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第3章 関係
302 明日は我が身
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すぐ近くにある胡蝶の手。
許可を得ず、突然触れたら胡蝶はどんな反応をするのだろう。
触れたら斬首と言っていた。吉乃に触れようとしたとき、すごく怒っていた。だから、多分冗談ではない。
触れてはいけない――。
帰蝶が手を伸ばしたことに気付いたのか、胡蝶は手を引っ込めようとした。帰蝶は更に手を伸ばし、掴んだ手をぎゅっと握る。
「えへへ」
胡蝶に笑い掛ける。力んでいた胡蝶の手の力が抜けた。
どうにかなると思っているわけではない。帰蝶は、命と好奇心を天秤に掛けると、好奇心が勝るというだけ。
この後、殺されるかもしれないという恐怖心や緊張感は継続している。帰蝶は、この感覚が堪らなく好き。
タクシーが信号以外の場所で停車する。
窓の外は見慣れた景色。自宅前に到着している。
運転手に住所を伝えていないのに、何故自宅前に停車したのか。
胡蝶が伝えたのは、自明。だけれど、何故胡蝶が帰蝶の自宅住所を知っているのか――。
怖い。それ以上に、これから起きることが楽しみで、普通に徹する。
「またね」
胡蝶に告げ、タクシーを降りる。
玄関の鍵を取り出そうと、鞄に視線を移す。
視線を感じ、振り返ると胡蝶が立っている。
気分が高揚する。胡蝶が行動に移すのを待つ。けれど、無言でただ立っているだけ。何も言わないというよりは、何かを待っている様子。この状況で待つとすれば、玄関を開けることくらいしか、思い浮かばない。
玄関を開けると、胡蝶が近付いてきた。予想通りだから、気にせず家に入る。
「ただいま」
「こんな時間までどこに……友人と一緒だったのか……」
怒って出てきたのは、帰蝶の父親。胡蝶を見た途端、ばつが悪そうにリビングへ戻る。
帰蝶には、自室がある。胡蝶を部屋に案内し、二人きりになる。
「好きなところに座って」
怖い――だから敢えて近寄り、背を見せる。
「警戒心ゼロか……うちは、さっきまで一緒に居た胡蝶やないよ。わかっとる?」
「まじか……」
立ったままの胡蝶の眼前に腰を下ろし、胡蝶を見上げる。
「うち居らんかったら、あんたは今、父親の説教を受けとるとこやお」
胡蝶は、斬首するためではなく、説教を回避させるため、わざわざ来てくれたようだ。
「やろうね。助かった」
「この部屋から、トンネルに繋いでみる?」
すごく興味はある。繋いでみたい。でも――。
「危ないんやおね?」
地味な危険は苦手。
「使い方次第。繋ぎっぱなしにすれば、帰蝶が居らんときに、誰かに使われる可能性が生じるし、部屋の扉を開けっ放しにすれば、家族に見付かったり、使われる可能性が生じるっちゅう話。どんな物でも上手に使えば便利やけど、使い方を誤れば事故が起きるやろ。そういう話」
「理解出来た。それなら繋いでみたい」
「繋いどる間は、向こうからも来れることを忘れんといてね」
「うん。覚えとく」
「そこのクローゼット、丁度良さそうやね。準備するで、待っとって」
「うん」
クローゼットに端末を繋ぎ、操作する胡蝶。
「マイナンバーとパスワード教えて」
関ケ原で、秘密のトンネルについて説明を受けた際、認証に使うと教わった。
マイナンバーカードを手渡す。胡蝶はカードを見ながら、端末に情報を入力する。
「証明写真を撮るで、そこの壁の前に立って」
カシャッ。
「マイナンバーカードを使って、ピッて認証するのと、都度入力するの、どっちがええ? ピッてする方が、カード無いと認証出来へんで安全」
「安全な方がええ」
「おけまる……出来た。扉にマイナンバーカードを当てると、繋げられる。扉を閉めてから、再度当てると切断される」
先程胡蝶に渡したマイナンバーカードを受け取る。説明通り、扉に当ててから開くと、クローゼットの向こうに部屋が見える。
「向こう側に行けるん?」
「うん。繋がっとる間は、普通の部屋と同じように往来出来る」
初めて入る部屋。
「いつでも行けるんやおね?」
「うん」
「いつでも行っていいん?」
「うん」
なんだか、違和感がある。
「ここは、誰の部屋?」
「吉乃」
『おい!』、『やっぱり』――言葉にする感情を選べない。
トンネルを『繋ぎたくない』と明言していた胡蝶が、自分の部屋に繋ぐはずがないと、もっと早く気付くべきだった。
帰蝶は、悪巫山戯と決め付けたけれど、続く言葉で誤解だったと判明する。
「吉乃には、知識を溜め込んで満足する悪癖がある。説明は上手やで、コンサルするんやったらええけど、このまま放置すれば、いつか取り返しつかん失態を犯してまう。やで、危機意識を植え付けたい。やけど、うちはお灸を据えるだけのつもりでも、やり過ぎてまう節がある。やで、帰蝶が代わりにやって」
「手ぇ抜いたら、反省も後悔もせんやろ」
部屋から繋がっている全ての空間にある、全ての物を暗号化し、使用不能な状態にした。
所有権を奪い、吉乃が有する全権限を解除。全ての窓を塞ぎ、部屋の鍵を交換。吉乃が立ち入れないようにした。
五分後、全ての痕跡を消すよう設定し、自室に戻る。
「エグいな……うちでもそこまでしいへん」
「自業自得や。復号鍵渡しとくね。後のことは、あんたに委ねる」
スマホを取り出し、発信する素振りなく、唐突に話し始める胡蝶。
「聞いとったか? 帰蝶も自業自得やと思っとる」
画面には『前科三犯』と表示されている。通話相手は、吉乃だろうと想像つく。
『うん。反省した……』
スマホ越しに、半泣きの吉乃の声が聞こえる。先程まで一緒に居た吉乃は、山中で眠っているから、時間軸が異なる吉乃。
「ええ加減、懲りなあかんよ」
『復号鍵、ちょうだい』
「帰蝶が荒らしたのは、ハニーポット。あんたの部屋の復号鍵なんか、持ってへんわ!」
ハニーポットとは、攻撃者をおびき寄せ、侵入させるため、攻撃を受けやすい状態にしてある罠。
つまり、帰蝶は胡蝶の手のひらの上で転がされていたということになる。そんなことにも気付かず胡蝶に、してやったり顔をしたことが恥ずかしくなってきた。
『全部、廃棄するしか無い? 少しだけでも、元に戻せへん? うつけに貰った物とか、色々あるの……』
「あんたが一番よう、わかっとるやろ。汚染されたんやで、全廃棄やわ。バックアップを怠った、あんたが悪い。もしも相手が帰蝶やったら、復号鍵をくれるで良かったのにな」
「過去に行けば、防げるんやない?」
「無理やわ。シュレディンガーの猫、知っとる? 観測するまでは物事の状態は確定せんっていう思考実験。今回の件は、吉乃が観測したことで、事象が確定した。やで、その時点になったら、必ず使用不能な状態に至る。復旧出来へん事象を観測したら、それも確定して後戻り出来へんくなるだけやお」
時間軸の移動は、万能な能力ではないらしい。
でも引っ掛かることがある。帰蝶は父親からの説教を回避出来ている。理由は、おそらく胡蝶の観測が不十分だったから。明日以降の帰蝶から、口頭で伝えられて知ったのだろう。
つまり直接見聞きしていない、伝聞により知っただけの事象は、改変可能ということ。
通話内容から、吉乃がバックアップを怠ったことを観測済みで、使用不能になるまでの間に、手立てを講じられない状況に至ったと推察する。
期待させても、応えられる可能性が極端に低い。この段階で諦めるのが精神衛生上は、良さそうではある。
許可を得ず、突然触れたら胡蝶はどんな反応をするのだろう。
触れたら斬首と言っていた。吉乃に触れようとしたとき、すごく怒っていた。だから、多分冗談ではない。
触れてはいけない――。
帰蝶が手を伸ばしたことに気付いたのか、胡蝶は手を引っ込めようとした。帰蝶は更に手を伸ばし、掴んだ手をぎゅっと握る。
「えへへ」
胡蝶に笑い掛ける。力んでいた胡蝶の手の力が抜けた。
どうにかなると思っているわけではない。帰蝶は、命と好奇心を天秤に掛けると、好奇心が勝るというだけ。
この後、殺されるかもしれないという恐怖心や緊張感は継続している。帰蝶は、この感覚が堪らなく好き。
タクシーが信号以外の場所で停車する。
窓の外は見慣れた景色。自宅前に到着している。
運転手に住所を伝えていないのに、何故自宅前に停車したのか。
胡蝶が伝えたのは、自明。だけれど、何故胡蝶が帰蝶の自宅住所を知っているのか――。
怖い。それ以上に、これから起きることが楽しみで、普通に徹する。
「またね」
胡蝶に告げ、タクシーを降りる。
玄関の鍵を取り出そうと、鞄に視線を移す。
視線を感じ、振り返ると胡蝶が立っている。
気分が高揚する。胡蝶が行動に移すのを待つ。けれど、無言でただ立っているだけ。何も言わないというよりは、何かを待っている様子。この状況で待つとすれば、玄関を開けることくらいしか、思い浮かばない。
玄関を開けると、胡蝶が近付いてきた。予想通りだから、気にせず家に入る。
「ただいま」
「こんな時間までどこに……友人と一緒だったのか……」
怒って出てきたのは、帰蝶の父親。胡蝶を見た途端、ばつが悪そうにリビングへ戻る。
帰蝶には、自室がある。胡蝶を部屋に案内し、二人きりになる。
「好きなところに座って」
怖い――だから敢えて近寄り、背を見せる。
「警戒心ゼロか……うちは、さっきまで一緒に居た胡蝶やないよ。わかっとる?」
「まじか……」
立ったままの胡蝶の眼前に腰を下ろし、胡蝶を見上げる。
「うち居らんかったら、あんたは今、父親の説教を受けとるとこやお」
胡蝶は、斬首するためではなく、説教を回避させるため、わざわざ来てくれたようだ。
「やろうね。助かった」
「この部屋から、トンネルに繋いでみる?」
すごく興味はある。繋いでみたい。でも――。
「危ないんやおね?」
地味な危険は苦手。
「使い方次第。繋ぎっぱなしにすれば、帰蝶が居らんときに、誰かに使われる可能性が生じるし、部屋の扉を開けっ放しにすれば、家族に見付かったり、使われる可能性が生じるっちゅう話。どんな物でも上手に使えば便利やけど、使い方を誤れば事故が起きるやろ。そういう話」
「理解出来た。それなら繋いでみたい」
「繋いどる間は、向こうからも来れることを忘れんといてね」
「うん。覚えとく」
「そこのクローゼット、丁度良さそうやね。準備するで、待っとって」
「うん」
クローゼットに端末を繋ぎ、操作する胡蝶。
「マイナンバーとパスワード教えて」
関ケ原で、秘密のトンネルについて説明を受けた際、認証に使うと教わった。
マイナンバーカードを手渡す。胡蝶はカードを見ながら、端末に情報を入力する。
「証明写真を撮るで、そこの壁の前に立って」
カシャッ。
「マイナンバーカードを使って、ピッて認証するのと、都度入力するの、どっちがええ? ピッてする方が、カード無いと認証出来へんで安全」
「安全な方がええ」
「おけまる……出来た。扉にマイナンバーカードを当てると、繋げられる。扉を閉めてから、再度当てると切断される」
先程胡蝶に渡したマイナンバーカードを受け取る。説明通り、扉に当ててから開くと、クローゼットの向こうに部屋が見える。
「向こう側に行けるん?」
「うん。繋がっとる間は、普通の部屋と同じように往来出来る」
初めて入る部屋。
「いつでも行けるんやおね?」
「うん」
「いつでも行っていいん?」
「うん」
なんだか、違和感がある。
「ここは、誰の部屋?」
「吉乃」
『おい!』、『やっぱり』――言葉にする感情を選べない。
トンネルを『繋ぎたくない』と明言していた胡蝶が、自分の部屋に繋ぐはずがないと、もっと早く気付くべきだった。
帰蝶は、悪巫山戯と決め付けたけれど、続く言葉で誤解だったと判明する。
「吉乃には、知識を溜め込んで満足する悪癖がある。説明は上手やで、コンサルするんやったらええけど、このまま放置すれば、いつか取り返しつかん失態を犯してまう。やで、危機意識を植え付けたい。やけど、うちはお灸を据えるだけのつもりでも、やり過ぎてまう節がある。やで、帰蝶が代わりにやって」
「手ぇ抜いたら、反省も後悔もせんやろ」
部屋から繋がっている全ての空間にある、全ての物を暗号化し、使用不能な状態にした。
所有権を奪い、吉乃が有する全権限を解除。全ての窓を塞ぎ、部屋の鍵を交換。吉乃が立ち入れないようにした。
五分後、全ての痕跡を消すよう設定し、自室に戻る。
「エグいな……うちでもそこまでしいへん」
「自業自得や。復号鍵渡しとくね。後のことは、あんたに委ねる」
スマホを取り出し、発信する素振りなく、唐突に話し始める胡蝶。
「聞いとったか? 帰蝶も自業自得やと思っとる」
画面には『前科三犯』と表示されている。通話相手は、吉乃だろうと想像つく。
『うん。反省した……』
スマホ越しに、半泣きの吉乃の声が聞こえる。先程まで一緒に居た吉乃は、山中で眠っているから、時間軸が異なる吉乃。
「ええ加減、懲りなあかんよ」
『復号鍵、ちょうだい』
「帰蝶が荒らしたのは、ハニーポット。あんたの部屋の復号鍵なんか、持ってへんわ!」
ハニーポットとは、攻撃者をおびき寄せ、侵入させるため、攻撃を受けやすい状態にしてある罠。
つまり、帰蝶は胡蝶の手のひらの上で転がされていたということになる。そんなことにも気付かず胡蝶に、してやったり顔をしたことが恥ずかしくなってきた。
『全部、廃棄するしか無い? 少しだけでも、元に戻せへん? うつけに貰った物とか、色々あるの……』
「あんたが一番よう、わかっとるやろ。汚染されたんやで、全廃棄やわ。バックアップを怠った、あんたが悪い。もしも相手が帰蝶やったら、復号鍵をくれるで良かったのにな」
「過去に行けば、防げるんやない?」
「無理やわ。シュレディンガーの猫、知っとる? 観測するまでは物事の状態は確定せんっていう思考実験。今回の件は、吉乃が観測したことで、事象が確定した。やで、その時点になったら、必ず使用不能な状態に至る。復旧出来へん事象を観測したら、それも確定して後戻り出来へんくなるだけやお」
時間軸の移動は、万能な能力ではないらしい。
でも引っ掛かることがある。帰蝶は父親からの説教を回避出来ている。理由は、おそらく胡蝶の観測が不十分だったから。明日以降の帰蝶から、口頭で伝えられて知ったのだろう。
つまり直接見聞きしていない、伝聞により知っただけの事象は、改変可能ということ。
通話内容から、吉乃がバックアップを怠ったことを観測済みで、使用不能になるまでの間に、手立てを講じられない状況に至ったと推察する。
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