46 / 56
(45)謁見
しおりを挟む
戴冠式が無事に執り行われ、王宮で過ごす日々も終わりに近付いてきた日、パメラはアイルーンの手によって支度を施されていた。
「なんだか変な感じだわ」
「なにがだい」
「これよ。アイルーンが私の世話係だなんて」
「だからってあんた、こんなドレスを一人で着ることは出来ないだろ」
「でも」
「いいんだよ。これは殿下があんたとあたしのために任せてくれたことさ。それに一生城で過ごす訳じゃないんだ、少しの間だから我慢しなって言っただろ」
「だけどお腹の赤ちゃんだって心配だわ」
アイルーンの張り出したお腹を優しくさすると、パメラはまだなにか言いたげな顔でアイルーンを見つめる。
「なぁに、この子が生まれたらあんたにはたっぷりと手伝って貰うんだ。持ちつ持たれつだよ」
言いながらアイルーンは手を動かし、この日のためにデルザリオから贈られた黒地に群青の刺繍が散りばめられたドレスを着付けると、丁寧に化粧を施してパメラの見事な金髪を結い上げる。
「なんだい、浮かない顔だね。まだあたしに遠慮してんのかい」
「いえ、それはもう諦めたわ」
「だったらどうしたんだい。今更緊張してんのかい」
「それはそうよ」
シュレールの戴冠式当日、デルザリオに伴われてその場に立った時、黒髪の美しい凛とした女性と目が合った。
後になってから、あの女性がデルザリオの母であり、王妃マキナなのだと知ったが、パメラは彼女の美貌よりも、あの驚きで今にも泣き出しそうな表情が気になった。
「王妃様はどうしてあんなお顔をお見せになったのかしら」
「さあね。でもこれからその王妃様と即位なさった王に謁見するんだろ」
「ええ」
「なら直接聞けばいいのさ。まだ番ってないとは云え、あんたは娘同然の立場なんだから」
そう言ってからアイルーンは思い出したように、あの甲斐性なしはいつ番うつもりなんだろうねと足踏みして憤慨する。
マグラリアはカミーリアと番となり、婚礼の日取りも決まっている。
デルザリオが兄のマグラリアに対して心に抱えていたものは、彼の結婚によって少しでも薄れたのかも知れない。
しかしマグラリアが幸せを掴んだからと言って、すぐに心に植え付けられた傷が癒える訳ではない。
「デルザリオ様……」
今日のドレスを見ていると、デルザリオの瞳を思い出す。全てを吸い込まれてしまいそうなあの綺麗な瞳。
「パメラ、そろそろ時間なんじゃないかい」
アイルーンの声で我に返ると、ちょうどその時に扉を叩く音がしてケイレブとデルザリオが部屋にやって来た。
「ほう。これはまた美しいな」
「鼻の下伸びてんぞデリー。って、いってえな」
「殿下に失礼を働くんじゃないよ」
いつもの調子でケイレブとアイルーンが賑やかに騒ぎ始めると、呆れた顔をしながらデルザリオが一歩前に踏み出してパメラの手を取る。
「どうした、そんな暗い顔をして。気が進まんか」
「いえ、とても楽しみにしております。でも少し気になることがあって」
「先日の母上のご様子か」
「そうです」
「そんなに気になるか」
デルザリオは少し体を屈めてパメラの顔を覗き込むと、片手を添えて優しく頬を撫でた。
「本当に私なんかがご挨拶しても良いんでしょうか」
すぐ目の前で優しく見守るデルザリオを見つめると、パメラは弱気になって呟いた。
「お前以外に俺の隣に立てる者などいない。堂々としていればいい」
親指で唇をなぞると、指に移った口紅を見てうっかりしたなとデルザリオは苦笑した。
慌ててアイルーンが手直しに入り、パメラの支度が整うと、ケイレブが先導する中デルザリオに伴われて、戴冠式を済ませた王シュレールと、その番である王妃マキナが待つ謁見の間まで足を進める。
「緊張せずともよい」
「はい」
大きな扉が開き、礼をしてから入室すると、華やかな壇上にシュレールとマキナの姿を確認し、パメラの緊張は昂まっていく。
そうして歩き進めると、部屋の中に既にマグラリアとカミーリアの姿があることに気付き、パメラはデルザリオを見つめるが、大丈夫だと組んだ腕に手を添えるだけだった。
所定の位置まで進み、敬意を表して一礼すると、マグラリアに似た優しい声で頭を上げるように声を掛けられる。
「顔をお上げなさい」
デルザリオに倣ってパメラが顔を上げると、玉座に座ったシュレールと目が合い、美しく整った顔立ちの王から思いもよらず柔らかい笑みを向けられてパメラは呆然としてしまう。
「デルザリオ。此度の活躍、母も聞き及んでおります。本当に、感謝の言葉に堪えません」
固まってしまったパメラに微笑みを向けると、すぐにデルザリオを見つめながらマキナが言葉を掛ける。
「勿体ないお言葉です」
儀礼的に答えると、デルザリオは胸に片手を当てて頭を下げる。
「さてデルザリオ。お前が目通ししたいと申したのは、その麗しいお嬢さんのことだね」
「はい。我が番として迎え入れたく、そのご報告を申し上げます」
デルザリオの言葉は揺るぎなくその場に響く。
「お嬢さん、名を教えてはくれまいか」
シュレールの慈愛に満ちた笑顔がパメラに向けられると、視界の端でマグラリアが微笑みながら励ますように目配せをしていた。
パメラはぐっと腹に力を込めると、教えられた型通りにお辞儀をしながら名を名乗る。
「私の名はパメラ。パメラ・ホーネリアに御座います」
緊張し過ぎて少し声が上ずってしまったが、周りを飛び交う精霊たちの賑やかな声に平静さを取り戻し、パメラはなんとか顔を上げると姿勢を正した。
「よく来たねパメラ。ようやく挨拶ができて嬉しく思う、しかしこの場では話も難しい。私はもう少し君たちと話がしたい。どうだろうかデルザリオ、場所を変えて話をしないかい」
シュレールの突然の申し出に、デルザリオはパメラと視線を交わし、その先で笑顔を浮かべるマグラリアを見ると、姿勢を正してこう答えた。
「謹んでお受け致します」
「なんだか変な感じだわ」
「なにがだい」
「これよ。アイルーンが私の世話係だなんて」
「だからってあんた、こんなドレスを一人で着ることは出来ないだろ」
「でも」
「いいんだよ。これは殿下があんたとあたしのために任せてくれたことさ。それに一生城で過ごす訳じゃないんだ、少しの間だから我慢しなって言っただろ」
「だけどお腹の赤ちゃんだって心配だわ」
アイルーンの張り出したお腹を優しくさすると、パメラはまだなにか言いたげな顔でアイルーンを見つめる。
「なぁに、この子が生まれたらあんたにはたっぷりと手伝って貰うんだ。持ちつ持たれつだよ」
言いながらアイルーンは手を動かし、この日のためにデルザリオから贈られた黒地に群青の刺繍が散りばめられたドレスを着付けると、丁寧に化粧を施してパメラの見事な金髪を結い上げる。
「なんだい、浮かない顔だね。まだあたしに遠慮してんのかい」
「いえ、それはもう諦めたわ」
「だったらどうしたんだい。今更緊張してんのかい」
「それはそうよ」
シュレールの戴冠式当日、デルザリオに伴われてその場に立った時、黒髪の美しい凛とした女性と目が合った。
後になってから、あの女性がデルザリオの母であり、王妃マキナなのだと知ったが、パメラは彼女の美貌よりも、あの驚きで今にも泣き出しそうな表情が気になった。
「王妃様はどうしてあんなお顔をお見せになったのかしら」
「さあね。でもこれからその王妃様と即位なさった王に謁見するんだろ」
「ええ」
「なら直接聞けばいいのさ。まだ番ってないとは云え、あんたは娘同然の立場なんだから」
そう言ってからアイルーンは思い出したように、あの甲斐性なしはいつ番うつもりなんだろうねと足踏みして憤慨する。
マグラリアはカミーリアと番となり、婚礼の日取りも決まっている。
デルザリオが兄のマグラリアに対して心に抱えていたものは、彼の結婚によって少しでも薄れたのかも知れない。
しかしマグラリアが幸せを掴んだからと言って、すぐに心に植え付けられた傷が癒える訳ではない。
「デルザリオ様……」
今日のドレスを見ていると、デルザリオの瞳を思い出す。全てを吸い込まれてしまいそうなあの綺麗な瞳。
「パメラ、そろそろ時間なんじゃないかい」
アイルーンの声で我に返ると、ちょうどその時に扉を叩く音がしてケイレブとデルザリオが部屋にやって来た。
「ほう。これはまた美しいな」
「鼻の下伸びてんぞデリー。って、いってえな」
「殿下に失礼を働くんじゃないよ」
いつもの調子でケイレブとアイルーンが賑やかに騒ぎ始めると、呆れた顔をしながらデルザリオが一歩前に踏み出してパメラの手を取る。
「どうした、そんな暗い顔をして。気が進まんか」
「いえ、とても楽しみにしております。でも少し気になることがあって」
「先日の母上のご様子か」
「そうです」
「そんなに気になるか」
デルザリオは少し体を屈めてパメラの顔を覗き込むと、片手を添えて優しく頬を撫でた。
「本当に私なんかがご挨拶しても良いんでしょうか」
すぐ目の前で優しく見守るデルザリオを見つめると、パメラは弱気になって呟いた。
「お前以外に俺の隣に立てる者などいない。堂々としていればいい」
親指で唇をなぞると、指に移った口紅を見てうっかりしたなとデルザリオは苦笑した。
慌ててアイルーンが手直しに入り、パメラの支度が整うと、ケイレブが先導する中デルザリオに伴われて、戴冠式を済ませた王シュレールと、その番である王妃マキナが待つ謁見の間まで足を進める。
「緊張せずともよい」
「はい」
大きな扉が開き、礼をしてから入室すると、華やかな壇上にシュレールとマキナの姿を確認し、パメラの緊張は昂まっていく。
そうして歩き進めると、部屋の中に既にマグラリアとカミーリアの姿があることに気付き、パメラはデルザリオを見つめるが、大丈夫だと組んだ腕に手を添えるだけだった。
所定の位置まで進み、敬意を表して一礼すると、マグラリアに似た優しい声で頭を上げるように声を掛けられる。
「顔をお上げなさい」
デルザリオに倣ってパメラが顔を上げると、玉座に座ったシュレールと目が合い、美しく整った顔立ちの王から思いもよらず柔らかい笑みを向けられてパメラは呆然としてしまう。
「デルザリオ。此度の活躍、母も聞き及んでおります。本当に、感謝の言葉に堪えません」
固まってしまったパメラに微笑みを向けると、すぐにデルザリオを見つめながらマキナが言葉を掛ける。
「勿体ないお言葉です」
儀礼的に答えると、デルザリオは胸に片手を当てて頭を下げる。
「さてデルザリオ。お前が目通ししたいと申したのは、その麗しいお嬢さんのことだね」
「はい。我が番として迎え入れたく、そのご報告を申し上げます」
デルザリオの言葉は揺るぎなくその場に響く。
「お嬢さん、名を教えてはくれまいか」
シュレールの慈愛に満ちた笑顔がパメラに向けられると、視界の端でマグラリアが微笑みながら励ますように目配せをしていた。
パメラはぐっと腹に力を込めると、教えられた型通りにお辞儀をしながら名を名乗る。
「私の名はパメラ。パメラ・ホーネリアに御座います」
緊張し過ぎて少し声が上ずってしまったが、周りを飛び交う精霊たちの賑やかな声に平静さを取り戻し、パメラはなんとか顔を上げると姿勢を正した。
「よく来たねパメラ。ようやく挨拶ができて嬉しく思う、しかしこの場では話も難しい。私はもう少し君たちと話がしたい。どうだろうかデルザリオ、場所を変えて話をしないかい」
シュレールの突然の申し出に、デルザリオはパメラと視線を交わし、その先で笑顔を浮かべるマグラリアを見ると、姿勢を正してこう答えた。
「謹んでお受け致します」
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
【完結】初恋相手にぞっこんな腹黒エリート魔術師は、ポンコツになって私を困らせる
季邑 えり
恋愛
サザン帝国の魔術師、アユフィーラは、ある日とんでもない命令をされた。
「隣国に行って、優秀な魔術師と結婚して連れて来い」
常に人手不足の帝国は、ヘッドハンティングの一つとして、アユフィーラに命じた。それは、彼女の学園時代のかつての恋人が、今や隣国での優秀な魔術師として、有名になっているからだった。
シキズキ・ドース。学園では、アユフィーラに一方的に愛を囁いた彼だったが、4年前に彼女を捨てたのも、彼だった。アユフィーラは、かつての恋人に仕返しすることを思い、隣国に行くことを決めた。
だが、シキズキも秘密の命令を受けていた。お互いを想い合う二人の、絡んでほどけなくなったお話。
【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~
世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。
──え……この方、誰?
相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。
けれど私は、自分の名前すら思い出せない。
訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。
「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」
……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!?
しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。
もしかして、そのせいで私は命を狙われている?
公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。
全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね!
※本作品はR18表現があります、ご注意ください。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる