もったいない! ~ある日ゲイの霊に憑かれたら、クラスの物静かな男子がキラキラして見えるようになりました~

藤原 秋

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 翌日の放課後、あたしと喜多川くんの姿は市の図書館にあった。

「―――あった。これだよね、ノラオが見たがっていた本」
「そうだね。もう一冊は―――ああ、これかな」

 長身を活かして、いとも簡単に本棚から目当ての本を取り出してみせた喜多川くんは、たくさんの本が整然と陳列された館内に目を走らせてこう言った。

「どうする? 五冊まで同時に貸し出し可能なんだけど、ノラオは他に読んでみたい本とかあるのかな」

 その言葉に、あたしは少し緊張感を覚えながら頷いた。

「ちょっと―――聞いてみる」

 昨日はあれから何となく話しかけづらくて、それにまだ少し怖くて、ノラオとろくに会話出来ていなかった。

 ノラオの方も気を遣っているのか、向こうから特に話しかけてくることもなかった。

 でも―――ずっとこのままでいるわけにもいかないもんね。

 意を決して、あたしはノラオに話しかけた。

 ―――ノラオ。聞こえる?

『……。聞こえてるよ』

 あたしの呼びかけに応じたその声に、無意識に生唾を飲み込んでしまいながら、きつく拳を握りしめて、臆病な気持ちを奮い立たせる。

 ―――あと三冊、本が借りれるんだって。あんた、他に読んでみたい本とかある?

『あー……だったらあれが読みてぇかな。昨日の本屋のBLコーナーにあったヤツ』

 そう来るとは思っていなかったあたしは、少々面食らった。

 え―――あ、ああいうのって市の図書館に置いてあるものなのかな!?

「……喜多川くん。何かノラオ、昨日の本屋のBLコーナーにあった本が読みたいみたいなんだけど。ああいうのって、図書館にも置いてあるものなのかな?」
「えっ」

 やっぱり予想外だったのか、軽く目を瞠った喜多川くんは少し考えてからこう答えた。

「……漫画はないと思うけど、小説の方ならもしかしたら置いてあったりするのかも」

 あたし達はティーン向けの小説が置いてある文庫本のコーナーに行って、それっぽい作品が置かれていないか確認してみた。すると、その近くの本棚にそれっぽい本が別途置かれているのが目に入った。

「あ、喜多川くん、これ! これじゃない?」
「あ、本当だ。それっぽいね」

 ノラオが本を選んでいる間、喜多川くんには図書館内の別の場所で時間を潰していてもらうことになった。

 ―――ノラオ、小説ならあったよ! ほら、どれがいい?

『……ん。ちょっと端っこから背表紙バーっと流し見してくんね?』

 ―――分かった。

『ちょ、早ぇ。もっとゆっくり』

 このくらい?

『―――ん。ちょ、戻って。あ、行き過ぎ』

 う、ううん。加減が難しいな―――あんたさ、幽霊なんだからあたしの身体からパッと出て、勝手にその辺見て回るとか出来ないの?

『出来たらこんなこと頼んでねぇよ……』

 それもそうかぁ。漫画とかと違って、実際の幽霊って案外不便なものなんだな。

『左から五冊目の表紙見せて。あと、その隣の隣の表紙。次は―――』

 自分で何かを選ぶ時って、気になるものが分かっているから何の苦もなくそれを行えるけど、出された指示に従ってその動作を繰り返すのって、結構大変!

 そんなことを続けていたら、あたしもノラオも何だか疲れてしまった。

『……なぁヒマリ。ものは相談なんだけどさ―――昨日みて―なことはもうしねーから……本を選ぶ間、ちょこっとオレに代わってくんねーかな?』

 ―――え……。

 それを聞いた瞬間、ドクン、と心臓が緊張の音を立てて、顔からすぅっと血の気が引いていくのが分かった。

 そんなあたしの変化はノラオにも伝わったらしい。

『―――あ、やっぱいいわ。わりぃけどもう一回、中段ざっと見てくんね?」

 そう気を回すノラオに、あたしはきゅっと唇を噛みしめた。

 ―――根は……悪いヤツじゃないんだよなぁ、多分。

 昨日はちゃんと謝ってくれたし……今だって、強引に身体を乗っ取らずに確認取ってきてくれてるし。何だかんだ、話せば分かってはくれるヤツなんだよね……。

『……ヒマリ?』

 でも、やっぱり。何の保障もなしに信じるのは、まだ怖いから―――ちょっと気は咎めるけど、保険を掛けさせてもらおう。

 あたしは短い逡巡の後、そう決意を固めてノラオに声をかけた。

 ノラオ―――身体、貸してあげてもいいけど……あたしが「戻して」って言ったらちゃんと身体を返すって、エージに誓って約束出来る?

 エージは、ノラオにとって唯一絶対の存在だ。エージに会いたい一心でこの世に留まり続けているノラオにとっては、エージはある意味信仰の対象的な、神聖な存在でもあるんじゃないかと考えて、彼の名を盾のように持ち出すことで、自分の保険にしようって考えたわけ。いわゆる踏み絵みたいな感じ?

 ノラオは多分、エージの名を汚すような真似はしないはず―――これで渋るようなら、身体は貸さない。

『え―――いいの?』

 ノラオはためらう素振りもなく、前のめりになる気配すら感じられて、そんな彼にあたしはもう一度釘を刺した。

 ―――エージの名に誓って、約束出来るならね。あんたは多分、エージに対しては誠実だと思うから。

 それを聞いたノラオが苦笑する気配が伝わってきた。

『……お前、お人好しだな。昨日あんなに泣いてたのに』

 うるっさいな! ホラ、どうすんの!? 誓約するの、しないの!?

『……誓うよ。エージに誓って、お前の制約に従うと誓う。……。ありがとうな』

 ―――うん。

『じゃあヒマリ、レントのトコ行って壁ドンしてもらって』

 神妙な口調から一転、何でもないことのようにとんでもないことを言い出したノラオに、あたしは自分の耳を疑った。

 はッ―――はあぁぁぁぁッ!?

 思わず肉声が漏れそうになって、慌てて両手で自分の口を押えながらノラオにブチ切れる。

 ―――何でそうなんの!? 意味不明なんだけど! てか、あんたそんな言葉どこで知ったの!?

『昨日の本屋の立ち読みで知った。レントにあれされたら、お前キュンとするだろ?』

 そりゃあキュンというかギュンというか、死ぬくらいドキドキすると思うけど!? あんなシチュエーション、現実はそうそうあるモンじゃないからね!?

 ―――って、いや、そうじゃなくて、何でそんな話になるのかってことを言いたいワケ、あたしは!

 するとノラオはあっけらかんとこう言った。

『何でか、お前がレントに対してときめくような気持ちになると、心の琴線みてーなのが現れるんだよ。それ引っ張ると、お前と入れ替われるんだ」

 えっ―――。

 寝耳に水のその話にあたしは愕然として―――またしても叫び出しそうになってしまい、慌てて自分の口を両手で押さえた。

 なっ……何それぇぇぇ―――ッッッ!!?
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