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8.人を欺く代償③
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「赤西さん。ごめんなさいね。慶弥がお付き合いしてる方を連れてくるなんて初めてで、つい舞い上がってしまって。二人には二人の考えがあるものね」
お母様がそう言うと、お父様も私に笑顔を向けてくれる。それが苦しくて仕方ない。
(こんな顔をさせた上に、本当はお付き合いもしていないなんて言えないよ……)
自分に対する腹立たしさでどうしようもなくて、エルバの手をギュッと握ると、彼の指が優しく私の手を撫でるように動いた。
「じゃあ、今日はもう帰るよ。瑞穂を送らないといけないから」
「分かった。赤西さん、ぜひまた気楽に、いつでもうちにいらしてください」
「……はい。ありがとうございます」
もう目を見て返事することも出来なくなってしまった。
なぜこんなにも酷いことを、簡単に出来ると思ってしまったんだろうか。
安請け合いとはこのことだ。そんな私の判断ミスがこんなにもエルバのご両親を傷つけるなんて。
玄関まで見送ってくださったご両親に深々と頭を下げると、エルバと手を繋いだまま家の門を潜って外に出た。
そして会話がないまま来た道を引き返し、見頃の季節には見事だろう銀杏並木の遊歩道を駐車場に向かって歩いていく。
「大丈夫?」
「大丈夫、ではないかな」
「そうだよね。俺が軽率だった」
「エルバは悪くないよ。私も簡単に考え過ぎてた」
「ロッソ……」
そこで会話が途絶える。
今朝までは、きっとなんとかなるなんてどこか無責任に、楽観的なことを考えてた。
だけどこれはそんな簡単なことじゃない。だって相手は生身の人で、赤の他人ではなくエルバの大事な家族なのだ。
大人同士だから自由にしろなんて、そんな都合のいい返事が返ってくる訳がない。
あんな風に傷ついた顔を見てしまったら、どうしようもない罪悪感に呑み込まれて息をするのも苦しい。
駐車場に到着して車に乗り込むと、張り詰めていた糸がちぎれたように涙が溢れてきた。
「ロッソ」
「ごめん。泣く気はなかったんだけど」
「俺こそごめん。ほら、ティッシュ使って」
「ありがと」
「とりあえず、社員寮まで送るよ」
「うん」
「車出すからシートベルトして」
「…………」
動けずに呆然としていると、エルバの腕が伸びてきて私のシートベルトを締め、その手がそのまま私を抱き締めて本当にごめんと小さな声で呟いた。
「ごめんな、ロッソ」
「ううん。私こそ、ごめん」
心地好い温かさが離れていくと、エルバはエンジンをかけてゆっくりと車を出した。
少しだけ走った先で車が停まったけれど、どうしたのか聞く気力もなく、車を降りたエルバを追うこともせずに、シートにもたれて項垂れる。
取り返しのつかない嘘。
あの優しくて温かい人たちを、ただ傷付けるだけの嘘。
しばらくしてエルバが車に戻ってくると、温かいコーヒーを渡された。
「寒くなってきたからね。ゆっくり飲んだらいいよ」
「ん。ありがとう」
エルバはそのまま後部座席に体を伸ばし、後ろに積んでいたらしいブランケットを私の膝に掛けてくれた。
そして車が再び動き出す。
「俺さ」
無言の車内にエルバの声が響く。
「あんな反応されると思ってなかったんだ」
「……だよね」
「本当にバカなことしちゃったよ」
考えたら分かるよねと、エルバは自嘲するように鼻を鳴らす。
冷静になって考えたら分かることだった。なのに私たちはどこかで分かってたのに、それを考えようとはしていなかった。
二人揃って、いい歳をした大人のはずなのに、子どもの浅知恵で大切な人を悲しませてしまったんだ。
「ロッソには本当に迷惑かけちゃったね」
「ううん。私のことは気にしないで」
ハンドルを握るエルバの手をそっと掴むと、ポンポンと軽く叩いて大丈夫だからと呟くしか出来なかった。
お母様がそう言うと、お父様も私に笑顔を向けてくれる。それが苦しくて仕方ない。
(こんな顔をさせた上に、本当はお付き合いもしていないなんて言えないよ……)
自分に対する腹立たしさでどうしようもなくて、エルバの手をギュッと握ると、彼の指が優しく私の手を撫でるように動いた。
「じゃあ、今日はもう帰るよ。瑞穂を送らないといけないから」
「分かった。赤西さん、ぜひまた気楽に、いつでもうちにいらしてください」
「……はい。ありがとうございます」
もう目を見て返事することも出来なくなってしまった。
なぜこんなにも酷いことを、簡単に出来ると思ってしまったんだろうか。
安請け合いとはこのことだ。そんな私の判断ミスがこんなにもエルバのご両親を傷つけるなんて。
玄関まで見送ってくださったご両親に深々と頭を下げると、エルバと手を繋いだまま家の門を潜って外に出た。
そして会話がないまま来た道を引き返し、見頃の季節には見事だろう銀杏並木の遊歩道を駐車場に向かって歩いていく。
「大丈夫?」
「大丈夫、ではないかな」
「そうだよね。俺が軽率だった」
「エルバは悪くないよ。私も簡単に考え過ぎてた」
「ロッソ……」
そこで会話が途絶える。
今朝までは、きっとなんとかなるなんてどこか無責任に、楽観的なことを考えてた。
だけどこれはそんな簡単なことじゃない。だって相手は生身の人で、赤の他人ではなくエルバの大事な家族なのだ。
大人同士だから自由にしろなんて、そんな都合のいい返事が返ってくる訳がない。
あんな風に傷ついた顔を見てしまったら、どうしようもない罪悪感に呑み込まれて息をするのも苦しい。
駐車場に到着して車に乗り込むと、張り詰めていた糸がちぎれたように涙が溢れてきた。
「ロッソ」
「ごめん。泣く気はなかったんだけど」
「俺こそごめん。ほら、ティッシュ使って」
「ありがと」
「とりあえず、社員寮まで送るよ」
「うん」
「車出すからシートベルトして」
「…………」
動けずに呆然としていると、エルバの腕が伸びてきて私のシートベルトを締め、その手がそのまま私を抱き締めて本当にごめんと小さな声で呟いた。
「ごめんな、ロッソ」
「ううん。私こそ、ごめん」
心地好い温かさが離れていくと、エルバはエンジンをかけてゆっくりと車を出した。
少しだけ走った先で車が停まったけれど、どうしたのか聞く気力もなく、車を降りたエルバを追うこともせずに、シートにもたれて項垂れる。
取り返しのつかない嘘。
あの優しくて温かい人たちを、ただ傷付けるだけの嘘。
しばらくしてエルバが車に戻ってくると、温かいコーヒーを渡された。
「寒くなってきたからね。ゆっくり飲んだらいいよ」
「ん。ありがとう」
エルバはそのまま後部座席に体を伸ばし、後ろに積んでいたらしいブランケットを私の膝に掛けてくれた。
そして車が再び動き出す。
「俺さ」
無言の車内にエルバの声が響く。
「あんな反応されると思ってなかったんだ」
「……だよね」
「本当にバカなことしちゃったよ」
考えたら分かるよねと、エルバは自嘲するように鼻を鳴らす。
冷静になって考えたら分かることだった。なのに私たちはどこかで分かってたのに、それを考えようとはしていなかった。
二人揃って、いい歳をした大人のはずなのに、子どもの浅知恵で大切な人を悲しませてしまったんだ。
「ロッソには本当に迷惑かけちゃったね」
「ううん。私のことは気にしないで」
ハンドルを握るエルバの手をそっと掴むと、ポンポンと軽く叩いて大丈夫だからと呟くしか出来なかった。
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