もったいない! ~ある日ゲイの霊に憑かれたら、クラスの物静かな男子がキラキラして見えるようになりました~

藤原 秋

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 この間と同じくらいの時間帯。夕焼け色に染まる公園からは、暮れなずむ街並が見える。

 喜多川くんと一緒に再びその場所を訪れたノラオは、人のまばらな園内をどこか懐かしそうに眺めやった。

「あー、ここはあんま変わってねーな……」

 少し高台にある、昔ながらの遊具が申し訳程度に置かれたこの公園は、子ども達がはしゃぎ回って遊ぶ場所というよりは、近所の人が散歩に訪れたり、近くの会社で働く人なんかがひと息つきに訪れる場所といった感じだ。

「ここは君にとって、どういう所縁ゆかりのある場所なの?」

 喜多川くんにそう尋ねられたノラオは小さく笑った。

「別にそんな大層なモンじゃなくて、何てことはない場所なんだけどな。時々エージとここへ来て、あそこにあるベンチに座って、他愛もない話をしてたなーってだけの―――ベンチ自体はもう、あの頃とは物が変わっちまってら」

 ノラオはそう言って、当時と同じ位置にあるという背もたれ付きのベンチにどっかりと座った。

「でも、そんな何気ない時間が不思議と心に残っているんだよなぁ。何気ない時間だったけど、オレにとってはスゴく大切なものだったんだな―――」

 その口調からは、もう戻らない時への寂しさみたいなものが窺えた。

「エージさんと時々ここへ来ていたってことは、彼はこの辺りに住んでいたのかな?」
「……分かんねぇ。そうかもしれねぇけど……でも、オレが居たっつーアパートもここからそう遠いワケじゃねえし……」
「そういえばあのアパートのことで何か思い出せたことはないの? 建物が取り壊されてすっかり跡形もなくなったせいか、あの前を通っても君は何も感じないみたいだって岩本さんは言ってたけど……」

 そうなんだよね! 登下校の度にあたしは例のアパートがあった場所を必然的に通るんだけど、今は更地となったその場所に当のノラオは全くの無反応で、何か感じたりはしないのか尋ねてみても「別にー」みたいなうっすい反応が返ってくるだけだった。

 そして今も同じように何の感慨もなさげにこうぼやいている。

「んー……その辺は特に何も。こいつに取り憑く直前の断片的な映像みたいなのしか思い出せねぇんだよなぁ」

 あたしは以前見た夢の記憶を思い浮かべた。

 暗い和室で、ノラオだと思われる人物が一人、膝小僧を抱えている夢。

 もしかしたらノラオにとっては、あんまりいい思い出がない場所なのかもしれないな……それで無意識下で記憶を抑え込んじゃっているのかも。

 そんなあたしの心中をよそに、ノラオは閃いた、とばかりに目を輝かせた。

「なぁ、だったら不動産関係から当たれば話は早ぇんじゃねぇの? オレに関する記録が何かしら残ってて、名前とか色々分かるかもしれねぇじゃん」

 ドヤ顔のノラオの提案を喜多川くんは難しい顔で却下した。

「今は個人情報保護法っていうものがあって、名前とか生年月日とか住所とか、そういった個人に関する情報が安易に他人には見せられないようになっているんだよ。高校生で何の縁者でもないオレ達が不動産屋にかけあったところで門前いだし、かといって、現状適切な手段を踏むことも難しい」

 それを聞いたノラオは信じられないといった面持ちになって、耳を疑わんばかりの様相でまくし立てた。

「ええっ、何だよそれ!? たかだか名前とか住所だぞ!? そんなのなあなあで頼み込めば何とかなるモンなんじゃねぇの!?」
「昔はそうだったのかもしれないけど……今はその辺りが厳重に管理されていて、違法に情報を提供する側も受け取る側も処罰されてしまうんだ」
「マジかよ!? オレの時代なんて卒業アルバムに学年全員のそういうの全部、先公の分まで顔写真付きで載ってたぞ!?」
「今ではとても考えられないね……」
「はぁ~、何っだそれ……信じらんねぇ。多様性が認められて色んな間口が広がっている半面、そういう部分はスッゲェ窮屈になってんのな……」
「昔には昔の良さがあるってことかな。何事も一長一短かもしれないね」
「確かにそうなのかもなぁ……」

 溜め息をつき、ベンチの背もたれに両腕を架けるようにして茜色の空を仰いだノラオは、そのままベンチの背をずるずるとずり下がった。

「! ちょっ……!」

 その様子を見た喜多川くんが慌てた様子で駆け寄ると、ノラオの膝小僧を強引に閉じ合わせた。

「君、今は男じゃなくて岩本さんなんだから……!」

 事態を把握したあたしはビャッ、と赤面した。

 有り得ない―――ッッ! もしかしなくてもノラオのヤツ、大股開いてずり下がってた!?

 しっ、信じらんない! 後で全力でシバく!

 ―――っでも、今はそれよりも何よりも……!

 深層意識の「窓」を通してその光景を目撃したあたしは、両手で顔を覆って悶絶した。

 きっ、喜多川くんの手が、あたしの! 膝小僧に! 生足にかかっているぅー!!

「大袈裟だなぁ。足開いたって別に、こいつ何か黒い短パンみてーの履いてんじゃん」

 まるで悪びれていない様子のノラオに、喜多川くんは心なし顔を赤らめながら文句を言った。

「それは、万が一を防止する為のものであって、堂々と見せていいものじゃないんだ!」
「へ? ブルマみてーなモンなんじゃねぇの?」
「ブ?」
「それよかこいつ、お前に足触られてることの方に動揺してるぞ」
「―――っ!」

 ハッとした喜多川くんはあたしに負けないくらい赤くなると、大慌てでノラオの膝から手を離した。

「ご、ごめん……!」

 ううん、喜多川くんは悪くない! 悪いのはノラオだよー!

「―――と、とにかく……! 岩本さんの身体を借りている以上は、彼女の為にも色々と気を付けてもらわないと困る! もう少し慎重に扱ってくれ……!」

 彼の言葉に自分を大切にしてもらえているのを感じて、あたしは胸の中に温かな光が灯るのを覚えた。

 喜多川くん……!

「……。わぁーったよ……」

 どこか面白くなさげに生返事をするノラオへ、喜多川くんが気を取り直したように声をかける。

「もうすぐ日も暮れるし、そろそろ帰ろう。ノラオ、岩本さんと交替してくれないか?」

 それに対するノラオの返答は、予想外のものだった。

「……ヤダ」
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