25年間の罪と罰

Y.

文字の大きさ
2 / 4

第2章 25年間の空白

しおりを挟む
 葵が再生ボタンを押した瞬間、タイムカプセルを取り囲んでいた同窓生たちのざわめきが一気に引いた。

 レコーダーから流れてきたのは、古いカセットテープのような、耳障りなノイズの後に続く**「音」**だった。

『……やめてよ……もう、やめて!』

 か細く、震えた少女の声。高梨恵だ。

『うるせえな、恵。お前が変なことすっからだろ!』

それは、幼い悟の声だった。荒々しい足音と、何かを突き飛ばすような鈍い音。そして、複数の子どものけたたましい笑い声。

 それは、まさしく卒業直前の、いじめの瞬間だった。レコーダーは、恵が身を守るために隠し持っていたものだったのだろう。

 録音は短く、すぐに途切れた。その後の音声は、風の音や土を掘るような音、そして微かな金属音が混じる、不明瞭な雑音へと変わる。そして、急に『カチッ』というスイッチが切れるような音と共に、完全に無音になった。

 悟は、その無音に安堵したようだったが、すぐに表情を硬くした。

「ほら見ろ。ただの、卒業前の悪ふざけの記録だ。蒸し返すな。もう終わりにしよう」悟は強引にレコーダーを奪い取ろうとした。

「いいえ」

葵は強く拒絶した。

「これからが本番よ」

 葵はレコーダーの電源を切り、それを硬く握りしめたまま、その場を後にした。同窓生たちの戸惑いや、悟の射るような視線を感じながらも、葵は振り返らなかった。

 その夜、葵は自宅の薄暗い書斎で、レコーダーからデータを抽出していた。古い規格の音声ファイルを解析ソフトに通すには手間がかかる。

 数時間後、ようやくノイズを除去し、時系列のログデータが画面に表示された。

「やっぱり……」

 レコーダーは、恵の失踪後、一度も電源が切られずに、約二十五年間ずっと稼働し続けていたことを示していた。

 ログは、2000年3月25日の深夜、校舎裏で途切れる。そこから、何らかの衝撃でマイクが停止したのか、データは長い無音の期間が続いていた。

 ――そして、2025年4月、タイムカプセルが掘り起こされた今日の午後に、突如として録音が再開されていた。

『ザアアア……』

 録音の再開部分には、アスファルトを走る車の音、現代の音楽、そして同窓生たちの「あれはただの家出だ」という、過去を否定するような話し声が聞こえた。
 葵は音量を絞り、さらに深くデータを掘り下げていく。無音の期間が長すぎて、解析ソフトはエラーを吐き出しかけていた。

『お願い、止まって。止まってよ……!』

 すると、その無音のデータの中に、ごくわずかな、まるで遠い水底から聞こえてくるような、微細な音声の断片が隠されていることに気づいた。

 それは、呼吸音のようなもの、そして「数字」を数えるような、不規則なリズムの音だった。

『……23……24……25……』

 突然、その微細な音声がクリアになり、成長した女性の、静かで、冷たい声が響いた。

『(静かな声で)……ねえ、覚えてる? 25年前、あの時、誰も私を見てくれなかった。でも私は、あなたたちのその後の25年間を、ずっと見ていたよ。』

 葵の背筋に冷たいものが走った。恵は、死んでいなかった。あるいは、失踪後も、レコーダーを通じて、彼らの人生を監視していたのか。

『あなたたちの今の生活、今の幸せ、今の家族…。それは、あの時の沈黙の上に築かれたものだよね?』

 恵の声は、恨み節ではなく、静かな告発だった。

『(ため息)…でも、もう終わり。卒業式は、今から始まるの。』

 録音はそこで途切れた。葵の部屋の静寂が戻ってきた。

 葵はレコーダーのデータを凝視した。録音の最後に、恵が言及した「卒業式」という言葉と共に、GPSのようなデータが、音声に微かに連動していることを発見する。それは、レコーダーの最終的な位置情報を示唆していた。

『緯度:35.XXXX、経度:139.XXXX。建物:旧・第25図書室。』

 翌朝。

 葵が出勤しようとマンションを出た瞬間、高級セダンが目の前で停車した。運転席から降りてきたのは、スーツ姿の遠野悟だった。彼の顔には、昨日の余裕は完全に消え去っていた。

「昨日のレコーダー、私に渡せ」

悟は声を潜めて言った。

「あれは、当時のクラスの秘密だ。蒸し返せば、お前自身の生活も破壊されることになるぞ」

「あなた、何を隠しているの?」

葵は悟を鋭く見返した。

「恵は、あなたたちが言ったような『家出』じゃなかった。レコーダーには、あなたたちの集団での罪が記録されていた」

 悟は、周囲に人がいないことを確認し、葵の耳元に囁いた。

「あの録音の裏には、もっと大きなことが隠されている。恵のメッセージは、ただの復讐じゃない。もし、お前がそれを公にすれば、お前が傍観者だったという罪も含めて、すべてが明るみに出る。お前も、共犯者なんだよ、葵」

 悟の目は、真実を知っている人間のそれだった。

「脅し?」

「忠告だ。今日中に、データを消去し、レコーダーを私に返せ。さもないと、お前の未来の生活は、恵と同じように、25年間かけて築き上げたすべてを失うことになる」

 悟はそう言い残すと、セダンに乗り込み、立ち去った。

 葵は、悟の車が消えた後も、その場に立ち尽くしていた。レコーダーが示す「旧・第25図書室」。そして、悟が口にした「もっと大きなこと」。

 その時、葵のスマートフォンに着信があった。表示されたのは、『非通知』。

 葵は震える指で通話ボタンを押した。

「……もしもし?」

 受話器の向こうから聞こえてきたのは、無音だった。だが、かすかに、何かが数字を数えるような、不規則なリズムが聞こえた気がした。

『……23……24……』

 そして、かすかに、笑い声が聞こえた。それは、25年前に録音されていた、幼い悟の、悪意に満ちた笑い声と、瓜二つだった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...