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(49)神の祝福
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エミナイトを砕いて染料にしたという淡いモニュラスブルーの生地に、紺と銀糸で繊細な刺繍がふんだんにあしらわれた肩口が大きく開いたドレス。
耳元には形見となった耳飾り。そして首元と腕に、オネストルの王女の証であるエミナイトを身に付け、パメラは大きな鏡の前に立っている。
「品の良い口振りから、どこぞのお貴族様と関係があるのかと勘繰ったことはあったけど、まさか大国のお姫様だったとはね」
「血筋がそうなだけよ。私はただの私でしかないし、なにも変わらないわ」
「あんたらしいね」
この日も身支度を手伝うのはアイルーンだが、彼女は胸下で切り返しのある落ち着いた淡灰色のドレスを身に纏っている。
それもそのはずで、今日はマグラリアとカミーリアの婚礼に際した祝賀の儀が執り行われ、重ねてデルザリオとパメラの婚約を発表することでオルガッド中が祝福のために賑わっている。
「それよりアイルーン。体調は大丈夫なの」
更に張り出したアイルーンのお腹に手を当てると、ケイレブが心配するのではないかとパメラは思った。
「前にも言ったろ。じっとしてるなんて性分じゃないんだよ。それにケイレブは近衛騎士の方で支度もある。やかましく言われなくてせいせいするよ」
「またそんな。アイルーンと赤ちゃんを愛してるのよ」
「だからってあたしは鳥籠で飼われた鳥じゃないんだ。なにを言われようと好きにするさ」
パメラの化粧に手直しを施すと、アイルーンはぼそりと小さな声で幸せになるんだよと呟く。
「あんたから殿下の匂い、いや、これは多分アルファの色香なんだろうね。くらりとする匂いが漂ってる」
「え、そうなの」
「これはオメガにしか分からないものだろうね。だけど一目瞭然さ」
困惑したような、けれどパメラの幸せを願うアイルーンの笑顔は実の姉か、あるいは親のような優しいものだ。
船上で過ごした夜以降、いまだヒートは訪れず二人はまだ番にはなっていない。
けれどパメラはデルザリオの寵愛を受け、益々美しく咲き誇る花のような華やかさを身に纏うようになった。
「幸せになるんだよ」
「嫌だわアイルーン。これからだって身近で過ごすのよ。お別れみたいな言い方はやめてよ」
「いいや。もう私の手を離れる時なんだ。その区切りだよ」
路地裏でずぶ濡れのまま膝を抱えて人目を避けて過ごしたあの時、アイルーンが見つけてくれなければパメラは今頃どうなっていたか分からない。
「アイルーン、私」
「ああぁ、そういう湿っぽいのは嫌いだよ。泣くんじゃないよ、化粧が落ちちまう」
「だって」
「あんたに泣かれると弱いんだよ」
初めて会った日にそうしたように、アイルーンに抱きしめられて頬を濡らすと、化粧が台無しじゃないかと言いながら、自分も涙を浮かべるアイルーンと笑い合う。
程なくして迎えに来たデルザリオに目が少し赤いことを指摘され、パメラはアイルーンの思いを叶えたいと笑顔を浮かべた。
国民の前に姿を現したデルザリオとパメラの姿に、囁きすらもその場から消えて静まり返るほど、その場に居た誰もがその圧倒的な美しさに息を呑んだ。
オネストルの消えた花嫁を思わせるパメラの麗しい姿に皆が酔いしれ、マグラリアとカミーリアに続く、デルザリオとパメラの婚礼に向けた婚約報告に民衆は大いに沸いた。
「パメラ」
集まった民衆に手を振りながら、デルザリオはパメラの腰を抱き寄せ耳元に囁く。
挨拶をやめてはいけないと、広場に向かって手を振り続けながら、パメラは視線も動かさずに返事を返す。
「なんでしょう」
「お前が大国の姫でなくとも、この歓声は巻き起こったことだ」
「そうでしょうか」
苦笑して眉根を寄せると、そんな顔をするなとデルザリオが寂しげに呟く。
「お前はありのままで美しく、お前を育んだ人々に愛されたからこそ今ここに居る」
「デルザリオ様」
「俺を信じているな?」
「ええ、心から」
「両親を愛しているな?」
「もちろんです」
「ならばこう唱えるといい」
デルザリオが耳打ちする文言は、聞いたことがないのにどこか懐かしく、一度聞けば覚えることは容易かった。
『ゼ・ビアドゥ・レ・シッダ』
パメラはデルザリオに言われた通り、頭上に輪を描くようにして手を振うと、夕闇が迫った広場を眩しいほど照らす金色の輪が浮かび上がり、精霊たちが次々と光の花を降らせる。
群衆が津波のように大きく揺れ、人々はどよめきその光景に圧倒される。
またパメラ自身もなにが起こったのかと驚いて、その不思議な光景に瞠目した。
「デルザリオ様、これは……」
「神の祝福とでも言っておこうか」
デルザリオは口角を上げると、自らも声を上げる。
『ゼビアドゥーレシッダ』
デルザリオが唱えながら空に向かって手をかざすと、瞬く間に星が瞬くような光が集まり、大輪の火が開いて降り注ぐように、精霊たちが空を飛び回って方々へと散っていく。
それは正に大空に咲いた花火が弾けて散るように、光の粒が次から次へと空から降り注ぐ見事な光景だった。
「毎度やかましいのでな。こんな時ぐらい役に立って貰おう」
デルザリオは悪戯を楽しむような無邪気な笑みを浮かべると、精霊たちの祝福に沸く民衆の声を聞きながらパメラに口付けた。
耳元には形見となった耳飾り。そして首元と腕に、オネストルの王女の証であるエミナイトを身に付け、パメラは大きな鏡の前に立っている。
「品の良い口振りから、どこぞのお貴族様と関係があるのかと勘繰ったことはあったけど、まさか大国のお姫様だったとはね」
「血筋がそうなだけよ。私はただの私でしかないし、なにも変わらないわ」
「あんたらしいね」
この日も身支度を手伝うのはアイルーンだが、彼女は胸下で切り返しのある落ち着いた淡灰色のドレスを身に纏っている。
それもそのはずで、今日はマグラリアとカミーリアの婚礼に際した祝賀の儀が執り行われ、重ねてデルザリオとパメラの婚約を発表することでオルガッド中が祝福のために賑わっている。
「それよりアイルーン。体調は大丈夫なの」
更に張り出したアイルーンのお腹に手を当てると、ケイレブが心配するのではないかとパメラは思った。
「前にも言ったろ。じっとしてるなんて性分じゃないんだよ。それにケイレブは近衛騎士の方で支度もある。やかましく言われなくてせいせいするよ」
「またそんな。アイルーンと赤ちゃんを愛してるのよ」
「だからってあたしは鳥籠で飼われた鳥じゃないんだ。なにを言われようと好きにするさ」
パメラの化粧に手直しを施すと、アイルーンはぼそりと小さな声で幸せになるんだよと呟く。
「あんたから殿下の匂い、いや、これは多分アルファの色香なんだろうね。くらりとする匂いが漂ってる」
「え、そうなの」
「これはオメガにしか分からないものだろうね。だけど一目瞭然さ」
困惑したような、けれどパメラの幸せを願うアイルーンの笑顔は実の姉か、あるいは親のような優しいものだ。
船上で過ごした夜以降、いまだヒートは訪れず二人はまだ番にはなっていない。
けれどパメラはデルザリオの寵愛を受け、益々美しく咲き誇る花のような華やかさを身に纏うようになった。
「幸せになるんだよ」
「嫌だわアイルーン。これからだって身近で過ごすのよ。お別れみたいな言い方はやめてよ」
「いいや。もう私の手を離れる時なんだ。その区切りだよ」
路地裏でずぶ濡れのまま膝を抱えて人目を避けて過ごしたあの時、アイルーンが見つけてくれなければパメラは今頃どうなっていたか分からない。
「アイルーン、私」
「ああぁ、そういう湿っぽいのは嫌いだよ。泣くんじゃないよ、化粧が落ちちまう」
「だって」
「あんたに泣かれると弱いんだよ」
初めて会った日にそうしたように、アイルーンに抱きしめられて頬を濡らすと、化粧が台無しじゃないかと言いながら、自分も涙を浮かべるアイルーンと笑い合う。
程なくして迎えに来たデルザリオに目が少し赤いことを指摘され、パメラはアイルーンの思いを叶えたいと笑顔を浮かべた。
国民の前に姿を現したデルザリオとパメラの姿に、囁きすらもその場から消えて静まり返るほど、その場に居た誰もがその圧倒的な美しさに息を呑んだ。
オネストルの消えた花嫁を思わせるパメラの麗しい姿に皆が酔いしれ、マグラリアとカミーリアに続く、デルザリオとパメラの婚礼に向けた婚約報告に民衆は大いに沸いた。
「パメラ」
集まった民衆に手を振りながら、デルザリオはパメラの腰を抱き寄せ耳元に囁く。
挨拶をやめてはいけないと、広場に向かって手を振り続けながら、パメラは視線も動かさずに返事を返す。
「なんでしょう」
「お前が大国の姫でなくとも、この歓声は巻き起こったことだ」
「そうでしょうか」
苦笑して眉根を寄せると、そんな顔をするなとデルザリオが寂しげに呟く。
「お前はありのままで美しく、お前を育んだ人々に愛されたからこそ今ここに居る」
「デルザリオ様」
「俺を信じているな?」
「ええ、心から」
「両親を愛しているな?」
「もちろんです」
「ならばこう唱えるといい」
デルザリオが耳打ちする文言は、聞いたことがないのにどこか懐かしく、一度聞けば覚えることは容易かった。
『ゼ・ビアドゥ・レ・シッダ』
パメラはデルザリオに言われた通り、頭上に輪を描くようにして手を振うと、夕闇が迫った広場を眩しいほど照らす金色の輪が浮かび上がり、精霊たちが次々と光の花を降らせる。
群衆が津波のように大きく揺れ、人々はどよめきその光景に圧倒される。
またパメラ自身もなにが起こったのかと驚いて、その不思議な光景に瞠目した。
「デルザリオ様、これは……」
「神の祝福とでも言っておこうか」
デルザリオは口角を上げると、自らも声を上げる。
『ゼビアドゥーレシッダ』
デルザリオが唱えながら空に向かって手をかざすと、瞬く間に星が瞬くような光が集まり、大輪の火が開いて降り注ぐように、精霊たちが空を飛び回って方々へと散っていく。
それは正に大空に咲いた花火が弾けて散るように、光の粒が次から次へと空から降り注ぐ見事な光景だった。
「毎度やかましいのでな。こんな時ぐらい役に立って貰おう」
デルザリオは悪戯を楽しむような無邪気な笑みを浮かべると、精霊たちの祝福に沸く民衆の声を聞きながらパメラに口付けた。
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