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第四章:武林迷宮
三十二話:武林迷宮 異世界の物理法則と時間の不可逆性
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あの後すぐにメリシアを起こし、これまでと同様に深めの穴を掘って、穴に降りてから十階層に向けて横穴を開け、穴の中を真っすぐ進んで……かれこれ三時間は経つ。
おかしい。
十二階層では入り口から十一階層へ続く螺旋階段まで、二時間もかからなかった。
立ち止まり、おぶっていたメリシアに一度下りて貰って真上に穴を開け、十一階層に頭を出してみる。
「……ダメか」
入り口から中を覗いた時と同じように、漆黒の闇が広がる空間には小さい明りがまるで星みたいに散らばっているだけで、目印になりそうなものは何も見当たらない。
重力が無いせいで上下の感覚もおかしくなっていて、自分がいま天井から頭を突き出しているかのような錯覚に陥り、慌てて穴を下りる。
「な、なにがあったのですか……?」
なぜこんなところで立ち止まったのかを説明されずにいたメリシアだが、血相を変えて戻った俺を見て事情を察したらしく、心配そうに尋ねてくる。
「メリシア……前の階層に比べて、ここまで時間がかかり過ぎてると思わないか」
「ソウタ様? 失礼ですが、たった今出たばかりかと……」
「なに……?」
心底不思議そうな顔で俺のことを見返すその瞳にからかっている様子が無く、背筋を針で刺されているかのようなチクチクした恐怖に駆られて急いで来た道を戻る――と、数歩進んだ先に壁があり、その上には穴が開いていた。
キツネにつままれるというのはこういうことをいうのだろうか。
俺は確かにメリシアを背負いながら三時間は走った。道中で、この懐中時計を何度も確認したのだか……ら……?
思考を巡らせながら、確認のため懐から取り出した懐中時計へ目を落とすと、長針と短針が出発した時刻に戻っていた。
長針と短針が同じ時刻を示しているということは、出発してから数秒から長くとも数十秒程度しか経っていないということか?
そういえば、周囲を確認するための穴を開けたのを思い出し、メリシアの元へ戻ってから横穴の天井を調べる。
「な、ない……そんな、そんな馬鹿な……」
先ほど、確かに頭を出して周囲を確認し、無重力のせいで上に向かって落ちていくような錯覚に襲われたはずだ……が、その穴が無いというのはいったいどういうことなんだ。
魔術による幻影を見させられている?
もしくは操作されている?
……いや、ありえない。この迷宮は全体が魔力を吸い取る構造になっていて、中に入れば魔術を行使したそばから魔力を吸われて実行など不可能だ。
あのセルフィやファフミルでさえ無理だとあっさり認めるほどの、いわば魔術結界のような場所なのだ。魔術の影響下にあるとは思えない。
しかし、魔術でないとするならいったい何がどうしてこうなったのか。
考えれば考えるほど、この世界に来た直後に匹敵する混乱へと陥っていく――
「くそっ! あと一階層で次の守護武神のところだっつーのに!」
「あ、あの……次で十階層、なのですか?」
「ここが十一階層だから、次が十階層……ゲンカイってヤツがいるところだろ」
「そうですか……?」
怪訝そうな表情を浮かべるメリシアを見ていると、さらに不安が増幅されていく。
ま、まさかとは思うが、
「……こ、ここって何階層だっけ?」
「私の……記憶が正しければ、十九階層ですね」
そんな馬鹿な、と思った次の瞬間には、衝動的にスローモーション状態のまま螺旋階段を駆け上がっていた。
「なんで……」
前の階層へと戻ると、そこには広大な空間とライメイの名が刻まれた例の石碑が置かれていた。
急いで下に戻り、スローモーションを解く。
「メリシア、良く聞いてくれ。もしかしたら、これからかなり変なことを聞くかもしれないが、思い出せる範囲でいいから教えて欲しい。俺は頭がおかしくなったかもしれないから客観的な情報が欲しいんだ、頼む」
「わ、分かりました……?」
一人で脂汗を浮かべながら焦点の定まらない視線でそんなことを言う俺を、心配そうにメリシアが見つめてくる。
自分でも何が何だか分からない混乱の極致にいるため、かなり支離滅裂な説明にはなってしまうが、それでも可能な限り丁寧に状況を説明していく。
「昨日の夜のことは覚えているか? 十一階層の入り口前に夜十一時頃到着して野宿したよな?」
「はい、野宿した記憶はあります……あれ、変ですね……ここは十九階層のはずでは?」
「十九階層からここまでは、穴を掘って真っすぐ進んでの繰り返しで来たことは覚えてるか?」
「なぜでしょう……お、覚えています……」
「つまり、ここは何階だと思う?」
「じゅ、十九階層ではないかもしれません……」
「だよな。良かった……ちなみにここはどうやら十九階層らしい」
「え……っ!?」
メリシアも俺と同じ記憶を持っているのは分かった。
現状に対する認識にずれがあるのは気になるが、そんなものは今ここで考えることではない。
問題は、どうやら丸一日分もの時間が巻き戻ってしまっているということだ。
「過去に戻るなんて、さすがにめちゃくちゃだ……」
時間とは放たれた矢の如きもので、まさしく不可逆的なモノらしいというのを何かの本で見たことがあるが、さすがは異世界、物理法則などガン無視である。
進んでも無かったことになってしまうのでは進みようがない。
潔くこれ以上先へ進むのは諦めて、早々に帝都へと帰るべきかと考えを巡らせていると、表面を黒光りさせたアイツが再びあらわれた。
「困っているようだね。僕の助けが必要だろ?」
おかしい。
十二階層では入り口から十一階層へ続く螺旋階段まで、二時間もかからなかった。
立ち止まり、おぶっていたメリシアに一度下りて貰って真上に穴を開け、十一階層に頭を出してみる。
「……ダメか」
入り口から中を覗いた時と同じように、漆黒の闇が広がる空間には小さい明りがまるで星みたいに散らばっているだけで、目印になりそうなものは何も見当たらない。
重力が無いせいで上下の感覚もおかしくなっていて、自分がいま天井から頭を突き出しているかのような錯覚に陥り、慌てて穴を下りる。
「な、なにがあったのですか……?」
なぜこんなところで立ち止まったのかを説明されずにいたメリシアだが、血相を変えて戻った俺を見て事情を察したらしく、心配そうに尋ねてくる。
「メリシア……前の階層に比べて、ここまで時間がかかり過ぎてると思わないか」
「ソウタ様? 失礼ですが、たった今出たばかりかと……」
「なに……?」
心底不思議そうな顔で俺のことを見返すその瞳にからかっている様子が無く、背筋を針で刺されているかのようなチクチクした恐怖に駆られて急いで来た道を戻る――と、数歩進んだ先に壁があり、その上には穴が開いていた。
キツネにつままれるというのはこういうことをいうのだろうか。
俺は確かにメリシアを背負いながら三時間は走った。道中で、この懐中時計を何度も確認したのだか……ら……?
思考を巡らせながら、確認のため懐から取り出した懐中時計へ目を落とすと、長針と短針が出発した時刻に戻っていた。
長針と短針が同じ時刻を示しているということは、出発してから数秒から長くとも数十秒程度しか経っていないということか?
そういえば、周囲を確認するための穴を開けたのを思い出し、メリシアの元へ戻ってから横穴の天井を調べる。
「な、ない……そんな、そんな馬鹿な……」
先ほど、確かに頭を出して周囲を確認し、無重力のせいで上に向かって落ちていくような錯覚に襲われたはずだ……が、その穴が無いというのはいったいどういうことなんだ。
魔術による幻影を見させられている?
もしくは操作されている?
……いや、ありえない。この迷宮は全体が魔力を吸い取る構造になっていて、中に入れば魔術を行使したそばから魔力を吸われて実行など不可能だ。
あのセルフィやファフミルでさえ無理だとあっさり認めるほどの、いわば魔術結界のような場所なのだ。魔術の影響下にあるとは思えない。
しかし、魔術でないとするならいったい何がどうしてこうなったのか。
考えれば考えるほど、この世界に来た直後に匹敵する混乱へと陥っていく――
「くそっ! あと一階層で次の守護武神のところだっつーのに!」
「あ、あの……次で十階層、なのですか?」
「ここが十一階層だから、次が十階層……ゲンカイってヤツがいるところだろ」
「そうですか……?」
怪訝そうな表情を浮かべるメリシアを見ていると、さらに不安が増幅されていく。
ま、まさかとは思うが、
「……こ、ここって何階層だっけ?」
「私の……記憶が正しければ、十九階層ですね」
そんな馬鹿な、と思った次の瞬間には、衝動的にスローモーション状態のまま螺旋階段を駆け上がっていた。
「なんで……」
前の階層へと戻ると、そこには広大な空間とライメイの名が刻まれた例の石碑が置かれていた。
急いで下に戻り、スローモーションを解く。
「メリシア、良く聞いてくれ。もしかしたら、これからかなり変なことを聞くかもしれないが、思い出せる範囲でいいから教えて欲しい。俺は頭がおかしくなったかもしれないから客観的な情報が欲しいんだ、頼む」
「わ、分かりました……?」
一人で脂汗を浮かべながら焦点の定まらない視線でそんなことを言う俺を、心配そうにメリシアが見つめてくる。
自分でも何が何だか分からない混乱の極致にいるため、かなり支離滅裂な説明にはなってしまうが、それでも可能な限り丁寧に状況を説明していく。
「昨日の夜のことは覚えているか? 十一階層の入り口前に夜十一時頃到着して野宿したよな?」
「はい、野宿した記憶はあります……あれ、変ですね……ここは十九階層のはずでは?」
「十九階層からここまでは、穴を掘って真っすぐ進んでの繰り返しで来たことは覚えてるか?」
「なぜでしょう……お、覚えています……」
「つまり、ここは何階だと思う?」
「じゅ、十九階層ではないかもしれません……」
「だよな。良かった……ちなみにここはどうやら十九階層らしい」
「え……っ!?」
メリシアも俺と同じ記憶を持っているのは分かった。
現状に対する認識にずれがあるのは気になるが、そんなものは今ここで考えることではない。
問題は、どうやら丸一日分もの時間が巻き戻ってしまっているということだ。
「過去に戻るなんて、さすがにめちゃくちゃだ……」
時間とは放たれた矢の如きもので、まさしく不可逆的なモノらしいというのを何かの本で見たことがあるが、さすがは異世界、物理法則などガン無視である。
進んでも無かったことになってしまうのでは進みようがない。
潔くこれ以上先へ進むのは諦めて、早々に帝都へと帰るべきかと考えを巡らせていると、表面を黒光りさせたアイツが再びあらわれた。
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