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(40)精霊
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デルザリオの心に巣食う闇は思ったよりも深い。
それを思うと、助けられた時にヒートを抑え込むためとは云え、デルザリオと身体を重ねたことに酷い罪悪感と心苦しい思いが広がっていく。
そんなことはないと、周りを飛び交う小さな声が労わるように囁くが、パメラはそれでもやはり思い詰めていた。
窓を閉め切って真っ暗になった部屋の中で、パメラは寝台にうずくまり、己の身を掻き抱いて震えを抑えている。
ヒートが訪れ抑制剤を服用したにも拘らず、運命の番であるデルザリオが近くに居るからか、情欲を孕んだ発作が治まらないのだ。
「アシャノン、あの方の苦しみを取り除くにはどうしたらいいの」
気遣わしげに飛び交う精霊たちに声を掛け、パメラは改めて卑しさに震える己の体をきつく抱きしめる。
ヘンゼルの診察により抑制剤ではヒートを抑え切れないとして、デルザリオは他のアルファたち同様にパメラに近付くことを固く禁じられている。
番うつもりがない以上、過剰ヒートを起こすようになったシュレールやマグラリアのように、デルザリオがそばに居ることは悪手にしかならないことだ。
しかしパメラもデルザリオも、精霊の加護を信じたかった。ヒートやラットに左右されることなく、ただ寄り添い合える存在でありたいと。
「デルザリオ様を救って差し上げたい」
パメラは独りごちて頬を濡らす。
デルザリオの誕生と成長によって、王弟の身でありながらオメガであるがゆえに長らく苦しんだシュレールが、アルファであった王妃マキナと運命的に結ばれたように。
あるいは第一王子であるマグラリアにも、彼を癒す番が現れたのなら、デルザリオの心は少しでも凪ぐのだろうか。
「ただ愛しているだけなの」
パメラはまた独りごちて飛び交う精霊たちを見つめる。
多くを望む訳ではない。それはたとえ二人がアルファやオメガとして惹かれ合う運命だとしても、その引力すらも干渉し得ない唯一無二の存在でありたいと、それだけを純粋に願うものだ。
しかし精霊たちは応えない。
「そうよね。これは私とデルザリオ様が、自分たちの力で乗り越えなければならないこと」
パメラが呟くと精霊たちはさざめき立ち、跳ね回る光の粒は瞬く間に大きく広がって、やがて人型を成して美しい女性が姿を現す。
『パメラ、愛しい子』
ひどく懐かしい声に心が震え、パメラは体を起こして息を呑み、その頬には涙が伝う。
『貴女が泣くと心が締め付けられます』
光り輝く女性の形をしたそれは、頬を伝う涙を拭うような仕草を見せる。
「お母さん?」
掴もうとしても、すり抜けてしまうその手を見つめてパメラは茫然とする。
『いいえ、パメラ。この姿は私たちの愛し子をかたどったものに過ぎません。けれどオリビアを通して私たちは貴女を見守って来たのです』
「お母さんではないなら、貴方はアシャノンなの」
『そうです。しかしあるいはそうではありません』
母オリビアの姿をした精霊たちは、困ったような微笑みを湛えてパメラを見つめ、掛けるべき言葉を探すように丁寧に紡いでいく。
『オリビアだけでなくオーブリーもまた、私たちの愛し子でした』
「お父さんとお母さんが愛し子?」
『あの子らは、深く愛し合ったがゆえに引き裂かれ、人への転生か消滅かの選択を迫られました。そして人として生きる道を選び、その上で数奇な運命の悪戯によって結ばれた二人です』
「どういう、ことですか」
パメラは突然雪崩れ込んできた情報に溺れるように、頭の中で絡まる思考を整理しようと息を吐き出す。
『互いを愛する心を捨て、神の御子として生きることも出来たでしょう。しかしオリビアもオーブリーもそれを望みはしませんでした』
オリビアの姿をした光の塊が答える。
「お父さんやお母さんは、人では……なかったの」
『いいえ、自ら選択して人の子に生まれ変わったと言うのが正しいでしょう』
困惑するパメラの頭を撫でる仕草は、記憶の中にある母そのものだ。
『掟により、人に生まれ変われば相見えることのないはずの二人は、運命の悪戯から人として出逢い結ばれ、貴女を授かりました。しかしながら神の掟は絶対です』
「……掟」
『貴女を授かったオリビアはすべてを思い出しました。オーブリーはオリビアの様子から自身も記憶を取り戻しましたが、二人に記憶が戻ったということは御子である掟に従うということなのです』
「そんな、じゃあお父さんとお母さんは、私を授かったから記憶を取り戻して死んだと言うの」
『二人はそれを承知で人に生まれ変わったのです』
「そんな……そんなことって」
流行り病に苦しみやつれていく二人の看病をした記憶はまだ新しい。
病気に苦しまされる最中、パメラのためにと掻き集めたお金で抑制剤を用意してくれた。それがなければ病に効く薬を飲んで、再び元気な姿を取り戻せたのにと己を責めてきた。
しかし両親の死は、神の掟に従った結果だと言う。そんな無慈悲な神が何処に居るだろうか。
『パメラ……』
「酷すぎるわ。私さえ生まれなければ」
『いいえパメラ、それは違います』
母の声が違うのだと懇願するように辺りに響く。
『生きとし生けるものは神の元で巡るのです。あの二人は御子に還り、また新たに歩み出しています。しかし貴女という無二の存在を忘れ去って尚、貴女に加護を与えようとそばに居るのですから』
母の声がそう切り出すと、二つの光がパメラの周りを跳ね回る。
「この子たちが……」
光に手を伸ばすと、くすぐったいような、それでいてあたたかい感触が指先に触れる。
『神の御子らの愛しい子。貴女に神からの祝福を授けます』
言い終わると同時に額の一部が熱くなり、母の姿を成していた光の塊が弾けて消える。
「待って!」
慌ててパメラは手を伸ばすが、そこには元通り、周りを飛び交う少しの精霊たちと、窓を閉め切って暗闇が広がっているだけだ。
「神からの祝福だなんて」
飛び交う精霊たちに手を伸ばした時にパメラは我が身に起こった異変に気が付いた。あれほど苦しかったヒートの発作が治まっている。
「お父さん、お母さん……」
パメラは独りごちてから、意識を失うようにして寝台で深い眠りに就いた。
それを思うと、助けられた時にヒートを抑え込むためとは云え、デルザリオと身体を重ねたことに酷い罪悪感と心苦しい思いが広がっていく。
そんなことはないと、周りを飛び交う小さな声が労わるように囁くが、パメラはそれでもやはり思い詰めていた。
窓を閉め切って真っ暗になった部屋の中で、パメラは寝台にうずくまり、己の身を掻き抱いて震えを抑えている。
ヒートが訪れ抑制剤を服用したにも拘らず、運命の番であるデルザリオが近くに居るからか、情欲を孕んだ発作が治まらないのだ。
「アシャノン、あの方の苦しみを取り除くにはどうしたらいいの」
気遣わしげに飛び交う精霊たちに声を掛け、パメラは改めて卑しさに震える己の体をきつく抱きしめる。
ヘンゼルの診察により抑制剤ではヒートを抑え切れないとして、デルザリオは他のアルファたち同様にパメラに近付くことを固く禁じられている。
番うつもりがない以上、過剰ヒートを起こすようになったシュレールやマグラリアのように、デルザリオがそばに居ることは悪手にしかならないことだ。
しかしパメラもデルザリオも、精霊の加護を信じたかった。ヒートやラットに左右されることなく、ただ寄り添い合える存在でありたいと。
「デルザリオ様を救って差し上げたい」
パメラは独りごちて頬を濡らす。
デルザリオの誕生と成長によって、王弟の身でありながらオメガであるがゆえに長らく苦しんだシュレールが、アルファであった王妃マキナと運命的に結ばれたように。
あるいは第一王子であるマグラリアにも、彼を癒す番が現れたのなら、デルザリオの心は少しでも凪ぐのだろうか。
「ただ愛しているだけなの」
パメラはまた独りごちて飛び交う精霊たちを見つめる。
多くを望む訳ではない。それはたとえ二人がアルファやオメガとして惹かれ合う運命だとしても、その引力すらも干渉し得ない唯一無二の存在でありたいと、それだけを純粋に願うものだ。
しかし精霊たちは応えない。
「そうよね。これは私とデルザリオ様が、自分たちの力で乗り越えなければならないこと」
パメラが呟くと精霊たちはさざめき立ち、跳ね回る光の粒は瞬く間に大きく広がって、やがて人型を成して美しい女性が姿を現す。
『パメラ、愛しい子』
ひどく懐かしい声に心が震え、パメラは体を起こして息を呑み、その頬には涙が伝う。
『貴女が泣くと心が締め付けられます』
光り輝く女性の形をしたそれは、頬を伝う涙を拭うような仕草を見せる。
「お母さん?」
掴もうとしても、すり抜けてしまうその手を見つめてパメラは茫然とする。
『いいえ、パメラ。この姿は私たちの愛し子をかたどったものに過ぎません。けれどオリビアを通して私たちは貴女を見守って来たのです』
「お母さんではないなら、貴方はアシャノンなの」
『そうです。しかしあるいはそうではありません』
母オリビアの姿をした精霊たちは、困ったような微笑みを湛えてパメラを見つめ、掛けるべき言葉を探すように丁寧に紡いでいく。
『オリビアだけでなくオーブリーもまた、私たちの愛し子でした』
「お父さんとお母さんが愛し子?」
『あの子らは、深く愛し合ったがゆえに引き裂かれ、人への転生か消滅かの選択を迫られました。そして人として生きる道を選び、その上で数奇な運命の悪戯によって結ばれた二人です』
「どういう、ことですか」
パメラは突然雪崩れ込んできた情報に溺れるように、頭の中で絡まる思考を整理しようと息を吐き出す。
『互いを愛する心を捨て、神の御子として生きることも出来たでしょう。しかしオリビアもオーブリーもそれを望みはしませんでした』
オリビアの姿をした光の塊が答える。
「お父さんやお母さんは、人では……なかったの」
『いいえ、自ら選択して人の子に生まれ変わったと言うのが正しいでしょう』
困惑するパメラの頭を撫でる仕草は、記憶の中にある母そのものだ。
『掟により、人に生まれ変われば相見えることのないはずの二人は、運命の悪戯から人として出逢い結ばれ、貴女を授かりました。しかしながら神の掟は絶対です』
「……掟」
『貴女を授かったオリビアはすべてを思い出しました。オーブリーはオリビアの様子から自身も記憶を取り戻しましたが、二人に記憶が戻ったということは御子である掟に従うということなのです』
「そんな、じゃあお父さんとお母さんは、私を授かったから記憶を取り戻して死んだと言うの」
『二人はそれを承知で人に生まれ変わったのです』
「そんな……そんなことって」
流行り病に苦しみやつれていく二人の看病をした記憶はまだ新しい。
病気に苦しまされる最中、パメラのためにと掻き集めたお金で抑制剤を用意してくれた。それがなければ病に効く薬を飲んで、再び元気な姿を取り戻せたのにと己を責めてきた。
しかし両親の死は、神の掟に従った結果だと言う。そんな無慈悲な神が何処に居るだろうか。
『パメラ……』
「酷すぎるわ。私さえ生まれなければ」
『いいえパメラ、それは違います』
母の声が違うのだと懇願するように辺りに響く。
『生きとし生けるものは神の元で巡るのです。あの二人は御子に還り、また新たに歩み出しています。しかし貴女という無二の存在を忘れ去って尚、貴女に加護を与えようとそばに居るのですから』
母の声がそう切り出すと、二つの光がパメラの周りを跳ね回る。
「この子たちが……」
光に手を伸ばすと、くすぐったいような、それでいてあたたかい感触が指先に触れる。
『神の御子らの愛しい子。貴女に神からの祝福を授けます』
言い終わると同時に額の一部が熱くなり、母の姿を成していた光の塊が弾けて消える。
「待って!」
慌ててパメラは手を伸ばすが、そこには元通り、周りを飛び交う少しの精霊たちと、窓を閉め切って暗闇が広がっているだけだ。
「神からの祝福だなんて」
飛び交う精霊たちに手を伸ばした時にパメラは我が身に起こった異変に気が付いた。あれほど苦しかったヒートの発作が治まっている。
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