追放された精霊の愛し子は運命の番をその腕に掻き抱く

濘-NEI-

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(19)迫り来る手

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 アイルーンの意識が戻り、ヘンゼルの診療所に移動してから数日が経った頃、ハリマンから聞いていた通り、イミザ近郊ではオメガ狩りの騒ぎが大きくなっていた。

「アイルーン、それからパメラ。今から言うことをよく聞いて欲しい」

 ヘンゼルは休診中の札を掛けた診療所の中で、細心の注意を払い、声を顰めてアイルーンとパメラに話し掛ける。

「君たち二人の身の安全を考慮すると、このままここで身柄を預かるのは得策じゃない。だから騎士団に保護を求めようと思う」

「昨日来てた騎士団の隊長さんが言ってたことだね。それは最近ずっとここいらで騒ぎになってる、オメガ狩りのことを言ってるのかい、医者先生」

 アイルーンはゆっくりと体を起こし、痛む頭を押さえながら険しい顔をした。その隣でパメラも不安そうな顔をしている。

 昨日のうちに、巡回と称してアイルーンを見舞いに、健やかを意味するコスタールの花束を持ってやってきたのは、その実、忠告をしに来たイミザの第四騎士団を束ねるライリーだ。

「そうだよ。騎士団預かりでも不安もあるだろうが、ライリーは信頼の置ける人物だから、こんな足の不自由な町医者のところに居るよりも安全だと思う」

「それほどまでに、そのオメガ狩りは惨事を引き起こしているんですか」

 パメラはアイルーンの手を握ると、笑顔の中にも険しさを滲ませるヘンゼルに問い掛ける。

 ライリーはもう少し含んだ言い方をしていたので、命の危険があるほどに危うい状態なのかとパメラは静かに息を呑む。

「残念ながらね。この数ヶ月で五十人近くの行方不明者が出てる。これらは全てオメガの人たちだ。そして金が絡めば、良からぬことだと分かっていても、悪事に加担する人も居るんだよ」

 肩を落とすヘンゼルの答えに、パメラはアイルーンと目を見合わせた。

 パメラだって身に覚えはある。人の心など金の力で幾らでもねじ伏せることは出来てしまうのだ。

 ヘンゼルの話では、悪名高いイルギルの連中が精力的にオメガ狩りと称した人攫いを繰り返し、行方不明となったオメガたちはそのまま奴隷として競売に掛けられ、国内外の貴族の元に引き渡されている可能性が高いと言う。

 取引されるオメガの大半は、身寄りのない者か、あるいは周囲の人間に金と引き換えに情報を売られた者たちで奪還自体が難しい。

 ヘンゼルが語る内容に救いはない。けれどそれが真実であり、パメラが向き合わなければいけない現実だった。

「ヘンゼル先生。番がいるアイルーンも、まさかそのオメガ狩りの標的になるのですか」

「難しいところだね。けれどイルギルが連れ去るとしたら、パメラは確実に狙われるだろうね」

「やっぱりそうなのね」

 パメラはヘンゼルの答えに肩を落とす。

 広く一般的に、オメガは番を持つことでヒートで刺激する対象が、その番のみに変化するとされている。

 つまりアイルーンの場合は既に番がいるので、奴隷としての価値が下がり、それはすなわちパメラの価値が高いという事になる。

「医者先生、あたしはね……この子を守るって決めたんだよ、出会った時にね。番持ちでもオメガはオメガさ、あたしも騎士団に面倒見て貰えるんだろうね」

 アイルーンは小刻みに震えるパメラの手をしっかりと握り締めると、ヘンゼルに挑むような目を向けて改めて確認する。

「ああ。ライリーほど誠実な人間は居ないよ。それにアイルーンが言う通り、イルギルに一般的な常識は通用しない。強制的に番の解消へ追い込まれないとも限らない。だからこその騎士団での保護だ」

 性奴隷として一生飼い慣らされるのだと、遠回しに説明があり、パメラの体の震えは一層強まる。

 その後も不安に思うことはヘンゼルに問い掛け、答えを得られるだけ得ると、早い対応が求められている実感が募り、アイルーンとパメラはいよいよ診療所を出る覚悟を固める。

「ライリーも言っていたが、さすがのイルギルも人目の多い時間帯に、白昼堂々と犯行に及びはしないだろう。だから急な話ではあるけれど、陽の高いうちに騎士団に向かおうと思う」

 アイルーンとパメラを憂う表情のヘンゼルに二人は頷き、すぐに身支度を整えて騎士団に向かう準備を整える。

 すぐそこに迫っている危機に身を震わせながら。
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