伊賀者、推参

武智城太郎

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伊賀三人衆

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 朝山。
 大和の地にある、奥深い山々のうちの一つ。
 竹林が辺り一面に広がっており、外部からは獣道さえ見あたらない。
 それ故に、追手の目を逃れて隠れ住むには、ここほど絶好の地はなかった。
 
 山の頂には、隠れ集落が形成されていた。
 小さな古い民家が一つと、あとはにわか作りの簡易な竪穴式住居がいくつか。
 わびしく質素でありながら、生き残った音羽の村民たちは、この地で新たな生活を営んでいた。
 
 弥弥左衛門が、集めた柴を背負って集落にもどってくる。
 才蔵爺は、孫の五郎を使って縄張りを行っている。新たに掘立て式の民家を設けるための準備作業だ。
 弥左衛門は立ち止まり、
「才蔵爺、小さいが泉を見つけた。沢よりここから近い」
「腹は下さぬか?」
「良い水じゃ。それと北のほうに猪の通り道があった。みなに旨い鍋を食わせてやれるぞ」
「弥左殿、わしもお供をさせてください」
「承知した。五郎、おぬしは追いたて役じゃ(笑)」
 そこへ四、五人の童たちが、弥左衛門を慕ってわらわらと寄ってくる。
「弥左さま、おなかへったー」
「またか。ほら、これでもみなで食え」
 懐から丸薬のようなものを取り出してわけあたえる。童たちは、クチャクチャとおいしそうに頬張る。
「弥左さま、手裏剣の打ち方おしえて!」
「ああ、そのうち稽古をつけてやる」
「あ、ヤマドリ!」
 童たちは、騒ぎながら駆け去っていく。
 弥左衛門も立ち去ろうとするが、五つくらいの男の子が一人だけそばに残っている。
「弥左さま、とと様は?」
「ん?」
「父様はいつ帰ってくるの?」
「おぬしの父は勇ましう戦って戦場いくさばで死んだのじゃ。おぬしや里を守ろうとしてな。だからもう帰ってはこぬ。往生してあの世におるのじゃ」
「じゃあわしも〝あの世〟に行く!」
 その無邪気な物言いに嘆息し、
「いかん。童は行ってはならんところじゃ」
「弥左衛門」
 耳慣れた声で名を呼ばれ、ハッとして振り返る。
 少し離れた場所に、深網笠をかぶった地侍姿の二人の男が立っている。手足が異様に長い瘦身の者と、岩を思わせる巨躯の者だ。
 二人は深網笠をとって顔を見せる。
「判官! 木三! 無事であったか!」
 弥左衛門は嬉しそうに二人を出迎える。
「もっともおぬしらが、織田兵なぞに不覚をとるはずはなかろうがの」

 五郎は縄張り作業の手を止めて、弥左衛門たちのほうを不可解そうに眺めている。
「あの二人、どうやってここまで…」
 音羽村の者以外が、この集落にまでたどり着けるはずはないのに。
 しかも予期せぬ来訪者たちは、そこにいるだけで只者ではない不穏な空気を放っている。
「五郎は初めてか。あれが印代判官いんだいほうがん原田木三はらだもくぞうじゃ」
 才蔵爺も手を止めて、二人の姿を見つめている。
「あれが、弥左殿の下忍の…!」
 五郎は畏敬の声を上げる。弥左衛門を頭とする伊賀三人衆の輝かしい功績の数々は、幼い頃からなんども聞かされていたのだ。そのたびに幼い五郎少年は、胸を高鳴らせたものだった。
「あの三人が寄れば天下無敵じゃが、今さら何用じゃ?」
 才蔵爺は首をひねって訝しんでいる。

「伊賀は降伏した。織田家の分国になり下がった」
 判官がそっけなく報告する。だが骨に直接皮が張りついているような髑髏のごとき面相には、陰鬱な憎悪の念が静かに浮かんでいる。
 対照的に、木三は己の情を隠さない。怒りのあまり、全身をブルブルと震わせながら、
「暴虐非道の限りを尽くされ、里を焼き尽くされておきながら…! 腰抜けの頭衆どもめ!」
「そうか…」
 弥左衛門は落胆しない。敗北は時間の問題だったからだ。
「もはや関わりなきこと。わしらはこの地で一からやりなおすだけじゃ」
 判官は決然と、
「非道な織田家に一矢報い、伊賀の無念を晴らさねばならん」
「かような山奥に引っ込んでおる時ではないぞ!」
 弥左衛門もこの戦で、数多くの同胞を失った。その中には、まだ幼い年頃だった血を分けた弟妹も含まれている。二人の言葉は、ずっと弥左衛門が抑えていた怒りの感情を一気に爆発させた。
「どうせよというのじゃっ! 天下を覆わんとする織田家を相手に! 里に居座っておる織田兵どもでも誅殺していくかっ⁉」
「雑魚どもを屠っても詮なきことじゃ」
「手立てがある。おぬしの力が必要じゃ」
 判官が、弥左衛門の耳元で何事か伝える。
 弥左衛門は雷に打たれたような表情。
 判官と木三の顔を覗き込み、
「二日後に…まことか⁉」
「確かじゃ」
 判官がうなずく。
 弥左衛門は湧き上がる興奮を抑えることができないまま、重大な思案を巡らしていく。
 やがて口元に高揚とした笑みを浮かべる。
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