21 / 84
6.③
しおりを挟む
「はい、じゃあ乾杯」
「かんぱーい」
グラスワインで乾杯すると、早速頼んだ牡蠣に岩塩をひとつまみとレモンを絞ってするりと口の中に放り込む。
「んー! 美味しい」
「でしょ」
得意げな美鳥と一緒になって、サラダと交互に牡蠣を頬張ると、まだまだ食べられるねと追加注文を頼むことにする。
「それよりどうしたの。平日に食事に誘うなんて珍しくない?」
「ちょっと秋菜、アンタ自分の誕生日忘れてたの」
「あ……そっか、今日私の誕生日か」
歳を取るのが嫌過ぎたのかと可笑しそうに笑う美鳥に苦笑して誤魔化すと、あれほどショックなことが起きたのに、誕生日のことすら忘れてた自分に驚いた。
もし別の世界線があったなら、私は今頃、大輔と一緒に式場の下見をしたりして、お互い良い相手が見つからなかったなんて笑いながら過ごしてたのかも知れない。
だけど現実はそうじゃなくて、あんなパーティーに招待までされて、大輔からしたら諦めてくれって意味なのか真意までは分からないけど、随分一方的に酷いことをされた。
きっと一人だったら立ち直れなかっただろうし、誕生日を忘れるなんてあり得ないことだった。
凌さんに出会わなかったら、涙なんて枯れ果てるまで泣いて、誕生日がトラウマになるような過ごし方をしてた気がする。
「そっか……」
凌さんが居てくれたから、今の私はこんな風に笑えてるという事実に、言葉で言い表すのは難しいけど、あったかい気持ちがグッと込み上げてくる。
「ちょっと秋菜、聞いてる?」
「あ、うん。ありがとう」
「今日は美味しいのいっぱい食べようね」
「美鳥は自分が食べたいだけじゃないの」
「そうとも言う」
毎日が、いつもと変わらない。
それはあんなことを経験した今の私にとってかけがえのないことで、あの時一人だけで頑張ってもどうにも出来なかったはずだから。
そう思ったら、凌さんにとって私は何か力になれたのか、どうでも良いことかも知れないけど、急にそんなことが気になった。
「そう言えば秋菜さあ」
「ん?」
「今やり取りしてる賀茂屋百貨店の担当って蔵本さんだっけ」
「うん。それがどうかしたの」
「あの人、ちょっと気を付けた方が良いよ」
「どういうこと?」
「大人しそうに見えて、かなり遊んでるっぽいんだよね。秋菜はそういう話振られたことないの」
「ないない。仕事の話しかしたことないよ」
「そうなんだ。でもあんまり良い噂聞かないから、個人的な話をされたら気を付けなよね」
珍しく美鳥がそんな忠告をしてくる。よほど気になる話を耳にしたんだろうか。
蔵本さんとは二年ほどのやり取りになるけど、商品に対して細かいこだわりや希望が上がってくることはあっても、個人的な話なんてした記憶はない。
だけどふと、私が大輔に夢中だったから蔵本さんのアピールに気が付かなかっただけかも知れないと思うと、恥ずかしさと情けなさで穴があったら入りたい気分になった。
自意識過剰かも知れないけど、思い起こせば食事に誘われたことが何度かあった気がして、それにはもしかして意図があったのかと背筋がゾワリとした。
「人懐っこい人だとは思ってたけど」
ボソリと呟くと、急に恐怖に似た気味の悪い感情が込み上げてきて不安になってくる。
「それ絶対狙われてるよ」
「えー。ちょっと気持ち悪いなぁ」
「ストーカー気質な人って居るからね」
「怖いこと言わないでよ」
「だって秋菜お人好しなんだもん。ガツンと言えないでしょ」
別にお人好しだなんて自覚はないけれど、確かに他人に対して強く出られるタイプじゃない自覚はある。ましてや取引先の人が相手となると、うちの会社の規模を考えると下手な手を打つのは良くないと思ってしまう。
「ちょっと背筋が冷たくなってきた」
「ごめんって。でも本当に気を付けて」
「かんぱーい」
グラスワインで乾杯すると、早速頼んだ牡蠣に岩塩をひとつまみとレモンを絞ってするりと口の中に放り込む。
「んー! 美味しい」
「でしょ」
得意げな美鳥と一緒になって、サラダと交互に牡蠣を頬張ると、まだまだ食べられるねと追加注文を頼むことにする。
「それよりどうしたの。平日に食事に誘うなんて珍しくない?」
「ちょっと秋菜、アンタ自分の誕生日忘れてたの」
「あ……そっか、今日私の誕生日か」
歳を取るのが嫌過ぎたのかと可笑しそうに笑う美鳥に苦笑して誤魔化すと、あれほどショックなことが起きたのに、誕生日のことすら忘れてた自分に驚いた。
もし別の世界線があったなら、私は今頃、大輔と一緒に式場の下見をしたりして、お互い良い相手が見つからなかったなんて笑いながら過ごしてたのかも知れない。
だけど現実はそうじゃなくて、あんなパーティーに招待までされて、大輔からしたら諦めてくれって意味なのか真意までは分からないけど、随分一方的に酷いことをされた。
きっと一人だったら立ち直れなかっただろうし、誕生日を忘れるなんてあり得ないことだった。
凌さんに出会わなかったら、涙なんて枯れ果てるまで泣いて、誕生日がトラウマになるような過ごし方をしてた気がする。
「そっか……」
凌さんが居てくれたから、今の私はこんな風に笑えてるという事実に、言葉で言い表すのは難しいけど、あったかい気持ちがグッと込み上げてくる。
「ちょっと秋菜、聞いてる?」
「あ、うん。ありがとう」
「今日は美味しいのいっぱい食べようね」
「美鳥は自分が食べたいだけじゃないの」
「そうとも言う」
毎日が、いつもと変わらない。
それはあんなことを経験した今の私にとってかけがえのないことで、あの時一人だけで頑張ってもどうにも出来なかったはずだから。
そう思ったら、凌さんにとって私は何か力になれたのか、どうでも良いことかも知れないけど、急にそんなことが気になった。
「そう言えば秋菜さあ」
「ん?」
「今やり取りしてる賀茂屋百貨店の担当って蔵本さんだっけ」
「うん。それがどうかしたの」
「あの人、ちょっと気を付けた方が良いよ」
「どういうこと?」
「大人しそうに見えて、かなり遊んでるっぽいんだよね。秋菜はそういう話振られたことないの」
「ないない。仕事の話しかしたことないよ」
「そうなんだ。でもあんまり良い噂聞かないから、個人的な話をされたら気を付けなよね」
珍しく美鳥がそんな忠告をしてくる。よほど気になる話を耳にしたんだろうか。
蔵本さんとは二年ほどのやり取りになるけど、商品に対して細かいこだわりや希望が上がってくることはあっても、個人的な話なんてした記憶はない。
だけどふと、私が大輔に夢中だったから蔵本さんのアピールに気が付かなかっただけかも知れないと思うと、恥ずかしさと情けなさで穴があったら入りたい気分になった。
自意識過剰かも知れないけど、思い起こせば食事に誘われたことが何度かあった気がして、それにはもしかして意図があったのかと背筋がゾワリとした。
「人懐っこい人だとは思ってたけど」
ボソリと呟くと、急に恐怖に似た気味の悪い感情が込み上げてきて不安になってくる。
「それ絶対狙われてるよ」
「えー。ちょっと気持ち悪いなぁ」
「ストーカー気質な人って居るからね」
「怖いこと言わないでよ」
「だって秋菜お人好しなんだもん。ガツンと言えないでしょ」
別にお人好しだなんて自覚はないけれど、確かに他人に対して強く出られるタイプじゃない自覚はある。ましてや取引先の人が相手となると、うちの会社の規模を考えると下手な手を打つのは良くないと思ってしまう。
「ちょっと背筋が冷たくなってきた」
「ごめんって。でも本当に気を付けて」
59
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
その溺愛も仕事のうちでしょ?〜拾ったワケありお兄さんをヒモとして飼うことにしました〜
濘-NEI-
恋愛
梅原奏多、30歳。
男みたいな名前と見た目と声。何もかもがコンプレックスの平凡女子。のはず。
2ヶ月前に2年半付き合った彼氏と別れて、恋愛はちょっとクールダウンしたいところ。
なのに、土砂降りの帰り道でゴミ捨て場に捨てられたお兄さんを発見してしまって、家に連れて帰ると決めてしまったから、この後一体どうしましょう!?
※この作品はエブリスタさんにも掲載しております。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
練習なのに、とろけてしまいました
あさぎ
恋愛
ちょっとオタクな吉住瞳子(よしずみとうこ)は漫画やゲームが大好き。ある日、漫画動画を創作している友人から意外なお願いをされ引き受けると、なぜか会社のイケメン上司・小野田主任が現れびっくり。友人のお願いにうまく応えることができない瞳子を主任が手ずから教えこんでいく。
「だんだんいやらしくなってきたな」「お前の声、すごくそそられる……」主任の手が止まらない。まさかこんな練習になるなんて。瞳子はどこまでも甘く淫らにとかされていく
※※※〈本編12話+番外編1話〉※※※
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる