もったいない! ~ある日ゲイの霊に憑かれたら、クラスの物静かな男子がキラキラして見えるようになりました~

藤原 秋

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 あたしから現代の性的マイノリティに関する情報を聞いていたノラオは、それを自分の目でどうしても確かめたかったらしい。その足掛かりとしてまずは本屋へ行きたいと言い出したみたいだった。

 放課後、喜多川くんと事情を知る紬に付き添われて駅前の大型書店へとやって来たノラオは、それ関連の書籍が並ぶ本棚を興奮気味に眺めやった。

「うわ……! 本当にいっぱいあるんだなー」

 そんなノラオを、後ろからちょっと引き気味に紬が見つめている。

「話には聞いてたけど不思議……マジで中身、陽葵ひまじゃないんだよね?」
「うん。付き合ってもらってごめんね、牧瀬さん。もし女性しか行けないようなところへ行かれたら困ると思って」
「や、それは全然いいんだけどさ。今日はバイトなくて暇してたし」

 そんな会話を交わす二人をよそに、ノラオはマイペースに次々と本棚から本を取り出しては内容をパラ見している。

「ね、陽葵は今どういう状態なのかな? あいつの中で眠ってるの? ちゃんと元に戻るんだよね?」
「岩本さんから聞いた話だと、この状態でも岩本さん自身の意識はあって、ノラオを通して周りの様子も見えているらしいんだ。これまでは割と短時間で岩本さんに戻れていたから、今回もそうだといいんだけど」
「ええ……何か心許こころもとなー。いったい何をどうしたら陽葵に戻るワケ?」
「最初の時は名前を呼び続けたら岩本さんに戻って、次の時はノラオの電池切れ的な感じで戻れたらしいけど……」
「統一性ナシかよ! ぶっちゃけ、どうやったら戻れるのか分かんないってコトじゃん!」
「まあ、そうなんだよね……」

 そうなんだよねー! 困ったことにあたし自身、自分の意思で戻れたことはないんだよなぁ。

 ノラオに主導権握られっぱなしでも困るから、どうにかしなきゃいけないんだけど、どうやったら戻れるのか―――正直、てんで見当もつかない。

 毎回ノラオにやられてる意識をぐんって引っ張るようなあの感覚、あれをあたしもやれたらいいんだけど……何をどうしたらああ出来るのか、まったくもって分からなくて、今のところ詰んでいる。

「なあなあ、オレ、これが欲しーんだけど。これ読んでみたい」

 あたしの悩みからはかけ離れたノラオのお気楽な声がして、見ると、けっこうな厚みのある本を二冊手にしたノラオを喜多川くんが困り顔で見やっていた。

「うわー。これ買うと陽葵、今月破産すんじゃない?」

 値段を確認して眉をしかめる紬に、ノラオはちょっと渋い顔になって口を尖らせた。

「んー……ま、確かに高校生にはちーとキツい金額か」

 ぎゃああああ! お願いだからやめて、やめてよ絶対ダメぇ―――ッ!

「―――その本なら市の図書館にもあるみたいだ」

 スマホで本のタイトルを照会したらしい喜多川くんがそう言って、妥協案をノラオに提示した。

「今日はもう閉館時間が迫ってるから、明日にでも岩本さんに借りに行ってもらうっていうのはどう?」

 喜多川くん、神~! ありがとう!!

 あたしや紬じゃ絶対思いつかなかった解決策だ!

 ノラオ、絶対にそうしなさい! 明日借りに行ってあげるから!

「へー、そんな情報も見れるんだ? そのスマホってヤツ。スッゲー便利じゃん! いや、文明の進化半端ねーわ」

 目をまん丸にしたノラオはそう言って喜多川くんの隣へ行くと、スマホを持ったその手元を無遠慮に覗き込んだ。

 わあぁぁぁ、近い近い近―――い!

「これで通話も出来るし、離れたトコにいる相手に文面も送れるんだろ? イラストとか付けて」

 言いながら見上げたところにある喜多川くんの顔が有り得ないくらい近い! きゃー! こんなの恋人の距離感だよ!!

「はいはいホラ、ちょっと離れて。こんなトコまた学校の誰かに見られたら妙な噂加速しちゃうからさー。ホレ、あんたはあたしとくっついてな。スマホ見たいなら見せてやっから」

 紬、ナイス! 

「何だよ、空気読めよ、オレはレントにくっついて見たかったのに」
「はぁ? 喜多川はあんたの好きな男とは別人なんでしょー?」
「別人だけど、顔似てるしめっちゃ好みだし。お前だって、どうでもいい男と好みの男がいたら、好みの男の方から見せてもらいてーだろー?」
「ちょっ、あたしは『どうでもいい男』ポジかよ! フザけんな!」
「―――ま、まあまあ二人とも」

 くだらない揉め事に発展しかける二人の間に喜多川くんが割って入った。

「とりあえず、明日図書館に行くからここでは本は買わない、ということでいいかな?」
「んー……、まぁしゃあねぇな」

 ノラオは渋々了承して手にした本を書棚に戻し、性的マイノリティの関連本が集められたその一角をもう一度眺めやってから、その場を後にした。

 高い本を買わずに済んだことにあたしはホッと胸を撫で下ろし、みんなで本屋を出ようと売り場を横切っていたその時だった。ノラオがふと足を止め、小さく息を飲むのが分かった。

「―――何だ、これ」

 ノラオが受けた衝撃が、そのまま電気ショックみたいになってあたしにも伝わり、その原因を確認したあたしは大きく目を見開いた。

 ―――あ!

 ノラオの視線を釘付けにしたのは、耽美たんびな雰囲気が漂う、カラフルなポップが躍るBLコーナーだった。

「え……何、これ……え!? 男同士の恋愛モノ?? この一角、全部!?」

 信じられないものを見た面持ちで勢いよく食いつくノラオから、喜多川くんが静かに距離を取った。

「ごめん牧瀬さん、お願い出来る? オレ、ここはちょっと厳しい……」
「りょ。あたしもあんま得意ではないけど、喜多川には酷だよねー」
「ありがとう。近くにはいるようにするから」
「オケ」

 そんな二人のやり取りなんて耳に入らない様子で、ノラオは忙しくそのコーナーに目を走らせている。

「スゲー……何か全部キラキラして、線が細い綺麗な絵……」
「BL……ボーイズラブの読者は主に女子だからね。少女漫画的な画風が基本」

 紬の説明を聞いたノラオは目を剥いた。

「えっ!? これ読むの、女子って……男同士の恋愛モノなのに!?」
「男同士の恋愛モノだからだよー。回り見てみ」

 言われて周囲を見渡すノラオの視界には当然女子ばかりが映り、愕然とする彼に紬は自分なりの解釈を伝えた。

「性を超えて交わされる愛情が尊いって感じる女子が多いのが理由なんじゃない? 男の読者も一定数いるらしいけどー、女の方が圧倒的に多いイメージ」
「お、お前もこういうの読むのか?」
「あたしは男女物の方が好きだからあんま読まないけどー、あ、でもこの作品がドラマ化された時は話題になったからテレビで見てたかな。ほら、一巻が試し読み出来るようになってるから読んでみ?」
「お、おぅ」

 紬に促されて試し読みを始めたノラオは、ページをめくるごとに頬を赤らめていった。

「な、何か小っ恥ずかしいな。こんな公の場で読んじゃいけねーもののような気がする」
「えー? そう? だったらさあ、陽葵に漫画アプリとか入れてもらって、落ち着いた環境で読んでみたら? 無料で読めるヤツもけっこうあるし……」
「アプ……?」
「あー、スマホで。スマホで見れるのがあるから」
「スマホ、そんなのも見れんのか!? スゲェな!」

 ―――何だろ、これ。ノラオが新しい発見とか刺激を受ける度に、何だかよく分からないものがあたしにも伝わってきている気がする。

 言葉にするのは難しい、心に響く何か―――まあ悪い感覚のものではないかな……。
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