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(17)〈レヴィアタン〉への移籍
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リルカはインデモニルとの戦闘で負傷し毒を受けたものの、ムゥダルの処置が早く適切だったことが功を奏し、二日も経てばふらつくこともなく歩けるまで回復した。
もっとも、ふらつくのは戦闘で受けた傷以外に、女性の証である周期のせいもあったのだが、公に触れ回れることではないので、部屋にはムゥダル以外が立ち入らないようにしてもらった。
「あらぁ、仔犬ちゃん。もうすっかり元気みたいね」
〈レヴィアタン〉のギルドである廃墟の広場で、インデモニルとの戦闘でコツを掴んだエアリアルの訓練がてら、双剣を振るうリルカの元にルーシャが顔を出した。
「ルーシャさん、おはようございます」
「おはよう」
訓練の手を止めてルーシャに歩み寄ると、その手から果物を渡され、眩しいくらい華やかな笑顔で美味しいわよと見つめられて、リルカは咄嗟に視線を外す。
「もしかして食べたことない?」
「そうですね、これは見たことなくて」
「これはダインの実。酸味が強いけど甘くて美味しいの。皮が分厚いから剥いて中の実を食べてね。皮は実と一緒に刻んでたっぷりのシウナと一緒に煮込むとコクのあるラズローになるわよ」
「へえ、アチューダリアだとキエリやガルべのラズローが一般的ですけど、これもラズローになるんだ」
見よう見まねで皮を剥くと、房になった実を剥がして口に放り込む。
「ん!瑞々しくて美味しい」
「でしょ。水分を多く含んでるけど皮が厚いから日持ちするし、遠征に持って行きやすいの」
「なるほど」
木陰で休みながらダインの実を頬張り、そう言えばルーシャと二人きりで話すのは初めてだとリルカは思う。
「ねえ仔犬ちゃん。アナタはどうしてアチューダリアからエイダーガルナに来たのかしら」
「え、俺ですか」
隣でダインの実を頬張るルーシャを見上げると、優しげな眼差しと目が合って、整った顔立ちに少し調子が狂う。
「冒険がしたかったのかしら」
「俺は、そういうんじゃないです。どっちかと言えば逃げて来たっていう感じで、冒険とかは後付けですね」
「逃げて来たの」
「俺ね、行方不明になった親父が〈モゼリオ〉に借金してたって聞いて、娼館とか奴隷とか、売られるのが嫌で逃げて来たんです」
リルカは分かっていないし何気なく口にしたが、娼館という言葉に男娼が含まれるのは稀なことで、それはルーシャにリルカが少女であることを打ち明けたも同然だ。
「そっか、そうだったのね」
「はい。俺の幼馴染みがムゥダルと知り合いで、頼み込んでここまで連れてきてもらったんです。食い扶持は着いてから考えるつもりだったけど、結局ムゥダルの世話になっちゃって」
「だから〈ストラヴァル〉に入ったのね」
「あっちでそのまま仕事してても一生返せないだろうし。俺には逃げるしか選択肢がなくて」
「まさか借金を返してるの」
「少しずつだけど、〈モゼリオ〉以外には誰にいくらぐらい借りてるか分かってるから、幼馴染みの親御さんに頼んで、送金した分を返済に充ててもらってます」
「偉いのね」
もう一つ食べるかとルーシャが取り出したダインの実を受け取ると、リルカはその場にしゃがんで分厚い皮を剥きながら、一緒に座りませんかとルーシャに微笑み掛ける。
「俺ね、やってみて思ったんですけど、冒険者って楽しくて。こんな世界があったんだなって」
「確かにね。これを味わったらやめられないわよね」
「ルーシャさんはどうして〈レヴィアタン〉に入ったんですか」
無邪気に首を傾げるリルカに、ルーシャは困ったように眉尻を下げると、楽しい話じゃないわよと断りを入れる。
「親を殺されてアタシ自身も死にかけてたところを、ベイルが拾ってくれたのよ。〈レヴィアタン〉は言わば私の実家みたいなものなの」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃないわ。アタシは家族が居る今が幸せだから」
「家族か。だから皆さん仲が良いんですね」
「あらそう見えるかしら」
「はい。皆さん良い人だし、あったかいです」
「ヤダぁ、そんな可愛い顔見せちゃダメよ」
ルーシャはリルカの頬を摘むと、ふるふると揺らして可愛いわねと破顔しながら繰り返す。
「ち、ちょっと、やめてください」
「もぉ。本当に可愛いんだから、仔犬ちゃんったら」
容赦なく頬や髪を撫でるルーシャの指先から、食べたばかりのダインの爽やかな香りがしてきて、リルカはなぜだかドキドキして、必要以上に意識して力一杯押し除ける。
「俺をオモチャにしないでくださいよ」
「だって可愛いんだもん」
「可愛く言ってもダメです」
たわいない会話をしていると、屋敷から何人か人影がこちらに向かって歩いてくる。
「あぁあ。せっかく仔犬ちゃん独り占め出来てたのに、今日はここまでね」
「なに言ってるんですか」
可笑しくて肩を揺らすリルカの顔を、気が付くとルーシャの柔らかい微笑みが見つめていて、そのあまりの美しさにリルカの心臓はドキッと跳ねる。
「どうかしたの、仔犬ちゃん」
「な、なんでもないです!」
「ようルカ、調子はどうだ」
そこへ割り込むように、遠くから近付いてくるムゥダルは片手を挙げて手を振っている。
「おはよう、ムゥダル」
リルカは立ち上がって誇りを払うと、ルーシャにダインの礼を言って頭を下げ、ムゥダルに駆け寄る。
「ケツは無事か、ルカ」
「なに言ってんだよ、当たり前だろ。朝から下品なんだよ」
「なんだよ、冗談に決まってんだろ。カリカリすんなよ。顔真っ赤だぞお前」
「ムゥダルが変なこと言うからだよ」
咄嗟に握った拳で殴り掛かると、戯れてんのかとまた揶揄うようにムゥダルが笑う。
「ルーシャとなに話してたんだ」
「俺がなんで帝国に来たのかとか、ルーシャが〈レヴィアタン〉に入った理由とか教えてくれた」
「へえ、アイツがねえ」
「なんで」
「いや、あんまり話したがらないからな。理由は見当つくだろうけど」
リルカが視界の端で捉えたルーシャは、後からやってきたグリードたちと楽しげに会話している。
「俺、ルーシャに気を遣わせたのかな」
「どうだろうな。お前のことは気に入ってるみたいだぞ。〈レヴィアタン〉に迎え入れたいってさ」
「え、ギルドってそんな簡単に変えられるの」
「普通は滅多にないけど、俺の話しただろ。セルゲイとベイルは兄弟なんだよ。だからまあ、俺も移籍出来たってワケだ」
「兄弟揃ってギルマスだったの」
「オーハント兄弟って言えば帝国じゃ有名だからな」
元々同じギルドから独立して、それぞれ〈レヴィアタン〉と〈ストラヴァル〉を作ったのだと説明を受け、ベイルは亡くなった訳ではないと聞いてリルカは驚く。
「それでだ。俺は〈レヴィアタン〉に戻ろうと思う。ルカ、お前どうする」
「え、俺? そりゃ〈ストラヴァル〉より〈レヴィアタン〉の方が慣れたし、みんな良い人だけど大丈夫なの」
「じゃあセルゲイに挨拶しに行くか」
「そんな不義理なことをして良いの」
「まあそん時はそん時で、ルーシャに責任取らせれば良いだろ」
そうしてその日のうちに〈ストラヴァル〉に向かったムゥダルとリルカは、残念そうにしながらも、そうなるだろうと予測していたセルゲイから承諾を得ることに成功。
正式に〈レヴィアタン〉の一員として〈ファフニール〉に乗り込むこととなった。
もっとも、ふらつくのは戦闘で受けた傷以外に、女性の証である周期のせいもあったのだが、公に触れ回れることではないので、部屋にはムゥダル以外が立ち入らないようにしてもらった。
「あらぁ、仔犬ちゃん。もうすっかり元気みたいね」
〈レヴィアタン〉のギルドである廃墟の広場で、インデモニルとの戦闘でコツを掴んだエアリアルの訓練がてら、双剣を振るうリルカの元にルーシャが顔を出した。
「ルーシャさん、おはようございます」
「おはよう」
訓練の手を止めてルーシャに歩み寄ると、その手から果物を渡され、眩しいくらい華やかな笑顔で美味しいわよと見つめられて、リルカは咄嗟に視線を外す。
「もしかして食べたことない?」
「そうですね、これは見たことなくて」
「これはダインの実。酸味が強いけど甘くて美味しいの。皮が分厚いから剥いて中の実を食べてね。皮は実と一緒に刻んでたっぷりのシウナと一緒に煮込むとコクのあるラズローになるわよ」
「へえ、アチューダリアだとキエリやガルべのラズローが一般的ですけど、これもラズローになるんだ」
見よう見まねで皮を剥くと、房になった実を剥がして口に放り込む。
「ん!瑞々しくて美味しい」
「でしょ。水分を多く含んでるけど皮が厚いから日持ちするし、遠征に持って行きやすいの」
「なるほど」
木陰で休みながらダインの実を頬張り、そう言えばルーシャと二人きりで話すのは初めてだとリルカは思う。
「ねえ仔犬ちゃん。アナタはどうしてアチューダリアからエイダーガルナに来たのかしら」
「え、俺ですか」
隣でダインの実を頬張るルーシャを見上げると、優しげな眼差しと目が合って、整った顔立ちに少し調子が狂う。
「冒険がしたかったのかしら」
「俺は、そういうんじゃないです。どっちかと言えば逃げて来たっていう感じで、冒険とかは後付けですね」
「逃げて来たの」
「俺ね、行方不明になった親父が〈モゼリオ〉に借金してたって聞いて、娼館とか奴隷とか、売られるのが嫌で逃げて来たんです」
リルカは分かっていないし何気なく口にしたが、娼館という言葉に男娼が含まれるのは稀なことで、それはルーシャにリルカが少女であることを打ち明けたも同然だ。
「そっか、そうだったのね」
「はい。俺の幼馴染みがムゥダルと知り合いで、頼み込んでここまで連れてきてもらったんです。食い扶持は着いてから考えるつもりだったけど、結局ムゥダルの世話になっちゃって」
「だから〈ストラヴァル〉に入ったのね」
「あっちでそのまま仕事してても一生返せないだろうし。俺には逃げるしか選択肢がなくて」
「まさか借金を返してるの」
「少しずつだけど、〈モゼリオ〉以外には誰にいくらぐらい借りてるか分かってるから、幼馴染みの親御さんに頼んで、送金した分を返済に充ててもらってます」
「偉いのね」
もう一つ食べるかとルーシャが取り出したダインの実を受け取ると、リルカはその場にしゃがんで分厚い皮を剥きながら、一緒に座りませんかとルーシャに微笑み掛ける。
「俺ね、やってみて思ったんですけど、冒険者って楽しくて。こんな世界があったんだなって」
「確かにね。これを味わったらやめられないわよね」
「ルーシャさんはどうして〈レヴィアタン〉に入ったんですか」
無邪気に首を傾げるリルカに、ルーシャは困ったように眉尻を下げると、楽しい話じゃないわよと断りを入れる。
「親を殺されてアタシ自身も死にかけてたところを、ベイルが拾ってくれたのよ。〈レヴィアタン〉は言わば私の実家みたいなものなの」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃないわ。アタシは家族が居る今が幸せだから」
「家族か。だから皆さん仲が良いんですね」
「あらそう見えるかしら」
「はい。皆さん良い人だし、あったかいです」
「ヤダぁ、そんな可愛い顔見せちゃダメよ」
ルーシャはリルカの頬を摘むと、ふるふると揺らして可愛いわねと破顔しながら繰り返す。
「ち、ちょっと、やめてください」
「もぉ。本当に可愛いんだから、仔犬ちゃんったら」
容赦なく頬や髪を撫でるルーシャの指先から、食べたばかりのダインの爽やかな香りがしてきて、リルカはなぜだかドキドキして、必要以上に意識して力一杯押し除ける。
「俺をオモチャにしないでくださいよ」
「だって可愛いんだもん」
「可愛く言ってもダメです」
たわいない会話をしていると、屋敷から何人か人影がこちらに向かって歩いてくる。
「あぁあ。せっかく仔犬ちゃん独り占め出来てたのに、今日はここまでね」
「なに言ってるんですか」
可笑しくて肩を揺らすリルカの顔を、気が付くとルーシャの柔らかい微笑みが見つめていて、そのあまりの美しさにリルカの心臓はドキッと跳ねる。
「どうかしたの、仔犬ちゃん」
「な、なんでもないです!」
「ようルカ、調子はどうだ」
そこへ割り込むように、遠くから近付いてくるムゥダルは片手を挙げて手を振っている。
「おはよう、ムゥダル」
リルカは立ち上がって誇りを払うと、ルーシャにダインの礼を言って頭を下げ、ムゥダルに駆け寄る。
「ケツは無事か、ルカ」
「なに言ってんだよ、当たり前だろ。朝から下品なんだよ」
「なんだよ、冗談に決まってんだろ。カリカリすんなよ。顔真っ赤だぞお前」
「ムゥダルが変なこと言うからだよ」
咄嗟に握った拳で殴り掛かると、戯れてんのかとまた揶揄うようにムゥダルが笑う。
「ルーシャとなに話してたんだ」
「俺がなんで帝国に来たのかとか、ルーシャが〈レヴィアタン〉に入った理由とか教えてくれた」
「へえ、アイツがねえ」
「なんで」
「いや、あんまり話したがらないからな。理由は見当つくだろうけど」
リルカが視界の端で捉えたルーシャは、後からやってきたグリードたちと楽しげに会話している。
「俺、ルーシャに気を遣わせたのかな」
「どうだろうな。お前のことは気に入ってるみたいだぞ。〈レヴィアタン〉に迎え入れたいってさ」
「え、ギルドってそんな簡単に変えられるの」
「普通は滅多にないけど、俺の話しただろ。セルゲイとベイルは兄弟なんだよ。だからまあ、俺も移籍出来たってワケだ」
「兄弟揃ってギルマスだったの」
「オーハント兄弟って言えば帝国じゃ有名だからな」
元々同じギルドから独立して、それぞれ〈レヴィアタン〉と〈ストラヴァル〉を作ったのだと説明を受け、ベイルは亡くなった訳ではないと聞いてリルカは驚く。
「それでだ。俺は〈レヴィアタン〉に戻ろうと思う。ルカ、お前どうする」
「え、俺? そりゃ〈ストラヴァル〉より〈レヴィアタン〉の方が慣れたし、みんな良い人だけど大丈夫なの」
「じゃあセルゲイに挨拶しに行くか」
「そんな不義理なことをして良いの」
「まあそん時はそん時で、ルーシャに責任取らせれば良いだろ」
そうしてその日のうちに〈ストラヴァル〉に向かったムゥダルとリルカは、残念そうにしながらも、そうなるだろうと予測していたセルゲイから承諾を得ることに成功。
正式に〈レヴィアタン〉の一員として〈ファフニール〉に乗り込むこととなった。
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