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私は魔力袋
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「起きなさい。私のかわいい〝魔力袋〟や」
至近距離から母の声が聞こえる。
親子であっても接触は禁じられている。何故私を起こしに来ているのか。それよりも、聞き慣れない単語の方が気になる。
「〝魔力袋〟って何?」
「今日は旅立ちの日ですよ。この日のために、私は〝魔力袋〟を育てあげたのです」
育てあげたのですか――ツッコミどころ満載だけれど、その中でも特に気になること。
「どこへ旅立つのですか?」
母は、私からの質問に答えることなく、ひたすらよくわからない話を続ける。母は狂ってしまった――哀れだとは思う。けれど私には、現実味のない話に関心を持つ心の余裕は無い。
窓の向こうの風景に視線を遣る。時間帯は朝。丸一日眠っていたよう。眠っていた時間を認識すると、急にお腹が空いてきた。今の私には、母の戯言に付き合うことよりも、食事の優先度が高い。食事を摂るため、起き上がろうとする。
しかし、身体が動かない。まるでインフルエンザに罹り、四十度台の発熱をした時のような気怠さ。きっと魔力増強剤を大量に飲んだせい。身体への負担が大きいようだ。
「ごはん食べたい。お腹すいた……」
母に何度も訴えた。
けれど母は無反応。食事の話題には一切触れず、一方的によくわからない話を繰り返すだけ。母はひとしきり話をした後、部屋を出ていった。
私は動けないから、目だけで母を見送る――部屋の扉がバタンと閉まると、何故か私の身体が勝手に起き上がり、部屋の中をウロウロし始めた。私の意思では制御出来ず、ただ身を委ねることしか出来ない。誰かに操作されているような、そんな感覚。
私の身体は扉を開け、部屋を出る。
家中を歩き回り、家族に話しかける。全く同じ台詞を真顔で二度も繰り返す妹。母と同様、話し終えるまで一方的に話を続ける。
勝手に動く私。よくわからない話を繰り返す家族。今わかっている情報は、皆壊れてしまったということだけ――。
家の中を一通り歩き終えると、玄関を開け、外に出る私。昨日、テレビで気温が一桁だと言っていた。
(うひゃー。超寒い!)
身体を思うように動かすことは出来ないけれど、感覚はしっかりとある。
私が身に付けているのは、薄手の寝巻きのみ。部屋は暖かいから、着込んでいない。
(せめてコートくらい着ようよ!)
そんなことを考えている間にも、どんどん歩き続ける。知らない人に片っ端から話しかける身体。みんな私の身なりを気にしていないように振る舞ってはいるけれど、きっと優しさで触れないだけ。
まだ状況を飲み込めていない。混乱の最中ではあるけれど、一つわかったことがある。
『〝魔力袋〟さん』
何度もそう呼ばれた。何故か私の呼称は〝魔力袋〟になっていて、その呼称が見ず知らずの人にまで周知されている。
この違和感はなんだろう――。
(何故、屋外に大勢の人が居るの?)
普通だけれど、普通では無くなってしまった光景。外出禁止令が出されているから、あり得ない光景。政府の命令に従うことに反発しているのか、それとも皆壊れてしまったのか――。
考えている間も、私の身体は意思とは無関係に動き続ける。身体が足を止めたのは初めて見る施設の前。初めて来る場所なのに、躊躇いなく受付けに話しかける。そして、屋内の薄暗い、人が密になっているところに向かって歩く。
(待って。私、マスクを付けていない。そっちに行きたくない!)
苦肉の策で顔を背け、息を止めようと試みる――顔を背けることは出来なかったが、息を止めることは出来た。どうやら身体の内側は、私の意思で制御出来ることもあるようだ。
密を通り抜け、階段を上りステージに立つ。
すると私がスポットライトで照らされる。
(何かのオーディション? 密になっている人たちは審査員?)
注目されるのは恥ずかしい。けれど、密の中に滞在させられるよりは断然良い。自問自答を繰り返していると、場内放送が流れる。
「お待たせいたしました。ただいまより、魔力袋のオークションを始めます」
(えっ……私、競売に掛けられるんだ……)
歓声が沸き起こる。ここに居る人たちは、人を買う目的で集まっている。
今までの私なら、人身売買なんてあり得ないと困惑した。だけれど、すっと受け入れられた。条件に合うだけで殺される社会に変容したのだから、売買対象にされたとしてもおかしくない。
私の周囲を、縦横無尽に動き回る複数のカメラ。背後の大きなスクリーンやモニターに目や口のアップから全身まで、くまなく写し出される。
(ファッションモデルの類であれば、首や手、足先のアップは流石に要らないよね。フェチ向けのオークションかな……)
諦めの感情を抱く。
(私を買う目的は何?)
最悪の答えも想像する。そうでないことを願い続けながら、終了を待つ――。
身体は私の意思とは関係なく、勝手に動いている。だからステージ上に居るとはいえ、ポージングや表情を気にする必要はない。挙動に気を遣わなくて良いから、傍観者として視界に入るものを観察する余裕はある。
私を落札したのは普通の人。いや、人を買うような人は普通ではない。
(こんなに大勢の購入希望者が居るのだから、普通なのかな?)
考えてもわからないし、買われてしまった後の私が気にしても仕方のないこと。
少なくとも、買われる前から私は私の身体を、私の意思で動かすことが出来ていない。だから、この状態が持続するのであれば、影響は小さいともいえる。
至近距離から母の声が聞こえる。
親子であっても接触は禁じられている。何故私を起こしに来ているのか。それよりも、聞き慣れない単語の方が気になる。
「〝魔力袋〟って何?」
「今日は旅立ちの日ですよ。この日のために、私は〝魔力袋〟を育てあげたのです」
育てあげたのですか――ツッコミどころ満載だけれど、その中でも特に気になること。
「どこへ旅立つのですか?」
母は、私からの質問に答えることなく、ひたすらよくわからない話を続ける。母は狂ってしまった――哀れだとは思う。けれど私には、現実味のない話に関心を持つ心の余裕は無い。
窓の向こうの風景に視線を遣る。時間帯は朝。丸一日眠っていたよう。眠っていた時間を認識すると、急にお腹が空いてきた。今の私には、母の戯言に付き合うことよりも、食事の優先度が高い。食事を摂るため、起き上がろうとする。
しかし、身体が動かない。まるでインフルエンザに罹り、四十度台の発熱をした時のような気怠さ。きっと魔力増強剤を大量に飲んだせい。身体への負担が大きいようだ。
「ごはん食べたい。お腹すいた……」
母に何度も訴えた。
けれど母は無反応。食事の話題には一切触れず、一方的によくわからない話を繰り返すだけ。母はひとしきり話をした後、部屋を出ていった。
私は動けないから、目だけで母を見送る――部屋の扉がバタンと閉まると、何故か私の身体が勝手に起き上がり、部屋の中をウロウロし始めた。私の意思では制御出来ず、ただ身を委ねることしか出来ない。誰かに操作されているような、そんな感覚。
私の身体は扉を開け、部屋を出る。
家中を歩き回り、家族に話しかける。全く同じ台詞を真顔で二度も繰り返す妹。母と同様、話し終えるまで一方的に話を続ける。
勝手に動く私。よくわからない話を繰り返す家族。今わかっている情報は、皆壊れてしまったということだけ――。
家の中を一通り歩き終えると、玄関を開け、外に出る私。昨日、テレビで気温が一桁だと言っていた。
(うひゃー。超寒い!)
身体を思うように動かすことは出来ないけれど、感覚はしっかりとある。
私が身に付けているのは、薄手の寝巻きのみ。部屋は暖かいから、着込んでいない。
(せめてコートくらい着ようよ!)
そんなことを考えている間にも、どんどん歩き続ける。知らない人に片っ端から話しかける身体。みんな私の身なりを気にしていないように振る舞ってはいるけれど、きっと優しさで触れないだけ。
まだ状況を飲み込めていない。混乱の最中ではあるけれど、一つわかったことがある。
『〝魔力袋〟さん』
何度もそう呼ばれた。何故か私の呼称は〝魔力袋〟になっていて、その呼称が見ず知らずの人にまで周知されている。
この違和感はなんだろう――。
(何故、屋外に大勢の人が居るの?)
普通だけれど、普通では無くなってしまった光景。外出禁止令が出されているから、あり得ない光景。政府の命令に従うことに反発しているのか、それとも皆壊れてしまったのか――。
考えている間も、私の身体は意思とは無関係に動き続ける。身体が足を止めたのは初めて見る施設の前。初めて来る場所なのに、躊躇いなく受付けに話しかける。そして、屋内の薄暗い、人が密になっているところに向かって歩く。
(待って。私、マスクを付けていない。そっちに行きたくない!)
苦肉の策で顔を背け、息を止めようと試みる――顔を背けることは出来なかったが、息を止めることは出来た。どうやら身体の内側は、私の意思で制御出来ることもあるようだ。
密を通り抜け、階段を上りステージに立つ。
すると私がスポットライトで照らされる。
(何かのオーディション? 密になっている人たちは審査員?)
注目されるのは恥ずかしい。けれど、密の中に滞在させられるよりは断然良い。自問自答を繰り返していると、場内放送が流れる。
「お待たせいたしました。ただいまより、魔力袋のオークションを始めます」
(えっ……私、競売に掛けられるんだ……)
歓声が沸き起こる。ここに居る人たちは、人を買う目的で集まっている。
今までの私なら、人身売買なんてあり得ないと困惑した。だけれど、すっと受け入れられた。条件に合うだけで殺される社会に変容したのだから、売買対象にされたとしてもおかしくない。
私の周囲を、縦横無尽に動き回る複数のカメラ。背後の大きなスクリーンやモニターに目や口のアップから全身まで、くまなく写し出される。
(ファッションモデルの類であれば、首や手、足先のアップは流石に要らないよね。フェチ向けのオークションかな……)
諦めの感情を抱く。
(私を買う目的は何?)
最悪の答えも想像する。そうでないことを願い続けながら、終了を待つ――。
身体は私の意思とは関係なく、勝手に動いている。だからステージ上に居るとはいえ、ポージングや表情を気にする必要はない。挙動に気を遣わなくて良いから、傍観者として視界に入るものを観察する余裕はある。
私を落札したのは普通の人。いや、人を買うような人は普通ではない。
(こんなに大勢の購入希望者が居るのだから、普通なのかな?)
考えてもわからないし、買われてしまった後の私が気にしても仕方のないこと。
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