その溺愛も仕事のうちでしょ?〜拾ったワケありお兄さんをヒモとして飼うことにしました〜

濘-NEI-

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(38)困惑のディナータイム

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 到着したのは意外にも、町のビストロと言った雰囲気のこぢんまりとした店だった。
「どんな高級店に連れて行かれるのかと思ってた」
「ふふ、残念だった?」
「とんでもない。一稀さんと一緒に外食とか初めてだもん」
「味は保証するから安心して」
 スタッフの男性に案内されてコートを預けると、一稀さんの手が剥き出しになった背中に添えられて、甘い痺れを感じながら、久々に履いたハイヒールで席まで移動する。
「クリスマスなのに混んでないんだね」
「貸し切ったから」
「は?」
 あまりにも常識からかけ離れた言葉にギョッとして、顔を顰めたまま低い声が出る。
「今夜はクリスマスだよ。特別な夜にしたいじゃない」
 一稀さんのあまりにも自分勝手な言い分に、自分の感覚がおかしいのか不安になりながらも、私は呑み込まずに思った通り言葉にした。
「だからってそんな。他にもここで食べたくて、楽しみにしてた人が居たかもしれないのに」
「皆さんには時間をずらしてもらうか、別のお店をご紹介して納得して貰ってるから大丈夫」
「そうだとしても、そういう横入りみたいなのは良くないよ。一稀さんが特別な夜にしたいなら、他の人だってそうじゃないのかな」
「そうだね、ごめん。もうしないから許してくれる?」
「本当に反省してよね」
「うん。身勝手だった、ごめん」
「謝るのは私にじゃないよ」
「うん。すぐにお詫びの手配もしておくよ」
 しゅんとして肩を落とした一稀さんは、少し席を外すと責任者らしい男性と何かやり取りをして、その後電話をしているようだった。
 私たち二人のクリスマスが記念になるように、多分そんな思いでお店を貸し切ってくれた気がするから、その気持ちは嬉しいけど周りへの配慮がなさすぎるのは残念だった。
 テーブルに戻った一稀さんは、相変わらず傷付いた様子で落ち込んでいるので、私なりに区切りをつけて声を掛ける。
「お詫びの誠意が伝わると良いね」
「お花とシャンパンを手配しておいた。叶うところは特別なデザートもね」
「まあね、勝手に追い出したんだからそれくらいはね」
「俺は本当にダメだね」
 本当に反省した様子で大きな溜め息を吐いた一稀さんに苦笑すると、私も甘いと思いながらもダメじゃないよと声を掛けた。
「喜ばせようとしてくれたんだし嬉しいよ。でも他の人にとってもきっと特別な日だから、次はそういう無茶なやり方しないでね」
「約束するよ」
「ならもう切り替えよう。せっかくだから私も楽しませてもらう」
「うん、そうだね」
 ようやく笑顔になった一稀さんがスタッフに合図すると、エプロンをつけた男性がテーブルにやってきた。
「アペロはシードルにしようと思うんだけど、どうかな」
「アペロ?」
「アペリティフ、食前酒で御座います。シードルは林檎酒で爽やかな酸味と甘味が食欲を増進させますよ」
 スタッフの男性はソムリエらしく、私ににこやかに微笑み掛けると、一稀さんとシードルの種類を確認して何やら話し込んでる。
(よく分からないけど、慣れてるみたいだし一稀さんに任せよう)
 一稀さんに強気になれることもあるけど、こういった場はきっと任せた方がいい。どう言うのが正解か分からないけど、一稀さんのオススメが飲んでみたいと言って笑顔を浮かべた。
「もしかして、居酒屋が良かったかな」
 スタッフがテーブルを離れると、一稀さんが悪戯っぽく笑う。
「ごめんね、慣れなくて緊張しちゃって」
「これから慣れていけばいい。俺も初めてのディナーで張り切り過ぎたから」
「そうだね」
 お互いに強張ってた緊張が解れると、ようやく普段通りの気安い会話に花が咲き始める。
「それにしても結構短く思い切ったね」
「ああ、髪の毛?もっと短くても良いかと思ったんだけど、このくらいの方が巻いたり纏めたりアレンジし易いし、切るのはいつでも切れるから」
「凄く似合ってる。グッと女性らしさが出て、正直なところ驚いた」
「褒め言葉として取っとくね」
 林檎の爽やかな香りが呑みやすい、シードルの入ったグラスを傾けて一稀さんに笑顔を向ける。
「当たり前じゃない。今すぐベッドに押し倒したいもん」
「また、一稀さんは油断すると本当そればっかり。バカなんじゃないの」
「仕方なくない?なーたん今日は本当にいつも以上にセクシーなんだもん」
「そりゃどうも。誰かさんが見立ててくれたからね」
 たわいない会話をしていると、コースのアミューズが運ばれてきて、私たちはようやく食事を始めた。
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