虚しくても

Ryu

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第十六章

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私はそれまで、ダルクという施設の存在すら知らなかった。
猪ちゃんの話を聞いても、実のところ大した興味も抱かなかった。
だけど、猪ちゃん個人には好感を持てたので、後日、そのダルクという施設に猪ちゃんをたずねてみた。
「来てくれたんだ」
笑顔で出迎えてくれた猪ちゃんは、右手を私に差し出してきた。
私はその右手を握り返して、猪ちゃんに施設内を案内して貰った。
施設は三階建ての意外に広い建物だった。
一階が事務所、二階が入寮者の生活スペース、三階は道場になっていた。
施設を案内されたあと、施設長を紹介された。
施設長は勉さんという人だったんだけれど、私は勉さんには少し違和感を覚えた。
と言うのは、勉さんは勿論、ダルクの説明もしてくれたんだけれど、それよりも右翼の話ばかりをしてきたからだ。


ダルクというのは、ドラッグ、アディクション、リハビリテーション、センターの略でそれぞれの頭文字を取って並べたものだ。
創設者は北海道出身の近藤恒夫さん。
近藤さん自身も薬物依存症者だ。
若かりし頃、船乗りとして働いていた時に覚せい剤を覚えた。
薬物依存にもがき苦しみ、、、
逮捕、有罪判決を受けた時を契機に、日本において無いに等しかった薬物依存症のリハビリ施設を設立する道を選ぶ。
そして、そのダルクを全国に広げたのは、茨城ダルク施設長の岩井喜代仁さんだ。
岩井さんは近藤さんと船乗り時代の同僚だったと聞く。
岩井さんは船乗りからヤクザに転身して、覚せい剤の売人をしていたという経歴も持っている。
やはり薬物依存にもがき苦しみ、、、
かつての同僚だった近藤さんを頼って、ダルクを全国に広げる事に尽力する事になる。
私は、近藤さんとも岩井さんとも何度か会った事がある。
近藤さんと初めて会ったのは、平成十七年にダルク設立二十周年記念フォーラムが東京で開催された時の事だった。
この時は軽く言葉を交わしただけだった。
近藤さんという人は、一見、大阪の新世界にいるような酔っぱらいのオッサンにしか見えない。
見ようによっては、優しさがにじみ出ているようにも見えるのに、どこか飄々としてつかみどころのないような感じも受ける。
平成二十六年に開催された大津のびわこダルクフォーラム、、、
そこで私は、近藤さんと一緒に食事をしながら、ゆっくり言葉を交わす機会があった。
やはり私が感じた通りの、つかみどころのない新世界のオッサンだった。
この時のびわこダルクフォーラムの会食では、、、
かつて、その奇抜なスタイルで、いっせいをふうびし、バラエティー番組では、志村けんと共演してお茶の間を笑わせていたラッツ&スターの元メンバー、、、
マーシーも同じテーブルについていた。
私の右隣が近藤さんで、左隣がマーシーだった。
この年はチャゲ&飛鳥の飛鳥が、覚せい剤取締法違反で逮捕されたニュースが話題になっていた。
会食中、マーシーがダルクに芸能部を作ると豪語していた。
勿論、冗談で言ったんだろうけれど、その冗談には芸能界における薬物汚染の深刻さが現れているようにも思えた。
岩井さんとは、岩井さんの講演の前後に何度か言葉を交わした事がある。
私は、岩井さんには強い違和感を抱いている。
岩井さんは講演のたび、ポケットに両手を突っ込んだまま
「俺は、元ヤクザだ」
と、始めるのだ。
その講演を聞いているのは、中高年のオバサンが圧倒的に多い。
中高年のオバサン数百人を前に、ポケットに両手を突っ込んだまま
「俺は、元ヤクザだ」
と、始めるなんて、私にしてみれば絶対にあり得ない事だ。
それが岩井さんのスタイルなんだろうけれど、私にはどうしても理解する事が出来なかった。
それで、岩井さんには強い違和感を抱いてしまう、、、
しかし、そんなあり得ないスタイルをやってみせるのが、岩井さんの魅力なのかも知れない。
それにダルクを全国に広げたのは、間違いなく岩井さんの尽力によるものだ。
それは本当に凄い事だと思う。


仙台ダルクの入寮者には色んなタイプの人がいたけれど、やはり覚せい剤が圧倒的に多かった。
その薬物依存症者のほとんどが懲役経験者で、なかにはヤクザをしていた事があるという人もいた。
覚せい剤以外では、シンナーや市販薬、病院の処方薬の依存症者もいたけれど、こちらの人達の壊れ方は異様な程だった。
ずっとニヤニヤしていたり、何かをブツブツしゃべっていたり、かと思えば、突然笑い出したり、怒り出したり、ちょっと不気味な感じだった。
だけど、それが薬物依存症の現実だという事は間違いないのだろう。
仙台ダルクには通所というスタイルもあって、その通所者の中に、現役のヤクザがいてる事には驚かされた。
でも、考えてみれば私自身も似たようなものなんだから、それ程不思議な事ではないのかも知れない。
この現役のヤクザは、自分の立場を隠せる限り隠して通所していた。
ダルクというのは薬物依存症からの回復の手助けをするだけの施設なので、私もそれが当然だと思っていた。
ダルクでは基本的には入寮という形をとっているようだった。
それが出来ない場合には通所というスタイルでも受けているみたいだ。
そして、入寮者、通所者をはじめ、利用者全員がアノニマスネームというものを使用している。
実名を明かさないという事が前提とされているみたいだ。
それは社会での地位、立場、身分といったものを一旦捨てておいて、一人の薬物依存症者として回復のプログラムに専念する。
そういった意味があるのではないかと私は勝手に解釈しているんだけれど、的外れという事はないと思う。
勉さん、猪ちゃんというのも、そのアノニマスネームだった。
私はリュウというアノニマスネームを使う事にした。
ダルクで行われているプログラムは基本的にはミーティングだ。
言いっぱなし、聞きっぱなし、自分以外の人の話には一切口をはさまず、黙って聞くというのがルールで、参加者それぞれ、思い思いの話をしていく。
そのミーティングを午前中と午後に行う。
そして、夜にはNAという自助グループに参加する事がダルクでの主なプログラムとなっている。
NAというのは、ナルコティクス、アノニマスの略で薬物依存症者の自助グループの事だ。
NAもダルクで行われているミーティングと同様のものなんだけれど、NAはあくまでも自助グループなので、薬物問題を抱えている当事者であれば誰でも参加する事が出来るようになっている。
勉さん、猪ちゃんの話を聞いても、当時の私には、そこまでダルクに興味を持つ事は出来なかった。
ただ、覚せい剤を使用する頻度は確実に減るだろう、、、
私は猪ちゃんの顔を見るために、体が空いている時には、仙台ダルクに行くようにしていた。
そうしているうちに入寮者や通所者とも自然に仲良くなっていった。
その中に、マムシというメンバーがいた。
マムシは覚せい剤、大麻、シンナーに問題がある銀細工師だった。
彼は私より少し年上だったんだけれど、妙に私になついていた。
彼とは私の運転する車で、仙台市内をはじめ、宮城県内の色んな所へ行って遊ぶようになっていった。


平成十四年の春前
私が自宅に帰って、玄関のドアを開けようとしている時だった。
知らない男達が、突然、私を取り囲んできた。
「おかえり」
一人が声をかけてきた。
「久しぶり」
「どこ行ってたの?」
あとの二人もなれなれしく話しかけてきた。
「警察か?」
「そう、北署なんだけど」
そういうと刑事は、家宅捜索令状を私に示してきた。
「悪いんだけど、入らせてくれる?」
「どうぞ」
私が以前、仙台で知り合った人物に大関という男と菊地という男がいた。
この二人には取り立てを手伝ってやったり、二人の揉め事の前に立ってやったりした事がある。
覚せい剤を渡した事もあった。
仙台北警察の刑事の話では、この大関と菊地が捕まって、私の事をチンコロしたという事だった。
それも、菊地の見当違いの嫉妬からのチンコロだったようだ。


大関には妹がいた。
「リュウジさんに相談したい事があるんですけど、、、」
彼女から電話できりだされ、彼女と仙台のレストランで待ち合わせをした。
彼女からの相談というのは大関への不満と愚痴に尽きていた。
当時、彼女は婚約していたんだけれど、大関のせいで、その婚約まで破綻になったという。
そんな彼女からの相談を私は何度か受けていた。
ただ、菊地が彼女に惚れていたという事は知らなかった。
もし知っていたなら、彼女からの相談を受ける事はなかっただろう。
その事を菊地が逆恨みしてのチンコロだったそうだ。
男の嫉妬というものは見苦しいだけだ。
そもそも私には逆恨みされる筋合いなんてなかったのだ。


家宅捜索令状には差し押さえる物品に、覚せい剤と注射器、その関連の物と記載されてあった。
しかし、覚せい剤のシノギは知人に任せてあったので、私の自宅からは何も出なかった。
「何にも出ないから、これでガサは終わるけど、小便だけ出して貰って良いかな?」
「かまいませんよ」
私は刑事達と一緒に仙台北警察署まで行って、そこで採尿検査に応じた。
取り調べ室で、丼物を食べながら待っていた検査結果はシロだった。
私は猪ちゃんと知り合い、ダルクと関わるようになってからは、覚せい剤をしていなかったのだ。
それは、ほんの数ヶ月間にしか過ぎなかったんだけれど、私にとっては考えられないような事だった。
それまでの私は、少年院入所中や服役中を除けば、ずっと覚せい剤を使用している状態だった。
体から抜く事はあったけれど、それもせいぜい一週間程度だった。
私はダルクにしても、NAにしても、それ程の興味は持てなかった。
そんな事で覚せい剤を止めれる訳がないとも考えていた。
私自身の変化には、私自身が一番驚いていたと思う。
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