116 / 120
第五章:其の叡智の業を以って全てに黎明を
十二話:間一髪
しおりを挟む
小動物がモグモグと餌をはんでいるかのような、ユーリの微笑ましい食事風景を――俺とメリシアは先ほど食事を済ませていたため――茶菓子を摘まみながら観察していると、キュウカクが戻ってきた。
「調査報告をいたします。まず、遠見が利かなかったので、妾が肉の塊へと変えてしまったあの人間が言ったことの裏を取るため、現地民が魔操塔と呼称していた施設へと実際に行ってみました」
「おお、どうだった?」
「はい。施設の外側には何も仕掛けられておりませんでしたが、中は粒子操作による情報の隠ぺいと封鎖が行われており……潜入を試みたものの生体の構成粒子の情報が変換されてしまい、突破するには施設を丸ごと吹き飛ばすしか方法が無く、それ以上の調査は断念せざるを得ませんでした」
「そうか……しかし、そこまで厳重なのであればメルナリアが居る可能性は高いってことだな」
「そうですね。どうやら魔操塔は魔術効果を高めるための施設のようですので、あれほどの魔術を施設全体に施して潜伏している人物など、他には考えられないかと」
それにしても、魔力を吸収するか増幅するかという性質の違いはあるが……
「なんか、武林迷宮に似てるな」
「規模は比にもなりませんが、人の手で作られたにしてはなかなかの建造物でした」
おおかた、敵にとらえられていいように使われたり、クソの役にも立たない情報を持って帰ったり、そんなしょうもないミスを犯すのではないかと送り出すときには感じていたのだが、どうやらそんな不安は杞憂に終わったようだ。
意外としっかり仕事をこなしてきたらしいキュウカクのもたらした情報は、どれも自分の足と目で稼いできたもののようで、信頼しても良さそうだった。
「次にディブロダール国内の状況についてですが――」
「お姉ちゃんは、だれなのな?」
報告を続けようとしたキュウカクを、それまで食事に夢中で気が付いていない様子だったユーリが遮った、その瞬間、
「だまれ」
ゴドンッ!
自分の発言が遮られたことによる憤りか、俺への報告を邪魔したことに対する忠心からか、軽く握られた小さく華奢な拳がユーリの眼前へと迫り――間一髪、両者の隙間に俺の手を差し込むことに成功した。
衝撃の余波でテーブルに乗っていた食器が一瞬浮いて、ガシャシャッと音をたてながら元の位置から少しずれたところへ着地していくのを、焦燥で痺れた脳が薄っすらと知覚する。
「あっぶね……」
咄嗟のことだったが、オールタニアで婆さんがティーカップを落とした時のように、無意識化で力を調和させることに成功して良かった。
そうでなければ、今頃、ユーリの上半身はその背後の壁に赤い影を作っていたことだろう。
「……おい、勝手な真似をするなと言っただろっ!」
「っ……申し訳ございません、つい……」
ようやく冷静になり、込み上げる怒りにまかせて手のひらにすっぽりと納まる小さな手を乱暴に払いのけてから、ユーリを抱きしめる。
「ど、どうしたのな? 何があったのな?? フフッ」
突然抱きしめられて混乱している様子のユーリが、それでもなお俺に抱きしめられたことが嬉しいというように笑みを浮かべる。
間に合ったから良かったものの、一歩間違えばこの無邪気な笑顔が失われていたのか……。
「もう報告はいい。消えろ」
「……はい、分かりました」
吐き捨てるようにそう言うと、先ほどユーリに対して見せた冷たい殺意はどこへやら、一転してシュンとした表情を浮かべながら、キュウカクが青い粒子となってメリシアへと吸い込まれ、やがて消えた。
「調査報告をいたします。まず、遠見が利かなかったので、妾が肉の塊へと変えてしまったあの人間が言ったことの裏を取るため、現地民が魔操塔と呼称していた施設へと実際に行ってみました」
「おお、どうだった?」
「はい。施設の外側には何も仕掛けられておりませんでしたが、中は粒子操作による情報の隠ぺいと封鎖が行われており……潜入を試みたものの生体の構成粒子の情報が変換されてしまい、突破するには施設を丸ごと吹き飛ばすしか方法が無く、それ以上の調査は断念せざるを得ませんでした」
「そうか……しかし、そこまで厳重なのであればメルナリアが居る可能性は高いってことだな」
「そうですね。どうやら魔操塔は魔術効果を高めるための施設のようですので、あれほどの魔術を施設全体に施して潜伏している人物など、他には考えられないかと」
それにしても、魔力を吸収するか増幅するかという性質の違いはあるが……
「なんか、武林迷宮に似てるな」
「規模は比にもなりませんが、人の手で作られたにしてはなかなかの建造物でした」
おおかた、敵にとらえられていいように使われたり、クソの役にも立たない情報を持って帰ったり、そんなしょうもないミスを犯すのではないかと送り出すときには感じていたのだが、どうやらそんな不安は杞憂に終わったようだ。
意外としっかり仕事をこなしてきたらしいキュウカクのもたらした情報は、どれも自分の足と目で稼いできたもののようで、信頼しても良さそうだった。
「次にディブロダール国内の状況についてですが――」
「お姉ちゃんは、だれなのな?」
報告を続けようとしたキュウカクを、それまで食事に夢中で気が付いていない様子だったユーリが遮った、その瞬間、
「だまれ」
ゴドンッ!
自分の発言が遮られたことによる憤りか、俺への報告を邪魔したことに対する忠心からか、軽く握られた小さく華奢な拳がユーリの眼前へと迫り――間一髪、両者の隙間に俺の手を差し込むことに成功した。
衝撃の余波でテーブルに乗っていた食器が一瞬浮いて、ガシャシャッと音をたてながら元の位置から少しずれたところへ着地していくのを、焦燥で痺れた脳が薄っすらと知覚する。
「あっぶね……」
咄嗟のことだったが、オールタニアで婆さんがティーカップを落とした時のように、無意識化で力を調和させることに成功して良かった。
そうでなければ、今頃、ユーリの上半身はその背後の壁に赤い影を作っていたことだろう。
「……おい、勝手な真似をするなと言っただろっ!」
「っ……申し訳ございません、つい……」
ようやく冷静になり、込み上げる怒りにまかせて手のひらにすっぽりと納まる小さな手を乱暴に払いのけてから、ユーリを抱きしめる。
「ど、どうしたのな? 何があったのな?? フフッ」
突然抱きしめられて混乱している様子のユーリが、それでもなお俺に抱きしめられたことが嬉しいというように笑みを浮かべる。
間に合ったから良かったものの、一歩間違えばこの無邪気な笑顔が失われていたのか……。
「もう報告はいい。消えろ」
「……はい、分かりました」
吐き捨てるようにそう言うと、先ほどユーリに対して見せた冷たい殺意はどこへやら、一転してシュンとした表情を浮かべながら、キュウカクが青い粒子となってメリシアへと吸い込まれ、やがて消えた。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します
burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。
その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる