6 / 30
第1章 帰蝶×胡蝶
101 匿名×名無し=
しおりを挟むインスタンス北中学二年、斎藤帰蝶。隣のクラスに転入してきた胡蝶と名前が似ているため、姉妹という噂が広まっている。
実際のところ、縁も所縁もない赤の他人。苗字が違うし、皆、根拠の無いデマだとすぐにわかるはず。だから放置しても大丈夫と高を括っていた。
数日後。
『腹違い』の修飾語を付与した物語が、実しやかに語られ始めた。
とはいえ、人の噂も七十五日という。いつまでも、話題に上り続けることはないはず。引き続き放置することにした。
その翌日。
胡蝶が髪をピンク色に染めた上、猫耳パーカーとデニムパンツのコーディネートで登校した。これは帰蝶と同じスタイル。『姉妹であることを隠す必要が無うなったで』『同い年の姉妹やで』といった想像を根拠に、双子説が有力となる。
その上『気付かんでごめん』『仲良しの双子姉妹、憧れるわ』と声を掛けられる始末。
帰蝶の真似をしてくる目的が気になって仕方ない。考えてもわかることではないから、胡蝶に直接尋ねるために隣のクラスへ赴く。
* * *
帰蝶は、一際目を引く胡蝶に目を遣る。
パーカーはプルオーバーではなく、ジップアップ。
デニムパンツはスキニーではなく、ストレート。
カジュアルの定番である、パーカーとデニムパンツのコーデをしている人はごまんといる。組み合わせのみが一致することを以って、類似性が高いとは言えない。
文句を言うためにどれだけ細かく見比べても、形状が一致するアイテムを見付けられない――各アイテムの形状は片手で数えきれるほど少ないにもかかわらず、『双子』や『真似』と表現するに足る、類似点が存在していない。
数多くのアイテムを用いコーディネートしているのだから、何かの形状が偶然被っているのが自然な状態。
違和感を覚える程に、一致する点が無い状況から察するに、帰蝶と被らないよう関心を持って観察していたことは、自明。
それに引き換え、帰蝶は胡蝶の存在が気になっていたにもかかわらず無関心だった。見ようともせず、見たつもりになっていたと自覚し恥じる。
帰蝶の視線に気付いたのか、胡蝶が駆け寄ってくる。
類似点を見付けることは叶わなかったけれど、胡蝶に『双子』と言われ始めた原因があり、胡蝶が扇動していることは事実。
「その恰好のせいで、双子って噂されとるの知っとる?」
「なんでやろうね……雰囲気を合わせるシミラールックコーデ。この辺ではまだ流行ってへん? 友達同士や仲間内でするもんなんやけど」
「知らん。なんで、そんなことするん?」
返ってきたのは予想外の回答。
「帰蝶になろうと思って」
理解に苦しむ――今眼前に居る胡蝶は、本人を前にして、屈託なく堂々となりすましたいと言う。胡蝶に罪悪感を抱いている素振りは、微塵も無く、むしろ揚々としているように見える。
極めつきの一言。
「これからは帰蝶って名乗るわ」
帰蝶と同じ特徴の外見で、帰蝶の名を騙られたら、第三者に帰蝶と認識されかねない。
「やめろっ!」
今この場で、はっきりと拒否しなければ、胡蝶に私が乗っ取られ、私の存在が抹消されてしまう。
とはいえ胡蝶は許可を求めておらず、帰蝶に決定事項を伝えているに過ぎない。帰蝶が拒否したところで、好転する可能性は小さい。
どう足掻こうと、手のひらで転がされるだけ。乗っ取られる側が、屈服させられる理不尽があって良いはずがない。
探せ。不利な状況を一転させられる何かを――。
現時点で個を喪失しているのは、帰蝶の特徴に寄せている胡蝶。別名を名乗ると宣言した時点では、何者でもなく、名が無い状態であることを意味する。
「名無しなんやで、John Doeと名乗ればええ」
この仮名は身元不明者を指す法用語。女性の場合はJane Doeを用いる。帰蝶は性別により使い分けると知っているけれど敢えて男性用を提示した。性別の概念を適用するに値しないという帰蝶からの細やかな意思表示。
胡蝶が怒りに身を任せ、有形力を行使するよう仕向けた。第三者がこの不毛なやりとりを中断してくれることを願った。
しかし胡蝶の反応は、帰蝶の想像を絶する。
「おぉっ! コードネームええね! 秘匿名、匿名……帰蝶はAnonymous! 略して、アノンとドウやね!」
胡蝶は名無しであることを嬉々として受け入れ、帰蝶の名を、害意無く奪った。
コードネームが通名を指す単語であることは知っている。でも、学内で名前と無関係な通名で呼び合う光景を想像すると痛々しく感じる。
ただ名を呼び合うだけの目的なら、本名の帰蝶と胡蝶で十分。けれど『John Doeと名乗ればええ』と勧めたのは帰蝶。だから、使う行為自体を否定するのは気が引ける。
「そんなん、何に使うん?」
「ユニットを組もうよ。匿名には名が存在するけど、名無しには存在せえへん。やで、名前は……有と無の間のmē on! 由来は、古代ギリシアの哲学者Parmenidēsの存在論。<あるものはあり、あらぬものはあらぬ。あらぬものは認識され得ず、探究不可能>てゆう思想で有名」
ユニットとは、二人以上で活動する集団のこと。ダンスや音楽活動をするのは、やぶさかではない。
一先ず通名が学内で呼び合う目的のものでないとわかり、安堵する。
個人名を消失させ、ユニット名で両者の存在をまとめて否定するか――一貫性があって嫌いではない。無ではなく、有に非ずで『非有』という表現も好み。
「面白いやん」
思わず口を衝いて出た。
「決定やね!」
活動内容を確認する前に決まってしまった。
「どんな活動するん?」
「戦争やよ! アノンが防衛して、うちが攻撃する。今夜九時、迎えに行くで家におって」
胡蝶は上機嫌で席に戻る。
――。
「はぁっ!?」
何故攻撃されなければならないの?
思い出せ。胡蝶は何を言っていた?
『これからは帰蝶って名乗る』
何故そんな話になった? もっと前に言われたことは――。
『帰蝶になろうと思って』
これが胡蝶の最初の発言。それ以前には、会話どころか面識すら無い。
訳がわからない――ほんの数分前が初対面。出会って数分で宣戦布告されるような、秩序からはみ出した、アウトローな人生を歩んではいない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幽縁ノ季楼守
儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」
幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。
迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。
ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。
これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。
しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。
奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。
現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。
異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー
様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。
その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。
幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。
それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
