取る。湯気が立ち上るカップを口に運び、一口。
その瞬間、彼女の周囲で凍りついていた壁や床が、パキパキと音を立てて溶け始めた。
彼女の頬が、ほんのりと桃色に染まる。
「……美味しい。アルト、私の隣に座りなさい」
「ダメです。他の皆さんの朝食も準備しなきゃいけませんから」
「命令です。……行ったら、この塔ごと凍らせます」
「物騒な脅しはやめてください。後でたっぷりお話を聞きますから、今は一階へ」
シエルは不満げに口を尖らせたが、俺が彼女の髪を軽く整えてやると、「……許可します」と呟いて大人しく立ち上がった。
七賢者の塔、中央食堂。
ここはお世話係である俺にとって、一日のうちで最も過酷な戦場だ。
長い円卓に、七人の「世界最強」が勢揃いしている。
「アルト! 私のスープ、少しぬるいわ! 飲みやすいように冷ましてくれたんでしょうけど、もっと熱くてもいいのよ!」(火のフレア)
「あら、私はアルトの気遣いが嬉しいわ。ねえアルト、次は私の口に運んでくれる?」(水の属性を持つ魔性の女、アクア様が俺の腕に抱きついてくる)
「あはは! アルト、見て見て! 風でオムレツを浮かせてみたよ! 食べにくい? 嘘だぁ!」(風のウェンディ様が朝から全開で魔法を使っている)
「……アルト、この椅子、硬い。私の膝を椅子にしていい……? もしくは、私がアルトの椅子になる……」
(土のガイア様が、無表情に俺の腰を引き寄せる)
「皆様、お行儀が悪いですよ。アルトさんは私がお導きするのですから、控えなさい」(光の聖女ルミナ様が、背後に後光を背負いながら、何やら物騒な魔法陣を床に展開している)
「……アルト。闇の中に……来て。……朝日は、嫌い。……二人だけで、寝る……」(闇のノワール様が、俺の影の中から這い出してきて、裾を引く)
まさにカオス。
世界を救うはずの力が、今や「俺の隣に誰が座るか」「誰が一番に名前を呼ばれるか」という低次元な、しかし本人たちにとっては死活問題である争いに注ぎ込まれている。
「いい加減にしてください! 飯が冷めるでしょう!」
俺が机を叩いて一喝すると、瞬間、食堂が静まり返った。
隣国の大軍を一人で消し飛ばすような賢者たちが、エプロン姿の俺に怒られてシュンと項垂れている。
「……ごめんなさい、アルト」
「……だって、アルトが格好いいのがいけないのです」
「……次は、気をつける」
彼女たちは口々に謝罪を口にするが、その瞳には反省の色よりも、叱られたことへの妙な悦びと、俺への隠しきれない愛情が爛々と輝いている。
そもそも、俺がこの塔に連れてこられた理由は単純だった。
彼女たちはあまりに強大すぎる。その魔力は本人の意志とは無関係に周囲を汚染し、壊し、変質させてしまう。並の魔導師では、彼女たちの傍に一時間いるだけで精神が崩壊する。
だが、俺だけは違った。
どんな絶大な魔力も俺の体を通ればただの風になり、どんな呪いもただの微熱に変わる。
最初は、ただの「便利な道具」として呼ばれたはずだった。
けれど、生活能力が皆無で、孤独な頂点に立っていた彼女たちの世話を焼くうちに、いつの間にか立場は逆転していた。
彼女たちにとって、世界を守ることは「仕事」だが、俺に褒められることは「生きがい」になってしまったらしい。
「アルト。……今日の午後、少し時間が空きます」
シエルが氷の瞳でじっと俺を見つめてきた。
「私の魔力調整……手伝ってくれますね?」
その言葉を合図に、他の六人の目がガバッと見開かれる。
「ちょっと! シエル、抜け駆けは許さないわよ! 私だって魔力が暴走しそうなの!」
「魔力調整なら、水の私が一番気持ちいいはずよぉ。ねえ、アルト?」
「僕も! 僕もアルトに触ってほしい!」
「……私、もう、暴走してる。……早く、部屋に、来て……」
食堂の空気が、瞬時にして熱を帯び、冷気をはらみ、稲妻が走り、重力が増していく。
塔全体が、彼女たちの嫉妬と愛の魔力によって、ミシミシと悲鳴を上げ始めた。
王都の人々が見れば「天変地異の前触れだ!」とパニックになるような現象だが、その原因はただの痴話喧嘩だ。
「……はぁ。お前ら、いい加減にしないと、今日の晩飯は抜きですよ」
俺の最後通告に、世界最強の賢者たちは再び「ひっ!」と身を縮めた。
世界を救う七賢者。
国民が崇める彼女たちの正体は、俺がいないと何もできない、愛が重すぎる困ったお姉さんたちだ。
俺はため息をつきながら、空になった皿を片付け始める。
お世話係の朝は、まだ始まったばかりだ。
――そして、俺はこの時まだ知らなかった。
この日の午後、彼女たちの「デレ」が限界突破し、塔どころか王都全体を揺るがすような大事件が巻き起こることを。
そこは、この世界の秩序を守り、天災を鎮め、魔王の残滓を焼き払う「世界最強の七賢者」が住まう聖域だ。
塔の麓では、今日という一日を無事に迎えられたことを感謝し、人々が祈りを捧げている。
「ああ、今日も七賢者様のおかげで太陽が昇った……」
「昨晩の嵐も、きっと風の賢者様が追い払ってくださったのだな」
国民にとって、彼女たちは触れることさえ許されない高潔な女神であり、畏怖の対象だ。火、水、風、土、光、闇、氷。それぞれの属性を極めし七人の乙女たちは、常に凛として、神聖な魔力をまとい、世界を導いている――はずだった。
だが。
そんな「外側」の勝手な幻想は、塔の内部に足を踏み入れた瞬間に粉々に砕け散ることになる。
「……暑い。っていうか、これもう火事だろ」
俺、アルトは、清潔にアイロンがけされたエプロンの紐を締め直し、独り言を漏らした。
現在、時刻は午前六時。
手に持っているのは、火災消火用の魔法具……ではない。最高級の茶葉が入ったティーポットと、焼き立てのクロワッサンが載ったトレーだ。
俺の目の前にある「火の賢者」フレア様の寝室の扉からは、既にどす黒い煙と、鉄をも溶かすような熱気が漏れ出している。
普通の人間なら、この扉に触れた瞬間に火傷を負い、中の熱気に触れれば一瞬で炭になるだろう。
だが、俺には魔法の才能が「ゼロ」な代わりに、どんな強大な魔力も受け流してしまう『無効化』に近い超耐性があった。
「失礼します、フレア様。朝食の時間ですよ」
ガチャリ、と扉を開ける。
瞬間、轟音と共に紅蓮の爆炎が吹き荒れた。
「近寄るなぁぁぁ! 焼き尽くしてやるぅ……むにゃ……」
部屋の主、火の賢者フレア様は、ベッドの上でシーツを蹴飛ばしながら、寝ぼけて絶大な魔力を解放していた。彼女の髪は炎のように赤く逆立ち、部屋中の家具が赤熱している。
俺はため息をつきながら、吹き付ける火炎の中を平然と歩き、彼女の枕元へと進んだ。
「フレア様。いつまで寝ているんですか。今日は魔導評議会への出席予定があるでしょう?」
「うるさーい! 私を……このフレアを誰だと思ってるのよ! 火刑よ、死刑よ!」
「はいはい、死刑は後にして、まずはお顔を拭きましょうね」
俺は魔法耐性に任せて、彼女が放つ業火を無視し、冷たい水で絞ったタオルで彼女の頬を優しく拭う。
すると、さっきまで荒れ狂っていた炎が、ふっと嘘のように消えた。
「……あ、あると?」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「な、ななな……なんでいるのよ! あんた、いつの間に!」
「五分前からいましたよ。ほら、起きてください。髪が爆発していますよ」
真っ赤な顔をして跳ね起きるフレア。彼女は「世界を焼き尽くす紅蓮の魔女」なんて二つ名を持っているが、実態は朝に弱くて独り言が激しい、ただの寂しがり屋の少女だ。
彼女は俺の腕をがしっと掴むと、ツンとした表情を保とうとしながらも、瞳を潤ませて上目遣いに俺を見た。
「……ね、ねえ。今日のクロワッサン、私の好きなチョコ入り?」
「もちろんです。ですから、早く着替えて食堂に来てください」
「……ふん、わかったわよ。あんたがそこまで言うなら、起きてあげなくもないわ。勘違いしないでよね、あんたが焼くパンが食べたいだけなんだから!」
典型的な台詞を吐き捨てて、彼女は布団の中でモゾモゾと着替え始める。
よし、まずは一人目。
俺は足早に次の部屋――「氷の賢者」シエル様の部屋へと向かった。
氷の部屋は、火の部屋とは真逆だ。扉は完全に凍結し、廊下まで霜が降りている。
「失礼します」
無理やり扉をこじ開けると、そこは完全に氷河期だった。
中央の氷の天蓋付きベッドで、銀糸のような髪を広げて眠っているのはシエル様。
彼女は俺の気配を感じると、ゆっくりと瞼を持ち上げた。その瞳は冷酷なまでに美しい青。
「……アルト。死にたいのですか。私の聖域を汚す不届き者には、絶対零度の罰を」
「シエル様、毎朝その台詞飽きません? ほら、特製のハーブティーです。喉を潤してください」
「…………」
彼女は無表情のままティーカップを受け取る。湯気が立ち上るカップを口に運び、一口。
その瞬間、彼女の周囲で凍りついていた壁や床が、パキパキと音を立てて溶け始めた。
彼女の頬が、ほんのりと桃色に染まる。
「……美味しい。アルト、私の隣に座りなさい」
「ダメです。他の皆さんの朝食も準備しなきゃいけませんから」
「命令です。……行ったら、この塔ごと凍らせます」
「物騒な脅しはやめてください。後でたっぷりお話を聞きますから、今は一階へ」
シエルは不満げに口を尖らせたが、俺が彼女の髪を軽く整えてやると、「……許可します」と呟いて大人しく立ち上がった。
七賢者の塔、中央食堂。
ここはお世話係である俺にとって、一日のうちで最も過酷な戦場だ。
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「アルト! 私のスープ、少しぬるいわ! 飲みやすいように冷ましてくれたんでしょうけど、もっと熱くてもいいのよ!」(火のフレア)
「あら、私はアルトの気遣いが嬉しいわ。ねえアルト、次は私の口に運んでくれる?」(水の属性を持つ魔性の女、アクア様が俺の腕に抱きついてくる)
「あはは! アルト、見て見て! 風でオムレツを浮かせてみたよ! 食べにくい? 嘘だぁ!」(風のウェンディ様が朝から全開で魔法を使っている)
「……アルト、この椅子、硬い。私の膝を椅子にしていい……? もしくは、私がアルトの椅子になる……」
(土のガイア様が、無表情に俺の腰を引き寄せる)
「皆様、お行儀が悪いですよ。アルトさんは私がお導きするのですから、控えなさい」(光の聖女ルミナ様が、背後に後光を背負いながら、何やら物騒な魔法陣を床に展開している)
「……アルト。闇の中に……来て。……朝日は、嫌い。……二人だけで、寝る……」(闇のノワール様が、俺の影の中から這い出してきて、裾を引く)
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「いい加減にしてください! 飯が冷めるでしょう!」
俺が机を叩いて一喝すると、瞬間、食堂が静まり返った。
隣国の大軍を一人で消し飛ばすような賢者たちが、エプロン姿の俺に怒られてシュンと項垂れている。
「……ごめんなさい、アルト」
「……だって、アルトが格好いいのがいけないのです」
「……次は、気をつける」
彼女たちは口々に謝罪を口にするが、その瞳には反省の色よりも、叱られたことへの妙な悦びと、俺への隠しきれない愛情が爛々と輝いている。
そもそも、俺がこの塔に連れてこられた理由は単純だった。
彼女たちはあまりに強大すぎる。その魔力は本人の意志とは無関係に周囲を汚染し、壊し、変質させてしまう。並の魔導師では、彼女たちの傍に一時間いるだけで精神が崩壊する。
だが、俺だけは違った。
どんな絶大な魔力も俺の体を通ればただの風になり、どんな呪いもただの微熱に変わる。
最初は、ただの「便利な道具」として呼ばれたはずだった。
けれど、生活能力が皆無で、孤独な頂点に立っていた彼女たちの世話を焼くうちに、いつの間にか立場は逆転していた。
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「ちょっと! シエル、抜け駆けは許さないわよ! 私だって魔力が暴走しそうなの!」
「魔力調整なら、水の私が一番気持ちいいはずよぉ。ねえ、アルト?」
「僕も! 僕もアルトに触ってほしい!」
「……私、もう、暴走してる。……早く、部屋に、来て……」
食堂の空気が、瞬時にして熱を帯び、冷気をはらみ、稲妻が走り、重力が増していく。
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「……はぁ。お前ら、いい加減にしないと、今日の晩飯は抜きですよ」
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国民が崇める彼女たちの正体は、俺がいないと何もできない、愛が重すぎる困ったお姉さんたちだ。
俺はため息をつきながら、空になった皿を片付け始める。
お世話係の朝は、まだ始まったばかりだ。
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