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(18)それが意味すること

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 豊穣の月、四節と一日。

 古代遺跡レリーク財宝探索トレジャーハントは最終段階を迎え、〈レヴィアタン〉のメンバーは久しぶりの纏まった休暇を前に浮かれている。

「ルカ、お前は休みはなにして過ごすんだ」

 ギィタスが大剣を片手で振りかぶって、首だけ振り返りながらリルカに話し掛ける。

「俺は新しい加速装置ブースターを見繕いたいから、〈ストラヴァル〉に顔を出すよ」

「セルゲイ・オーハントがよく許したな」

「武装具一式〈ストラヴァル〉製だからね、使わせてやるから点検がてら顔を出せって」

「仔犬ちゃんはみんなに可愛がられてるのね」
「大将」

 この一節の間、別働隊として行動していて姿を見掛けなかったルーシャが顔を出すと、ギィタスの声に呼応したように〈レヴィアタン〉のメンバーが集まって、一気に場が賑やかになる。

「おかえりなさい、ルーシャさん」

「ヤダ、なにこの可愛い生き物! あぁあん、可愛いぃ」

 ルーシャはいつものふざけた様子でリルカを抱き締めるが、腕の力が尋常でなく、すぐに息が詰まりそうになって、リルカは逞しい腕や背中を叩いて放して欲しいと全身で暴れて訴える。

「ルカのヤツはしゃいでんな」
「大将に気に入られてっからな」

 ギィタスを含めた〈レヴィアタン〉のメンバーは、事態を理解する気がないのか、優しい目でその姿を眺めているだけだ。

「おいコラ、ルカが苦しがってるだろ」

 ただ一人、事態に気付いたグリードがルーシャの頭を叩くと、その腕を引き剥がしてリルカを引き摺り出す。

「ちょっと、久しぶりの仔犬ちゃんとの触れ合いを邪魔しないでよ。本当に無粋な男ね」

「無粋なのはお前だ。見ろ、ルカのこの死にそうな顔」

「は、ははは、俺なら大丈夫です」

「だいたいムゥダルはどこ行った。こんな時に真っ先に止めに入るはずだろ」

 グリードは辺りを見渡して、その姿が見当たらないことに苛立ちを覚えたように眉間に皺を刻む。

「ムゥダルなら娼館ですよ」

 しばらく行くの我慢してたみたいですからとリルカが笑うと、ルーシャだけが驚いたように悲鳴を上げる。

「もう! 仔犬ちゃん放ったらかして、あの歩くイチモツはなにやってんのよ」

「いや、ムゥダルが今まで大人しかった方がおかしいだろ」
「ですよね」

 グリードとリルカが笑いながらやり取りすると、ルーシャはなにかを堪えるように唸り、勢いよくリルカの手を取って、身を屈めて顔を寄せる。

「仔犬ちゃんまで穢れないでね」

「バカかお前。ムゥダルのそばに居るからって、ルカがそんな男になる訳ないだろ」

「うっさいわねグリード、アンタは黙ってちょうだい」

「はは、俺なら大丈夫ですから」

 今のところリルカには、ムゥダルを見習ってお姉ちゃんたちの尻を追い掛ける予定はない。そもそも女であるリルカにとって、そんなことをする気も起こらないのだから。

「あ、ルカこんなところに居たのか。おお、大将おかえりなさい」

「ジュダル、俺のこと探してたの」

 ジュダルは〈レヴィアタン〉の中でも一番若く、料理が得意な調理担当の二十一の青年だ。

「おう。さっき〈ストラヴァル〉から知らせが来て、改良版の加速装置ブースターが出来上がったってさ」

「本当? やった」

「あら仔犬ちゃん、じゃあ今から〈ストラヴァル〉に行くのかしら」

「はい。双剣のことで相談したいこともあるし」
「そうなのね、じゃあアタシも行こっと」

「おい、お前は別働隊の報告があるだろ」

 グリードが咄嗟に止めに入るが、ルーシャは耳を塞いで聞こえないフリをすると、リルカの手を掴んでその場から走って逃げ出す。

「ちょっとルーシャさん」
「いいのよ、グリードが全部把握してるから任せて問題ないの」

 妖艶に微笑むルーシャに苦笑いすると、繋がれた手がいつの間にか複雑に指を絡めて握られていることに気付き、リルカはどうして良いか分からずにそっと目線だけでルーシャを見る。

 随分見慣れたとはいえ、ルーシャは嫌でも人の目を引く華やかで整った顔立ちをしている。

 ムゥダルも多分色男の部類に入るのだろうが、彼のような男臭さがない分、ルーシャは浮世離れした美しさがあるとリルカは思う。

「スチームバイクには乗ったことあるのかしら」

 突然声を掛けられて、リルカは慌てて視線を泳がせると、車庫に収められた様々な乗り物が目に入る。

「ムゥダルが持って来てたバギーには乗ったけど、これは初めて見ます」

「そうよね、アチューダリアは機械マキナの運用に懐疑的だものね」

 ルーシャはそう言いながら無造作に髪を後ろで纏めると、手首に巻いた紐を口に咥えてから、その紐を使って器用に髪を結う。

 剥き出しになったうなじに後れ毛が落ちて、リルカはゾクゾクした昂揚感のような物を感じて咄嗟に目を逸らす。

「仔犬ちゃん、どうかした」

「いや、髪が綺麗だし、結うの慣れてるんだなって」

「ああこれ? 綺麗だなんて、仔犬ちゃんは感性が豊かなのね。こっちじゃ不吉の象徴みたいに忌み嫌われる色なのよ」

「そうなの、とっても綺麗なのに」

 触ってみるかと促されて毛先に触れると、ミヒテの光を反射するように、手のひらの中でカーマイン深く鮮やかな紅の髪がキラキラと輝く。

「優しいのね、じゃあ行きましょうか」

 ルーシャに促されてスチームバイクに乗り込むと、不安定な体を支えるために、言われた通りにリルカはルーシャの腰元に抱き付く。

 そうすることで、どんなに華やかで女性のように振る舞っていても、ルーシャはやはり男なのだと思い知らされる。

 逞しく引き締まった筋肉質な体は女性のそれとは全く違い、いつだったかムゥダルに抱き寄せられたことを思い出し、リルカは真っ赤に染まった顔をルーシャの背中に埋めた。

 〈ストラヴァル〉に到着するとセルゲイに用事があると言うルーシャとは一旦別れて、改良版の加速装置ブースターを試すために地下に降りた。

 今使っている双剣は刃こぼれがなく扱いやすいが、これを維持するための手入れ方法を確認したり、新たにリルカにあった武器や装備がないかどうかも相談する。

 加速装置ブースターの微調整をしているとあっという間に時間は過ぎて、様子を見に来たルーシャと合流すると〈ストラヴァル〉を後にした。

「今日は楽しめたかしら」

「うん。ルーシャさんはセルゲイさんと話せたの」

「ええ、有益な話が出来たわ」

 行き同様にルーシャに抱き付く形でスチームバイクに乗り、流れていく景色を眺め、辿り着いたのは〈レヴィアタン〉のギルドではなく〈ファフニール〉が整備のために停め置かれたハンガーだった。

「こんな風に誰も乗ってない〈ファフニール〉でよく考え事をするのよ」

 甲板デッキの手摺りにもたれかかって、吹き抜けの天井を仰ぐルーシャは、気高く美しくてリルカは小さく息を呑む。

 たわいない会話をぽつりぽつりと交わすと、リルカは思い出したように呟く。

「俺、邪魔じゃないですか」
「イヤぁね、だったら連れてこないわよ」

 可笑しそうに笑うルーシャに釣られてリルカも笑顔を浮かべると、不意に切ない顔をしたルーシャの顔が近付い、てリルカの唇に柔らかいものが触れた。

「な……んで」

「どうしてかしらね。さあ、帰りましょうか」

 ルーシャは何事もなかったように笑顔を浮かべると、リルカの手を取ってタラップを降りる。

 リルカの心臓は早鐘を打ったように、いつまでもドキドキしていた。
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