陰キャに優しいギャルなんて絶対に存在しない!!

Y.

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陰キャに優しいギャルなんて存在しない……はずだった!? 〜付き合い始めたら毎日が過剰デレのオーバーキル〜

第10話(最終回):陰キャに優しいギャルは……俺の婚約者!? 〜卒業式は、一生の檻への入所式〜

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 三月の風は、まだ少しだけ冷たい。

 校庭の桜は、空気の読めない俺たちを祝うかのように、せっかちな蕾をいくつか綻ばせていた。

 今日、俺、佐藤湊(さとう みなと)は、この三年間通い詰めた学び舎を去る。

 三年前の入学式。俺の目標は「誰の記憶にも残らず、背景の石ころのように静かに消えること」だった。だが、今の俺はどうだ。

(……おかしい。なぜ、全校生徒の視線が、針のように僕の背中に突き刺さっているんだ。僕はただのモブだ。石ころだ。道端のタンポポだ。それなのに、なぜ隣の席の『学園の女王』は、僕の手を机の下でギリギリと、万力のような力で握りしめているんだ……!)

「……湊くん。私、もうダメ。鼻水出そう」

 隣の席。卒業証書授与を待つ瀬戸結衣が、潤んだ瞳で俺を見つめていた。

 式典用の、いつもより少しだけ控えめなメイク。だが、それが逆に彼女の端正な顔立ちを際立たせ、悲劇のヒロインのような美しさを醸し出している。

「……結衣。君が泣くと、僕の脳内にある『パニック・アラート』が最大音量で鳴り響きます。落ち着いてください。これは単なる卒業式、つまりは『一軍と陰キャがそれぞれの適切な階層へ戻るための、法的な分離儀式』に過ぎないんですから」

「……バカ。……私にとっては、湊くんと毎日会える『楽園』からの追放式なんだよ」

 結衣はそう言うと、握っていた俺の手の甲に、自分の額をこてん、と預けた。

 衆人環視。全教師、全生徒、そして保護者たちの目の前。

 俺の脳内セキュリティは、もはや警告を出すことすら諦め、「自己防衛機能:沈黙」を選択した。

 式は厳かに進行していった。校長先生の長い話、聞き飽きた式歌。

 そして、ついに「卒業生代表・答辞」の時間がやってきた。

「卒業生代表。三組、瀬戸結衣」

 凛とした声で呼ばれ、結衣が立ち上がる。

 彼女は俺の手を名残惜しそうに離すと、ゆっくりと登壇した。

 その背中を見つめながら、俺は「ああ、やっぱり彼女はあちら側の人間なんだ」と、どこか遠い世界のことのように感じていた。

 結衣は、用意された原稿を読み上げた。

 三年の思い出、先生への感謝、親への言葉。完璧だった。誰もが彼女の美しさと、立派な言葉に涙を流していた。

 だが。

「……あ、あと最後に!」

 原稿を閉じた結衣が、突然マイクを握り直し、体育館の天井を見上げた。

「私をここまで変えてくれた、世界一の彼氏! 二組の佐藤湊くん! 卒業しても、大学に行っても、一生離してあげないからね! 私の隣は、死ぬまで湊くんの指定席なんだから! 全校生徒の皆さん、証人になってくださーい!!」

(………………っ!!)

 体育館が、一瞬で凍りついた。

 その後、割れんばかりの歓声と、一部の男子からの「死ねえええ!」という断末魔が響き渡った。

(……なっ!? 答辞という神聖な公文書を私物化して、僕への『所有権』を国家レベルの規模で再公示しただと!? これは、僕が大学という新しい環境で、不慮の事故的に女子と接点を持たないよう、あらかじめ全人類に釘を刺すための『社会的去勢』か!? 恐ろしい……恐ろしすぎるぞ、瀬戸結衣……!)

 式が終わった後、俺は逃げるように校舎の裏へと向かった。

 そこは、かつて俺が彼女に呼び出され、人生が変わるきっかけとなった「始まりの場所」だ。

「湊くん! 逃げ足速すぎ!」

 後ろから、花束を抱えた結衣が走ってくる。

 彼女は息を切らしながら俺の前に立つと、悪戯っぽく、けれどどこか真剣な顔で俺を見上げた。

「……結衣さん。君は自分が何をしたか分かっているんですか。僕の平穏な大学生活は、入学前から『一軍ギャルの所有物』というレッテルと共に、崩壊が確定しましたよ」

「いいじゃん、事実なんだし。……はい、これ。私からの、本当の『卒業祝い』」

 結衣が、カバンの中から小さな箱を取り出した。

 俺は震える手でそれを受け取り、ゆっくりと蓋を開けた。

「…………指輪?」

 そこにあったのは、ラインストーンが埋め込まれた、キラキラとした「おもちゃの指輪」だった。

「今は、これ。……でも、数年後には、ちゃんとしたやつに交換してね。……予約、済ませておいたから」

(……予約!? 婚約の先物取引だと!? これは、僕が就職して初任給を手にし、自由な経済活動を謳歌するはずの未来まで、あらかじめ差し押さえるための『人生の抵当権設定』か!?)

「……湊くん。嫌、かな?」

 結衣が、俺の制服の裾をギュッと掴んだ。

 その瞳は、さっきまでの大胆な宣言とは裏腹に、不安で震えていた。

 彼女は、いつだってこうだ。

 最強のギャルという鎧を纏いながら、中身は俺という「日陰者」の存在なしには立っていられないほど、不器用で、一途な、ただの女の子。

 俺は、溜息をついた。

 自分の卑屈さを。臆病さを。自分勝手な防衛本能を。

 それをすべて、この三年間で彼女に溶かされてしまったのだ。

「……嫌なわけ、ないだろ。……バカ」

 俺は、そのおもちゃの指輪を手に取ると、自分の小指……ではなく、彼女の左手の薬指に、そっと嵌めた。

「……っ! 湊くん?」

「今は、これで僕が君を予約(マーキング)しておきます。……数年後、僕が一人前の社会人になったら、僕の全資産と全人生を賭けて、本物(契約書)を持ってきます。……だから、それまで、僕をこの『幸せという名の檻』から出さないでください」

 初めて、俺から彼女を強く抱きしめた。

 春の光の中で、彼女の体温が、俺の胸の中に溶けていく。

「……うん。絶対、絶対だよ。湊くんが逃げようとしても、地球の裏側まで追いかけて、私の部屋に監禁しちゃうんだからね?」

「……それはそれで、僕にとってはご褒美になりそうで怖いですね」

 俺たちは、桜が舞い散る校門を、手を繋いでくぐった。

 ――結論。

 陰キャに優しいギャルなんて、存在しない。

 いたのは、僕の人生という名の『鬱展開な物語』を、強引にハッピーエンドへ書き換えてくれた、お節介で、独占欲が強くて、世界で一番可愛い――俺の、お嫁さん(予定)だった。


 一ヶ月後。


 北斗大学、入学式。

「湊くーん! こっちこっち!」

 少しだけ大人っぽくなった、大学生仕様のギャル・結衣が、キャンパスの中央で俺を呼んでいる。

 俺は相変わらず、周囲の「大学デビュー」したキラキラした連中に怯えながら、彼女の元へと急ぐ。

(……ああ。結局、場所が変わっても、僕のパニックな日常は続くらしい。だが、不思議と悪くない気分だ。この騒がしい幸せが、僕の『永遠』になったのだから)

 二人の背中が、校舎の奥へと消えていく。

 その光景を、掲示板の影から静かに見つめる、一人の少女がいた。

 小鳥遊 栞。

 彼女は、自分の胸元に光る、湊と同じデザインの「図書委員の栞」をそっと握りしめた。

「……佐藤先輩。入学、おめでとうございます」

 彼女の瞳には、かつてないほどの、深くて冷たい「影の情熱」が宿っていた。

「……さて。第二ラウンドの開始ですね。……瀬戸先輩。キャンパスは広いです。……死角は、高校の時よりもずっと多いんですよ……?」

 栞が眼鏡をクイッと上げ、音もなく二人の後を追う。

 陰キャに優しいギャルは実在した。

 だが、その愛によって紡がれた未来には、新たな「深淵の介入」と、終わることのない「オーバーキルな日常」が待ち受けていた。

 俺のポケットの中で、スマホが甘い声で鳴る。

『湊くん、大好きだよ。……大学でも、私以外見ちゃダメ。……約束、破ったらお仕置きだからね?』

 俺は、かつてないほどの絶望と、それ以上の幸福に満たされた溜息をつき、一歩、未来へと踏み出した。
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