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2.過信ではない、その言葉
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「では、どうぞこちらへ」
御者がここまで案内するのか、と若干不思議には思っていた。本来ならば、御者から迎えの者に案内役は移り、その後で説明役で誰かが来る流れだろう。国の非常事態で人員が手薄であるから、その流れが少し変わるくらいは予想はできたが。
「まさか……第一王子が引く馬車に乗っていたとは思いませんでしたよ」
「貴重な経験ができましたね、フィー」
人前では猫を被っているのか、リアンは動揺することもなくくすくすと笑う。確かに、御者にしては身なりが良いとは思っていたが……。目深に被っていた帽子がなくなっただけで、その眩しさに目が焼かれそうだった。
「いえいえ、出迎えも私一人で大変失礼致しました」
嫌味か。眉目秀麗、知勇兼備。剣技にも秀でる第一王子にここまでされて失礼だなんて思えるはずもないだろう。思うならば。
「護衛もなしに王子が一人で街へ出るとは普通誰も思いませんよ」
「普通の王子ならばそうでしょうね」
この性格も、同じくらい褒められるものになってほしいということくらいだ。さらりと「普通の王子」なんて言ってのけるのは、自分が普通ではなく、本来護衛など必要としないくらい秀でている、と言いたいからだ。それが過信ではなく、実力が誰よりも伴っていることくらいこの国の者ならば誰でも分かっている。
「では、本題に入りましょうか」
メイドが持ってきたお茶を一口飲んだところで、今回の儀式の説明が始まった。聖女ではないリアンを聖女に仕立て上げるための儀式。身体中の魔力をすべて聖女の力に変えるそれは、当然、リアンにも負荷を伴う。……確実に成功する保証もない。
「ーーーー以前聞かれた話と、それに関する補足は以上ですね。夕刻より始めますので、それまでに身を清めてください。ああ、君も」
リアンだけでなく俺もか。一応昨日川で水は浴びてはきたものの、まあ、見た目だけでは分かりにくいし、儀式の前だからきちんとしておくにこしたことはないか。
リアンはメイドに案内されて別室へ。聖女が普段使用しているところで湯浴みも着替えもするのだろう。
一方の俺は。
「これは合わないな」
第一王子の部屋で服の選定作業に付き合わされていた。これから聖女の傍にいる人間ならば、それなりのものを着ていなければならない、という理屈は分かるのだが、なぜわざわざ第一王子のお下がりなんか。
「あの、とてもありがたいのですが他の服は?」
「一応君は彼女の護衛も兼ねていることになっているんだから、使用人の服では困るだろう? 兵服なんて当然入らないし、このご時世に新調するわけにもいかないからね。私の服が重圧であるというのであれば、それくらいは我慢してもらわないと」
一応聖女様扱いのリアンがいなくなったことで敬語は取れたものの、丁寧な物言いは変わらない。丁寧なだけで『いいから黙って着ろ』ということにも変わりないが。
そうして、しばらくメイドと王子に代わる代わる服を当てられ、木桶に張られた温水で身を清めた後で儀式用にと選ばれたものに身を包んだ。慣れない服による重圧よりも、隣から感じる視線の方が余程重荷だ。
「まあ、こんなものか」
この第一王子が着ていた服が似合う人間がそう易々と見つかるものか。不平を述べたい気持ちは堪えて、後ろについて歩く。
「何か言いたげな顔だね」
「優秀な王子を前に緊張している顔ですよ」
「それはそれは。本当なら光栄だ」
適当な嘘など通じはしない。まあ、俺もあちらも軽口を叩いているだけだけれど。
「案外と肝が座っているんだな」
「リアンですか?」
「君の方だよ」
リアンが本当は怯え、怖がっていることくらいこの王子にはお見通しか。
「彼女の方には大役を背負う理由がまだあるが、君はその幼馴染というだけだろう? 正直な話、適当な理由をつけて帰しても良いと思っていたのだが」
正直に滅茶苦茶言うなこの人。
「会ってみれば分かるものだな。確かに、彼女の精神安定剤としては他にないだろう」
「……お褒めにいただき光栄です」
「大丈夫だ。そこまで褒めてはいない」
何が大丈夫なのかは分からないが、一応認めてはくれたということか。
「鍛えがいがありそうだ。暇があれば付き合おう」
「第一王子のお邪魔になるわけにはいきませんよ」
「安心しろ。邪魔かどうかは私が判断する」
俺の気持ちは考慮してくれないらしい。しかし、厳しく辛そうで嫌味や小言を言われる心配があるとはいえ、頼る宛ができたということならば、これはありがたいことだ。そう思っておこう。
「ああ、そうだ。君の母君のことだが」
急な言葉に、つい体が反応してしまった。第一王子にまで、知られていたのか?
「城の者が傍にいるから、何かあればすぐに対応できるようになっている。その心配はしなくていい」
「……ありがとうございます」
何かあれば。それが、どちらを意味するのかは、俺には分からない。
「案ずるな」
俺の変化に気付いてか。王子は歩みを止めて、こちらを向く。
「私の歩む道は、常に正しい」
過信ではないその言葉は、この先の道までも明るく照らすようだった。
「……そうしたことをあっさりと言える人間になりたいものですね」
「私も、君みたいに思ってもいないようなことをさらりと言える人間になってみたいものだ」
眩しすぎて目を逸らして言った言葉は即座に嫌味で返されたものの、一応は気遣ってくれたらしい。
俺とリアンが歩む道もまた同じであり、正しいものだと。
王子と同じ道を歩いて、扉を開ける。
リアンを紛い物の聖女にするための儀式が、
まもなく始まる。
御者がここまで案内するのか、と若干不思議には思っていた。本来ならば、御者から迎えの者に案内役は移り、その後で説明役で誰かが来る流れだろう。国の非常事態で人員が手薄であるから、その流れが少し変わるくらいは予想はできたが。
「まさか……第一王子が引く馬車に乗っていたとは思いませんでしたよ」
「貴重な経験ができましたね、フィー」
人前では猫を被っているのか、リアンは動揺することもなくくすくすと笑う。確かに、御者にしては身なりが良いとは思っていたが……。目深に被っていた帽子がなくなっただけで、その眩しさに目が焼かれそうだった。
「いえいえ、出迎えも私一人で大変失礼致しました」
嫌味か。眉目秀麗、知勇兼備。剣技にも秀でる第一王子にここまでされて失礼だなんて思えるはずもないだろう。思うならば。
「護衛もなしに王子が一人で街へ出るとは普通誰も思いませんよ」
「普通の王子ならばそうでしょうね」
この性格も、同じくらい褒められるものになってほしいということくらいだ。さらりと「普通の王子」なんて言ってのけるのは、自分が普通ではなく、本来護衛など必要としないくらい秀でている、と言いたいからだ。それが過信ではなく、実力が誰よりも伴っていることくらいこの国の者ならば誰でも分かっている。
「では、本題に入りましょうか」
メイドが持ってきたお茶を一口飲んだところで、今回の儀式の説明が始まった。聖女ではないリアンを聖女に仕立て上げるための儀式。身体中の魔力をすべて聖女の力に変えるそれは、当然、リアンにも負荷を伴う。……確実に成功する保証もない。
「ーーーー以前聞かれた話と、それに関する補足は以上ですね。夕刻より始めますので、それまでに身を清めてください。ああ、君も」
リアンだけでなく俺もか。一応昨日川で水は浴びてはきたものの、まあ、見た目だけでは分かりにくいし、儀式の前だからきちんとしておくにこしたことはないか。
リアンはメイドに案内されて別室へ。聖女が普段使用しているところで湯浴みも着替えもするのだろう。
一方の俺は。
「これは合わないな」
第一王子の部屋で服の選定作業に付き合わされていた。これから聖女の傍にいる人間ならば、それなりのものを着ていなければならない、という理屈は分かるのだが、なぜわざわざ第一王子のお下がりなんか。
「あの、とてもありがたいのですが他の服は?」
「一応君は彼女の護衛も兼ねていることになっているんだから、使用人の服では困るだろう? 兵服なんて当然入らないし、このご時世に新調するわけにもいかないからね。私の服が重圧であるというのであれば、それくらいは我慢してもらわないと」
一応聖女様扱いのリアンがいなくなったことで敬語は取れたものの、丁寧な物言いは変わらない。丁寧なだけで『いいから黙って着ろ』ということにも変わりないが。
そうして、しばらくメイドと王子に代わる代わる服を当てられ、木桶に張られた温水で身を清めた後で儀式用にと選ばれたものに身を包んだ。慣れない服による重圧よりも、隣から感じる視線の方が余程重荷だ。
「まあ、こんなものか」
この第一王子が着ていた服が似合う人間がそう易々と見つかるものか。不平を述べたい気持ちは堪えて、後ろについて歩く。
「何か言いたげな顔だね」
「優秀な王子を前に緊張している顔ですよ」
「それはそれは。本当なら光栄だ」
適当な嘘など通じはしない。まあ、俺もあちらも軽口を叩いているだけだけれど。
「案外と肝が座っているんだな」
「リアンですか?」
「君の方だよ」
リアンが本当は怯え、怖がっていることくらいこの王子にはお見通しか。
「彼女の方には大役を背負う理由がまだあるが、君はその幼馴染というだけだろう? 正直な話、適当な理由をつけて帰しても良いと思っていたのだが」
正直に滅茶苦茶言うなこの人。
「会ってみれば分かるものだな。確かに、彼女の精神安定剤としては他にないだろう」
「……お褒めにいただき光栄です」
「大丈夫だ。そこまで褒めてはいない」
何が大丈夫なのかは分からないが、一応認めてはくれたということか。
「鍛えがいがありそうだ。暇があれば付き合おう」
「第一王子のお邪魔になるわけにはいきませんよ」
「安心しろ。邪魔かどうかは私が判断する」
俺の気持ちは考慮してくれないらしい。しかし、厳しく辛そうで嫌味や小言を言われる心配があるとはいえ、頼る宛ができたということならば、これはありがたいことだ。そう思っておこう。
「ああ、そうだ。君の母君のことだが」
急な言葉に、つい体が反応してしまった。第一王子にまで、知られていたのか?
「城の者が傍にいるから、何かあればすぐに対応できるようになっている。その心配はしなくていい」
「……ありがとうございます」
何かあれば。それが、どちらを意味するのかは、俺には分からない。
「案ずるな」
俺の変化に気付いてか。王子は歩みを止めて、こちらを向く。
「私の歩む道は、常に正しい」
過信ではないその言葉は、この先の道までも明るく照らすようだった。
「……そうしたことをあっさりと言える人間になりたいものですね」
「私も、君みたいに思ってもいないようなことをさらりと言える人間になってみたいものだ」
眩しすぎて目を逸らして言った言葉は即座に嫌味で返されたものの、一応は気遣ってくれたらしい。
俺とリアンが歩む道もまた同じであり、正しいものだと。
王子と同じ道を歩いて、扉を開ける。
リアンを紛い物の聖女にするための儀式が、
まもなく始まる。
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