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こんなふうに喜多川くんと二人で夜道を歩いたこと、ノラオにさんざ悩まされながら根気強く付き合ってもらったこと―――あたしは一生、忘れたくないなぁ……。
そんなことを思いながら家の前まで来た時、あたしの帰りを待ちかねていたらしいお母さんが勢いよく玄関のドアを開けて出て来て、ぎょっとするあたしに大股で歩み寄ると、近所の手前、声量を抑えながら小言をまくしたてた。
「陽葵! あんたね、一応女の子なんだから―――何かあったんじゃないかと心配するでしょう! 何度も言うけど、遅くなりそうな時は必ず連絡をしなさ―――! ……あ、あら? もしかして―――喜多川くん?」
小言の途中で喜多川くんの姿に気が付いたお母さんが、思わず口元を手で覆う。そんなお母さんに喜多川くんはちょっと緊張した面持ちで背筋を伸ばすと、礼儀正しく頭を下げた。
「初めまして、陽葵さんのクラスメイトの喜多川蓮人です。陽葵さんにはいつもお世話になっています」
―――陽葵さん! 名前で呼ばれた!
わ~、さん付け新鮮ー!!
あれ!? 何かスッゴいドキドキするな!?
「あらあらぁ! お世話になってるのはこの子の方でしょう? 何だか昨日もその前も送ってもらったみたいで、お世話かけちゃってごめんなさいねぇ。改めまして、陽葵の母です。娘がいつもお世話になっています」
即座によそ行きの笑顔を纏ったお母さんに「いえ」、と声を返した喜多川くんは、申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、今日は連絡が遅くなってすみませんでした。駅で、牧瀬さんも交えて共通の友人の悩み相談に応じていたんですが、気が付いたらこんな時間になってしまっていて―――」
「あらぁ、紬ちゃんも一緒だったの? 遅くなって、喜多川くんのご両親も心配しているんじゃない?」
「いえ、僕は男なのでそれほどでも―――」
「そう? 男の子でも親としては心配するだろうから、あまりご両親に心配をかけないようにしてね」
「はい。気を付けます」
「―――お、お母さん! 喜多川くんはちゃんと早めに家に連絡してたから、大丈夫なの! あたしが連絡しそびれちゃってただけで―――」
思わずそう申し出ると、お母さんは微笑みを張り付けたまま鬼のような視線をあたしにくれて、喜多川くんにこう言った。
「何だぁ、陽葵が迷惑かけちゃっただけなのね、本当にごめんなさいねー。後でよーく言い聞かせておくわね。ねぇ喜多川くん、お腹空いていない? 良かったらうちで夕飯食べていってもいいのよー。ご両親にはこちらから連絡させてもらうし」
「い、いえ、お気持ちだけで。その、家でもう夕飯の支度をしてしまっていると思いますから」
「あら、そーお? じゃあ良かったら、今度ぜひ遊びに来てね。気軽に来てもらって構わないから、遠慮しないでね」
「はい。ありがとうございます。じゃあ岩本さん、また明日」
そう言うとお母さんに折り目正しく礼をして、喜多川くんは帰って行った。
「……ふーん。あんたが言ってた通り真面目でいい子じゃない。今時なかなかいない好青年。背も高くて素敵ねー」
お母さんに喜多川くんを褒められて、あたしは無性に嬉しくなった。
「でしょ!? お母さんなら絶対そう言ってくれると思ってたー! もうね、本当に優しくて神がかってんの! でも優しいだけじゃなくて、しっかり言うことは言ってくれるの!」
「あら。それはポイント高いわねぇ」
「うんうん! しかも、眼鏡外すとまた雰囲気変わっていいんだよー。スッゴく綺麗な顔立ちしてるの」
「へぇー、お母さんも見てみたいわぁ。今日は暗くて顔がよく見えなかったから、今度は明るい時に連れてきなさいね」
「うん!」
誘ったら、来てくれるかな? はにかみながら、頷いてくれるかな?
そんなことを考えて口元を緩ませていると、お母さんにこう突っ込まれた。
「ところで、ここ二日くらい見慣れない男物のハンカチが洗濯物に紛れ込んでいるんだけど、まさかあんた、喜多川くんから借りてたりしないわよね?」
あ゛。
あたしは気まずい面持ちになりながら、今日彼から借りたハンカチをお母さんに差し出した。
「へへ、実は今日も借りちゃってたりして……洗濯、お願い出来る? アイロンはちゃんと自分でかけるからさ……」
それを見たお母さんは呆れ果てた顔になって、頭が痛そうに額を押さえた。
「あ、あんたって子はもう、ホンット……! 同じ男の子から三日連続でハンカチを借りるってどういうこと!? 毎日ハンカチくらいちゃんと持ち歩きなさい、もう恥ずかしいったら……! 喜多川くんにお世話になりっ放しじゃないの……!」
うっ……! あ、あたしも自分でハンカチ持って行ってはいるんだよ、ただ、やむにやまれぬ事情があって……!
とはいえ―――やっぱそうだよねー、三日連続で同じ男子からハンカチ借りるってないよねー。
我ながらやらかしてるなー、とは思うので、喜多川くんに呆れられていないといいな―と、心から願うしかなかった。
そんなことを思いながら家の前まで来た時、あたしの帰りを待ちかねていたらしいお母さんが勢いよく玄関のドアを開けて出て来て、ぎょっとするあたしに大股で歩み寄ると、近所の手前、声量を抑えながら小言をまくしたてた。
「陽葵! あんたね、一応女の子なんだから―――何かあったんじゃないかと心配するでしょう! 何度も言うけど、遅くなりそうな時は必ず連絡をしなさ―――! ……あ、あら? もしかして―――喜多川くん?」
小言の途中で喜多川くんの姿に気が付いたお母さんが、思わず口元を手で覆う。そんなお母さんに喜多川くんはちょっと緊張した面持ちで背筋を伸ばすと、礼儀正しく頭を下げた。
「初めまして、陽葵さんのクラスメイトの喜多川蓮人です。陽葵さんにはいつもお世話になっています」
―――陽葵さん! 名前で呼ばれた!
わ~、さん付け新鮮ー!!
あれ!? 何かスッゴいドキドキするな!?
「あらあらぁ! お世話になってるのはこの子の方でしょう? 何だか昨日もその前も送ってもらったみたいで、お世話かけちゃってごめんなさいねぇ。改めまして、陽葵の母です。娘がいつもお世話になっています」
即座によそ行きの笑顔を纏ったお母さんに「いえ」、と声を返した喜多川くんは、申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、今日は連絡が遅くなってすみませんでした。駅で、牧瀬さんも交えて共通の友人の悩み相談に応じていたんですが、気が付いたらこんな時間になってしまっていて―――」
「あらぁ、紬ちゃんも一緒だったの? 遅くなって、喜多川くんのご両親も心配しているんじゃない?」
「いえ、僕は男なのでそれほどでも―――」
「そう? 男の子でも親としては心配するだろうから、あまりご両親に心配をかけないようにしてね」
「はい。気を付けます」
「―――お、お母さん! 喜多川くんはちゃんと早めに家に連絡してたから、大丈夫なの! あたしが連絡しそびれちゃってただけで―――」
思わずそう申し出ると、お母さんは微笑みを張り付けたまま鬼のような視線をあたしにくれて、喜多川くんにこう言った。
「何だぁ、陽葵が迷惑かけちゃっただけなのね、本当にごめんなさいねー。後でよーく言い聞かせておくわね。ねぇ喜多川くん、お腹空いていない? 良かったらうちで夕飯食べていってもいいのよー。ご両親にはこちらから連絡させてもらうし」
「い、いえ、お気持ちだけで。その、家でもう夕飯の支度をしてしまっていると思いますから」
「あら、そーお? じゃあ良かったら、今度ぜひ遊びに来てね。気軽に来てもらって構わないから、遠慮しないでね」
「はい。ありがとうございます。じゃあ岩本さん、また明日」
そう言うとお母さんに折り目正しく礼をして、喜多川くんは帰って行った。
「……ふーん。あんたが言ってた通り真面目でいい子じゃない。今時なかなかいない好青年。背も高くて素敵ねー」
お母さんに喜多川くんを褒められて、あたしは無性に嬉しくなった。
「でしょ!? お母さんなら絶対そう言ってくれると思ってたー! もうね、本当に優しくて神がかってんの! でも優しいだけじゃなくて、しっかり言うことは言ってくれるの!」
「あら。それはポイント高いわねぇ」
「うんうん! しかも、眼鏡外すとまた雰囲気変わっていいんだよー。スッゴく綺麗な顔立ちしてるの」
「へぇー、お母さんも見てみたいわぁ。今日は暗くて顔がよく見えなかったから、今度は明るい時に連れてきなさいね」
「うん!」
誘ったら、来てくれるかな? はにかみながら、頷いてくれるかな?
そんなことを考えて口元を緩ませていると、お母さんにこう突っ込まれた。
「ところで、ここ二日くらい見慣れない男物のハンカチが洗濯物に紛れ込んでいるんだけど、まさかあんた、喜多川くんから借りてたりしないわよね?」
あ゛。
あたしは気まずい面持ちになりながら、今日彼から借りたハンカチをお母さんに差し出した。
「へへ、実は今日も借りちゃってたりして……洗濯、お願い出来る? アイロンはちゃんと自分でかけるからさ……」
それを見たお母さんは呆れ果てた顔になって、頭が痛そうに額を押さえた。
「あ、あんたって子はもう、ホンット……! 同じ男の子から三日連続でハンカチを借りるってどういうこと!? 毎日ハンカチくらいちゃんと持ち歩きなさい、もう恥ずかしいったら……! 喜多川くんにお世話になりっ放しじゃないの……!」
うっ……! あ、あたしも自分でハンカチ持って行ってはいるんだよ、ただ、やむにやまれぬ事情があって……!
とはいえ―――やっぱそうだよねー、三日連続で同じ男子からハンカチ借りるってないよねー。
我ながらやらかしてるなー、とは思うので、喜多川くんに呆れられていないといいな―と、心から願うしかなかった。
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