紛い物の聖女は温かな人々に囲まれた幸せな余生を目指す

めの。

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3.儀式の後、見極めの儀

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 結論から言えば、リアンは儀式から五日間目を覚ますことはなかった。





 魔力は言わば血液と同じ。身体に当たり前に流れていて、気づけば言葉が話せるように、何も考えずとも手足を動かせるように、ただそこにある、生きていくために必要なものだ。

 その全てを聖女の力に変えたリアンは、身体を基礎から作り替えられたのと同じ。今まで見えていたものが見えなくなり、できていたことができなくなる。今までとは違う生活に、一から慣れていかなければならない。



 もちろん、それも彼女が目覚めればの話ではあるが。




「少し意外ではあったな」




 公務の合間に様子を見にきた第一王子は、4日目にしてそんなことを言い出した。


「何がでしょう」
「いや、ある程度危険であることを承知の上でここへ来てくれたのは分かっていたつもりではあったが」


 ふむ、と珍しいものを見るような目で見られる。この人以上に珍しい存在もそんなにはいないだろうに。




「この状況で全く動じないとは思わなかった」




 寝ずの番とまではいかないものの、殆ど眠らずにずっと彼女の傍にいて、ただ起きるのを待ち続ける。それだけ聞けば献身的だが、二度の食事も普通に取り、基本的には本を読んで勉強をし、彼女に対しては呼びかけるでもなく泣いて縋るでもなく、ただ手を握っているだけ。
 看病としてはあまりにも滑稽にも映るだろう。


「目を覚ますのは分かり切っていますから」
「どうして言い切れる?」


 王子を前にしても繋いだままの手に込める力を、少しだけ強くして、答える。




「彼女が、リアン・ペリアーナだからですよ」




 儀式の前に、彼女は言った。




『心配いりませんよ、フィー。私は大丈夫です』




 彼女の言葉に嘘がないことは自分が誰よりも分かっている。だから、自分はそれを信じて待てばいいだけだ。



「信頼か信奉か。はたまたそれ以外かは今のところ判断はつかぬが、確かに待つ以外はなさそうだな」




 俺の言葉だけを取れば行き過ぎた信仰心にも感じるだろう。ただ、そうではないとこの男はすでに気付いている。下手な動きはできないか。
 そうして、第一王子はまた仕事へと戻って行った。入れ替わりで来たメイドは、リアンの清拭用の布の他にまた何冊か本を持っている。


「精が出ますね」
「本当に。ちなみに、これは清拭中にお読みいただく用だそうです。紙はまだありますよね」


 ニッコリ笑って渡された本もまたなかなかの重さがある。暇があれば鍛えるとは言われていたものの、暇がない時も宿題を出されるとは思ってもみなかった。こんなことなら、もう少し取り乱した風でも取り繕えば良かった。


「人を見る目は確かですよ」
「もう少し柔和だとより良かったのですが」
「天はそう何物も与えませんよ」


 良い年だというのになかなか婚約者が決まらないのも分かる気がする。俺が大国の姫君であったとしても、アレの隣で普段通り息を吸える自信がない。


「ちなみに、清拭中に読む用ということは……」
「ええ。その後の分はまたお持ちします」


 その分は読めそうにないな。と、口には出さずに部屋を移動する。
 第一王子がリアンに何をさせたいのかは大体分かった。その後の動きも大方決めているのだろう。ただ、これらの本から察するに。



「ユークリアか……」



 愚策ではない。むしろ、こうした場合には最善の策とも言えるだろうが……。問題は、その後だ。進言する、なんて言い方はおこがましいが、言うべきか、否か。



「終わりましたので、お部屋にお戻りください」



 呼びに来てくれたメイドに読み終わった本を手渡す。リアンもそろそろ目が覚めるだろう。リアンと話をしてから考えればいいか。



「先刻ぶりだな」
「……実は暇だったりしません?」



 と、思っていたら部屋の中に邪魔者がいた。


「仕事に戻られたはずでは?」
「予定が変わってな。少しばかり時間が取れたので、先にこちらを済ませておくことにした」


 俺の予定は相変わらず無視されるらしい。王子の命令だとしたら、どちらにせよ逆らえないが。



「さて、君の意見は?」



 王子から用意されたのは、干魃に関する文献だった。過去にこの国で起こったものだけでなく、他国のもの、そして干魃後のそれぞれの対処法が記されていた。この国でもこれほど長くはないが、過去には小規模の干魃や山火事等はあったようだ。

 王子が知りたいのは、それらを読んだ上でどのような施策を取るかというところだろう。内部で大方の方針は決まっているのだろうが、外部の意見も得たいということか……それとも、俺がこの件についてどの程度考えられるかの見極めか。有識者でもない俺に問うということはきっと後者だろう。


「聖女の近衛となるのだから、生半可な知識でいてもらっても困るしな」


 退路もご丁寧に封じてくる。答えるしかないか。



「まずは焼けた山の補強が最優先かと」
「理由は?」



 分かり切ったことを聞かれるものだ。



「リアンに雨を降らせるのでしょう? この国難の始まりは干魃です。そのせいで山も焼け、疫病も流行っています。聖女の奇跡で雨を降らせない理由はないかと」
「確かに。誰でも思いつくところではあるな」


 これだけでは及第点にも達しないらしい。まあ、それもそうだ。渇いた土地に雨が必要なことくらい誰でも分かる。次の話で及第点まではいくと思うが……王子はあのことも知っているだろうか。



「山の補強と同時に植樹も必要ですね。補強ということでしたら、このあたりでよく見られるユークリアなら、焼けた山でも育ちやすい特徴があります。前回、小規模な山火事があった後に育ったのもユークリアでしたし、他国の緑化樹としても使われたこともありますね。
 ユークリアの葉は薬草にも使えますし、疫病対策にもなるでしょう」
「なるほどな」



 次を促す言葉がくるかと思ったが、後に続いたのはしばしの沈黙だった。ここで終わって良い話ではないが、気づいていないのか?



「ユークリアの植樹、か」



 違う。




 植樹とは言った。ユークリアが補強として有効だとも言った。ただ、『ユークリアの植樹』だなんて、俺は一言も言っていない。その違和感に、第一王子ほどの人が気付かないものか?




「やはり結論としてはそうなるか。参考になった」




 王子は席を立って職務に戻ろうとする。違う。ユークリアをこれ以上植えても何もなりはしない。目立つ真似は避けたい。ただ、このままではまた同じことの繰り返しだ。リアンが守ろうとしている国が、愚作を選ぶのを黙って見ているのか?




 止めるなら、今しかない。




「ユークリアは勝手に育ちます」




 その言葉に、王子は足を止める。


「ユークリアは山火事に強く、外側は焼けますが根本は焼けないことが特徴です。植樹せずとも、勝手に育つでしょう」


 振り向きはしない。続けろということか。


「植樹するなら、ハルブナを植えてください。西方の国ではユークリアの側にはハルブナを植える風習があると、聞いたことがあります。これはただの言い伝えではなく、両方植えることでのメリットからでしょう」


 まだ振り向かない。ちゃんと聞いているんだろうな。



「ユークリアを中心に植えている山は、乾燥した気温の高い夏に山火事が起きやすい特徴があります。ただ、西方ではそうした話はあまり聞きません。ハルブナの水分含有量が他の植物に比べ5倍もあるというところに起因していると思いますが」
「8倍だな。その本はまだ読んでいなかったか」



 ようやく振り向いた第一王子は、不敵な笑みを浮かべていた。……図られた。



「及第点、といったところか」



 ここまできてようやく及第点だったらしい。ユークリアの話と他国の干魃の話はあったが、ハルブナの話は本に一切出てきてないというのに。


「試すというと言い方は悪いがな。せっかくだから知識量と度量も見ようかと思ったまでだ」
「……及第点をいただけて満足ですよ」
「いやなに。こちらも信頼がないことが分かって満足だ」


 おかしいとは思った。冷静に考えれば、あれほど切れ者で通っている第一王子が俺の言葉の違和感にすら気付かないわけがない。ただ、それを見抜けなかったことを信頼がないと言われてもな。



「信頼がないわけではないですよ。予想外の演技力に脱帽しただけです」
「ただ、その演技力のお陰で仮に私が誤った道に進もうとしても止めるだけの正義感と度胸があることが分かった」



 演技力は特に否定しないのか。まあ、する人でもないな。



「聖女の近衛が君で良かった。空き時間にできる仕事をまた見繕っておこう」
「……聖女の近衛はそこまで働かねばなりませんか?」
「なにせ王子が御者をやるほどに人手が不足しているからな」



 アレをこういう時の言い訳に使わないでほしい。気持ち悪いほどに機嫌良く第一王子が去っていったところで、リアンが身動ぎした。そろそろか。




「……フィー?」
「ああ、いるよ。リアン」



 頬を撫でると、開きかけていた瞳が気持ち良さそうに閉じられた。



「なんだか……疲れてません?」
「真綿で首を絞められるようなことがあったんだ」
「なんですか、それ」



 くすくすとリアンは笑うが、こちらは寿命が削られるかのような時間だった。しばらくリアンを撫でて、地獄から天国へ来たような気持ちを味わう。




「そろそろ誰かを呼んでくるよ」
「あ。待ってください、フィー。その前に」




 体に小さな手が置かれ、体重をかけられる。頬に触れたのは、リアンの唇だった。





「……聖女様?」
「紛い物、ですから」




 聖女となっても変わりはないということを、分かりやすい形で示してくれたのだろう。





 彼女は、聖女になっても、リアン・ペリアーナのままだった。
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