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(12)愚直な邪心★
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グルーノ一座がイミザに滞在して、早いもので二十日が経過し、明日の休息日が過ぎれば、次の町レノスに移動する段取りになっている。
エッカを外に出したことで、ナムガルはその面倒を見ざるを得なくなり、公演中にナムガルが一人で行動することはもちろん、宿屋に戻ろうとする不審な動きをすることもなくなった。
しかしパメラのヒートの波は、いよいよ嵐の前触れのように頻発するようになり、それに充てられたナムガルが、夜のうちに宿屋の中で奇行に走ることが増えた。
「辛いのかいパメラ、可哀想にね。完全にヒートが起こるまで、あたしらだけでこの町に残ることも考えないとね」
アイルーンは皆が酒盛りして盛り上がる中、一人早めに切り上げて自室に戻っていた。
まだ中途半端に燻るヒートを繰り返すパメラの額に滲む汗を拭ってやると、苦痛に耐えるように歪む顔に手を添えて、その頬を撫でて落ち着かせる。
「う、う……んん」
今夜はいつになく騒がしい。仕方ない。大きな興行がようやく終わった夜だ。皆達成感で盛り上がるのは当たり前のことだ。
ここしばらく、ヒートの波に充てられたナムガルの奇行のせいで、アイルーンは寝ずの番をしていたためか、うつらうつらと体を揺らして、重たくなる瞼を閉じては開く。
パメラに寄り添うように、アイルーンは寝台に身を倒すと、ついぞこと切れたように瞼を閉じる。
ドンドンッ、ドンドンドンドンッ。
うっかり寝入ってしまってから、一体どれくらいの時間が経ったのか分からない。
部屋の扉が激しく叩かれる音が聞こえて、アイルーンはようやく目を覚ました。
ドンドンドンドン、ドンドンドンッ。
「ちょいと、寝てるのかいアイルーン。今すぐ起きておくれ。火事だ、逃げるんだよ!」
扉の向こうから声が聞こえる。アイルーンは慎重に、ゆっくりと扉に近付くと、息を殺して扉の向こうの様子を探る。
火事だと騒ぐ割には、聞こえてくる声は、賑やかに騒いでいるようにも聞こえる。けれどジリジリと焦げ燻る匂い、僅かだが火が爆ぜる音がして確かになにかが燃えている。
ドンドンッ、ドンドンドンッ。
「アイルーン、パメラ、寝てんのかい。火事だよ、逃げるんだ」
再び扉が激しく叩かれると、アイルーンはようやくハッとして寝台に駆け寄り、パメラを揺さぶり起こす。
「パメラ、パメラ!起きるんだよ。火事だ、急いで逃げないと」
「うぅ……んん、アイルーン?」
「ああそうさ。辛いだろうけど、ひとまず逃げ出さないと危ない。急いで外に出るよ」
「でもまだヒートが」
「そんなことより命だよ!」
アイルーンは怒鳴りつけるようにしてパメラを抱き起こすと、着の身着のまま鍵を開けて部屋から出ようとした。
しかし部屋の扉を開けた瞬間、勢いよく横切る影と鈍い音がして、アイルーンは廃材のような棒で頭を殴られ、次いで鳩尾にひと突き喰らい声もなくその場に倒れ込んだ。
ハッとしてパメラが扉の外を見ると、虚ろな目をしたナムガルが、手から廃材をぼとりと落とした姿が目に入る。
開け放たれた扉の一部が焦げた跡はあるが、周りで火の手が上がっている様子はない。まさか、たかがヒートのためにナムガルがそこまでしたんだろうか。
得体の知れない恐怖にパメラは慄く。
「……ナムガル?」
パメラが声を掛けるとナムガルはようやくニヤリと笑い、喜色満面パメラに襲い掛かってきた。
「はあ、はあ。やっとだ!やっとだよパメラ!邪魔者は消した!ああパメラ、ずっと俺のためにこんなにも芳しい匂いを放って誘ってたんだね。ああ、美味そうだ。なんて厭らしくていい匂いなんだ」
パメラは寝台まで追い詰められると、そのままナムガルに押し倒されて、その両腕を押さえ付けられる。
「やめてっ、やめなさい、ナムガル!」
「恥ずかしがってるのかい。こんなに人を誘う匂いをさせておいて。ああパメラ、俺のパメラ」
ナムガルは無理やりパメラの胸元をこじ開けると、その首筋に顔を埋め、ざらりとした舌を這わせて喉元を舐める。
「嫌ぁああああ!やめてっ、誰か助けて!」
ヒートの波のせいでパメラは上手く力が入らず、思うように抵抗出来ない。だからこそ喉が潰れる勢いで叫べる限り叫ぶ。
「誰か助けて!誰か!嫌ぁあ」
「嫌じゃないよ。これからたっぷりと、気持ちいいことをするんじゃないか」
ヒートに充てられて興奮状態のナムガルは、ズボンの腰紐をといて、張り詰めた昂りを露わにして無理やり事に及ぼうと、拘束していたパメラの腕を解く。
そして荒い息遣いのまま、パメラの服の裾をたくし上げる。
今しかない。
パメラは頭上にあったランプを掴むと、それをナムガルの頭に叩きつけた。
「うがぁああっ」
頭を抱えて呻くナムガルをパメラは力一杯蹴り飛ばすと、その隙に寝台から飛び降りて、倒れているアイルーンさえも跨いで廊下に飛び出した。
「パメラ、お前一体どうしたって言うんだ」
騒ぎに気付いてようやくやって来たグルーノは、衣服が乱れたパメラに驚いた様子を見せる。
「お願い助けて!アイルーンが……ナムガルが!」
パメラはグルーノの胸ぐらを掴むと、部屋の方を振り返って必死に指を差す。
「落ち着けパメラ。ナムガルがどうし……」
グルーノのその視線の先には、血まみれで倒れるアイルーンと、熱り立つ下半身を露出させたナムガルが立っていた。その目は据わり、明らかに異常だ。
「助けてっ……お願い」
パメラは縋り付くようにグルーノの胸を叩く。何度も、何度も力なく。
「ナムガル、お前ってやつは。なんてことしやがったんだ!」
ようやく事態を理解したグルーノは、ナムガルを力任せに殴ると、気を失ったナムガルを部屋に放り込んでから、人を呼び寄せて血まみれになって倒れていたアイルーンの手当てをさせた。
エッカを外に出したことで、ナムガルはその面倒を見ざるを得なくなり、公演中にナムガルが一人で行動することはもちろん、宿屋に戻ろうとする不審な動きをすることもなくなった。
しかしパメラのヒートの波は、いよいよ嵐の前触れのように頻発するようになり、それに充てられたナムガルが、夜のうちに宿屋の中で奇行に走ることが増えた。
「辛いのかいパメラ、可哀想にね。完全にヒートが起こるまで、あたしらだけでこの町に残ることも考えないとね」
アイルーンは皆が酒盛りして盛り上がる中、一人早めに切り上げて自室に戻っていた。
まだ中途半端に燻るヒートを繰り返すパメラの額に滲む汗を拭ってやると、苦痛に耐えるように歪む顔に手を添えて、その頬を撫でて落ち着かせる。
「う、う……んん」
今夜はいつになく騒がしい。仕方ない。大きな興行がようやく終わった夜だ。皆達成感で盛り上がるのは当たり前のことだ。
ここしばらく、ヒートの波に充てられたナムガルの奇行のせいで、アイルーンは寝ずの番をしていたためか、うつらうつらと体を揺らして、重たくなる瞼を閉じては開く。
パメラに寄り添うように、アイルーンは寝台に身を倒すと、ついぞこと切れたように瞼を閉じる。
ドンドンッ、ドンドンドンドンッ。
うっかり寝入ってしまってから、一体どれくらいの時間が経ったのか分からない。
部屋の扉が激しく叩かれる音が聞こえて、アイルーンはようやく目を覚ました。
ドンドンドンドン、ドンドンドンッ。
「ちょいと、寝てるのかいアイルーン。今すぐ起きておくれ。火事だ、逃げるんだよ!」
扉の向こうから声が聞こえる。アイルーンは慎重に、ゆっくりと扉に近付くと、息を殺して扉の向こうの様子を探る。
火事だと騒ぐ割には、聞こえてくる声は、賑やかに騒いでいるようにも聞こえる。けれどジリジリと焦げ燻る匂い、僅かだが火が爆ぜる音がして確かになにかが燃えている。
ドンドンッ、ドンドンドンッ。
「アイルーン、パメラ、寝てんのかい。火事だよ、逃げるんだ」
再び扉が激しく叩かれると、アイルーンはようやくハッとして寝台に駆け寄り、パメラを揺さぶり起こす。
「パメラ、パメラ!起きるんだよ。火事だ、急いで逃げないと」
「うぅ……んん、アイルーン?」
「ああそうさ。辛いだろうけど、ひとまず逃げ出さないと危ない。急いで外に出るよ」
「でもまだヒートが」
「そんなことより命だよ!」
アイルーンは怒鳴りつけるようにしてパメラを抱き起こすと、着の身着のまま鍵を開けて部屋から出ようとした。
しかし部屋の扉を開けた瞬間、勢いよく横切る影と鈍い音がして、アイルーンは廃材のような棒で頭を殴られ、次いで鳩尾にひと突き喰らい声もなくその場に倒れ込んだ。
ハッとしてパメラが扉の外を見ると、虚ろな目をしたナムガルが、手から廃材をぼとりと落とした姿が目に入る。
開け放たれた扉の一部が焦げた跡はあるが、周りで火の手が上がっている様子はない。まさか、たかがヒートのためにナムガルがそこまでしたんだろうか。
得体の知れない恐怖にパメラは慄く。
「……ナムガル?」
パメラが声を掛けるとナムガルはようやくニヤリと笑い、喜色満面パメラに襲い掛かってきた。
「はあ、はあ。やっとだ!やっとだよパメラ!邪魔者は消した!ああパメラ、ずっと俺のためにこんなにも芳しい匂いを放って誘ってたんだね。ああ、美味そうだ。なんて厭らしくていい匂いなんだ」
パメラは寝台まで追い詰められると、そのままナムガルに押し倒されて、その両腕を押さえ付けられる。
「やめてっ、やめなさい、ナムガル!」
「恥ずかしがってるのかい。こんなに人を誘う匂いをさせておいて。ああパメラ、俺のパメラ」
ナムガルは無理やりパメラの胸元をこじ開けると、その首筋に顔を埋め、ざらりとした舌を這わせて喉元を舐める。
「嫌ぁああああ!やめてっ、誰か助けて!」
ヒートの波のせいでパメラは上手く力が入らず、思うように抵抗出来ない。だからこそ喉が潰れる勢いで叫べる限り叫ぶ。
「誰か助けて!誰か!嫌ぁあ」
「嫌じゃないよ。これからたっぷりと、気持ちいいことをするんじゃないか」
ヒートに充てられて興奮状態のナムガルは、ズボンの腰紐をといて、張り詰めた昂りを露わにして無理やり事に及ぼうと、拘束していたパメラの腕を解く。
そして荒い息遣いのまま、パメラの服の裾をたくし上げる。
今しかない。
パメラは頭上にあったランプを掴むと、それをナムガルの頭に叩きつけた。
「うがぁああっ」
頭を抱えて呻くナムガルをパメラは力一杯蹴り飛ばすと、その隙に寝台から飛び降りて、倒れているアイルーンさえも跨いで廊下に飛び出した。
「パメラ、お前一体どうしたって言うんだ」
騒ぎに気付いてようやくやって来たグルーノは、衣服が乱れたパメラに驚いた様子を見せる。
「お願い助けて!アイルーンが……ナムガルが!」
パメラはグルーノの胸ぐらを掴むと、部屋の方を振り返って必死に指を差す。
「落ち着けパメラ。ナムガルがどうし……」
グルーノのその視線の先には、血まみれで倒れるアイルーンと、熱り立つ下半身を露出させたナムガルが立っていた。その目は据わり、明らかに異常だ。
「助けてっ……お願い」
パメラは縋り付くようにグルーノの胸を叩く。何度も、何度も力なく。
「ナムガル、お前ってやつは。なんてことしやがったんだ!」
ようやく事態を理解したグルーノは、ナムガルを力任せに殴ると、気を失ったナムガルを部屋に放り込んでから、人を呼び寄せて血まみれになって倒れていたアイルーンの手当てをさせた。
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