追放された精霊の愛し子は運命の番をその腕に掻き抱く

濘-NEI-

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(13)悲劇

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 エリオットの宿屋から使いが来て、夜更けに慌てて駆け付けたヘンゼルは、目の前に横たわるアイルーンの姿を見て驚いた。

 嫌な予感がしてはいたが、怪我をしたのはヒートが上手く起こらないパメラではなく、その面倒を自分が見ると言っていたアイルーンの方だった。

 頭部の裂傷がとにかく酷く、止血はしているがこのまま意識が戻るかどうかは分からない。

 それでも、出来る限りひと通りの処置を終えてヘンゼルが寝台から離れると、パメラが目線を合わさずにヘンゼルの袖口を掴み、身を震わせて何かを訴えている。

 ヘンゼルはすぐに状況を察知した。居るのだ。この中に善良面をしたアルファが。

 しかしそれが分かったところで、ただの町医者で、しかもベータであるヘンゼルにはどうしてやることも出来ない。

「この惨状が見えていますか。これは立派な暴行で彼女は被害者です。あなたは犯人に心当たりがあるのではないですか」

 ヘンゼルはグルーノを見つめると、寝台で眠るアイルーンに視線を移し、しばらく絶対安静が必要だと続ける。

「安静っていつまでだい。たかが頭の怪我だろう?私らは明後日にはここを立つ予定なんだが」

「五日から十日ほどは様子見が必要です。頭の傷は思ったより深いし、意識が戻るかどうかも分からない。それに戻ったとしても、なにか後遺症が出るかも知れない」

「十日って、それに暴行だの後遺症だのと大袈裟な」

 グルーノは慌てた様子で顔を引き攣らせる。

「大袈裟ではないですよ。第四騎士団に通報してもいい」

 ヘンゼルは至極真面目な顔をしてグルーノを見つめる。アイルーンの状態は大袈裟でもなく相当に酷い。

「ま、待ってくれ。通報だなんてやめてくれ。アイルーンを殴ったやつなら分かってる。連れてくるからちょっと待ってくれ」

 グルーノはようやく慌てた様子で、ヘンゼルの顔色を伺うように切り出すと、部屋から飛び出して行った。

 アイルーンと云う名前は非常に珍しく、その名を聞いてヘンゼルはなにか引っ掛かりを覚えたが、記憶を探る前に隣に居るパメラが顔面蒼白になって震え出したことに気が付き、ようやく我に返る。

「一体どうしたんだい」
「や……嫌。来る、あの子が、来るわ」

 パメラの異様な様子に、ヘンゼルはすぐに思い至って、奥の湯浴みをするための部屋にパメラを連れて行くと、そこで待つように言い聞かせて扉を閉める。

 しばらくするとグルーノに連れられて、ぐったりとした様子のナムガルが、パメラとアイルーンの部屋にやって来た。
 ヘンゼルは、まさかこんな幼い少年が犯人だとは想像もつかず、しかしパメラの異様な怖がり方を思い出した。

「彼はなぜ、ぐったりしているんですか」

「……パメラを、アイルーンと同室でうちの座員の娘を、手篭めにしようとして錯乱してたんで、咄嗟に強く殴って落ち着かせたんです」

 グルーノは息子なんですと恥じ入るように呟き、ヘンゼルはなるほど合点がいった。

 パメラがあんなに震えて怖がる理由、目の前のナムガルこそがアイルーンを襲撃して、パメラに襲いかかったアルファだと確信した。 

「そのまま羽交い締めにしていて貰えますか」
「一体なにを」

「大丈夫です。念のため、気分を落ち着かせる鎮静作用のある薬を飲ませるだけです」

 ヘンゼルはそう言うと、手荷物から小瓶を取り出し、ナムガルの口をこじ開ける。

 そのまま手に持っていた小瓶の封を開けると、一気に液体を流し込んでその小さな鼻と口を塞ぐ。

「ゔっ」
「大丈夫。ゆっくり飲むんだよ」

 鎮静作用があると言ったが、その中でもアルファの性衝動を著しく減退させる副作用の強いものを与える。

 奥に控えているパメラが万が一ヒートを起こしても、これでナムガルの暴走は止められるからだ。

 暴れ始めるナムガルが、ごくりと喉を鳴らしたのを確認すると、ヘンゼルは手を離して大きく深呼吸するようにナムガルに話し掛ける。

「息を大きく吸って、それからゆっくり吐いてごらん」

 ナムガルは意外にもヘンゼルの言うことを聞き、大きく深呼吸するとようやく正気に戻ったのか、視界に飛び込んだアイルーンの悲惨な姿に小さく喉を鳴らした。

「気分はどうだい。少しは落ち着いたかい」
「ぼ、僕……あのっ」

「彼女を殴ったのは、君だね」

「だ、だって、アイルーンは!アイルーンが僕の邪魔をして意地悪するから」
「ナムガル、お前ってやつは!」

 グルーノがまた拳を振り上げるので、ヘンゼルはそれを押さえ付けると、今度こそ本当に騎士団を呼ぶと真面目な顔で訴える。

 なんとか冷静さを取り戻したグルーノから手を離すと、ヘンゼルはナムガルの第二の性を確認しようとして、その言葉をぐっと呑み込む。

 ナムガルの第二の性を確認するということは、本人の意志に反してパメラがオメガであることを公言するのと同じだからだ。

 どうするべきなのか逡巡してから、ヘンゼルは慎重に言葉を選んでグルーノとナムガルを交互に見つめる。

「改めて言いますが、アイルーンさんは最悪の場合、このまま命を落としてしまう可能性があります」

 ヘンゼルの真剣な声に、グルーノとナムガルは驚愕した様子で黙り込む。

「ですので、容態が安定するまではこの町に残って貰い、僕の診療所か、あるいは王立病院に連れて行って、それなりの処置を取らなければなりません」

「そりゃあんまりにも大袈裟だ、先生」

 グルーノが苦笑いしながらナムガルを抱き寄せて、こいつを突き出すつもりかいと震えた声を出す。

「いいえ。しかし頭の裂傷はそれだけ命に関わる大怪我だと言うことです。ご本人の意思確認が出来ないので、この町に留まらせる確認をしたかっただけです」

 ヘンゼルは続けてこう言った。

「それと、強姦されそうになった少女が居ましたね。彼女の心の傷も心配です。アイルーンさんと親しいようですので、彼女の身もこちらで保護します」

「なんだって。パメラも残して行けって言うのかい」

 グルーノは不服そうに言い返すが、ナムガルは強姦という強い言葉で顔面蒼白になった。
 それはそうだ。アイルーンを殴打した挙句、パメラを襲った張本人であるナムガルは、騎士団に突き出されても文句は言えない。

「騎士団に突き出さないだけでも、ありがたいと思ってください。話はそれだけです」

 ヘンゼルはそう言うと、宿屋の亭主エリオットを呼び付けて、怪我人を運び出すのに人手を集めるように声を掛ける。

「あとは私が責任を持ちますから、もう出て行ってください」

「おいおい、本当に二人を置いて行けって言うのかい。うちの大事な商品なんだがね」

 グルーノは悪びれる様子もなく、アイルーンを商品だなどと口にする。それに、自分の息子が強姦しようとした被害者を、まだ連れ回そうとしているその神経にヘンゼルは呆れてしまう。

「あなたは状況がお分かりでないようだ。アイルーンさんや少女が騎士団に訴え出れば、息子さんは確実に捕まりますよ?それが分からないんですか」
「そ、それは……」

 言い淀んで、今度はナムガルを睨み付けるグルーノに、これでは話にならないとヘンゼルは話を切り上げる。

「あなた方の元に戻るかどうかは、彼女たちの判断に任せます。それは私の預かり知らぬことです」

「ああ。分かったよ」

 ヘンゼルは納得いかない様子で渋々頷くグルーノと、真っ青な顔で俯いて震えるナムガルを一瞥する。

「さあ、もう出て行ってください」

 部屋から二人を追い出すと、扉を開け放したまま、奥の部屋にパメラを迎えに行く。

「もう大丈夫ですよ。アイルーンさんを一度私の診療所に運ぶことになりました。もちろん君にも一緒に来て貰います。安心してください。置いて行ったりしないからね」

 ヘンゼルはパメラを連れて寝台の脇の椅子に腰掛けると、アイルーンの容態を改めて確認する。

 酷く弱々しく浅い呼吸。色々なことが頭をよぎり、絶対に救ってやらねばとヘンゼルは腹の奥に力を込めた。
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