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第3章 関係
303 秀吉×詐欺師
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と、帰結させるのが妥当かな。話を進行しているのが、胡蝶でなければ――。
胡蝶は、先程帰蝶が荒らした部屋を、吉乃の部屋と言った。そしてハニーポットとも言った。
吉乃の部屋の複製品を作れるということは、元となるデータを保有しているということ。
犯人は、十中八九胡蝶だろう。
胡蝶が吉乃に聞かせていた発言のうち、『うちでもそこまでしいへん』は入室経路の封鎖や、権限のこと。『帰蝶やったら、復号鍵をくれるで良かったのに』は、胡蝶は渡してあげないと伝えているに過ぎない。よくもまあ、嘘を交えず追い詰めていくものだと感心する。
「で、いつ復元してあげるの?」
「吉乃が懲りたら考えるかな。反省したって、すぐに言うけど口だけやし。これで四回目やお。ええ加減にせなあかんて」
胡蝶は、夫である信長の末路、信長と胡蝶が好きと公言している光秀に裏切られ、自刃する史実を知っている。おそらく、直後に吉乃の息子信忠が、二条新御所にて自刃したことも――。
だからこそ、吉乃が隙を放置する行為に、敏感になるのかもしれない。
近しい人といえば、信長が重用した、豊臣秀吉との間にも因縁がある。
秀吉が、信長の追善菩提の為、一五八三年に建立した大徳寺総見院。目的は、政権争いで主導権を握ること。秀吉は、信忠の嫡男、三歳で家督を継いだ三法師を利用し、織田家の乗っ取りを謀った。
三法師の血縁ではない胡蝶に火の粉が飛び、秀吉から邪険に扱われる。胡蝶の戒名、養華院について、御台ではなく寵妾と記録した。胡蝶は正室なのに、妾と記録された。
一五七五年。信長が信忠に家督を譲る際、信忠を胡蝶の養子にしているのだから、そんなことをする必要は無いにもかかわらずだ。
付け加えると、正室は一人のみと規定されるのは、江戸時代に武家諸法度が制定されて以降。秀吉の時代には、一人である必要すら無い。
イエスズ会宣教師ルイス・フロイスが残した歴史書『日本史』によると、秀吉が大阪城の大奥に三〇〇人もの若い娘を囲っていたと記されている。
女性への執着の異常性はそれだけではない。秀吉が一五九八年四月二〇日に催した醍醐の花見。参加者は一三〇〇人。この盛大な花見に、男性は何人居たか――三人。秀吉と息子の秀頼、そして前田利家。以上。他は全員女性。
秀頼は、一五九三年八月生まれだから、当時まだ四歳になる手前。秀頼の趣向によるものではないことは自明。
こんな人間から、屈辱的な扱いを受けて、不快にならない方がおかしい。
信長と秀吉が出会うのは一五五四年頃。眼前に居るのは、それ以前の胡蝶。秀吉という名詞を知らないはず。もしも、胡蝶が秀吉と聞いて反応するならば、胡蝶はその後の史実も知っているということになる。
「秀吉って知っ」
「人たらしで強欲。世話になった人を平気で裏切り、悪質なデマを吹聴する。史実とされとる記録は、だいぶ偏向されとるし、記録が残っとらへんとされとることは、残すと都合が悪いで、処分したんやろ。身元不明の根っからの詐欺師」
胡蝶と知り合って間もないとはいえ、ここまで感情を露にするのを初めて見た。
「秀吉が帰依した一人が、千利休。うつけが後ろ盾になって、茶頭として、茶の湯を広めた。簡素を好む方やで、派手好きで下品な秀吉とは感性が合うはずが無い。口実を捏造して、いつでも消せる。やで、利用するだけして、邪魔になって切腹させた。武士以外が、切腹を命じられることはあらへん時代にやお」
信長と千利休が知り合うのは、堺が信長の直轄地になった一五六九年。
「なんで、うつけが千利休に目を掛けたと思う? 秀吉が残した資料には、茶器を法外な高値で売りつけとったって記されとる。記されとること自体は、嘘やない。これはええ品やって、信頼出来る人が鑑定した品の値が上がるのは、必然やろ。今の時代でいう、クラウドファンディングみたいなこともした。応仁の乱で、焼けた寺を再建するため、千利休は、多額の寄付をした。うつけは、その善行に感心して支援した。寺は、その功を顕彰するため千利休の木像を建てた。やけど、秀吉は像を建てさせて権力を誇示しとるって捻じ曲げた。一五八二年六月二日。本能寺の変が起きた日。うつけは本能寺で、集めた茶器を披露する茶会を開催しとった。そのとき、その場所を狙って、火を放つ輩は誰やろな」
胡蝶の父、斎藤道三は胡蝶を嫁がせる際、小刀を渡し『うつけと言われる織田信長が、本当にうつけやったら命を奪え』と命じた。それに対し『あるいは、これは父上の命を奪う刃になるやも知れませぬ』と返した逸話がある。
胡蝶は信念に従い、行動する人間。胡蝶が秀吉のことを、ここまで調べ上げているからには、秀吉は歴史から消えることになるだろう。一代で滅んだ政権だから後の世への影響は僅か。
歴史から消す。と表現すると物騒だけれど、胡蝶が手を汚さずとも、信長が重用するきっかけを不意にするだけで、消え失せる。
秀吉は、詐欺師が運良く成功を掴んだ存在。
きっかけとなる秀吉の有名な逸話は、草履を懐に入れて暖めたとされているもの。戦果や、功績を認められたわけではない。
秀吉の行為を、二番煎じにするだけで事足りる。
懐――胡蝶の胸元へ目を遣る。開けているのは、色仕掛けが主な目的ではなく、いつでも信長の物を仕舞い、暖められるよう備えているのだろう。
説明が無いから、奇想天外とか、傍若無人に見えてしまうけれど、信念を貫くため、手段を選ばず真っ直ぐ突き進んでいるに過ぎない。
あくまで帰蝶の個人的な主観の範疇ではあるけれど、その振舞いは、信長と共通する印象を受ける。
単に似た者同士なのか、うつけが胡蝶なのかは謎のまま。
けれど、心の中のモヤモヤはすっきりと晴れた。
少なくとも胡蝶には、身内を陥れる意図は無さそう。
胡蝶は、先程帰蝶が荒らした部屋を、吉乃の部屋と言った。そしてハニーポットとも言った。
吉乃の部屋の複製品を作れるということは、元となるデータを保有しているということ。
犯人は、十中八九胡蝶だろう。
胡蝶が吉乃に聞かせていた発言のうち、『うちでもそこまでしいへん』は入室経路の封鎖や、権限のこと。『帰蝶やったら、復号鍵をくれるで良かったのに』は、胡蝶は渡してあげないと伝えているに過ぎない。よくもまあ、嘘を交えず追い詰めていくものだと感心する。
「で、いつ復元してあげるの?」
「吉乃が懲りたら考えるかな。反省したって、すぐに言うけど口だけやし。これで四回目やお。ええ加減にせなあかんて」
胡蝶は、夫である信長の末路、信長と胡蝶が好きと公言している光秀に裏切られ、自刃する史実を知っている。おそらく、直後に吉乃の息子信忠が、二条新御所にて自刃したことも――。
だからこそ、吉乃が隙を放置する行為に、敏感になるのかもしれない。
近しい人といえば、信長が重用した、豊臣秀吉との間にも因縁がある。
秀吉が、信長の追善菩提の為、一五八三年に建立した大徳寺総見院。目的は、政権争いで主導権を握ること。秀吉は、信忠の嫡男、三歳で家督を継いだ三法師を利用し、織田家の乗っ取りを謀った。
三法師の血縁ではない胡蝶に火の粉が飛び、秀吉から邪険に扱われる。胡蝶の戒名、養華院について、御台ではなく寵妾と記録した。胡蝶は正室なのに、妾と記録された。
一五七五年。信長が信忠に家督を譲る際、信忠を胡蝶の養子にしているのだから、そんなことをする必要は無いにもかかわらずだ。
付け加えると、正室は一人のみと規定されるのは、江戸時代に武家諸法度が制定されて以降。秀吉の時代には、一人である必要すら無い。
イエスズ会宣教師ルイス・フロイスが残した歴史書『日本史』によると、秀吉が大阪城の大奥に三〇〇人もの若い娘を囲っていたと記されている。
女性への執着の異常性はそれだけではない。秀吉が一五九八年四月二〇日に催した醍醐の花見。参加者は一三〇〇人。この盛大な花見に、男性は何人居たか――三人。秀吉と息子の秀頼、そして前田利家。以上。他は全員女性。
秀頼は、一五九三年八月生まれだから、当時まだ四歳になる手前。秀頼の趣向によるものではないことは自明。
こんな人間から、屈辱的な扱いを受けて、不快にならない方がおかしい。
信長と秀吉が出会うのは一五五四年頃。眼前に居るのは、それ以前の胡蝶。秀吉という名詞を知らないはず。もしも、胡蝶が秀吉と聞いて反応するならば、胡蝶はその後の史実も知っているということになる。
「秀吉って知っ」
「人たらしで強欲。世話になった人を平気で裏切り、悪質なデマを吹聴する。史実とされとる記録は、だいぶ偏向されとるし、記録が残っとらへんとされとることは、残すと都合が悪いで、処分したんやろ。身元不明の根っからの詐欺師」
胡蝶と知り合って間もないとはいえ、ここまで感情を露にするのを初めて見た。
「秀吉が帰依した一人が、千利休。うつけが後ろ盾になって、茶頭として、茶の湯を広めた。簡素を好む方やで、派手好きで下品な秀吉とは感性が合うはずが無い。口実を捏造して、いつでも消せる。やで、利用するだけして、邪魔になって切腹させた。武士以外が、切腹を命じられることはあらへん時代にやお」
信長と千利休が知り合うのは、堺が信長の直轄地になった一五六九年。
「なんで、うつけが千利休に目を掛けたと思う? 秀吉が残した資料には、茶器を法外な高値で売りつけとったって記されとる。記されとること自体は、嘘やない。これはええ品やって、信頼出来る人が鑑定した品の値が上がるのは、必然やろ。今の時代でいう、クラウドファンディングみたいなこともした。応仁の乱で、焼けた寺を再建するため、千利休は、多額の寄付をした。うつけは、その善行に感心して支援した。寺は、その功を顕彰するため千利休の木像を建てた。やけど、秀吉は像を建てさせて権力を誇示しとるって捻じ曲げた。一五八二年六月二日。本能寺の変が起きた日。うつけは本能寺で、集めた茶器を披露する茶会を開催しとった。そのとき、その場所を狙って、火を放つ輩は誰やろな」
胡蝶の父、斎藤道三は胡蝶を嫁がせる際、小刀を渡し『うつけと言われる織田信長が、本当にうつけやったら命を奪え』と命じた。それに対し『あるいは、これは父上の命を奪う刃になるやも知れませぬ』と返した逸話がある。
胡蝶は信念に従い、行動する人間。胡蝶が秀吉のことを、ここまで調べ上げているからには、秀吉は歴史から消えることになるだろう。一代で滅んだ政権だから後の世への影響は僅か。
歴史から消す。と表現すると物騒だけれど、胡蝶が手を汚さずとも、信長が重用するきっかけを不意にするだけで、消え失せる。
秀吉は、詐欺師が運良く成功を掴んだ存在。
きっかけとなる秀吉の有名な逸話は、草履を懐に入れて暖めたとされているもの。戦果や、功績を認められたわけではない。
秀吉の行為を、二番煎じにするだけで事足りる。
懐――胡蝶の胸元へ目を遣る。開けているのは、色仕掛けが主な目的ではなく、いつでも信長の物を仕舞い、暖められるよう備えているのだろう。
説明が無いから、奇想天外とか、傍若無人に見えてしまうけれど、信念を貫くため、手段を選ばず真っ直ぐ突き進んでいるに過ぎない。
あくまで帰蝶の個人的な主観の範疇ではあるけれど、その振舞いは、信長と共通する印象を受ける。
単に似た者同士なのか、うつけが胡蝶なのかは謎のまま。
けれど、心の中のモヤモヤはすっきりと晴れた。
少なくとも胡蝶には、身内を陥れる意図は無さそう。
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