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5章
5-1
しおりを挟む年の初めに皇城で開かれるのは、この国で最も華やかなイベント、新年舞踏会。
国中の貴族の参加が許され、皇帝陛下の御前に立つことができる。
貴族たちは思い思いのドレスや燕尾服を身にまとい、皇族のもてなしを受け、旧友との再会を喜び語り合う。
結婚したばかりの若者達を冷やかし、デビュタントを控える子を持つ親に準備はどうかと尋ね歩く。
今年の流行に沿った料理やワインに舌鼓を打ち、皇城お抱えの楽団による演奏を聴きながら、手に手を取り合い、ダンスを踊る。
そんな会場を横目に見ながら、警備の制服に宝石付きブローチ姿で巡回しているのが、私、ロゼア・サウスですこんばんは。
年が明けて二十三歳になりました。
この国は、産まれた日付は関係なく、新年になると一歳年を取るいわゆる「数え年」方式を採用しているのよね。慣れてしまえばとっても楽だわ。
ここが「源氏物語を下敷きとした、小説投稿サイトから書籍化したラノベの世界」だと気が付いて、更に自分が源氏物語で言う「葵上」ポジションだと思い出してから早二年。
あの時は絶望したわ。
ありとあらゆる手を使って生き残るために奔走した結果、私を呪い殺す予定だった六条御息所ことロクサーヌ・フォール公爵代理とは、気が置けないお茶飲み友達になることができました。
本日のロクサーヌ様のお召し物は胸元が濃紺、裾にかけて薄い青に変化していくイブニング・ドレス。
濃紺の生地にガラスのビーズがキラキラと輝いて満点の星空を思い出させる。裾に降りるにつれて変化していく色合いは、まるで夜明けのよう。金に近いベージュの髪は頭の上でまとめられているけれど、顔の横から一筋零れ落ちるのが何とも言えない美しさを醸し出している。流れ星を表現しているのかしら。
胸元はイブニング・ドレスにしてはきっちり覆われているのに背中はしっかり空いていて、絶対的な自信を感じさせる。
黒のチョーカーにパープルサファイヤが煌めいているのは、「亡き夫を想っているので声掛けは遠慮してください」というさりげないアピール。公的な場に出るときは欠かさずに着けていらっしゃる。
私のお母様であるサウス公爵夫人と共に、女性のトップに立つ第一妃殿下の元で談笑中。
以前は社交界から一歩引いたところにいらしたけれども、最近は少しずつ中心に復帰しておられ、ますます魅力を増している気がする。
そんなロクサーヌ様のご息女アキエル様は、デビュタント前である為、今日はお留守番。
母子共に仲良くしてくださっているので嬉しい。
そしてロクサーヌ様以外のヒロイン達とも、色々な縁を繋ぐことになったのよね。
空蝉ことセミリア・バグスカイ伯爵夫人は、我が夫シャイアとの不倫疑惑を乗り越え、夫であるイヨルド・バグスカイ伯爵との仲を深めていらっしゃるわ。
もうすぐ一緒に領地に移り住むと聞いている。
今日もバグスカイ伯爵の瞳と同じ緑色のフル・ドレスで楽し気に踊っていらっしゃる。
緑一色のドレスはちょっと地味すぎる気もするけれど、ものすごく幸せそうなので、外野が何か言うのは野暮という物よね。
あら?
バグスカイ伯爵のブローチ、セミリア様の髪飾りとお揃いじゃないかしら?
今年もラブラブで何よりだわ。
お揃いと言えば、とお父様を探す。
あ、見つけた。
サウス公爵であるお父様の胸元には、右羽が青、左羽が紫の蝶モチーフブローチが輝いている。
お母様のブローチは左羽が青、右羽が紫のデザインなんだよね。
我が国で蝶は夫婦円満のシンボル。
高位貴族には珍しく一夫一妻の両親は、今でも仲良しで若い世代からは憧れられていたりする。
良いことよね。
そんなお父様は、ホールの中央で宰相閣下と踊っていらっしゃった。
宰相閣下はライト公爵家の方。
公爵家同士のダンスとあり、とても優雅なんだけど、二人とも顔が怖いからかしら、必要以上に迫力あるダンスシーンだわ。
お兄様は、と探すと、皇太子殿下の後ろをついて歩いていらっしゃるのが見えた。
お兄様も近衛に属しているけれども、私と違って今日は黒の燕尾服姿で舞踏会に参加している。
仕事ではないのに皇太子殿下と行動を共にしているということは、それだけ近い友人であるということ。
第一夫人のマリーお姉様は生家ライト公爵家の方々と歓談中。
そして第二夫人、夕顔ことユーリナ・サウス侯爵第二夫人は、ご息女と一緒に領地で暮らしているので本日は欠席。そうです、私が領地に送りました。
皇都にいると危険な目にあうかもしれないもんね、色々とね。
ユーリナ様は私に感謝の念を抱いてくれているみたいで、新年のメッセージカードを送ってくれたりと、遠く離れていても心を砕いてくれていることがわかる。
ご息女も四歳になって、きっとますます可愛くなっているだろう。
皇都に戻ってくる時が楽しみなような、恐ろしいような。
何故恐ろしいか?
源氏物語の「玉鬘十帖」をご覧ください。
若紫ことララ・イレーグル侯爵令嬢は、私の第一夫人候補として、我が夫シャイア・サウス公爵夫君が管理している二番街の館で日夜勉強に励んでいる。
同性婚が認められている世界とはいえ、まさか葵上と若紫が結婚する道があるなんて、誰が想像したでしょう。考えて実行したのは私だけれど。
ちなみに第一夫人「候補」なのは単純にララがまだ結婚できない未成年だから。
なので今日はお留守番。基本的にはシャイアがララの面倒を見ているけど、時々会いに行って勉強の成果を見せてもらっている。砂が水を吸うように知識を身に着けていくララにはいつも驚かされるわ。
立派な公爵夫人になってほしい。
「……ふう……」
会場を一回りし終えたので職務室に戻ろうかと廊下へ向かう。
今日の私は参加者ではなく主催側、お仕事の日。私の仕事は皇都内で行われる行事の警備。
指揮を執る立場なので、私自ら当日見回りをする必要は本当の所ないのだけれど。
今日は年に一度の新年舞踏会の日で、国中の貴族がお客様。
私の部下もほとんどが貴族。
というわけで、人手が足りないのよね。去年一昨年と休暇を貰って新年舞踏会に参加していたので、今年は警備シフトに入ることにしました。私の後ろに護衛が二人付いてきているので武力的には問題なし。私も護身術くらいは嗜んでいるしね。
出口の近くに人だかりができてるなあと思ったら、光源氏ことシャイア・サウス公爵令嬢夫君を見かけた。
私の夫。
会場内で一番まばゆい金色の髪。どんな宝石よりも深く輝くアメシストの瞳。最高級生地で仕立てた黒い燕尾服に白のネクタイという一般的な服装だが、まるで彼の為に考えられたかのよう。
今は甘い表情で、何人もの令嬢を魅了している。
やがてその中の一人の手を取り、中央のフロアへと向かう。
一曲踊るみたいね。
見慣れた光景なのでなんとも思わないが、後ろを歩いている護衛が気まずそうにしているので私の前ではやめてほしかった。気づいていたのかはわからないけれど。
シャイアとはつかず離れずの距離感だけど、ララの教育に関して話をするようになったこともあって、前よりは仲良くなった気もする。
お付き合いや新婚期間を吹っ飛ばして熟年夫婦になったような……とまではいかないなあ。
なんだか担任の先生と親っていうくらいの関係性。
このまま夫婦を続けていていいのかな?と 思わなくもない。
そんなことを考えながら廊下を歩いていたら、向こうから見慣れた人影が歩いてきた。
「ファイラ様。謹んで新年のお慶びを申し上げます」
「ロゼア様。こちらこそ、謹んで新年のお慶びを申し上げます」
お互いに頭を下げてから微笑みあう。
ファイラ・ジューン一代公爵とは、仕事でよく話すという事情もあり、現在は親しい友人という関係。
ファイラ様は皇帝陛下の第三皇子として生まれ、現在は一代公爵として皇城で催事の裏方を手配する仕事に就いていらっしゃる。
源氏物語で言うと蛍宮。
影の薄い風流人。
実際のファイラ様は音楽の才が有名で、生母第二妃殿下と同じように絵画の才にもあふれていて、我が公爵家のドローイング・ルームや私の寝室に飾る絵も描いてくれた。
今日はシャイアと同じように黒の燕尾服姿だ。胸元に覗いたハンカチーフは桃色に紫の縁飾り。成人男性が使うには可愛すぎるけれど、母親である第二妃殿下とお揃いなのね。
「ロゼア様はお仕事着ですね。舞踏会はご欠席ですか」
「ここ二年出席させてもらいましたから、そろそろ仕事の方を取らなければと思いまして」
「そうでしたか。ロゼア様の新しいドレス姿を楽しみにしていたので、残念です」
私はにこりと微笑む。貴族とは、お金を使う生き物である。
浪費するのはいただけないけど、適度に買い物をして流通を回すのも貴族の大事なお仕事なのである。
淑女の買い物として最も頻度が高いのが、ドレスだと思う。
この国では一年ごとに流行が変わる。
そして流行を「作る」のも高位貴族の仕事の一つ。
簡単に言うと、今日の新年舞踏会で皇族が纏っているドレスが、今年の流行を表すことになっている。
例えば一昨年は代々伝わるイブニング・ドレスだったから「クラシカル」。
去年は薔薇の刺繍入りドレスに髪に薔薇が飾られていたから「ローズ」。
そして今年は、「二色使い」。
皇后陛下は襟と袖が濃い紫、他は薄い紫のフル・ドレス。
あげられた金色の髪にパープルサファイヤで作られたお花に濃い茶色の枝が添えられ、花だけではない美しさを感じられた。
第一妃殿下は紅のドレスで、袖口や裾には華やかな紫のレースが添えられていた。あの色合いをくどくならずに着こなせるのは流石の一言だ。アッシュグレーの髪に飾られていたのは紫のレースとルビーでできた蝶の飾り。紅薔薇のような瞳とよく似合っていた。
第二妃殿下は桃色のドレスで袖口と肩回りには濃い紫のレースを重ねて可愛らしく。
第三妃殿下は落ち着いた赤紫のドレスに薄い紫色のレースを腰回りに着けて大人っぽく。
皇太子妃殿下たちも、それぞれの二色を着こなしていた。
ちなみに、皇族以外でも流行を先んじて知ることができた人々は、流行に合わせた格好をしている。
わからなかった人は一般的な正装ね。
前者がロクサーヌ様、後者がセミリア様。
新年舞踏会の時点で流行を「知っているかどうか」で、貴族としてどの程度の立ち位置にいるのかがわかってしまう。読み違えると恥をかくのは言うまでもない。
勿論、我がサウス公爵家も事前に情報をつかんでいたので、今日はお母様がブルーのドレスにモスグリーンの切り替えしが付いたドレスを着ているし、夫婦そろってバイカラーの蝶のブローチで参加している。
ちなみにシャイアと私のブローチにもアメシストとアクアマリンの二色の宝石がついている。
私達の瞳の色を模したもの。白い結婚でも、夫婦だからね。
「ありがとうございます。ドレスは仕立てていますが、着る機会があるかしら」
「良ければ晩餐会を開きましょうか。余興としてお好きな曲を演奏しますよ」
ファイラ様の演奏の大ファンとしては、頷くしかないお誘いに胸が躍る。
「ぜひ。楽しみにしておりますわ」
「私も、ロゼア様のドレスを楽しみにしています」
会釈をして別れる。さて、続きのお仕事も頑張りますか。
後書き
お気づきでしょうが、衣装の描写がとてもとても苦手です。
なんかこういい感じに素敵な舞踏会を想像しておいてもらえると幸いです…。
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