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18.デートと予期せぬ遭遇①
よく考えたら朝だったと二人で少し反省すると、着替えを済ませて近くのベーカリーまで散歩して遅めの朝食を食べることにした。
土曜日の午前中と言うこともあって、お店は混雑していたけれど、慶弥さんが言った通り、イートインスペースは空いていて、焼きたてのパンでお腹も心も満たされた。
「この後どうしよっか。買い物にでも行く?」
「なんで」
「だって瑞穂スーツだし」
「ああ、確かに」
ボーダーのシャツの上からパーカーとジャケットを羽織り、カーゴパンツを合わせたカジュアルな慶弥さんと、スーツ姿の私は明らかにアンバランスで、すれ違う人の視線が気になり始めた。
(お泊まりってバレてそう)
途端に恥ずかしくなって俯くと、慶弥さんは堂々としてないともっと目立つよと、可笑しそうに笑う。
「買い物が済んだら、不動産屋とか行ってみるのもいいかもね」
「そっか。それもしないといけなかった」
「早ければ年内でしょ」
「そうなんだよね。バタバタするよ」
「瑞穂なら大丈夫だよ」
うちの会社の直営店のワインバーは全国に四店舗。今のところは東京と横浜、それに京都と福岡。
里中さんの話では、シェフソムリエを任せるのだから私がこの先転勤する予定はないってことだったけど、どうなるかは業績次第。
「ルサルカとは勝手が違うから、ドキドキしてきた」
「そこまで大きくは違わないと思うけど、まあ確かに多少は変わるだろうね」
「緊張してきちゃった」
「大丈夫だったば」
慶弥さんのマンションに着くと、すぐに出かける準備をして、置きっぱなしにしていたバッグを手に取り、忘れ物がないか確認する。
引っ越しが決まっているとは言ってもまだ来月か年明けのことだから、しばらくはここに来ることもそんなにはないはず。
そもそも休みのペースも違うし、これから付き合うと言っても、どんな風になっていくのかまるで想像がつかないのも少し不安ではある。
「急に黙り込んでどうかしたの」
部屋を出て鍵を閉めると、エレベーターに乗り込んですぐに慶弥さんに顔を覗き込まれた。
「んー。付き合うって言っても、なかなか時間を合わせたりするのも大変だろうなと思って」
「まあ、確かにそうだね」
「慶弥さんは、そういうの不安にならない?」
「どうかな。瑞穂とは付き合う前に色々考え抜いた感じがするし、俺はそこまで不安にはなってないよ」
「そうなんだ」
エレベーターを降りて最寄りの駅に向かうため、二人で並んでゆっくりと歩く。
手を繋ぐかと言われて断ると、慶弥さんは苦笑してやっぱり気になるのかと寂しそうに言う。
「瑞穂は不安?」
「正直まだ分からない。いざ付き合ってみたら、やっぱり滅多に会えないのは寂しいし、会社での立場もあるから、転勤してからもこんな風に個人的に会うのは気を遣うというか」
「そんなの気にすることないのに」
「いや、気にするよ」
本社で働いたことがないから分からないけど、慶弥さんはこの見た目だし、三十代後半とはいえ、なんと言っても日本のシュルツナーを任されるCEOだ。
ルサルカのスタッフもイケメンだと色めき立ってたし、本社でも人気があるのは間違いないはず。
現にこんな風に歩いてるだけなのに、すれ違う女性たちの視線は慶弥さんに向かっているのがよく分かる。
「瑞穂? 話聞いてた?」
「え、ごめん。聞いてなかった」
「そんなに不安なら、ペアリング買おうか。離れててもお互いを思い出せるし」
「勤務中アクセサリー着けるの禁止だよ」
「結婚指輪なら別じゃない?」
「いやいや。私たちようやく、まだ付き合い始めたばっかりだよ?」
「結婚しないとは言わないんだ」
「それは」
言い淀んだ瞬間、慶弥さんのご両親が浮かんだ。
もし今度会うことがあったら、あんな風に悲しんだ顔は見たくない。だけど、私が叶えたい夢と家庭の両立は難しい気もしてる。
「まあいいや。とりあえず今日はデートを楽しもう」
私の考えを見透かしたように、慶弥さんは話題を切り替えて私の手を掴み、とりあえず服を買おうと歩き出した。
土曜日の午前中と言うこともあって、お店は混雑していたけれど、慶弥さんが言った通り、イートインスペースは空いていて、焼きたてのパンでお腹も心も満たされた。
「この後どうしよっか。買い物にでも行く?」
「なんで」
「だって瑞穂スーツだし」
「ああ、確かに」
ボーダーのシャツの上からパーカーとジャケットを羽織り、カーゴパンツを合わせたカジュアルな慶弥さんと、スーツ姿の私は明らかにアンバランスで、すれ違う人の視線が気になり始めた。
(お泊まりってバレてそう)
途端に恥ずかしくなって俯くと、慶弥さんは堂々としてないともっと目立つよと、可笑しそうに笑う。
「買い物が済んだら、不動産屋とか行ってみるのもいいかもね」
「そっか。それもしないといけなかった」
「早ければ年内でしょ」
「そうなんだよね。バタバタするよ」
「瑞穂なら大丈夫だよ」
うちの会社の直営店のワインバーは全国に四店舗。今のところは東京と横浜、それに京都と福岡。
里中さんの話では、シェフソムリエを任せるのだから私がこの先転勤する予定はないってことだったけど、どうなるかは業績次第。
「ルサルカとは勝手が違うから、ドキドキしてきた」
「そこまで大きくは違わないと思うけど、まあ確かに多少は変わるだろうね」
「緊張してきちゃった」
「大丈夫だったば」
慶弥さんのマンションに着くと、すぐに出かける準備をして、置きっぱなしにしていたバッグを手に取り、忘れ物がないか確認する。
引っ越しが決まっているとは言ってもまだ来月か年明けのことだから、しばらくはここに来ることもそんなにはないはず。
そもそも休みのペースも違うし、これから付き合うと言っても、どんな風になっていくのかまるで想像がつかないのも少し不安ではある。
「急に黙り込んでどうかしたの」
部屋を出て鍵を閉めると、エレベーターに乗り込んですぐに慶弥さんに顔を覗き込まれた。
「んー。付き合うって言っても、なかなか時間を合わせたりするのも大変だろうなと思って」
「まあ、確かにそうだね」
「慶弥さんは、そういうの不安にならない?」
「どうかな。瑞穂とは付き合う前に色々考え抜いた感じがするし、俺はそこまで不安にはなってないよ」
「そうなんだ」
エレベーターを降りて最寄りの駅に向かうため、二人で並んでゆっくりと歩く。
手を繋ぐかと言われて断ると、慶弥さんは苦笑してやっぱり気になるのかと寂しそうに言う。
「瑞穂は不安?」
「正直まだ分からない。いざ付き合ってみたら、やっぱり滅多に会えないのは寂しいし、会社での立場もあるから、転勤してからもこんな風に個人的に会うのは気を遣うというか」
「そんなの気にすることないのに」
「いや、気にするよ」
本社で働いたことがないから分からないけど、慶弥さんはこの見た目だし、三十代後半とはいえ、なんと言っても日本のシュルツナーを任されるCEOだ。
ルサルカのスタッフもイケメンだと色めき立ってたし、本社でも人気があるのは間違いないはず。
現にこんな風に歩いてるだけなのに、すれ違う女性たちの視線は慶弥さんに向かっているのがよく分かる。
「瑞穂? 話聞いてた?」
「え、ごめん。聞いてなかった」
「そんなに不安なら、ペアリング買おうか。離れててもお互いを思い出せるし」
「勤務中アクセサリー着けるの禁止だよ」
「結婚指輪なら別じゃない?」
「いやいや。私たちようやく、まだ付き合い始めたばっかりだよ?」
「結婚しないとは言わないんだ」
「それは」
言い淀んだ瞬間、慶弥さんのご両親が浮かんだ。
もし今度会うことがあったら、あんな風に悲しんだ顔は見たくない。だけど、私が叶えたい夢と家庭の両立は難しい気もしてる。
「まあいいや。とりあえず今日はデートを楽しもう」
私の考えを見透かしたように、慶弥さんは話題を切り替えて私の手を掴み、とりあえず服を買おうと歩き出した。
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