最弱弓術士、全距離支配で最強へ

Y.

文字の大きさ
35 / 47
season2

第7話:極北の亡霊

しおりを挟む
 1.

 大気そのものが凍りつき、吐息さえも鋭い結晶となって喉を焼く。

 リアンたちは、生命の存在を拒絶する極北の廃都「アイシクル・ネクロポリス」に足を踏み入れていた。かつて栄華を誇った都市は、いまや黄金の魔力によって「永遠の静止」を強要され、巨大な氷の墓標と化している。

「……先生、足元を。雪が、魔力を吸っています」

 アルトが短く警告を発した。魔力を持たないアルトにとって、この地は単なる酷寒の地だが、魔力を持つリアンとマリナにとっては、歩くたびに存在の根源を削り取られる地獄だった。

 リアンの足取りは重い。術式の反動による記憶の欠損は、もはや無視できないレベルに達していた。自分がなぜ、この冷たい棒きれのような弓を持っているのか。なぜ、隣にいる黄金の光を纏った女性を守らなければならないのか。理屈では分かっている。だが、それを裏付ける「感情の重み」が、霧のように薄れているのだ。

「リアンさん、無理をしないで……。私のために、あなたが削れていくのは、もう……」

 マリナが震える声で訴える。彼女の肉体は、リアンの「因果固定」によってかろうじて形を保っているが、その輪郭は吹雪に混じり、透き通り始めている。

「大丈夫だ、マリナさん。……俺には、まだこの弓の重さが感じられる」

 リアンは感覚を失いかけた指先で、ストーム・ウィスパーを握りしめた。だが、その馴染みのあるはずの感触さえ、今はどこか遠い世界の出来事のように思えた。


 2.

 その時、音もなく「死」が飛来した。

 ヒュンッ――!!

 リアンの頬をかすめ、背後の氷柱を粉砕した一矢。

 魔力を全く帯びていない。風を切り裂く音さえ最小限。それは、かつてリアンが極めたはずの「精密」を、さらに一段階上の「無」に昇華させた狙撃だった。

「……何者だ」

 吹雪の向こうから、青白い光を放つ人影が現れた。

 透き通った体、古びた狩人の装束。その瞳には、現世の者には持ち得ない「静寂」が宿っている。

「我が名はハルファス。かつてアルスと共に、この地の理を追い求めた亡霊……そして、この廃都の守護者なり」

 ハルファス。かつて叔父アルスと共に伝説を創り上げた「静寂の狙撃手」の名だ。

「リアン・アークライト。技術を失い、記憶を捨てた者が、この地の鍵を手にする資格はない。……お前の『魂』が何を視ているか、示してみせろ」

 ハルファスが半透明の弓を引き絞った。

 そこには殺意はない。あるのは、ただ絶対的な「真理」を問う試練。


 3.

 ハルファスの放つ矢は、物理法則さえも超越していた。

 リアンは反射的にナノ・サイトを起動しようとしたが、脳が演算を拒絶する。計算式を忘れたのだ。風速、湿度、魔力密度。かつての最強を支えた「正解のデータ」が、脳内から完全に消去されている。

「くっ……視えない! 未来が、描けない!」

 次々と飛来する不可視の矢に、リアンの体は傷ついていく。

 ハルファスは、無感情に告げた。

「お前は『正解』を思い出そうとしている。だが弓術の本質は記憶ではない。過去の栄光に縋るな。今、ここに在るという『意志の質量』を射ろ」

「意志の……質量……」

 リアンは、ついに目を閉じた。

 失われた叔父の笑顔。消え去った故郷の風景。あやふやになった武技の形。

 それらがない「空っぽ」の自分。

 その「無」の真ん中に、ぽつんと灯っている一つの火が見えた。

(……理屈なんて、最初からなかったはずだ。俺が弓を引いたのは、あいつが笑ってくれるから。ただ、それだけだ)

 その瞬間、リアンの視界が一変した。

 目を開けているわけではない。脳で計算しているわけでもない。

 ただ、世界の「鼓動」が直接、魂に流れ込んできた。

 雪の結晶が砕ける音。マリナの不安な心音。そして、ハルファスの「存在という名の波長」。

 魔力でも光でもない、万物が根源に持つ「存在理由」を直接捉える新たな知覚。

『魂眼(アニマ・サイト)』。

 リアンは、記憶にないはずのストーム・ウィスパーを、まるで自分の腕の延長であるかのように、極めて自然に引き絞った。

 そこに「計算」はない。ただ、「そこに在るべき矢」を放つ。

 カキィィィィィン!!

 リアンの放った一矢が、ハルファスの「無」の狙撃を正面から相殺し、亡霊の胸元を正確に貫いた。

「……見事だ。技術を超え、お前は己の魂そのものを射抜いたか」

 ハルファスは満足げに微笑み、その体が光の粒子となって霧散していく。その跡に残されたのは、脈打つような黄金の輝きを放つクリスタル――術式の完成に必要な鍵、「虚無の心臓」だった。


 4.

 だが、安堵の暇はなかった。

 ハルファスの消滅に呼応するように、廃都の地下から、黄金の魔力に汚染された死霊(氷結のグール)の群れが地を埋め尽くす勢いで溢れ出してきた。

「先生は『心臓』を! ここは僕が死守します!」

 アルトが前に出た。だが、死霊の数は数千。物理的な狙撃だけでは、文字通り押し潰されるのは時間の問題だった。

「……やるしかない。先生の隣に立つ資格を、ここで証明する!」

 アルトは、自分の「魔力ゼロ」という体質を、限界まで利用する禁断の術を強行した。

 通常、生命体は微弱な魔力で体内を満たしている。だが、アルトは意識的に細胞一つ一つから全てのエネルギーを排出し、体内を「完全な真空」へと変えた。

「――『虚無の駆動(ゼロ・ドライヴ)』!!」

 アルトの全身の血管が浮き上がり、毛穴から血の霧が噴き出す。

 だが、その速度は人智を超えた。

 周囲の魔力抵抗を一切受けない「無」の肉体が、吹雪の中を光速で疾走する。

 パパパパパパン!!

 アルトが放つ矢は、もはや点ではなく線となって戦場を埋め尽くした。

 一秒間に数十射。魔力による強化ではなく、純粋な骨格の連動と反射速度の限界突破。

 死霊たちが近づくことさえ許さぬ、圧倒的な「物理の弾幕」。

「が……ぁぁぁぁっ!!」

 筋肉が裂け、骨が軋む悲鳴。しかし、アルトは止まらない。

 師匠が「魂」で視るなら、自分は「肉体」ですべてをねじ伏せる。

 少年の凄まじいまでの献身が、死霊の波を一人で押し留めていた。


 5.

「アルト、もういい! 鍵は手に入れた!」

 リアンが『魂眼』で死霊の親玉を一撃で仕留め、アルトを抱きかかえた。

 アルトの体は熱を持ち、全身がボロボロの状態だったが、その口元には満足げな笑みが浮かんでいた。

「……へへ、やりましたよ……先生……」

 リアンは震える手で「虚無の心臓」を掲げた。

 その瞬間、術式の回路がリアンの中に雪崩れ込み、さらなる代償を奪い去った。

(……アストリア。あの街の名前は……なんだっけか)

 故郷の風景が、完全に消えた。

 自分がどこで生まれ、どのような空の下で育ったのか。リアンの記憶地図から、彼の「原点」が永遠に抹消された。

 もはや、彼には帰るべき場所がない。あるのは、守るべき女性と、背中を預ける弟子がいる「今」という戦場だけだ。

「……行こう。全ての因果を終わらせに」

 リアンはマリナとアルトを連れ、極北の空を見上げた。

 そこには、王都を起点として世界全体を包み込もうとする、巨大な黄金の「修復陣」が完成しつつあった。

 それが完成したとき、マリナは消失し、世界は完璧な、しかし意思のない「静止した楽園」へと変わるだろう。

 最強の不完全者、リアン・アークライト。

 彼は、自分という存在そのものを削りながら、世界が定義した「正解」という名の絶望を射抜くため、最後の決戦の地、王都中枢へと歩み出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された万能聖魔導師、辺境で無自覚に神を超える ~俺を無能と言った奴ら、まだ息してる?~

たまごころ
ファンタジー
王国一の聖魔導師アレンは、嫉妬した王子の策略で「無能」と断じられ、国を追放された。 辿り着いた辺境の村で、アレンは「ただの治癒師」として静かに暮らそうとするが――。 壊れた街を再生し、疫病を一晩で根絶し、魔王の眷属まで癒しながら、本人はただの村医者のつもり。 その結果、「あの無能が神を超えた」と噂が広がり、王と勇者は頭を抱えることに。 ざまぁとスカッとが止まらない、無自覚最強転生ファンタジー開幕!

異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー

黒木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。 その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。 人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。 異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ

クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました

髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。 死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。

異世界レストラン・フェルマータ ~追放料理人の俺、神の舌で世界を喰らう~

たまごころ
ファンタジー
王都の五つ星料理店を追放された若き料理人カイ。理不尽な仕打ちに絶望しかけたその瞬間、彼は異世界で目を覚ます。 そこは「味覚」が魔力と結びついた世界──。美味を極めれば魔力が高まり、料理は民を癒やし、王すら跪く力を持つ。 一介の料理人だったカイは、神の舌「フェルマータ」の力に目覚め、貧しい村に小さな食堂を開く。 だがその料理は瞬く間に世界を変え、王侯貴族、聖女、竜姫、女勇者、果ては神々までが彼の皿を求めるようになる。 追放された男の、料理と復讐と愛の異世界成り上がり劇、ここに開店!

最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~

華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』 たったこの一言から、すべてが始まった。 ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。 そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。 それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。 ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。 スキルとは祝福か、呪いか…… ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!! 主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。 ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。 ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。 しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。 一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。 途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。 その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。 そして、世界存亡の危機。 全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した…… ※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。

ある日、俺の部屋にダンジョンの入り口が!? こうなったら配信者で天下を取ってやろう!

さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。 冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。 底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。 そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。  部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。 ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。 『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

処理中です...