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(17)真の王
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オルガッド王国の東に隣接するルナギルは、国土に広大な砂漠を有し、幾つもの部族から成り立つ砂漠の民が興した国である。
十五の歳に恒久的な和平締結を謳い、ルナギルよりオルガッドに嫁いでから、二人の子を成した王妃マキナだが、彼女が王宮で過ごした日々よりも、バチアスに来て過ごす静養期間の方が遥かに長くなっていた。
マキナは住み慣れた自室の扉を開けると、露台に立ち、眼下に広がる海を眺めながら、抱えてきた秘密が解かれてしまわぬように、ゆっくりと目を閉じて祈った。
そのことは命果てるその日まで誰にも知られてはいけない。
例えそれが、お腹を痛めて産んだ実の子のためであっても、決して口外する訳にはいかない。しかしそれが暴かれるような予感があった。
マキナは十五で嫁ぎ、十六で最初の子を成した。けれどマキナが腹に宿したのは夫ナキームの子ではなく、先の王ジュダルの子である。
マキナは虚弱な上にアルファであり、子を成すには難しい体質であったのも大きな要因であったが、それに加えてナキームはベータである上に、幼少期に重い病に罹ったことが原因で、子種を有さない体らしかった。
オルガッドに嫁いでから、子を授からないのは虚弱な自分のせいだとマキナは己を責めていたが、先の王妃クレーヌの口からそのことを聞かされて、いよいよ世継ぎを産む可能性の芽が潰えたことにマキナは絶望した。
それにナキームは、自身が子種を有していないことを知らないという。
なかなか子宝に恵まれず、精神的にも肉体的にも疲弊するマキナに、ナキームは辛く当たるようになっていった。
そこでクレーヌから提案されたのは、先の王でアルファであるジュダルの子を産むという、常軌を逸したものだった。
しかし元々政略的な婚姻であったこともあり、マキナはこれを受け入れ、嫁いでからおよそ二年が経ったころ、第一子であるマグラリアを出産。
元々アルファは出産には向かない体質と言われており、それに加えてマキナは元より虚弱であったために、マグラリアを産んだ後しばらく床に臥していたが、その四年後には同じ方法でデルザリオを産むことになった。
だがその頃にはすっかり心を病んでしまい、マキナは心身の不調を理由に王宮を離れ、バチアスで余生を過ごす決意を固め今に至る。
しかし今、事態はまた想像もしなかった方向に動き出していた。
「神なる精霊よ、卑しくも生に縋る私をお許しください。また罪なき子らをお守りください」
マキナは空を仰ぎ、目を閉じて深く息を吐く。
「どうか、愛など求めた卑しい私をお許しください」
あれから三十年近くが経ち、それは予想だにせずに起こったことだった。
二年前、雨上がりの庭園で、震えて疼くまるシュレールと再会したのは偶然の出来事だった。
マキナにとって義理の弟となるシュレールは、ナキームと十三も歳が離れていて、記憶の中の姿は幼く愛らしい少年であった。
けれどマキナは知らなかった。シュレールがオメガなのだということを。
シュレールが療養のためにバチアスに身を置いていることは、さすがにマキナも把握していたが、そもそもシュレールはアルファであり、国民に布令が出されたのと同じく、病に臥せったものとして認識していた。
しかしそうではなかった。
庭園で再会したシュレールは、無骨な印象のナキームとは異なり、儚くも美しい容姿を携えていた。
そんなシュレールが震えている理由など、マキナが考えずとも、アルファである体が直感的に理解した。これはオメガのヒートだと。
そしてヒートが治まったシュレールと、改めて席を設けた際に、マキナは本人の口からシュレールがオメガであり、成長したデルザリオの色香に充てられて、過剰ヒートを起こすようになっていることを知らされた。
そうして体調が安定している時に交流する機会が増えていき、アルファとオメガである二人の間に、愛の感情が芽生えていくのに時間は掛からなかった。
どうせ中央に戻ることもない。このまま人生を終えるのならば、心から愛する人の側で穏やかに過ごしたい。惹かれ合う二人は番となり、そうして気付けば子供を授かっていた。
「マキナ、どうしたのですか」
「シュレール様」
マキナが振り返ると、シュレールは持っていた羽織りをマキナの肩に掛け、そのまま背後から優しく抱き留めて、体調を崩すことを心配した。
「明け方の風は体に響く。貴方は元々体が丈夫ではないのだから」
「お心遣い痛み入ります。シュレール様こそ、こんな所に居てはお体が冷えてしまいますわ」
「私なら心配要らないよ。だが貴方が言うなら聞き入れよう。さあ、一緒に部屋に戻ろう」
「ええ、そうですわね」
マキナには人知れず予感があった。近く何か大きなことが起こると。
すぐ側でマキナを愛しげに見つめるシュレールの手を握ると、その胸元に顔を寄せ、寝台で静かな寝息を立てる赤子に視線を向けた。
そしてその予感は現実になり、国から追われているはずのデルザリオがケイレブを伴って、マキナとシュレールの前に現れたのはその翌日のことだった。
「叔父上には、正当な王位継承者として中央に戻って貰いたい」
デルザリオは開口一番にそう言うと、マキナとシュレールを真っ直ぐに見据えて、改めて言葉を付け足した。
「いや違うな。兄上、そうお呼びするのが正しいか」
デルザリオの言葉に、マキナはついぞ知られてしまったかと肩を落とし、シュレールもまた、マキナの口から聞いてはいたが、当事者であるデルザリオがそれを承知していることに驚いて言葉を失う。
「そもそもアルファである母上がベータである父上の子を身籠るのは難しい。しかも父上には子を成せないことは、退位した祖父殿の元に出向き確認済みだ。そうなると王族の血を残すために、アルファである祖父殿の力を借りたことは容易に想像も付いた」
デルザリオの言葉にマキナは俯き、シュレールはマキナを気遣う様子で手を握ると、無言のままデルザリオの続く言葉を待った。
「母上が産んだ我々兄弟の出自についてはどうでも良い。それよりも我らが兄上たるシュレール叔父上、貴方は母の子をその身に宿し、無事に出産したと聞いている。相違ないか」
「そんなことまで……」
マキナはなんとか絞り出した震える声でデルザリオに話し掛けると、親子三人で穏やかに余生を過ごしたいだけなのだと目に涙を浮かべる。
「マキナの言う通りだよデリー。元より私はヒートすら制御できずに失脚した身だ。兄上とて、王妃たるマキナの子を身籠もり出産したオメガである私のことなど、到底受け入れ難いだろう」
人としての良心からシュレールはそう答えるが、デルザリオは残念だが違うと冷淡に切り返す。
「近く一部の貴族による反乱が起こる。この企てについては調べがついていて、今更確定したことを覆せん。だから父上が受け入れるかどうかは問題ではない。俺たち兄弟の出自を含めて、受け入れざるを得ない事実だ」
「反乱だなどと」
「だから叔父上、いや……本来の王位継承権第一位である兄上は、その立場を鑑みても、来る動乱の中において、国を取りまとめるために、国政に復帰しなければならない」
「デリー、それなら君が」
「いいや叔父上。俺は国から追われる身が気に入っているのでな。叔父上は血の上では我が兄。それに母上と番になった叔父上ならば、今まで苦しんだ過剰なヒートも起こるまい。ならば子を守るためにも中央に戻られよ」
「いやしかし」
「問題ない。そのための根回しなら済んでいる。そして貴族の傀儡と成り果てた父上には、その玉座から降りて貰うのが至極当然だ」
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マキナは住み慣れた自室の扉を開けると、露台に立ち、眼下に広がる海を眺めながら、抱えてきた秘密が解かれてしまわぬように、ゆっくりと目を閉じて祈った。
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例えそれが、お腹を痛めて産んだ実の子のためであっても、決して口外する訳にはいかない。しかしそれが暴かれるような予感があった。
マキナは十五で嫁ぎ、十六で最初の子を成した。けれどマキナが腹に宿したのは夫ナキームの子ではなく、先の王ジュダルの子である。
マキナは虚弱な上にアルファであり、子を成すには難しい体質であったのも大きな要因であったが、それに加えてナキームはベータである上に、幼少期に重い病に罹ったことが原因で、子種を有さない体らしかった。
オルガッドに嫁いでから、子を授からないのは虚弱な自分のせいだとマキナは己を責めていたが、先の王妃クレーヌの口からそのことを聞かされて、いよいよ世継ぎを産む可能性の芽が潰えたことにマキナは絶望した。
それにナキームは、自身が子種を有していないことを知らないという。
なかなか子宝に恵まれず、精神的にも肉体的にも疲弊するマキナに、ナキームは辛く当たるようになっていった。
そこでクレーヌから提案されたのは、先の王でアルファであるジュダルの子を産むという、常軌を逸したものだった。
しかし元々政略的な婚姻であったこともあり、マキナはこれを受け入れ、嫁いでからおよそ二年が経ったころ、第一子であるマグラリアを出産。
元々アルファは出産には向かない体質と言われており、それに加えてマキナは元より虚弱であったために、マグラリアを産んだ後しばらく床に臥していたが、その四年後には同じ方法でデルザリオを産むことになった。
だがその頃にはすっかり心を病んでしまい、マキナは心身の不調を理由に王宮を離れ、バチアスで余生を過ごす決意を固め今に至る。
しかし今、事態はまた想像もしなかった方向に動き出していた。
「神なる精霊よ、卑しくも生に縋る私をお許しください。また罪なき子らをお守りください」
マキナは空を仰ぎ、目を閉じて深く息を吐く。
「どうか、愛など求めた卑しい私をお許しください」
あれから三十年近くが経ち、それは予想だにせずに起こったことだった。
二年前、雨上がりの庭園で、震えて疼くまるシュレールと再会したのは偶然の出来事だった。
マキナにとって義理の弟となるシュレールは、ナキームと十三も歳が離れていて、記憶の中の姿は幼く愛らしい少年であった。
けれどマキナは知らなかった。シュレールがオメガなのだということを。
シュレールが療養のためにバチアスに身を置いていることは、さすがにマキナも把握していたが、そもそもシュレールはアルファであり、国民に布令が出されたのと同じく、病に臥せったものとして認識していた。
しかしそうではなかった。
庭園で再会したシュレールは、無骨な印象のナキームとは異なり、儚くも美しい容姿を携えていた。
そんなシュレールが震えている理由など、マキナが考えずとも、アルファである体が直感的に理解した。これはオメガのヒートだと。
そしてヒートが治まったシュレールと、改めて席を設けた際に、マキナは本人の口からシュレールがオメガであり、成長したデルザリオの色香に充てられて、過剰ヒートを起こすようになっていることを知らされた。
そうして体調が安定している時に交流する機会が増えていき、アルファとオメガである二人の間に、愛の感情が芽生えていくのに時間は掛からなかった。
どうせ中央に戻ることもない。このまま人生を終えるのならば、心から愛する人の側で穏やかに過ごしたい。惹かれ合う二人は番となり、そうして気付けば子供を授かっていた。
「マキナ、どうしたのですか」
「シュレール様」
マキナが振り返ると、シュレールは持っていた羽織りをマキナの肩に掛け、そのまま背後から優しく抱き留めて、体調を崩すことを心配した。
「明け方の風は体に響く。貴方は元々体が丈夫ではないのだから」
「お心遣い痛み入ります。シュレール様こそ、こんな所に居てはお体が冷えてしまいますわ」
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マキナには人知れず予感があった。近く何か大きなことが起こると。
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そしてその予感は現実になり、国から追われているはずのデルザリオがケイレブを伴って、マキナとシュレールの前に現れたのはその翌日のことだった。
「叔父上には、正当な王位継承者として中央に戻って貰いたい」
デルザリオは開口一番にそう言うと、マキナとシュレールを真っ直ぐに見据えて、改めて言葉を付け足した。
「いや違うな。兄上、そうお呼びするのが正しいか」
デルザリオの言葉に、マキナはついぞ知られてしまったかと肩を落とし、シュレールもまた、マキナの口から聞いてはいたが、当事者であるデルザリオがそれを承知していることに驚いて言葉を失う。
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デルザリオの言葉にマキナは俯き、シュレールはマキナを気遣う様子で手を握ると、無言のままデルザリオの続く言葉を待った。
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「そんなことまで……」
マキナはなんとか絞り出した震える声でデルザリオに話し掛けると、親子三人で穏やかに余生を過ごしたいだけなのだと目に涙を浮かべる。
「マキナの言う通りだよデリー。元より私はヒートすら制御できずに失脚した身だ。兄上とて、王妃たるマキナの子を身籠もり出産したオメガである私のことなど、到底受け入れ難いだろう」
人としての良心からシュレールはそう答えるが、デルザリオは残念だが違うと冷淡に切り返す。
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「反乱だなどと」
「だから叔父上、いや……本来の王位継承権第一位である兄上は、その立場を鑑みても、来る動乱の中において、国を取りまとめるために、国政に復帰しなければならない」
「デリー、それなら君が」
「いいや叔父上。俺は国から追われる身が気に入っているのでな。叔父上は血の上では我が兄。それに母上と番になった叔父上ならば、今まで苦しんだ過剰なヒートも起こるまい。ならば子を守るためにも中央に戻られよ」
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