最弱弓術士、全距離支配で最強へ

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欠落の英雄と黄金の残滓 — 剛剣士シグルドの追憶戦記 —

第5話:虚無の玉座

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 1.

 北の最果て。そこはもはや、生命が生存を許される場所ではなかった。

 聖女の里からさらに数日、シグルドたちが辿り着いたのは、物理法則がボロを出し始めた「世界の継ぎ目」だった。

 空はひび割れた鏡のように剥がれ落ち、その隙間からは星のない真理の暗闇が覗いている。大地は歩くたびにデジタルなノイズとなって明滅し、遠近感さえもが狂った非ユークリッド幾何学の迷宮と化していた。

「……ひどい。世界が、泣いているみたい」

 マリナが震える声で呟く。彼女の首筋にある漆黒の聖痕は、この場所に近づくほどに激しい熱を放ち、周囲の空間を侵食していた。

「泣かせておけばいい。勝手に友を拉致し、燃料代わりに使い潰している世界など、一度粉々になればいいんだ」

 シグルドは大剣『グラディウス』を地面に突き立て、荒い息を吐きながら前方の「壁」を見上げた。

 そこには、空を埋め尽くすほどの『黄金の軍勢』が、無機質な静寂を保ったまま整列していた。数万、いや数億。世界の自己修復機能が総動員された、侵入者を拒むための絶対的な防壁である。

「シグルドさん、来ます! 反応速度、通常時の三倍以上です!」

 アルトが背中のストーム・ウィスパーを構え、鋭く叫んだ。

 黄金の騎士たちが一斉に抜剣し、津波のような勢いで襲いかかってくる。


 2.

「――まとめて吹き飛べ!!」

 シグルドの咆哮と共に、グラディウスが巨大な半円を描いた。

 それは単なる剣撃ではない。自身の「因果の違和感」を限界まで研ぎ澄ませ、敵が攻撃してくる「確定した未来」を、発生の瞬間に力ずくで叩き折る『因果破壊の一閃』。

 ドォォォォォォン!!

 先頭の騎士たちが爆発するように霧散するが、次弾は即座にログから再構成され、隙間を埋める。

 無限の再構築。世界そのものを相手にするとは、即ち「終わりなき消耗戦」に挑むことと同義だった。

「先生、道を! ……『無』が通ります!!」

 アルトが跳躍し、空中で目にも止まらぬ連射を放つ。

 魔力を持たないアルトの矢は、黄金の騎士たちの防御プログラムを潜り抜け、彼らを繋ぎ止めている「座標」を物理的に弾き飛ばす。魔力による修復が追いつかない「空白の穴」を戦場に作り出していく。

「マリナ、俺の背後から離れるな! 楔の場所まで、俺たちが押し通してやる!」

 シグルドは全身から噴き出す闘気で黄金の圧力を押し返し、一歩、また一歩と世界の中心へ向かって踏み込んでいく。

 鎧は砕け、皮膚は裂け、黄金の魔力による浸食がシグルドの身体を焼く。だが、彼の瞳に宿る炎は、それ以上に激しく燃え上がっていた。

「……あいつは、ずっと一人でこれと戦ってきたんだ。……この程度の痛み、あいつの孤独に比べれば、そよ風のようなものだ!」

 三人の意志が、絶望的な数差を跳ね除け、ついに「世界の核」へと辿り着いた。


 3.

 眩い閃光に包まれ、一行が目を開けたとき、そこは真っ白な虚無の空間だった。

 音もなく、重力もなく、ただ「意思」だけが伝播するシステムの心臓部。

 三人の前に、巨大な黄金の幾何学模様で構成された意識体、『世界の意志(システム・エグゼ)』が降臨した。それは人の形を捨て、万物を管理する数式そのものへと昇華された、この世界の「神」だった。

『――不確定要素(バグ)の接近を検知。……理解不能なり。なぜ貴様たちは、世界の安定を破壊しようとするのか』

 システムの声は、感情のない鐘の音のように脳裏に直接響く。

『一人の魂(リアン・アークライト)を定数として固定することで、数億の個体が救済される。これは至極合理的であり、唯一の最適解である。……彼一人の消滅を拒むことは、世界すべての崩壊を招く。……貴様たちの友情は、全生命の生存権を上回る価値があると主張するのか?』

「……ああ、そうだ。お前の理屈は、ヘドが出るほど正しいんだろうな」

 シグルドは血まみれの大剣を肩に担ぎ、システムを睨みつけた。

「だがな、神様。……一人の犠牲の上に成り立つ幸福を、俺たちは『平和』とは呼ばない。……あいつがいない世界で救われたって、俺たちの魂は永遠に欠けたままだ。……欠落した世界を守る義理など、俺たちには一欠片もないんだよ!!」

『非合理的。……感情による演算ミス。……排除フェーズ、最大出力へ』

 黄金の空間が激しく脈動し、三人の存在を消去しようとする絶対的な圧力が降り注ぐ。


 4.

「……今です! 二人とも、私に力を!!」

 マリナが祭壇の中心で叫ぶ。

 シグルドは懐から「折れた矢」を、アルトは背中の「名弓」を差し出した。

 マリナの首筋から漆黒の波動が溢れ出し、アストリアで見つけた設計図と、聖女の里で得た術式を空中で結合させる。

 だが、術式を実体化させるためのエネルギーが足りない。

 世界の理を書き換えるほどの奇跡には、相応の「対価」が必要だった。

『――捧げるがいい。……貴様たちが世界から得た全ての「定義」を』

 システムが冷酷に告げる。

 矢を完成させるための代償。それは、彼らがこれまで積み上げてきた「英雄としての地位」と「世界からの恩恵」のすべてだった。

「……ふん、勲章なら王都に置いてきた。……最強の騎士という名声も、最初からあいつの影に隠れて得たものだ。……そんなもの、いくらでもくれてやる!」

 シグルドの身体から、王都の加護を証明する銀の光が剥がれ落ちていく。

 騎士としての階級、領地、特権。それらすべてが、術式の燃料として燃やされていく。

「僕からも、持っていけ! ……世界が定義する『可能性』なんていらない! 僕はただ、先生の弟子であればそれでいい!」

 アルトの身体からも、将来の成長を約束する黄金の輝きが消えていく。

 二人が「個」としての社会的価値をすべて投げ打ったとき、マリナの聖痕が最大に輝いた。

「――顕現せよ、真実を繋ぐ楔!!」

 三人の記憶、友情、そして未来。

 それら不合理な人間の想いが一つに溶け合い、ついに究極の修正プログラム、『概念固定の矢:真銘版』がアルトの手の中に実体化した。

 それは光り輝く黄金でも、漆黒の虚無でもない。ただの、澄み切ったクリスタルのような、一点の曇りもない透明な一矢だった。


 5.

 矢が完成した瞬間、虚無の空間を縛っていた無数の法則の網が引き裂かれた。

 玉座の中心。黄金の鎖に貫かれ、半透明のノイズとなって消えかかっていた「彼」の姿が、ついに露わになる。

「……あ……ぁ……」

 リアンが、微かに目を開けた。

 数年の間、誰にも思い出されず、ただエネルギーを吸い取られ続けた瞳は、ひどく濁り、空虚だった。だが、そこにシグルドたちの姿が映った瞬間、奇跡のような「色」が戻る。

「……シグルド……アルト……。……マリナ、さん……?」

「待たせたな、リアン。……お前がいないと、祝勝会の酒がちっともうまくないんだ」

 シグルドは涙を流しながら、不敵に笑った。

「……なぜ、来た。……僕が消えれば、君たちは……幸せに……」

「そんなの、幸せじゃない! 先生、僕、今度こそ先生を追い越すって決めたんだ。……こんなところで、勝手に終わらせないでください!」

 アルトが震える手で、透明な矢を弦に番えた。

 システムの核、リアンの魂を貫く黄金の鎖。それを射抜けば、世界を支えるエネルギー源が失われ、世界は激しい混乱に陥るだろう。

 だが、三人に迷いはなかった。

「……行きましょう、リアンさん。……私たちの、明日へ」

 マリナの祈りが矢に宿り、シグルドの闘気がその軌道を補正する。

 アルトが弦を限界まで引き絞った。

「――『零式・全距離支配:因果解放』!!」

 放たれた透明な一矢は、神の理を真っ向から貫き、リアンを縛る黄金の鎖を、音を立てて粉砕した。
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