2 / 3
『ゴブリン』と『私』
しおりを挟む
私と楓は物理的には同一人物で、同じゲノム。
でも、二人の関係は養子縁組制度により結び付けられただけ。それ以上の繋がりは無い。行動を共にするわけでもない。
私が一人で買い物をしていると、突然肩を掴まれた。
「楓じゃん。金貸してよ」
肩に乗せられた手を振り払う。
ゴブリンは声を低くし、まくしたてる。
「お前、その態度は無いだろ」
髪を鷲掴みにされる。お金を借りる態度ではない。貸したら返ってくることは無いだろう。
そういえば、楓は『お前じゃなくて、楓だよ』と言っていた。私に『お前』と呼ばれたとき、このゴブリンを連想したのか――さぞかし不快だっただろう。
そんなことは、まあいい。私は楓ではない。
息を大きく吸い込み、叫ぶ。
「助けてー!!」
私の叫び声に引き寄せられた野次馬。
視線を感じるだけ。彼らが私を助けることはない。でも、十分。ゴブリンに向けられるカメラが増え、映像や写真が残れば良い。
今すべきことは、目撃者と証拠作り。
私の口を押さえているゴブリンの手に、思い切り噛み付く。
ゴブリンは、振りほどいて去れば良いものを、反対の手で私を殴りつけ始めた。
もしも私が噛んでいる手を離してしまえば、二本の手を使って袋叩きにされる。生きて帰ることが出来ないかもしれない。そんな恐怖がある。
だから離すわけにはいかない。噛む力を更に強める――噛まれた手を振りほどこうと、暴れるゴブリンの大きな動作と怒号は、言い逃れ出来ない暴行の事実となる。
私には、身体が大きいゴブリンを拘束する身体能力は無い。物理的に拘束することは出来ない。出来ることは、助けが来るまでゴブリンをここに留めておく、時間稼ぎくらい。
迫り来る複数の足音。
駆けつけた警察官に取り押さえられるゴブリン。
ここで起きた事象は、面識の無い未成年の女性に対する傷害事件。目撃者は居るし、証拠はある。現行犯で捕らえられたゴブリンの処理は、大人に任せる。
大した怪我はしていない。けれど、手配された救急車に乗せられ、病院に運ばれる。
応急処置を受けていると、楓がやって来た。
「はぁ、はぁ。大丈夫!? 警察から連絡もらって飛んできた」
楓の呼吸が荒い。ここまで走ってきたことがわかる。とはいえ、原因は楓にある。
「大丈夫に見えるか? 付き合うやつ選べよ」
私の手を握る楓の手が、ずっと震えている。
だから、これ以上責めるのはやめる。
楓と私を見て驚く看護師。
「双子ですか?」
「いいえ、これはママです」
「私はママです」
「そうなんですね。入院手続きをしますので、ついて来てください」
入院するとお金が掛かる。楓が働いて貯めたお金を、こんなことに使わせたくない。
「お金がもったいないから、帰ります」
帰ろうとするのを、看護師に止められる。
「心配しなくて大丈夫。加害者に負担させるための〝第三者の行為による傷病届〟というものがあるの。健康保険組合が立て替えて、加害者へ請求するから、被害者は支払わなくて良いの。綺麗に治してから帰ろうね」
「では、お世話になります」
病室の椅子に座り、ウトウトしている楓。
「明日も仕事でしょ。家に帰って寝なよ」
「大丈夫」
先程、楓の手が震えていた理由が気になる。
反省、後悔――なんだか違和感を覚えた。
「楓さ、何か困っていることある?」
「無いよ」
楓は即答する。私に言って解決出来るような些細な悩みなら、困ることは無いだろう。こう答えることは想定していた。
私が見ていたのは楓の手。
楓は、感情が手の動きに出るタイプだと思った。案の定、楓は意識していないだろうが、手をきゅっと握りしめた。
無理に言わせようとしても拒まれる。言い回しを変えてみよう。
「そっか。うまくいっているならいいんだ。楓は凄いね。私なんてこんな有り様だし」
「そんなこと無いよ。そうなったのは私のせいだし……全然うまくいってない……」
耐えられない程ではない、何かがあることまでは言ってくれるのね。さて、どう引き出すか。まずは警戒を解かないといけない。
「そっか。じゃあ同じだね。気を紛らわせないと、痛くて辛いからさ、こっちに来て何か話して。どんな話でもいいよ」
楓は、ベッド横に来て腰を下ろす。
「私が私に話をするって、不思議な感じね」
「でも別人格。楓は楓、私は私」
「それでも不思議な感じ」
ゴブリンを連想させる話になると、楓はピクッと反応したり、手が震える。
「不快にさせそうだから最初に謝っておく。ずっと施設に居て、人間関係をどう作るのか知らないから、気になるだけなんだけど、何故ゴブリンと接点があるの? あれは何?」
「ゴブリン? ……あれは元彼」
「楓は、ゴブリンが好きなの?」
「そういうわけではなくて、気付いたらそうなっていたというか……」
「そっか。ああいうのは、他にも居るの? 何度もこんな目に遭うのは、勘弁なんだけど」
「他にも居る」
「何体くらい?」
「五、六体……七、八……あ、九……」
「たくさん居るのね。わかった。もう数えなくていいよ。その中に失いたくない、大切なゴブリンは居る?」
「居ない。さっきからゴブリンと呼んでいる、あれも一応人間よ」
「そうなんだ。私が居た世界では、あれをゴブリンと呼んでいた。少し違うんだね」
「え!? そうなの? ファンタジー世界じゃん」
そんなわけないだろう。出鱈目だ。私は施設から出たことが無いし、そもそも記憶が無い。楓は残念な子なのか。少し揶揄ってやろうと、悪戯心が湧く。
「そうだよ。討伐すると報酬を貰えるの。ただ、私は弱いから他のハンターに捕まえてもらって、一部を分けてもらう感じ」
「この世界にも、そういう物語あるよ! あれって、本当の話だったんだね。書いている人も異世界から来たのかな」
あるだろうね。私が話しているのは、この世界のゲームの話。
楓は疑うということを知らないの? 話に乗ってるだけなの?
後者であって欲しいと、切に願う。
でも、二人の関係は養子縁組制度により結び付けられただけ。それ以上の繋がりは無い。行動を共にするわけでもない。
私が一人で買い物をしていると、突然肩を掴まれた。
「楓じゃん。金貸してよ」
肩に乗せられた手を振り払う。
ゴブリンは声を低くし、まくしたてる。
「お前、その態度は無いだろ」
髪を鷲掴みにされる。お金を借りる態度ではない。貸したら返ってくることは無いだろう。
そういえば、楓は『お前じゃなくて、楓だよ』と言っていた。私に『お前』と呼ばれたとき、このゴブリンを連想したのか――さぞかし不快だっただろう。
そんなことは、まあいい。私は楓ではない。
息を大きく吸い込み、叫ぶ。
「助けてー!!」
私の叫び声に引き寄せられた野次馬。
視線を感じるだけ。彼らが私を助けることはない。でも、十分。ゴブリンに向けられるカメラが増え、映像や写真が残れば良い。
今すべきことは、目撃者と証拠作り。
私の口を押さえているゴブリンの手に、思い切り噛み付く。
ゴブリンは、振りほどいて去れば良いものを、反対の手で私を殴りつけ始めた。
もしも私が噛んでいる手を離してしまえば、二本の手を使って袋叩きにされる。生きて帰ることが出来ないかもしれない。そんな恐怖がある。
だから離すわけにはいかない。噛む力を更に強める――噛まれた手を振りほどこうと、暴れるゴブリンの大きな動作と怒号は、言い逃れ出来ない暴行の事実となる。
私には、身体が大きいゴブリンを拘束する身体能力は無い。物理的に拘束することは出来ない。出来ることは、助けが来るまでゴブリンをここに留めておく、時間稼ぎくらい。
迫り来る複数の足音。
駆けつけた警察官に取り押さえられるゴブリン。
ここで起きた事象は、面識の無い未成年の女性に対する傷害事件。目撃者は居るし、証拠はある。現行犯で捕らえられたゴブリンの処理は、大人に任せる。
大した怪我はしていない。けれど、手配された救急車に乗せられ、病院に運ばれる。
応急処置を受けていると、楓がやって来た。
「はぁ、はぁ。大丈夫!? 警察から連絡もらって飛んできた」
楓の呼吸が荒い。ここまで走ってきたことがわかる。とはいえ、原因は楓にある。
「大丈夫に見えるか? 付き合うやつ選べよ」
私の手を握る楓の手が、ずっと震えている。
だから、これ以上責めるのはやめる。
楓と私を見て驚く看護師。
「双子ですか?」
「いいえ、これはママです」
「私はママです」
「そうなんですね。入院手続きをしますので、ついて来てください」
入院するとお金が掛かる。楓が働いて貯めたお金を、こんなことに使わせたくない。
「お金がもったいないから、帰ります」
帰ろうとするのを、看護師に止められる。
「心配しなくて大丈夫。加害者に負担させるための〝第三者の行為による傷病届〟というものがあるの。健康保険組合が立て替えて、加害者へ請求するから、被害者は支払わなくて良いの。綺麗に治してから帰ろうね」
「では、お世話になります」
病室の椅子に座り、ウトウトしている楓。
「明日も仕事でしょ。家に帰って寝なよ」
「大丈夫」
先程、楓の手が震えていた理由が気になる。
反省、後悔――なんだか違和感を覚えた。
「楓さ、何か困っていることある?」
「無いよ」
楓は即答する。私に言って解決出来るような些細な悩みなら、困ることは無いだろう。こう答えることは想定していた。
私が見ていたのは楓の手。
楓は、感情が手の動きに出るタイプだと思った。案の定、楓は意識していないだろうが、手をきゅっと握りしめた。
無理に言わせようとしても拒まれる。言い回しを変えてみよう。
「そっか。うまくいっているならいいんだ。楓は凄いね。私なんてこんな有り様だし」
「そんなこと無いよ。そうなったのは私のせいだし……全然うまくいってない……」
耐えられない程ではない、何かがあることまでは言ってくれるのね。さて、どう引き出すか。まずは警戒を解かないといけない。
「そっか。じゃあ同じだね。気を紛らわせないと、痛くて辛いからさ、こっちに来て何か話して。どんな話でもいいよ」
楓は、ベッド横に来て腰を下ろす。
「私が私に話をするって、不思議な感じね」
「でも別人格。楓は楓、私は私」
「それでも不思議な感じ」
ゴブリンを連想させる話になると、楓はピクッと反応したり、手が震える。
「不快にさせそうだから最初に謝っておく。ずっと施設に居て、人間関係をどう作るのか知らないから、気になるだけなんだけど、何故ゴブリンと接点があるの? あれは何?」
「ゴブリン? ……あれは元彼」
「楓は、ゴブリンが好きなの?」
「そういうわけではなくて、気付いたらそうなっていたというか……」
「そっか。ああいうのは、他にも居るの? 何度もこんな目に遭うのは、勘弁なんだけど」
「他にも居る」
「何体くらい?」
「五、六体……七、八……あ、九……」
「たくさん居るのね。わかった。もう数えなくていいよ。その中に失いたくない、大切なゴブリンは居る?」
「居ない。さっきからゴブリンと呼んでいる、あれも一応人間よ」
「そうなんだ。私が居た世界では、あれをゴブリンと呼んでいた。少し違うんだね」
「え!? そうなの? ファンタジー世界じゃん」
そんなわけないだろう。出鱈目だ。私は施設から出たことが無いし、そもそも記憶が無い。楓は残念な子なのか。少し揶揄ってやろうと、悪戯心が湧く。
「そうだよ。討伐すると報酬を貰えるの。ただ、私は弱いから他のハンターに捕まえてもらって、一部を分けてもらう感じ」
「この世界にも、そういう物語あるよ! あれって、本当の話だったんだね。書いている人も異世界から来たのかな」
あるだろうね。私が話しているのは、この世界のゲームの話。
楓は疑うということを知らないの? 話に乗ってるだけなの?
後者であって欲しいと、切に願う。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる