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第四章:武林迷宮
三十四話:武林迷宮の創造者
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「いや磁石は知ってるけど……なんで地面と引き合ってるんだ。この迷宮は鉄を多く含んでたりするのか?」
「クスクス……そんなわけないよ……物質変換が僕の力でね……靴を磁石に、地面を鉄に……それぞれ変換させたのさ……」
「マジかよ」
やはりこの、人を小馬鹿にしたかのようにプルプル震えながら笑うところはムカつくが、意外にも使える能力を持っていたことには素直に驚く。
「大丈夫、ちゃんと歩けるくらいの磁力に調節してあげるからね……ただ、慣れるまでは変な抵抗感があると思うから気を付けてね……」
チゴウが俺とメリシアの靴を磁石へと変えていく。
革製の茶色い靴だったのが、見る間にドス黒く変色していくそのさまは、少し気持ち悪い。
「それじゃあ行こうか……ああ、地面を鉄に変換するために、僕は盟主さんの洋服の一部になってついていくけど……気にしないでね……」
「……分かった。じゃ、行くか」
メリシアが着ているワンピースの腰元に、チゴウが大きなリボンとなって現れる。
言われたとおり、歩くたびに地面とピタピタ接着するような手ごたえに暫く苦戦するが、一時間も歩いた頃には慣れてきて――二時間もすれば走ることもできるようになっていた。
周囲は変わらぬ闇に包まれているが、今までのセオリーどおりに入り口から一直線に進んでみてはいるものの、都会で見上げる星空のようなまばらに散った光の中には、進行方向上に瞬いているものはなく、進めば進むほど焦燥が押し寄せてくる。
メリシアも同じ心境らしく、耐えきれなくなったかのように不安を口にする。
「相変わらず、何も見えませんね……」
「マジでな。チゴウ、なんか攻略法みたいなの知らないのか?」
「知ってるけど教えられないよ……前にも言ったけど、自力で乗り越えることに意味があるんだ……元戒と盟約を結びたいのなら、なおさらね……」
「役に立つんだか立たないんだか……」
そもそもこの空間をどうして無重力にしたのか、その理由が良く分からない。
チゴウが言っていたように、迷宮に足を踏み入れた者や、コトワリとかいうのを試すために作られたのならば……何らかの意味があるはずだ。
入り口から四十階層までは、いろんな自然環境を再現した空間が続いていた。
四十階層から三十階層までは迷路で――ん、ちょっと待てよ?
「おい、そういえば俺ら三十階層から二十階層までは自力で進んでないぞ。自力で乗り越える意味はどうした? っつーか、物質変換がお前の力だとか言ってたけど、アレも本当なんだろうな……?」
「本当だよ……嘘をついて僕に何の得があるのさ……それに、雷冥とは三十一階層で盟約を結んだんだから……わざわざ二十階層まで自分の足で踏破する必要はないだろう……?」
「三十一階層から二十階層まで俺とメリシアを転移させた時も、その力を使ったのか?」
喋るたびに微かに揺れるチゴウリボンが、ブルっと大きく震える。
「そ、そうだよ……大気の構成物質を組成変換して移動させたに、き、決まってるじゃないか……キミは何が……い、言いたいんだい?」
「お前ができるのは物質の変換だけじゃないだろ」
「ソウタ様……それはいったい……?」
「チゴウ、どういうことなのか説明してくれるよな」
まだ気が付いていない様子のメリシアに直接説明させるため、ギリギリとリボンを掴む手に力を入れていくと、チゴウが吐き出すように降参する。
「うぐぐぐぐっ……分かった、分かったからそれ以上締め上げないでくれ……っ!」
力を緩めると、荒く呼吸するかのようにリボンが何度か大きく膨らんだり縮んだりし始める。
それが落ち着くまで少し待ってから、脅すように声を絞って、ゆっくりとチゴウへ語り掛ける。
「十一階層だった空間を十九階層に変換したのは、お前だな?」
頷いているのか、リボンの耳が一瞬バサっと下がる。
「そうさ……僕だよ……」
「チ、チゴウさん……?」
盟主であるメリシアにとっては寝耳に水だろう。
驚いたような、落胆したような複雑な表情でチゴウの名を呼ぶ。
「黙っててごめんよ盟主さん……でもしかたがなかったんだ……実は僕は、迷宮の整備補修だけじゃなくて……理の探求も重要な役割として担っていたんだ……キミたちは、この迷宮が作られて以来はじめてとなる、二十階層の守護武神雷冥との盟約権者だからね……僕としては深部まで突破して貰えるまたとない機会を逃すわけにはいかなかったのさ……」
「なぜ……どうしてアナタはそこまでして――」
「言ったろ……僕は迷宮が作られたときからここにいるって……僕が僕だという自我に目覚めたのはいつだったかな……この迷宮がシャイア様によって作られてから、数十年たった頃かな……」
シャイアがこの迷宮を作った!?
危うく口から出かけた驚愕を飲み込み、まだ終わっていないチゴウの話の続きに耳を傾ける。
「あの頃はまだ初期も初期……迷宮の魔力蓄積量も微々たるもので、守護武神も第二位と第一位は不在だった――」
自我に芽生えてから暫くの間、この迷宮が親代わりだったチゴウは、来る日も来る日も、迷宮内部を巡回しては問題がある箇所を見つけて直す、という日々を送っていた。
ところがある日、それまで不在だった序列第二位と第一位のゲンカイとキュウカクが突然目の前に現れて、こう言われたらしい――
「シャイア様はこの世界を愛し、その理を憎んでおられるんだ……」
「クスクス……そんなわけないよ……物質変換が僕の力でね……靴を磁石に、地面を鉄に……それぞれ変換させたのさ……」
「マジかよ」
やはりこの、人を小馬鹿にしたかのようにプルプル震えながら笑うところはムカつくが、意外にも使える能力を持っていたことには素直に驚く。
「大丈夫、ちゃんと歩けるくらいの磁力に調節してあげるからね……ただ、慣れるまでは変な抵抗感があると思うから気を付けてね……」
チゴウが俺とメリシアの靴を磁石へと変えていく。
革製の茶色い靴だったのが、見る間にドス黒く変色していくそのさまは、少し気持ち悪い。
「それじゃあ行こうか……ああ、地面を鉄に変換するために、僕は盟主さんの洋服の一部になってついていくけど……気にしないでね……」
「……分かった。じゃ、行くか」
メリシアが着ているワンピースの腰元に、チゴウが大きなリボンとなって現れる。
言われたとおり、歩くたびに地面とピタピタ接着するような手ごたえに暫く苦戦するが、一時間も歩いた頃には慣れてきて――二時間もすれば走ることもできるようになっていた。
周囲は変わらぬ闇に包まれているが、今までのセオリーどおりに入り口から一直線に進んでみてはいるものの、都会で見上げる星空のようなまばらに散った光の中には、進行方向上に瞬いているものはなく、進めば進むほど焦燥が押し寄せてくる。
メリシアも同じ心境らしく、耐えきれなくなったかのように不安を口にする。
「相変わらず、何も見えませんね……」
「マジでな。チゴウ、なんか攻略法みたいなの知らないのか?」
「知ってるけど教えられないよ……前にも言ったけど、自力で乗り越えることに意味があるんだ……元戒と盟約を結びたいのなら、なおさらね……」
「役に立つんだか立たないんだか……」
そもそもこの空間をどうして無重力にしたのか、その理由が良く分からない。
チゴウが言っていたように、迷宮に足を踏み入れた者や、コトワリとかいうのを試すために作られたのならば……何らかの意味があるはずだ。
入り口から四十階層までは、いろんな自然環境を再現した空間が続いていた。
四十階層から三十階層までは迷路で――ん、ちょっと待てよ?
「おい、そういえば俺ら三十階層から二十階層までは自力で進んでないぞ。自力で乗り越える意味はどうした? っつーか、物質変換がお前の力だとか言ってたけど、アレも本当なんだろうな……?」
「本当だよ……嘘をついて僕に何の得があるのさ……それに、雷冥とは三十一階層で盟約を結んだんだから……わざわざ二十階層まで自分の足で踏破する必要はないだろう……?」
「三十一階層から二十階層まで俺とメリシアを転移させた時も、その力を使ったのか?」
喋るたびに微かに揺れるチゴウリボンが、ブルっと大きく震える。
「そ、そうだよ……大気の構成物質を組成変換して移動させたに、き、決まってるじゃないか……キミは何が……い、言いたいんだい?」
「お前ができるのは物質の変換だけじゃないだろ」
「ソウタ様……それはいったい……?」
「チゴウ、どういうことなのか説明してくれるよな」
まだ気が付いていない様子のメリシアに直接説明させるため、ギリギリとリボンを掴む手に力を入れていくと、チゴウが吐き出すように降参する。
「うぐぐぐぐっ……分かった、分かったからそれ以上締め上げないでくれ……っ!」
力を緩めると、荒く呼吸するかのようにリボンが何度か大きく膨らんだり縮んだりし始める。
それが落ち着くまで少し待ってから、脅すように声を絞って、ゆっくりとチゴウへ語り掛ける。
「十一階層だった空間を十九階層に変換したのは、お前だな?」
頷いているのか、リボンの耳が一瞬バサっと下がる。
「そうさ……僕だよ……」
「チ、チゴウさん……?」
盟主であるメリシアにとっては寝耳に水だろう。
驚いたような、落胆したような複雑な表情でチゴウの名を呼ぶ。
「黙っててごめんよ盟主さん……でもしかたがなかったんだ……実は僕は、迷宮の整備補修だけじゃなくて……理の探求も重要な役割として担っていたんだ……キミたちは、この迷宮が作られて以来はじめてとなる、二十階層の守護武神雷冥との盟約権者だからね……僕としては深部まで突破して貰えるまたとない機会を逃すわけにはいかなかったのさ……」
「なぜ……どうしてアナタはそこまでして――」
「言ったろ……僕は迷宮が作られたときからここにいるって……僕が僕だという自我に目覚めたのはいつだったかな……この迷宮がシャイア様によって作られてから、数十年たった頃かな……」
シャイアがこの迷宮を作った!?
危うく口から出かけた驚愕を飲み込み、まだ終わっていないチゴウの話の続きに耳を傾ける。
「あの頃はまだ初期も初期……迷宮の魔力蓄積量も微々たるもので、守護武神も第二位と第一位は不在だった――」
自我に芽生えてから暫くの間、この迷宮が親代わりだったチゴウは、来る日も来る日も、迷宮内部を巡回しては問題がある箇所を見つけて直す、という日々を送っていた。
ところがある日、それまで不在だった序列第二位と第一位のゲンカイとキュウカクが突然目の前に現れて、こう言われたらしい――
「シャイア様はこの世界を愛し、その理を憎んでおられるんだ……」
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