もったいない! ~ある日ゲイの霊に憑かれたら、クラスの物静かな男子がキラキラして見えるようになりました~

藤原 秋

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 BLコーナーを後にしたノラオは相当なカルチャーショックを受けた様子だった。

「―――いや、あいつから話に聞いてはいたけど、何ていうか……スゲェ。オレが生きていた頃とは環境とか概念とか、まるで変わってんのな。色んな嗜好とか考え方とかが認められてて、人による違いの受け皿が広がってるっつーか」
「んー、難しいことはよく分かんないけど、学校でも多様性を尊重するっていう言葉はよく聞くかなー。制服の下もスカートかスラックスか選べるようになったし……まぁあたしはスカート一択だったけど!」
「へえ……」

 ―――ねえノラオ、もういいでしょ? そろそろあたしと交替してよ!

 あたしは深層意識からノラオに呼びかけた。

 おーい、聞こえてるんでしょー? あたし、今日は早く帰っておじいちゃんに電話したいんだけどー!

 そう呼びかけるも、ノラオはガン無視。喜多川くんと合流して、まるであたしなんかいないみたいに紬と三人で楽しくお喋りしながら、駅の方へと歩き出した。

 コ、コイツ~!

 自分の中から一人その光景を見守るしかないあたしは、ムクれながら文句を言った。

 ずるい! これ、あたしの身体なのに! あたしだって二人と楽しく喋りたいのにー!

 こんなの寂しいしやだよ! 早く元に戻して!

 そう癇癪かんしゃくを起しながら、もしこのまま戻れなかったらどうしようと考えて、ちょっと怖くなった。

 ノラオの姿を見て、接して、ちょっと親近感湧いちゃったりして、何となく憎めなくて―――でも、あたしはノラオのことを何も知らないんだよね。

 それどころかノラオ自身、自分が何者だったのか、分かってすらいないワケで。

 この世に未練があってあのアパートに残っていたんだから、言うなればノラオは地縛霊……ぶっちゃけ、怨霊の類なワケで。

 これまでは割とすぐに戻れてたけど、もしかしたらこのまま戻れなくなるってこともあるのかもしれない。

 ―――もしこのまま、ノラオと入れ替わっちゃったまま、戻れなくなっちゃったら?

 ノラオと、完全に入れ替わっちゃったら?

 そしたら、「あたし」はどうなるの?

 そんなふうに考えてしまったら―――ヤバ。怖すぎて、震えてきた。

「…………」
「じゃーあたしこっちだから。また明日ね」
「今日はありがとう、牧瀬さん。また明日」
「親友の為だからね! いいってことよ。おーい、明日会う時は陽葵(ひま)に戻ってなよ~」

 ニカッと口角を上げて手を振る紬に、ノラオは舌を突き出した。

「うっせ!」

 あー紬ぃ~! 寂しいよぉ、行かないでー!

 置いて行かれてしまう―――何だかそんなふうに感じてしまって猛烈に寂しくなってしまい、届かないと知りながらも、あたしは遠ざかっていく紬の後ろ姿に手を伸ばした。

 紬ぃ……!

 じわっと涙が滲んできて、暗闇の中、一人ぼっちで涙を拭う。

 駅で紬と別れた喜多川くんはノラオのままのあたしを見やり、悩ましげな吐息をついた。

「さて……どうしようかな。君のまま岩本さんの家まで送るわけにもいかないし、今ここで彼女に戻ることは出来ない?」

 喜多川くんにそう問われたノラオは小さく頬を膨らませると、女の子っぽいしなを作りながら上目遣いで彼を見上げた。

「やだ……まだ戻りたくないよ。レントともっと喋ってたい」

 うぎゃ―――っっっ! なんっ、その、きゅるーんとしたあざとキャラはぁぁぁぁッ!?

 あたしの身体使って妙な真似しないで―――っっっ!

 あたしの絶叫をよそに、ノラオはフリーズしている喜多川くんの両手を正面から取ると、軽く小首を傾げながら甘えた声で彼にねだった。

「ね、お願い。もうちょっとだけ付き合って?」

 嘘くさい潤んだ瞳できゅるーんと見つめられた喜多川くんは、一拍置いて我に返ると、慌ててノラオから距離を取った。

「―――わ、分かったからちょっと離れて」

 途端にノラオはしてやったりの顔になると、通常運転に戻った。

「やったー! じゃあこの間の公園に行って、ちょっと喋ろ―ぜ。あそこに行けば何か思い出せるかもしれねーし」
「あ、ああ。そういうことなら……」

 その様子を見やりながら、あたしは思わず額を押さえた。

 ノラオはまだまだあたしと交代してくれる気はないらしい。

 ああ~、今日もおじいちゃんに電話できない予感……!
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