DESTINY!!

藤原 秋

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旅立ち編

選ばれし者

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 ルザーでの、血の凍りつくような光景を、今でもハッキリと覚えている。


 友達ですらなかったあたしの為に、その命を落としかけたアキレウス。

 目の前で血にまみれていく彼の姿を見つめながら、助けることも出来ず、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった、どうしようもなく無力な、自分。

 とても言葉では言い表せないあの感情は、今もひどく鮮明に、あたしの中に焼き付いている。


 大賢者シヴァの居場所を記した地図があると伝えられる、“いざないの洞窟”―――その最奥の場所。

 天井高くり貫かれた広い空間には封印された地図の眠るほこらがあり、その周囲の壁一面にはおごそかな壁画が描かれている。

 普段は荘厳な雰囲気に包まれているに違いないそこには今、濃厚な戦場の気配が漂っていた。

 無残にもひびが入り、打ち砕かれた壁画。ところどころ、大きな穴の開いた床。頑丈な岩盤をも溶かす、焼け付くような酸の臭いと、かすかに漂う血の匂い。土煙の舞う洞窟内は時折微かに震え、天井からパラパラと細かい土砂が降り注ぐ。


「逃げろ! オーロラッ!!」


 静まり返った洞窟内に響き渡る、アキレウスの声―――。

「貴様……ラ、一匹たリ、トも……ガしは……セぬ……!」

 深い傷に怒り狂う、エシェムと名乗ったおぞましい魔物モンスターが、蛇のような下半身を操り、ずるり、とあたしに近付いてくる。

 エシェムの攻撃に倒れたパトロクロスとガーネットは、まだ動けない。

 あたしをかばって重傷を負ったアキレウスは、立ち上がれるような状態にない。

 今この場にたたずんでいるのは、目の前の魔物と、あたしだけ―――。

 ―――ドクンッ。

 鼓動が、響く。

 ―――ドクンッ。

「逃げろッ!」

 耳に響く、アキレウスの声―――。

 ほの赤く光る、凶暴なエシェムの眼が、あたしの藍玉色アクアマリンの瞳を射る。

 ―――ドクンッ。

 それは、恐怖と理性との、せめぎ合い。

 アキレウスの言う通り、この場から逃げるべきか。

 例えムダな抵抗でも、最後まで抗ってみるべきなのか。

 ここで死んだら、あたしの一生は、いったい何だったのだろう。

 あたしはいったい、どこの誰だったのだろう。

 本当の自分を知ることも叶わず、こんな異界の地で果てる運命に、あたしは生まれてきたのだろうか。

 一瞬のうちに、様々な想いが浮かんでは、消えていく。

 ―――ドクンッ。

 血まみれのアキレウスの姿が、脳裏に浮かんだ。

「イヤ、だ……」

 自然と、唇がそう紡いでいた。

 ―――ドクンッ。

「オーロラ!」
「―――イヤッ!!」

 声を振り絞るようにして、あたしは叫んだ。

「イヤだ……逃げない!」

 熱い心臓の鼓動が、主たる自分に、湧き上がる思いの丈を訴える。

 ―――ドクンッ。

 ルザーでの、血の凍りつくようなあんな思い―――。

 胸が張り裂けるような、あの痛み―――。

「あんな思い、二度と味わいたくない……!」
「え……!?」

 何を、とアキレウスが目を見開く気配が伝わってくる。

 ぐぅっ、と奥歯をかみしめて、あたしはエシェムをにらみつけた。

「! おい、オーロラ!」

 ガクガクと震える足で、あたしはエシェムの前に立ちはだかった。

 怖い……けど……死ぬほど怖いけど。

「逃げないって……前に進むって……決めた……!」

 口に出してつぶやき、あたしは一歩、前に進み出た。

 あたししか……いない。

「小娘……!」

 エシェムが鋭い牙を剥き出しにする。

 今まともに戦えるのは……みんなを救えるのは、あたししかいない……!

「―――……来なさい……よ……」

 異形の魔物を見上げ、あたしは震える声を絞り出した。

「バケモノッ……!」

 炎……さえ……炎さえ、呼び起こせれば……!

「死ヌがいい……!」

 仄赤い瞳をぎらつかせ、エシェムの鋭い牙が襲いかかる!

「―――……ッ」

 ―――ドクンッ。

「オーロラァァ―――ッ!!」

 アキレウスが絶叫する!

 身体の奥底から、熱いモノが込み上げてきた。

 頭の中が、真っ白な閃光に包まれる―――!


「――――――!!」


 呪文を唱える、という概念は消え去っていた。

 声にならない声を上げながら、あたしは両手を振りかざしていた。

 熱い……熱い!

 灼熱の蛇が、全身を駆け抜ける。

 全ての熱が、掌に収束していく―――!



 熱いチカラが、放たれた。



 あたしの中で、何かが打ち破られた瞬間だった。



 ドゴオォォォッ!



 まるで爆発のような轟音を立てて、あたしの掌から紅蓮の炎が吹き出した!

 その凄まじい勢いに押されて身体が揺らぎ、ふわりと足元が浮きかける。長い黄金きん色の髪が爆風に煽られ、目の前を染める炎が、今まさにあたしをその牙に捕らえんとしていたエシェムを飲み込んだ!

「ギャアあアァ――――――ッ!!」

 業火に包まれた魔物が絶叫する!

「!!!」

 アキレウスが、パトロクロスが、ガーネットが、驚愕に目を見開く。

「そんな……まさか……!」

 ガーネットの口から、茫然とした声がもれた。

「“呪文”を唱えずに、“魔法”が『発動』するなんて、有り得ない……!」
「これが、オーロラの……“聖女”たる能力チカラの一端なのか……!」

 身体を起こしながら、パトロクロスが呟く。

 ―――壁が……破れた……。

 炎の風を身に纏いながら、あたしは荒い息をついた。

 ―――あぁ……そうか。

 熱い風に髪をなびかせながら、あたしは悟った。

 ―――やっと……分かった……。

「おォのぉ……れェェ!!」

 火だるまと化したエシェムの怒号が響き渡る。

「かクなルうえハ……貴様ゴとォッ……!」

 焼けただれる赤ちゃん達の顔が叫喚する。エシェムの口から吐き出される、大量の強酸。

 それらを炎の盾で遮断したあたしに向かって、煉獄れんごくの炎を纏った魔物が襲いかかる!

「オーロラ!!」

 息を飲む、みんなの気配―――エシェムの牙が、爪が、あたしを捕えることは、なかった。

「―――が、ァっ……」

 あたしの放った紅蓮の一撃が、エシェムの胴体を深々と穿うがったからだ。

「―――これで……終わり、よ……!」

 全精力を注いで呼び起こした炎は、火炎竜となって、瀕死の魔物を灼熱の牙で飲み込んだ。

「おゴぉぉォ……!」

 怨嗟えんさのこもった断末魔こえを残して、地響きと共に、エシェムがあたしの前に崩れ落ちる。

 肩で息をつきながら、あたしは灰燼かいじんと化していく魔物を見つめた。

 炎に包まれた魔物は、もはやピクリとも動かなかった。

 しばらく無言で、あたしは目の前のエシェムの亡骸を見つめていた。

 自分の全身が、まるで心臓になってしまったかのようだ。

 早鐘のように打ち続ける鼓動の音を聞きながら、あたしはただ、呼吸をしていた。

 何も、考えられなかった。

「オーロラ!」

 あたしの意識が動き出したのは、アキレウスの声を聞いた瞬間だった。

 振り返ると、壁にもたれかかったままの彼は親指を立てて、ニカッと笑った。

「……やったな!」

 無言で目を見開くあたしの元へ、パトロクロスとガーネットが駆け寄ってくる。

「オーロラ! すごい炎だったぞ!」
「ホント! ビックリしちゃった……ケガはない?」

 その様子を見て、ふうっ、と全身から力が抜けるのをあたしは感じた。

 終わっ……た?

 へたりと地面に座り込み、もう一度灰燼と化したエシェムの亡骸に視線を移して、あたしは深く深く、息を吐き出した。

 ―――あぁ……終わったんだ……。

 長い長い、死闘に幕が下ろされた瞬間だった―――。







「“慈愛の癒し手ティアー”!」

 ガーネットの癒しの光が、重傷を負ったアキレウスのその深い傷を癒していく。

 やがて無事に立ち上がった彼の姿を見て、あたしはホッと息をついた。

「今回はオーロラに助けられたな」

 アキレウスの言葉に、パトロクロスとガーネットが頷いた。

「あぁ、まったくだ。驚いたよ」
「ほーんと、カッコ良かったわよー。やるじゃない、オーロラ!」

 みんなの笑顔を見て、改めて全員が無事だったことを実感し、あたしも自然と笑顔がこぼれた。

「あたし……みんなの役に立てた……かな?」
「もちろん!」

 勢いよくみんなが頷いてくれて、すごく嬉しかった。

「色々と話したいところだが、どうやら時間がなさそうだ。まずは目的を果たしてからにしよう」

 パトロクロスにそう言われて、あたしは洞窟内の異変に気が付いた。

 戦闘中から微かに洞窟全体が震えているのは気が付いていたけれど、その揺れが、徐々にひどくなってきている気がする。

「……もしかして、崩れるの……?」
「その危険性が高い。急ごう」

 大変っ!

 あたしは一歩踏み出そうとして、思い切りふらついてしまった。

 あ、あれっ? 力、が……。

 よろめくあたしをアキレウスが支えてくれた。

「大丈夫か?」
「うん……ありがとう。何か、力が入らなくて……」
「きっと魔力を使い果たしちゃったのね。スゴい炎だったもん……回復するまで、少し時間がかかると思うわ。アキレウス、肩を貸してあげて」
「あぁ。……ほら、オーロラ」
「ありがとう」

 アキレウスにあたしが肩を貸してもらっている後ろで、パトロクロスがガーネットに声をかけた。

「……ほら」
「え?」
「お前も……一緒だろう」

 きょとんとするガーネットに、パトロクロスは少し赤くなって、ぶっきらぼうに肩を差し出した。

「魔力……カラッポなんじゃないのか」
「パトロクロス……」

 驚く彼女に、彼はちょっと微笑みかけた。

「前評判にたがわぬ実力だったよ……少し見直した」
「惚れ直した、ってコト?」

 きらーん、とガーネットの目が輝く。

「“惚れ直す”という言葉は、一度惚れたことがあるという前提の下に成り立つ言葉だ。この場合は当てはまらん」
「ちっ」

 ガーネットは軽く舌打ちすると、いたずらっぽくパトロクロスをにらんだ。

「まぁいいわ。そのうち絶対に惚れさせてやるから」

 言いながら彼の肩に腕を回して、そっと囁く。

「パトロクロスは、思ったとおりカッコ良かったわよ」
「ガーネット……。 ……! コッ、コラッ、抱きつくなッ! 肩を貸すだけと言っただろーがッ!」
「あーん、そんなの聞いてなーい!」

 あはは、また始まったよ。

「確かに肩を貸すだけとは言明していないよな」

 ぼそりとアキレウスが呟く。

 うん、確かに。

「さてと。おーい、パトロクロス、どうすればいいんだー?」

 あたし達は封印された祠の前でパトロクロスを振り返った。

「あぁ……少し待て」

 パトロクロスは祠の前に一歩進み出ると、右手を掲げ、静かに“魔法の合言葉マジック・ルーン”を唱え始めた。

「血の盟約に従い、封印されし扉を開け放て。我が名はパトロクロス・デア・ローズダウン。これより未来への使者をいざなわん……!」

 魔法の合言葉に反応して、祠の周囲を青白い光が駆け抜ける。

 ―――そして。

 ギィィ……。

 古めかしい音を立てて、ゆっくりと、封印された祠の扉が開いたのだった。

「開いた……」

 ほぅ、とパトロクロスが吐息をつく。

「どうやら、地図が所有者と認める者がこの中にいるのは間違いないようだ……やれやれ、アキレウスの予言が的中しなくてひと安心したよ」
「オレは可能性を言っただけだって」
「誰なのかしらねー? わくわくするわね」
「スゴくドキドキするんだけど……」

 ごくりと息を飲んで、あたしは開け放たれた扉の奥を見つめた。

 この奥に―――あたしの運命を握る人の居場所を記した、地図がある。

「よし―――行こう」

 パトロクロスを先頭に、あたし達は伝説の祠の扉をくぐった。

 何百年もの間、何人たりとも寄せ付けず、静かにこの時を待ち続け、頑なに閉ざされていた、扉―――一歩足を踏み入れると、そこには―――異空間が広がっていた。

 何て言い表したらいいんだろう。

 扉の向こうとこちらとでは、明らかに世界が違っていた。

 音も、匂いも、何もない―――外界から完全に遮断された場所。

 不思議なほどに研ぎ澄まされた空間。

 身震いするような神聖な空気が、ここには漂っている。

 その中央に、厳かな石造りの台座があった。その上には、古びた地図が安置されている。

 あれが……シヴァの居場所を記した地図?

 あたし達は、ぐるりと台座の周りを取り囲んだ。

「これが……シヴァの地図か」

 感無量の様子で、パトロクロスが地図を見つめる。

「見た感じ……ただの古びた地図みたいだな」

 そう呟くアキレウスに、ガーネットが頷いた。

「そうね……見ている分には、特に変わった感じはしないわね」
「この地図は、いったい誰を認めたんだろうね? その人が触ると、何か起こったりするのかな」

 あたしの言葉に、全員顔を見合わせた。

「そうだな、そうかもしれない……」

 しばしの沈黙。

「―――で、誰からいく?」

 アキレウスの問いかけに、パトロクロスが真面目くさった顔で答えた。

「ではアキレウス、お前から。次にオーロラ、ガーネット、私の順でいこう」
「オレが最初か?」
「あたしが二番!?」
「何であたしが三番目なのよぉ!」
「前にも言っただろう。アキレウスかオーロラの可能性が高いんだ。お前を三番目にしたのは儀礼上だ」
「何か腹立つわねー、その言い方」

 ガーネットはムクれてパトロクロスを見た。

「ムカついたから抱きついてやるー!」
「よせっ、やっ、やめろーっ!!」

 二人のことは放っておいて、あたしは隣のアキレウスを見上げた。

「……何か、緊張しちゃうね」
「だな。……でももしかしたら、オーロラの番まで回ってこねーかもよ?」

 冗談めかした彼の物言いに、何故か確信めいた予感のようなものが、この時あたしの中に閃いた。

 ―――あぁ、そうだ……きっと―――あたしの番は、回ってこない。

「あ、肩……貸してくれてありがと。も……大丈夫みたい」
「そうか?」
「うん……」
「よぉーし……じゃ、第一弾、いってみるか!」

 大げさに息を吐いて、アキレウスが意思を持つ地図へと手を伸ばす。

 予感は、確信へと変わる。


 あたしの番は、回ってこない。


 アキレウスの手が触れた瞬間―――地図に、息吹が吹き込まれた。

 淡い紫色のオーラが湧き立ち、地図の一点に濃い紫色の光が灯る。

「……!」

 その現象に、アキレウスが息を飲んだ。

「選ばれし者は……アキレウスか!」

 パトロクロスが叫んだ。

 あたし達はアキレウスの背後に回って、彼の手の中の地図を覗き込んだ。

 地図の北西に浮かぶ小さな島―――紫色の光はそこを示していた。

「ここは……?」

 小首を傾げるあたしに、パトロクロスが答える。

「シャルーフの南東にある絶海の孤島だ……ここにシヴァが……?」
「―――パトロクロス、文字が浮き出てきた……」

 呟いて、アキレウスはそれを読み上げた。

「“の地にて我を捧げよ。を呼び覚ませし言の葉は……”」

 しん、と静まり返った空間に、その言葉が響き渡る。

「“ショウ”」

 ショウ……?

 あたし達は顔を見合わせた。

「ショウ? 変わった魔法の合言葉だな……」
「どういう意味なのかしら?」
「何かの隠語なのかもしれんな……」

 あたしには、まるで見当もつかない。

 ぐわん、と空間が歪むような衝撃があたし達を襲ったのは、その直後のことだった。

 なっ、何!?

「しまった! まさか……!」

 パトロクロスが扉へと走る。

「くっ……! 開かない!!」
「崩れているのか!?」
「おそらく!!」

 そっ、そんなっ! どーしようッ!?

 アキレウスとパトロクロスが渾身の力をこめて体当たりするけれど、扉はビクとも動かない。

「一難去ってまた一難か……! 忙しい日だぜ!」

 そうこうしているうちに振動がひどくなってきて、あたし達はあせった。

 ただでさえふらつく状態なのに、もうまともに立っていられない。台座にしがみつきながら、あたしは周囲に首を巡らせた。

 何か……何かいい方法は……!

「パトロクロス、ここから直接地上に出られるような連絡路みちはないの!?」

 あたしと同じく台座にしがみついた状態のガーネットが言う。

「特にそういった伝承は耳にしていない。何せここに足を踏み入れたのは我が一族の中で私が初めてだ。もしかしたらあるのかもしれんが……!」
「―――ねぇ!」

 パトロクロスの声を遮るようにして、あたしは叫んだ。

「あれ! あれは!?」

 祠の奥の向かって左隅に、何か魔法陣のようなものを発見したの。

「! 魔法陣!?」

 ガーネットの目が輝く。

 あ、やっぱりそう!?

 あたし達は急いでその場に集まった。

「何の魔法陣か分かるか、ガーネット!?」
「う……ん。ちょっと待って……」

 ガーネットは目を細めてそれを調べ始めた。

「こんな複雑な法印、見たことないわ……神聖文字に近いみたいだけど……ちょっと違うし。古代文字……何かの暗号……? ううん……」

 ゴォンッ!

 大きな音と共に祠の天井にヒビが入り、そこからみるみる亀裂が広がり始めた。パラパラと天井の破片が落ち、一刻の猶予もならない状態であることを物語る。

「ヤバいな……」
「あぁ……時間の問題だな」

 アキレウス達の声を聞きながら、あたしもガーネットと一緒に魔法陣をにらんでいたんだけど、今度ばかりは何が書いてあるのかさっぱり分からなかった。

 こっちの世界に来てからというもの、何故か見たこともないはずの文字を読めるようになっていたのに、何でこれはダメなの!?

「―――よし! とりあえず乗っちゃおう!」

 ぽん、とガーネットが手を叩いた。

「えぇッ!?」
「詳しいことは分かんないけど、多分転移の魔法陣だと思うわ。ゆっくり調べている暇はないし、このままここにいても潰れちゃうだけだし、とりあえず乗っちゃいましょ!」
「……それもそうだな」
「選択の余地なし、だ。仕方あるまい」
「じ、じゃあ早く……!」

 その時、ついに天井の一部が崩れ落ち、岩石と共に大量の土砂が降り注いできて、あたし達は青ざめた。

 きゃあっ!!

「急げッ!」

 慌てて全員魔法陣の中に入った、けど―――。

 何で!? 何も起こらない!!

「えーっ!? 何で何でッ!? 魔法の合言葉か何かいるのかしら!?」

 ガーネットが頭を抱える。

「パトロクロス、何か心当たりない!?」
「いや……! さっきの地図に浮き出た合言葉はどうだ!?」

 どーしようッ!?

 パニックになりかけたその時、アキレウスが声を上げた。

「待て! 地図が……!」

 見ると、アキレウスが手にした地図が、先程よりも鮮やかなオーラを放っていた。

 それに呼応するようにして、魔法陣に紫色の光が灯る。

「これ、は……!」

 それは不思議な光景だった。

 紫色のオーラに包まれた魔法陣―――祠が崩壊し、瓦礫の降り注ぐその中で―――外界の音は遮断され、目の前の光景だけが、紫色を帯びた鮮明な画像となって流れていく。

 やがてそれが歪み始め、徐々に形を失くし、そして線となり、消え―――気が付くと、あたし達は地上に佇んでいた。

「あ……」

 目の前に広がる、穏やかな外の風景。

 緩やかな風が、優しく頬をなでていく。

 茜色に染まり始めた空が、洞窟に入ってからの時間の経過を物語っていた。

 足元には、見覚えのある魔法陣。

 助かっ……た……。

 あたし達は顔を見合わせ、笑顔で抱き合った。

「良かったー、助かったー!!」
「一時はどうなることかと思ったが……」
「あぁ。ヒヤッとしたぜ」
「とにかく全員無事で、万々歳ね!」

 ひとしきり地上への帰還を喜び合った後、みんな同じことが気になったらしく、きょろきょろと辺りを見渡した。

 ところでここは、どこなんだろう?

「あ! あれ……!」

 ガーネットが近くで上がる砂煙を指し示した。駆け寄ってみると、それは崩落したいざないの洞窟から上がっているものだった。

 あたし達がワープしたのは、誘いの洞窟の裏手にあたる小高い丘の上だったのだ。

 その光景を見下ろして、あたし達は息を飲んだ。

「あたし達、よくあそこから生きて帰ってこれたわね……」

 しみじみとガーネットが呟いた。

 瓦礫の山と化した、誘いの洞窟。その中に、ローズダウンの国旗や、建てられていた外壁の残骸なんかが覗いているのが見えた。

 勇敢なローズダウンの兵士達の遺体も、あの瓦礫の中に……。

 今こうして、全員でここに立っていることが、本当に奇跡なんだと思えた。

「―――あ!」

 突然あることを思い出して、あたしは思わず声を上げた。みんなが驚いて、あたしを振り返る。

「クリックル! 忘れてた……大丈夫かな!?」
「あ!!」

 みんなが一斉に声を上げた。

 そして次の瞬間、全員が走り出した。

 大丈夫かな~!? 無事でいてよー!

 緩やかな傾斜を駆け下りるあたし達に、西へ大きく傾き始めた太陽が、柔らかなオレンジの
光を投げかけていた。 
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