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第三章
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平成元年四月
私は尼崎市立小田北中学校に入学する。
小田北があるのは神崎町という部落だ。
だから、お坊ちゃんやお嬢ちゃんが来る事はない。
親が神崎町にある学校を避けて私学に行かせるので、自然とボンクラばかり集まる事になる。
中学校時代はどうだったろうか?
やはり父の怖い顔と弟を溺愛する母とつきまとう緊張感、そして、当然の事のように繰り返される母の呪文と弟のつぶやきだ。
中学校に入ってからは喧嘩する頻度と殴る回数が増えた。
中学校に入ってからの私は小田北卒業生の不良グループとつるむようになり、そのグループがたまり場にしているアパートに出入りするようになった。
そしてこの頃、単車の乗り方と盗み方を覚えて、シンナーを吸うようにもなっていった。
髪の毛を染めて見た目にも変わったけれど、私の中には見た目のような派手さはなかった。
つきまとう緊張感と息苦しさから逃れるための手段に過ぎなかったのかも知れない。
中学校二年生の時、大分にいる母方の祖母が、何かの手術をするために入院した。
ところが、急に危篤状態になった。
その連絡を受けた私達家族は、すぐ、病院にかけつけた。
祖母は病室のベッドの上で管だらけにされていたけれど、意識はあった。
私は祖母と二人きりになれた時、祖母が差し出そうとしてきた手を、両手でそっと包みこむように握った。
そして、ずっと祖母の目を見つめていた。
すると、祖母は目に涙をうかべながらにっこりと微笑んで、、、
ゆっくりと、、、
何度も何度も私にうなずいてくれた、、、
それが祖母との別れになった、、、
その時の祖母の優しい顔は、私の脳裏に焼きついて、片時も離れた事はない、、、
私は父方の祖母、母方の祖父、祖母には本当に可愛がられていた。
でも、私の体には緊張感と気を遣う事が叩きこまれていたので、素直に甘える事が出来ていなかった。
なかでも母方の祖母は特に私の事を可愛がってくれていた。
だから祖母の死は本当に辛くて、私は悲しみと淋しさに打ちのめされていた。
頼むから夢枕に立ってくれと、毎晩、心の中で拝んでいた事をはっきりと覚えている。
私が幽霊の存在を否定したのはこの時が初めてだった。
喧嘩する頻度と殴る回数がまた増えた。
中学校二年生、十三歳の秋
私はあてもなく町を徘徊していた。
西難波町にある公園で、三人のヤンキーがしゃがんで煙草を吸っていた。
一人と目があった。
「何やコラぁ~」
その一人が立ち上がった。
「誰にガン飛ばしとんねん」
「殺すぞコラぁ~」
あとの二人も立ち上がってきた。
この公園の敷地内には交番があるので私は少し躊躇した。
が、それは一瞬だけで、私は何も言わず三人に向かって走ってつっこんだ。
まず、真ん中に立っている奴の鼻に思いっきり右をぶちこんでやった。
それから、そいつが倒れたところを馬乗りになって、ひたすら殴り続けた。
殴って殴って、とにかく殴り続けた。
「やめろっ」
誰かが、うしろから私を羽交い締めにしようとしてきた。
私はそのままの状態で立ち上がった。
そして、そいつに後頭部で頭突きをかまして、私を羽交い締めにしようとしていた腕がなくなったところを振りきって走った。
「待てぇ~」
私を羽交い締めにしようとしていたのが、残りの二人だったのか、それとも警官だったのかは判らなかったけれど、パトカーと救急車のサイレンの音を背中に聞きながら私は逃げた。
これから暫くたって、尼崎中央警察から出頭命令がきた。
小田北中学校から、担任の運転する車で尼崎中央警察署に出頭し、生まれて初めて取り調べ室に入った。
そこで刑事からの事情聴取を受けた。
この日は雑談のような話だけで帰らされたんだけれど、恐らくこの時に面通しをされていたんだろう。
案の定、後日、改めて担任の運転する車で尼崎中央警察署に出頭し、今度は本格的な取り調べを受けた。
西難波町の公園で喧嘩した相手は、三人とも西長洲にある育英中学校の三年生で、私が馬乗りになって殴った相手が被害届を出していたようだ。
この件で調書に拇印を押したのは十三歳と十一ヶ月、、、
傷害の罪状で児童相談所送致の処分を受けるだけで済んだ。
あと一ヶ月後だったら、少年鑑別所に収監されて、少年審判を受けなければならないところだった。
これまでにも、傷害、恐喝、窃盗での触法歴はあったけれど、全て小学生の時の事だったので、正直舐めていた。
この時は、本当に助かったと感じた事を覚えている。
だが、これだけでは終わってくれなかった。
私が殴った相手の左目が失明した。
それで、小田北の担任と両親と私の四人で、育英中学校まで謝罪しに行く事になった。
向こうは喧嘩相手の三人が来る事はなく、三人それぞれの担任と両親、それから学年主任のような教師の、合計十人が会議室のような部屋で待ち構えていた。
私はただ言われるがままに謝罪したと思う。
だけど、そもそも喧嘩を売ってきたのは向こうの方だ。
ましてや年上だった上に三人いた。
私は、ただ、売られた喧嘩を買っただけだ。
それに喧嘩の延長で文句を言うのはやはりおかしい。
人を殴れば怪我をするというのは当たり前の事で、打ちどころが悪ければ死ぬ事だってあるだろう。
そんな事は幼稚園児だって判っている。
判った上でやっているのだから、喧嘩の延長での事だったら、どんな目にあったとしても、たとえ殺されたとしても文句はない筈だ。
もしそれが嫌なら、はじめから喧嘩なんてやらなければ良い。
大人十人から責められながら、私は違和感と理不尽さを感じずにはいられなかった。
そのためなのか、左目が失明したという相手に対して、申し訳ないという気持ちを抱く事が出来なかったように思う。
母も私の事を責めたてて、なじっていた。
だけど、父だけは私の事を責めも怒りもしなかった。
初めて、父の優しさを感じた瞬間だったのかも知れない、、、
私が中学校三年生になるのと同時に、小田北に弟が入学してきた。
弟とは家を一歩出たら関わる事はなかったんだけれど、弟が小田北に入学して暫くたった頃、私の同級生から
「リュウちゃん、ちょっと言いにくいねんけど、リュウちゃんの弟の事で聞いて欲しい事あんねん、、、」
と、相談をもちかけられた。
その内容というのは、弟が一年生の多数の女の子達にちょっかいを出したり、またはそういう真似を一年生の複数の男の子達にやらせたりして反感を買っているそうなのだが、それだけではなく
「俺に手ぇ出したら、兄貴出てくんぞ」
と、息巻いているのでどうにかして欲しいというものだった。
その話を聞かされた時、私は恥ずかしくて顔を上げる事も出来なかった。
普段、弟とは口をきく事などありはしなかったのだが、さすがにこの時はほっとく訳にはいかなかった。
家に帰ってからその話を弟にして
「恥ずかしい真似はやめろ」
と、釘を刺した。
だけど、弟は私の話に耳を貸すどころか、ナイフを持ち出してきて、、、
思いっきり目を見開いて、これでもかという程、鼻の穴を膨らませながら、私にナイフの刃を向けてきた。
弟がナイフを持っていた事は意外だったけれど、その弟の顔を見た瞬間、私は逆上してしまったんだと思う。
弟が突き出しているナイフの刃の根元を左手で握って、そのまま弟を殴り倒した。
私の左手は少し切れたが、一発で倒れこんだので、弟もたいした事にはならずに済んだ。
もし、弟に怪我でもさせていたら母から何をされるか判ったものではない。
しかし、母は弟がナイフを持っている事も、そして、そのナイフで私を刺そうとした事も知っていた。
勿論、知っていても母は弟には何も言わない。
「あっ君、ナイフなんか使ったら危ないよ」
弟に笑いかけながら、やはり汚い物を見るような目で私の事を見ていた。
もし、弟と私の立場が逆だったら、私が弟を殺そうとしたと大騒ぎになり、私は警察につき出されて、施設に放り込まれていただろう。
私が弟を殴ったのは後にも先にもこの時だけだ。
中学校三年生になってから、友達に誘われて、私はエレキギターを始めた。
大阪梅田にある阪急イングス内の楽器売り場で、黒のアリアプロⅡとフェルナンデスのディストーション内蔵アンプとボスのマルチエフェクターを購入した。
そして、同級生達とバンドを組んだ。
不良仲間達と暴走したり、シンナーを吸ったりするのも嫌いじゃなかったけれど、バンドには全く違う楽しさがあり、私はすぐにのめりこんでいった。
毎週のようにバンド仲間達とスタジオに集まって、練習に明け暮れた。
私の担当はギターとボーカルだった。
人の髪の毛をつかんでいた左手でギターを握り、木刀や鉄パイプを握っていた右手にはピック。
中学校時代の締めくくりは卒業ライブだった。
阪神尼崎にあるシューホールでライブをした。
始めたばかりのバンドの演奏は、お世辞にも上手とは言えなかっただろう。
だけど、ホールは観客でうめつくされて、むせ返るような熱気が心地良かった。
終わり良ければ全て良し。
意味が合っているかは判らないけれど、使わせて欲しい。
私は尼崎市立小田北中学校に入学する。
小田北があるのは神崎町という部落だ。
だから、お坊ちゃんやお嬢ちゃんが来る事はない。
親が神崎町にある学校を避けて私学に行かせるので、自然とボンクラばかり集まる事になる。
中学校時代はどうだったろうか?
やはり父の怖い顔と弟を溺愛する母とつきまとう緊張感、そして、当然の事のように繰り返される母の呪文と弟のつぶやきだ。
中学校に入ってからは喧嘩する頻度と殴る回数が増えた。
中学校に入ってからの私は小田北卒業生の不良グループとつるむようになり、そのグループがたまり場にしているアパートに出入りするようになった。
そしてこの頃、単車の乗り方と盗み方を覚えて、シンナーを吸うようにもなっていった。
髪の毛を染めて見た目にも変わったけれど、私の中には見た目のような派手さはなかった。
つきまとう緊張感と息苦しさから逃れるための手段に過ぎなかったのかも知れない。
中学校二年生の時、大分にいる母方の祖母が、何かの手術をするために入院した。
ところが、急に危篤状態になった。
その連絡を受けた私達家族は、すぐ、病院にかけつけた。
祖母は病室のベッドの上で管だらけにされていたけれど、意識はあった。
私は祖母と二人きりになれた時、祖母が差し出そうとしてきた手を、両手でそっと包みこむように握った。
そして、ずっと祖母の目を見つめていた。
すると、祖母は目に涙をうかべながらにっこりと微笑んで、、、
ゆっくりと、、、
何度も何度も私にうなずいてくれた、、、
それが祖母との別れになった、、、
その時の祖母の優しい顔は、私の脳裏に焼きついて、片時も離れた事はない、、、
私は父方の祖母、母方の祖父、祖母には本当に可愛がられていた。
でも、私の体には緊張感と気を遣う事が叩きこまれていたので、素直に甘える事が出来ていなかった。
なかでも母方の祖母は特に私の事を可愛がってくれていた。
だから祖母の死は本当に辛くて、私は悲しみと淋しさに打ちのめされていた。
頼むから夢枕に立ってくれと、毎晩、心の中で拝んでいた事をはっきりと覚えている。
私が幽霊の存在を否定したのはこの時が初めてだった。
喧嘩する頻度と殴る回数がまた増えた。
中学校二年生、十三歳の秋
私はあてもなく町を徘徊していた。
西難波町にある公園で、三人のヤンキーがしゃがんで煙草を吸っていた。
一人と目があった。
「何やコラぁ~」
その一人が立ち上がった。
「誰にガン飛ばしとんねん」
「殺すぞコラぁ~」
あとの二人も立ち上がってきた。
この公園の敷地内には交番があるので私は少し躊躇した。
が、それは一瞬だけで、私は何も言わず三人に向かって走ってつっこんだ。
まず、真ん中に立っている奴の鼻に思いっきり右をぶちこんでやった。
それから、そいつが倒れたところを馬乗りになって、ひたすら殴り続けた。
殴って殴って、とにかく殴り続けた。
「やめろっ」
誰かが、うしろから私を羽交い締めにしようとしてきた。
私はそのままの状態で立ち上がった。
そして、そいつに後頭部で頭突きをかまして、私を羽交い締めにしようとしていた腕がなくなったところを振りきって走った。
「待てぇ~」
私を羽交い締めにしようとしていたのが、残りの二人だったのか、それとも警官だったのかは判らなかったけれど、パトカーと救急車のサイレンの音を背中に聞きながら私は逃げた。
これから暫くたって、尼崎中央警察から出頭命令がきた。
小田北中学校から、担任の運転する車で尼崎中央警察署に出頭し、生まれて初めて取り調べ室に入った。
そこで刑事からの事情聴取を受けた。
この日は雑談のような話だけで帰らされたんだけれど、恐らくこの時に面通しをされていたんだろう。
案の定、後日、改めて担任の運転する車で尼崎中央警察署に出頭し、今度は本格的な取り調べを受けた。
西難波町の公園で喧嘩した相手は、三人とも西長洲にある育英中学校の三年生で、私が馬乗りになって殴った相手が被害届を出していたようだ。
この件で調書に拇印を押したのは十三歳と十一ヶ月、、、
傷害の罪状で児童相談所送致の処分を受けるだけで済んだ。
あと一ヶ月後だったら、少年鑑別所に収監されて、少年審判を受けなければならないところだった。
これまでにも、傷害、恐喝、窃盗での触法歴はあったけれど、全て小学生の時の事だったので、正直舐めていた。
この時は、本当に助かったと感じた事を覚えている。
だが、これだけでは終わってくれなかった。
私が殴った相手の左目が失明した。
それで、小田北の担任と両親と私の四人で、育英中学校まで謝罪しに行く事になった。
向こうは喧嘩相手の三人が来る事はなく、三人それぞれの担任と両親、それから学年主任のような教師の、合計十人が会議室のような部屋で待ち構えていた。
私はただ言われるがままに謝罪したと思う。
だけど、そもそも喧嘩を売ってきたのは向こうの方だ。
ましてや年上だった上に三人いた。
私は、ただ、売られた喧嘩を買っただけだ。
それに喧嘩の延長で文句を言うのはやはりおかしい。
人を殴れば怪我をするというのは当たり前の事で、打ちどころが悪ければ死ぬ事だってあるだろう。
そんな事は幼稚園児だって判っている。
判った上でやっているのだから、喧嘩の延長での事だったら、どんな目にあったとしても、たとえ殺されたとしても文句はない筈だ。
もしそれが嫌なら、はじめから喧嘩なんてやらなければ良い。
大人十人から責められながら、私は違和感と理不尽さを感じずにはいられなかった。
そのためなのか、左目が失明したという相手に対して、申し訳ないという気持ちを抱く事が出来なかったように思う。
母も私の事を責めたてて、なじっていた。
だけど、父だけは私の事を責めも怒りもしなかった。
初めて、父の優しさを感じた瞬間だったのかも知れない、、、
私が中学校三年生になるのと同時に、小田北に弟が入学してきた。
弟とは家を一歩出たら関わる事はなかったんだけれど、弟が小田北に入学して暫くたった頃、私の同級生から
「リュウちゃん、ちょっと言いにくいねんけど、リュウちゃんの弟の事で聞いて欲しい事あんねん、、、」
と、相談をもちかけられた。
その内容というのは、弟が一年生の多数の女の子達にちょっかいを出したり、またはそういう真似を一年生の複数の男の子達にやらせたりして反感を買っているそうなのだが、それだけではなく
「俺に手ぇ出したら、兄貴出てくんぞ」
と、息巻いているのでどうにかして欲しいというものだった。
その話を聞かされた時、私は恥ずかしくて顔を上げる事も出来なかった。
普段、弟とは口をきく事などありはしなかったのだが、さすがにこの時はほっとく訳にはいかなかった。
家に帰ってからその話を弟にして
「恥ずかしい真似はやめろ」
と、釘を刺した。
だけど、弟は私の話に耳を貸すどころか、ナイフを持ち出してきて、、、
思いっきり目を見開いて、これでもかという程、鼻の穴を膨らませながら、私にナイフの刃を向けてきた。
弟がナイフを持っていた事は意外だったけれど、その弟の顔を見た瞬間、私は逆上してしまったんだと思う。
弟が突き出しているナイフの刃の根元を左手で握って、そのまま弟を殴り倒した。
私の左手は少し切れたが、一発で倒れこんだので、弟もたいした事にはならずに済んだ。
もし、弟に怪我でもさせていたら母から何をされるか判ったものではない。
しかし、母は弟がナイフを持っている事も、そして、そのナイフで私を刺そうとした事も知っていた。
勿論、知っていても母は弟には何も言わない。
「あっ君、ナイフなんか使ったら危ないよ」
弟に笑いかけながら、やはり汚い物を見るような目で私の事を見ていた。
もし、弟と私の立場が逆だったら、私が弟を殺そうとしたと大騒ぎになり、私は警察につき出されて、施設に放り込まれていただろう。
私が弟を殴ったのは後にも先にもこの時だけだ。
中学校三年生になってから、友達に誘われて、私はエレキギターを始めた。
大阪梅田にある阪急イングス内の楽器売り場で、黒のアリアプロⅡとフェルナンデスのディストーション内蔵アンプとボスのマルチエフェクターを購入した。
そして、同級生達とバンドを組んだ。
不良仲間達と暴走したり、シンナーを吸ったりするのも嫌いじゃなかったけれど、バンドには全く違う楽しさがあり、私はすぐにのめりこんでいった。
毎週のようにバンド仲間達とスタジオに集まって、練習に明け暮れた。
私の担当はギターとボーカルだった。
人の髪の毛をつかんでいた左手でギターを握り、木刀や鉄パイプを握っていた右手にはピック。
中学校時代の締めくくりは卒業ライブだった。
阪神尼崎にあるシューホールでライブをした。
始めたばかりのバンドの演奏は、お世辞にも上手とは言えなかっただろう。
だけど、ホールは観客でうめつくされて、むせ返るような熱気が心地良かった。
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