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第2章 ぼちお君、奮闘

第25話 落としどころ

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「それにしても、那須先生の用事とは何のことなんでしょうか?」

「さあ?分からないです」

 帰路の道中、辺りはもう既に闇夜に包まれている。
 全く俺も分からない。那須先生は謎な人で気分屋だし何を言われるのかは、皆目見当がつかない。

「・・・ですが、十中八九先ほどの件ですよね」

「まあ、そうでしょうね」

 逆に、全く違う話で呼んだならおかしいだろう。

「な、那須先生・・・す、凄かったです・・・」

「ええ、那須先生にあのような特技があったとは思いもしませんでした」

「見てて気持ちいくらいな一本背負いでしたからね」

 あれは凄かったな・・・先生は、柔道経験者なのかもしれん。

「・・・芦田さん。疑問なのですが・・なぜ、あのように彼を煽り立てるような質問の仕方をしたのですか?」

「わ、私も、見ていてとても冷や冷やしました・・・」

「単純に、ボロを出させるためですよ。ああやって追い詰めていけばいつかはボロが出るもんです。特に、ああいう人種は」

 結果的にボロも出したしね。

「・・・それでも芦田さんは、あと一歩という所で、暴行を加えられるかもしれなかったんですよ?」

「まぁ、そうでしたね」

「そうでしたねって・・・もっと、自分を大切にしてください・・・」

 そうか、古瀬さんにはあれが俺の自己犠牲に見えたのか。でも、それは違う。あれは俺自身がやりたくてやった事だ。彼女の為というのももちろんあるが、結局は俺の自己満足の為にした行為であって、決して自己犠牲なんかじゃない。

「けど、結果オーライですし。過ぎたことは気にしてもしょうがないですよ」

「ぅー・・・」

 不満ありありといった顔で、渋々頷いた古瀬さん。

「・・・」

 なんかジッとこちらを見つめられてる気がする・・・用があるなら言葉で発して欲しいんだけど・・・

「・・・どうした?」

「な、なんでもないです」

「そう・・・」

 なんかデジャヴだ。どっかで見たことあるな、ああさっきか。
 どうしたのだろう一体。じっとこちらを見つめて、何か言いたい事でもあるのだろうか。

 明らかに何か言いたいことが有るのは明白だ。だが、こちらから問い詰めるのは無粋だろう。若山さん自ら言ってくれるのを待つしかない。

 ◇


「今日は、本当に有り難うございました」

 丁寧に頭を下げてお礼を言ってくる古瀬さん。
 
 若山さんとは先程別れ、現在彼女のアパート前だ。若山さんは終始何か言いたげだった気がするが、結局何も言わずに適当な会話をして帰って行った。何なんだろうねほんと。

「芦田さんが協力してくださったおかげで、無事解決することができました。本当に、いくらお礼を言っても足りないほどです・・・ありがとうございました」

「そうですか。解決できて良かったですね」

「・・・はい」

 一瞬、憂いの影が彼女の瞳に映ったのは、気のせいではないだろう。まだ不安に思うのは無理はない。だからこそ俺は、あいつを煽ったんだが・・・上手くいかないもんだ。
 那須先生という存在が、想定していたよりももっとイレギュラーだった。

「じゃあ、俺は帰りますね。さようなら」

 そう言って背を向け、自宅へ帰ろうと思った時。

「・・・あ、あのっ芦田さん!」

「?・・・はい」

「そ、その・・・この関係はもう、終わりですか・・・?」

 古瀬さんが言うこの関係とは、俺が古瀬さんと一緒に帰るという関係の事だろう。俺ははなからこの件が解決すれば、一緒に帰るこの関係を終えよと思っていた。第一俺にリスクがあり過ぎるしね。もし見つかったら妬み嫉妬の目が四六時中付きまとうだろう・・・・想像するだけで怖い。

「そうですね。今回の件はもう解決しましたし」

「・・・そう、ですか・・」

「はい」

 そんな少し落ち込んだ振りしても靡かないんだからねっ。俺は一度決めたことは絶対に守るという主義なのだ。俺の意思は固いぞ・・・
 それに、彼女が落ち込んで見えるのは、別に俺と一緒に居たいからではないだろう。まだ・・・不安なのだと思う。ストーカーの件が一応の形で解決して、これからいつも通りの日常に戻れる・・・・そんな事を考える。だが、どこかでまた同じような奴が現れるのではないか。いや、既にもういるのではないか、と。一抹の不安が胸中で荒れ狂う。理性では分かっていても、心が言うことを聞かない感じ。難しいね・・・

「私、は・・・まだ・・・少し怖い、です・・・」

「・・・もう解決はしましたよ?あいつは処分を受けますし」

 そのがどうなるか、だが・・・

「それは・・・分かっています。ですが、その・・・」

「それに古瀬さん。あなたはいつか、若山さんに言いましたよね」

「・・・・?」

「人に頼って得たものは本物か、って」

「っ・・・そ、それは・・・」

 すいません、古瀬さん。ここはハッキリと言わせてください。

「それと同じじゃないですか?今の古瀬さんは。確かに、今は解決したばかりで少し不安なのはわかります。だけどもう、解決したんです・・・時間が傷を癒してくれますよ」

「・・・」

 ここでハッキリ言わないと、彼女はなし崩し的に俺に頼ってしまう。それではだめだ。それでは彼女は成長しない。

「・・・じゃあ、帰ります。おやすみなさい」

「・・・」

 はぁ、心が痛い・・・それに、泣きそうな顔で俯かないでください・・・俺が虐めてるみたいじゃんか・・・
 だが、これでいい。彼女と一緒に居るのは、俺にとってリスクが高すぎる。平穏なボッチ生活でいいんだ俺は。なにより、古瀬さんにとって俺は・・不純物過ぎる。彼女の周りに居ていいのは俺なんかじゃない。許されるのは、もっと崇高で、畏れ多くて、俺には想像できない何かだ。
 それに最近は俺から平穏が逃げている気がするから、舞い戻らせねばならん・・・

「はぁ」

 ◇



「ただいま」

 ふぅ、やっと家に着いた。7時20分か・・・毎度の如く、遅いな・・・

「もおっ!おそいよ兄ちゃんっ。今日私の誕生日パーティーなんだからねっ」

 トコトコと玄関にやってきた千恵が不満を言ってくる。そういえば今日誕生日だったね。あっ。

「あっ・・・」

「あ?」

 ・・・・・・最悪だ。誕生日プレゼント買い忘れた。
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