DESTINY!!

藤原 秋

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アストレア編

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 ゾンビとなったアストレアの騎士達が、あるいは腕を失いながら、あるいは炎に包まれながら、無表情のままに剣を振るい続ける。

 金属がぶつかり合い、肉が裂ける―――血煙で目の前がかすむその場所に、場違いなほど静かなルザンの声が響き渡った。

「助けは来ぬ―――覚悟するがいい」

 痺れる身体をどうにか剣で支えながら、パトロクロスは揺るぎない瞳で目の前の魔女をにらみ据えた。

「何故、私の心臓がる?」
「くく……知りたいか?」

 言いざま、ルザンは手にした短刀をパトロクロスの左大腿に突き立てた。

「!」
「麻痺した身体で立ち続けるのは苦痛だろう?」

 残酷な笑みを浮かべながら、魔女は突き刺した短刀をえぐるように突き動かす。

「あ……ぐッ……!」

 たまらず膝をついたパトロクロスの肩口をルザンが蹴りつけると、麻痺した彼の身体はそのまま仰向けに倒れこんだ。乾いた音を立てて、長剣が床を転がる。

「パッ……パトロクロスーッ!!」

 青ざめて、あたしは叫んだ。

「パトロクロス王子ッ!」

 その危機的な状況を見たラオス将軍は、あたしに自分の背後に退がるように命じた。

「ラオス将軍!?」
「オーロラ殿、申し訳ありませんが私はこの後動けなくなります。ですが、後方の脅威だけは消してみせましょう。どうかパトロクロス王子を……姫を、頼みます」
「将軍……!?」
「女性の貴女にこのようなことを申すのは忍びないのですが……お許し下さい」

 彼はそう告げると、襲い来る死者達を一度、剣圧で抑制した。そして距離を取ったところで改めて剣を構え、裂帛れっぱくの気合もろとも豪剣を一閃させる!

獅子奮迅撃ししふんじんげき!!」

 凄まじい破壊力だった。床に巨大な亀裂が走り、神殿が大きく揺れる。死者達はその威力の前に粉砕され、無残な肉片を辺りに飛び散らせた。

 白を基調とした床が、壁が、血の雨に染まる。同時にラオス将軍の傷口から大量の血が吹き出して、彼はその場に崩れ落ちた。

「将軍……ラオス将軍ッ!」

 叫びながら、あたしは彼に駆け寄った。

 ひどい傷……万全な状態でなければ使えるような技じゃなかったんだ。

「しっかりして……!」
「私は……大丈夫、です。王子を……ひ、めを……」

 うっすらと瞳を開けてつぶやく彼に頷いて、あたしはその手を握りしめた。

「絶対に死なないで下さい……!」

 ラオス将軍のおかげで、あたし達とルザン以外に、この場に動く者はいなくなった。

 後は、あたしが。

 あたしが何とかするしかない!

むくろと引き換えに目障りなやからの命……悪くない条件だ」

 紅い唇の端を吊り上げると、ルザンはパトロクロスの大腿に刺さったままの短刀を勢いよく引き抜いた。

「ッ……!」

 傷口から真っ赤な血が溢れ出し、瞬く間にパトロクロスの下肢をあけに染めていく。

「パトロクロスッ!」

 叫びながら、あたしは駆け出した。

 肉体はマーナ姫のもの……ルザンを傷付けるわけには、いかない。

 いったい、どうしたら!?

「“紅蓮牙龍焦滅クリムゾニア”!!」

 ルザンの手から、再び灼熱の竜が解き放たれる!

 ―――防ぐんだ!

 あたしは両腕をクロスさせるようにして踏みとどまった。

 さっきは弾き飛ばされたけど、炎そのものによるダメージは受けなかった―――意識すれば、きっと防げる!

 ―――しっかり、目を開けて! 逃げるなッ……!

「オー、ロラッ……!」

 首だけ動かしてあたしを案じるパトロクロス―――大きく裂けた火竜の口が目の前に迫り、あたしを飲み込む!

 視界が紅蓮の炎に包まれた。

 グワァッ!

 激しい衝撃音と共に灼熱の爆風が封印の間を吹き荒れる!

「―――な、に……?」

 その光景を見つめるルザンの声に驚きの色が走った。

 あたしは吹き飛ばされることなく、その場にたたずんでいた。

 灼熱の炎を纏った竜はあたしの結界に当たって、霧散したのだった。

 ―――防げた……!

 荒い息をつくあたしに向かって、ルザンは肉食獣のような眼光を向けた。

仮初かりそめの肉体とはいえ、この私の炎を防ぐとは―――やはりお前が、シヴァの地図に選ばれし者か?」

 魔女の唇からこぼれた言葉に、パトロクロスが目を見開く。

「何、だと……!?」
「答えろ、小娘―――お前が地図の所有者か」

 血まみれの短刀を手に持ち、ゆらりとこちらへ歩み寄るルザンに、あたしは呼吸を整えながらこう返した。

「さぁ、どうだろうね……? あんたにそれを答える義務は、ないと思うけど」

 とりあえず、パトロクロスからルザンを引き離さないと……!

「あんたの口からそのキーワードが出てくるっていうことは、あんたを甦らせた何者かが、この一連の件に繋がっているということ―――あんたの目的は、フールウールの復活……そいつの目的は、シヴァの地図の消滅。思惑が一致したって言えば聞こえはいいけど、結局は利用されているだけじゃない」
「地図はどこだ」
「かつて“紅の魔女”と呼ばれた者が、そんなふうに利用されて、プライドとかないわけ!?」

 あたしの言葉に、ルザンは短刀をもって答えた。

 ビュッ、と空気を切り裂く音と共に、冷たい刃が耳元をかすめていく!

「きゃ……!」

 あ、危ないッ!

 ぎりぎりその攻撃をかわしたあたしに、ルザンが二度、三度と短刀で斬りつける。あたしも慌てて腰の短剣を抜いたけど、防ぐのが手一杯で、反撃に回れない。

 第一、マーナ姫を傷付けるわけにはいかないし……ああ、どうしたらいいんだろう!?

 ルザンをマーナ姫から切り離すにはどうしたら……!?

 そんなところに隙が生まれてしまったらしい。

 スパッ、と二の腕の辺りが切れて、血がにじんだ。

 思わずひるんだところを、間髪いれずルザンが短刀でぎ払う!

「あぅっ……!」

 腹部を浅く薙がれて転がったあたしを冷たい瞳で見下ろし、魔女はすぅ、と掌を向けた。

「青いな、小娘……私のプライドは火刑に処せられたあの時、粉々に砕け散ったままだ。あの屈辱を拭う為なら、あの男の築いた国を滅ぼす為ならば、どんな手でも掴む。お前には分かるまい……!」

 ふわ、と長いとび色の髪が揺れた。

 ―――これ……ラオス将軍が最初に受けた……!

 思った時には、凄まじい衝撃があたしの全身を貫いていた。

「きゃあぁぁぁぁッ!!」

 ゴオンッ、と音を立てて、その負荷を受けた周囲の床がひび割れ、陥没する。

 骨が、内臓が、あたしの全てが、激痛を訴え悲鳴を上げる!

「あ……あ、ぅっ……」

 どこが痛いのかすら良く分からないほどの、痛み。

 ビクン、ビクンと、全身が痙攣しているのが分かった。

「くく……魔法ではなく、圧縮して放出した魔力の味はどうだ?」

 黒くかすむ視界の向こうから、ぼんやりとルザンの声が聞こえた。

「オーロラッ……!」

 絞り出すような、パトロクロスの声―――……。

 ……。

 全身の痛みが、うっすらと遠のいていく―――……。



『オーロラ、パトロクロスのこと頼んだわよー!』

 ガーネットの声が、頭の中のどこか遠いところで思い起こされた。

『王子を……ひ、めを……』

 血まみれのラオス将軍の姿が、暗闇の中に浮かぶ。

『終わり次第そっちへ向かう。それまで頼んだぞ』

 アキレウスの笑顔が、深淵しんえんに落ちていくあたしの意識に歯止めをかけた。



 ―――あぁ……ダメ、だ……。

 覚醒する意識と共に、ひどい痛みが甦ってきた。

「くっ……」

 うめきながら、あたしは上体を起こそうと腕を伸ばした。

 血を吐いたのか、口の中に鉄の味が広がっている。

 ―――今ここで……倒れるわけにはいかない……!

「く……ぅ……」

 どうにか顔を上げると、すぐ近くでパトロクロスの上にルザンが馬乗りになり、短刀を振りかざしているところだった。彼の身体の傷は増え、白い床の上に痛々しい赤い泉を作っている。

「麻痺の効果が切れ始めたか……思った以上に手間取ったからな。しかし、完全に回復するまでにはまだまだ時間がかかるぞ……そんな身体でこの小娘を一時的に救ったところで、お前達の運命が変わるわけではない。無駄な抵抗というものだ」

 荒い息を吐くルザンに、パトロクロスが皮肉げに唇を歪める。

「短気な魔女だ……地図の在りかを聞いておきながら、その答えを知る前に、その情報を知る者を消そうとするとは……」

 状況から察するに、ルザンがあたしにとどめを刺そうとしたところを、どうやったのか、パトロクロスが危機一髪で助けてくれたらしい。

「お前達が口を割らぬなら、別の者から聞き出せばいい。そやつも口を割らなければ、殺して後で地図を探し出せばいい。得体の知れぬモノをこれ以上生かしておくつもりはない」

 冷たい光を双眸そうぼうに宿し、魔女が唇の端を持ち上げる。

「案ずるな。お前の首筋を切り裂いたら、すぐに小娘もあの世に送ってやる。その後でゆっくりと、お前の心の臓を抉り出すとしよう」
「……恨むならマーナ姫を恨め、と言ったな。あれはどういう意味だ……」

 切れ切れの息の下から、パトロクロスがルザンに問いかける。

「くく……冥土の土産がほしいか……?」

 そう忍び笑いをもらすと、ルザンはゆっくりとパトロクロスに顔を近づけた。唇と唇が触れ合いそうなほどの至近距離で、返り血で紅く染まった魔女が囁く。

「フールウールの封印を解く為には、三つの鍵が必要だった……ひとつは、マーナ。王家の血筋を汲みし者―――ひとつは、代々アストレア王家に語り継がれし、魔法の合言葉マジック・ルーン。そして、最後のひとつ―――封印を解きし人物ものの、愛する人物ものの心の臓。この三つがあって、始めてフールウールは甦る……!」

 パトロクロスは息を飲み、淡いブルーの瞳を見開いた。

 やっぱり、マーナ姫はパトロクロスのことを……!

 その想いの皮肉さに、あたしは胸が痛くなるのを覚えた。

「くく……どうやらデューク達はよほどフールウールが怖かったとみえる―――このような『鍵』を施して、事実上永久にこの封印が解かれることがないように仕向けたのだからな。実際、このような事態が起こらぬ限り封印が解かれることはなかったに違いない! くくく……!」

 笑いながら、ルザンが短刀を振りかぶる!

「パッ……!」

 叫びかけたあたしの視界に、何かが煌いたのは刹那のことだった。

 それは、指輪。

 ルザンの右人差し指にある、黒い大きな宝玉の嵌め込まれた指輪だった。

 ―――あ!

 その瞬間、アストレア城で見たルザンの絵画が、鮮明に脳裏に甦った。

 ―――絵画の中でルザンが身に着けていたのと同じ指輪だ!!

「パトロクロスーッ!!」

 あたしの叫びに応えるように、信じられない事態が起きた。

 麻痺の残るパトロクロスの腕が伸びると、振り下ろされかけていたルザンの手首をがっちりと掴んだのだ!

「なッ……!? まだ、これほど身体を動かせるはずが……!」

 まさかの事態に、愕然とするルザン。

「マ……マーナ姫……」

 震える声で、パトロクロスは彼女に訴えた。

「貴女は、誇り高きアストレアの王女だろう! 私も頑張る……貴女も、魔女に負けてはいけない!」
「ふん、何を……眠れるマーナに訴えるか。残念ながら今、この肉体を支配しているのはこの私。マーナの意識など既にない!」

 ルザンは強引にパトロクロスの腕を振り払うと、再び短刀を振りかざした。

「二度目はないぞ!」
「マーナ姫ッ……負けてはいけない!!」

 パトロクロスの叫びに、ルザンの叫びが重なった。

「死ぬがいい!」

 思わずあたしは、目をつぶった。

 ―――神様ッ!!



 怖ろしいほどの静寂が、辺りを包み込んだ。



「……」

 恐る恐る目を開けると、ルザンの短刀は、パトロクロスの首筋ギリギリのところで止まっていた。

 え……?

 ブルブルと、短刀を持つルザンの手が震えている。その唇から、絞り出すようなか細い声がもれた。

「逃……げ、て……パト、ロ……クロス……様……」
「マーナ姫……」

 パトロクロスが目を見開く。

 険のとれた、美しいはかなげな表情。頬を伝う、ひと筋の涙。

「逃げ、て……パトロクロス様―――……!」

 それは、紛れもなくマーナ姫その人だった。

「早……く……」

 震えが、腕から肩……首筋へと、彼女の全身に広がっていく。

「はぁッ……」

 長い鳶色の髪を振り乱し、上体を反り返らせた彼女の表情が、めまぐるしく変化した。

「お……のれ、マーナ……まだ、消えていなかったのかッ……」

 ルザンが表に現れたかと思うと、次の瞬間にはマーナ姫に入れ替わっている。

「あ……あぁッ……逃げ、て……」
「くッ……おのれ……!」

 彼女は頭を押さえながら立ち上がると、苦悶の表情を浮かべたまま、ふらふらと辺りをさまよい歩いた。

「パトロクロスッ……!」

 あたしは身体を引きずるようにして起き上がると、這うようにして彼の側まで近付いた。

「パトロクロス……大丈夫!?」
「大丈夫とは、お世辞にも言えない状態だな……」

 冗談めかして彼は言ったけど、その顔色は蒼白で、床を彩る深紅の泉が、彼が危険な状態であることを物語っていた。

「オーロラこそ、大丈夫か……?」
「パトロクロスに比べたら、平気だよ……」

 身体中が脈打つように痛んだけど、あたしは無理矢理笑顔を作ってみせた。

「麻痺の状態はどう?」
「動かすことが出来なくはないが……全身に血が通っていないような状態だ。まだしばらくは、思うように動かせそうにない」
「そう……起き上がれる?」

 あたしはパトロクロスの腕を自分の肩に回し、その上体を助け起こした。

「先程ルザンの腕を掴んだのは、火事場のナントカだったらしい……情けないな、私ともあろう者が……」

 彼は自嘲気味にそう呟くと、内部で熾烈しれつな争いを続けているマーナ姫を見やった。

「とにかく、まだ彼女が無事だということが分かって良かった―――この状況から、何とか現状を打破しなければ……!」
「―――パトロクロス、指輪よ!」

 あたしは勢いこんで言った。

「指輪?」
「そう、彼女が右人差し指に嵌めている指輪! あれ、アストレア城で見た絵画の中のルザンが身に着けていたものと同じなの! あれを外せば、もしかしたら……!」



「オーロラも気付いたのね!」



 聞き覚えのある声が響き渡ったのは、その時だった。

「えっ……」

 それは、待ち望み、けれど届くわけがないとあきらめていた声だった。

 どこ……!?

「ここよ、ここ!」

 声のする方を振り仰ぐと、祭壇で手を振るガーネットと、その奥の隠し扉から出てくるアキレウスの姿が目に入った。

「ガーネット、アキレウス! お前ら……!」

 パトロクロスの顔からも笑みがこぼれる。

 二人はかろやかに階段を駆け下りると、あたし達の元へとやってきた。

「―――やだっ、パトロクロス! ひどい傷……何があったの!? 大丈夫!?」
「まぁ、色々と……な。何とか、生きていたよ」
「やっぱりあたし達、離れてはいけなかったのねっ! ごめんなさい、あたしもう二度とあなたの側を離れないわっ!!」

 涙目でそう言うと、ガーネットはぎゅうっとパトロクロスを抱きしめた。彼女の胸に顔を押し付けられるような格好になって、パトロクロスの口から息も絶え絶えの悲鳴がもれる。

「お、お前は私を殺す気かッ……」

 パトロクロスには気の毒だけど、何だか心がなごむ光景だわ……。

「オーロラのダメージも大きそうだな。大丈夫か?」

 アキレウスが膝をついてあたしの顔を覗き込んだ。

「うん、何とか……」

 あ……あれ?

 彼の顔を間近で見た瞬間、何だかホッとしてじわっと涙がにじんできてしまった。

「大、大丈夫……」

 涙をこらえてそう答えるあたしの頭を、アキレウスがくしゃっとなでる。

「よく頑張ったな」

 うわ……その笑顔、反則だって。

 こらえていた涙が、ぼろぼろ溢れ出てしまった。

「泣くなよ……」

 頬を流れ落ちる涙を、アキレウスがそっと指で拭ってくれる。

 だ、だってぇ~。

 声だけはもらすまいと唇を結ぶあたしの耳に、ガーネットの唱える呪文が流れ込んできた。

は光もたらし者、其は闇をもたらし者―――生命を育みし精霊達にうたう―――恩威おんいよ、我が手に宿り癒しのチカラを解き放て! “恩威の癒し手レイティアー”!」

 波動の杖の先端が、強い白色の光を帯び、そこから放たれた癒しのチカラが、あたしとパトロクロス、ラオス将軍の身体を包み込む。すると、身体中の痛みが嘘のように引いていき、目に見える傷口も綺麗に治っていった。

 あぁ……ガーネットは凄いな。

「新しい呪文だね」

 そう言うと、彼女は軽く笑ってウィンクしてみせた。

「ふふ、こう見えて日々精進しているのよ。……“六根清浄キュアー”!」

 ガーネットの呪文によって麻痺からようやく解放されたパトロクロスが立ち上がる。

「助かった……礼を言う、ガーネット」
「間に合って良かったわ……どうやら恐れていた事態になってしまっていたみたいね」

 彼女はそう言って、惨劇の場と化した封印の間を見やった。

 砂となった遺体、持ち主を失った甲冑……肉片や内臓、脳漿のうしょうの散乱する、血の跡も生々しい白い壁と床―――開け放たれた扉の向こうには、魔物モンスターの死体―――そして、今一人苦悶する、マーナ姫の姿。

「―――リトアのほこらで何があった?」

 パトロクロスの問いかけに、ガーネットはこう答えた。

「リトアの祠には、死人しびとと化したアストレアの兵士達がいたわ。そして、祠の封印は既に解かれていた―――安置されていた空のひつぎの周りには、行方不明になった人達と思われる大量の砂と衣服が散乱していて、柩に納められていたらしい宝飾品の一部が落ちていたわ。その時に、思い出したの」

 そこで言葉を区切って、ガーネットはあたしを見た。

「さっきオーロラも言っていたけど、姫様のしていた指輪。あれが、アストレア城で見た絵画の中のルザンが身に着けていたものと同じだって。それに気が付いた時、怖ろしい仮説が頭の中に浮かんだの。何者かがルザンを復活させて姫様に取り憑かせ、フールウールの封印を解こうとしているんじゃないかって」
「そ……それは誠ですか……!?」

 意識を取り戻したラオス将軍が歩み寄ってきた。完全回復とはいかないまでも、普通に動ける程度には回復したらしい。

「いったい何者が……!?」
「恐らくは、死霊使いネクロマンサーが絡んでいるのではないかと思われます」

 ガーネットの回答に、パトロクロスとラオス将軍の声が綺麗にハモった。

死霊使いネクロマンサー!?」

 ネクロマンサー???

 聞き慣れないその言葉に、あたしは目をしばたたかせた。

死霊使いネクロマンサーというと、死者を自在に操るという、あれか。確かに古い文献には登場するが、ここ数百年ほどはその存在が確認されていない、もはや伝説に近い存在だぞ」
「あくまで仮説の段階よ。でも、そうでもなければ今回のことは説明がつかないわ。古い文献には載っているんでしょ?」
「そ、それが事実ならば大変だ。王にお知らせせねば……!」

 青ざめるラオス将軍に、アキレウスがこう伝えた。

「フォード王にはオレ達が伝えてきたから大丈夫だ」

 えっ!?

 驚くあたし達に、彼はこう説明してくれた。

「リトアの祠に隠し部屋があって、そこに転移の魔法陣があったんだ。それがアストレア城のフォード王の秘密の部屋に繋がっていて……事情を説明したオレ達に、フォード王は全てを話してくれた。あの指輪のことも……。フールウールの封印を解く鍵は、全部で四つだ」
「四つ?」

 パトロクロスが眉をひそめる。

 そうだよね、ルザンは三つだって言っていたのに……。

「王家の者と魔法の合言葉マジック・ルーン、そして封印を解く者の愛する者の心臓ではないのか」
「ひとつ抜けている。もうひとつは、あの指輪さ。アストレアⅠ世はルザンの遺した指輪をえて封印の鍵のひとつとすることで自らを戒め、また邪気に満ちたそれを日々身に着け浄化させていくことを代々の子孫に課したんだ。もっとも邪気は既に浄化されたとされ、王妃が亡くなった時に形見としてマーナ姫に受け継がれたらしいが……。王家の者は、満18歳の成人に達すると初めてその由来を明かされる。マーナ姫は本来、来月の誕生日にそれを伝えられる予定だったらしいが、今回の事情があって、急遽、一昨日それを伝えられたんだそうだ」

 そっか、だからルザンと同じ指輪をしていたんだ。お母さんが亡くなった時に、その由来は知らず、単に形見と思って……。

 けれど、ルザンの邪気は完全には消えていなかったんだ。

 そして、死霊使いネクロマンサーによって復活したルザンの霊魂が、恐らくはその指輪を触媒として、マーナ姫に取り憑いた―――。

「王城では援軍の準備が始まっている。第一陣は既に出立したはずだ。オレ達だけがひと足先に、転移の魔法陣を使ってここへ来たんだ」
「そうだったのか……」

 アキレウスの話を聞き終わったパトロクロスは、こちらの経緯を手短に説明した。それを聞いたアキレウスとガーネットの表情が、自然と厳しいものになる。

死霊使いネクロマンサーはこのどこかに潜んでいるかもしれないのか……」
「私達はその姿を確認出来ていないが、その可能性は高い。始めはルザンの仕業かと思ったが、お前達の話を聞く限り、大神官を殺害し兵士達の遺体を操ったのはその死霊使いネクロマンサーに間違いないだろう」
「ヤツの狙いはシヴァの地図と、その地図に選ばれし者の命、ってコトね」

 確認するような口調で、ガーネットが呟く。

 その時、空気を裂くような悲鳴がマーナ姫の口から上がった。

「姫!」

 叫んで、ラオス将軍が駆け出す。あたし達も急いで彼の後に続いた。

「とりあえずルザンをマーナ姫から引き離しましょう!」

 ガーネットの言葉に、全員が頷く。

「姫……!」

 ぐったりと床に横たわった状態のマーナ姫を抱き起こし、ラオス将軍がその名を呼ぶ。

「姫……マーナ様! しっかりして下さい! マーナ様ッ!!」
「指輪を……!」

 ガーネットがそれに指を伸ばすと、バチィッ、と暗黒の火花が散って、その手を拒んだ。

「くっ……! 呪いか……!」

 その瞬間、閉じられていたマーナ姫の目がぎょろっ、と見開かれ、あたしは心臓が飛び出しそうになった。

 きゃあっ!

「くく……我が怨念のこもりし指輪は、数百年の時を経ても完全には浄化されなかった……」

 ルザン……!

「そう簡単には外れぬぞ……!」

 バフォッ、と彼女の周りから暗黒の気流のようなものが巻き起こった。

「くぅっ……!」

 腕でそれをガードしながら、瞳を細めてルザンを見やると、あたし達が怯んだ隙に気流に乗って宙に浮かび上がった彼女は、凍てつくような表情でその牙を剥いた。

「虫けら共が、ここまで私の手をわずらわせおって……!」

 その両の掌に、巨大な赤黒い力が生まれようとしている。

 何の魔法……!? “紅蓮牙龍焦滅クリムゾニア”とは、違う!

ねい! いにしえの逆巻く怨念より生まれし―――」
「“天輪浄化リンフォール”!!」

 ルザンの詠唱に、ひと足早く詠唱に入っていたガーネットの呪文が重なった。ガーネットを中心に円状に吹き出した黄金きん色の波動が、ルザンを襲う!

「くっ……!」

 予想だにしていなかったその攻撃に、空中でルザンはよろめき、その詠唱は中断されたけど、ダメージらしきものは受けた様子が見られなかった。

「はっ、浄化の呪文か……! こんなものでこの私を倒せるとでも……!」

 その瞳が、大きく見開かれた。

 ルザンを追って宙空に跳んだアキレウスの姿が目の前に現れたからだ。

 ガーネットの呪文は、目くらましだったのだ。

「……!」
「悪い、マーナ姫」

 腹部に強烈な一撃を浴び、たまらずルザンが崩れ落ちる。その彼女の身体を抱えようとしたアキレウスの腰の辺りに、偶然ルザンの手がかかった。その時だった。

 バチィィンッ!

 腰の道具袋から紫色の光が放たれ、魔女の手を拒絶したのだ。

 忌むべき者から身を守る為の、シヴァの地図の自衛ともいえる結界だった。

「……!」
「―――貴様、か……!」

 ルザンの表情がハッキリと変わった。

 ―――アキレウスが『選ばれし者』だということがバレた!

 あたし達は息を飲みながら、ルザンを抱きかばうようにして着地したアキレウスの元へと駆け寄った。

「貴様が……シヴァの地図の所有者か……」

 苦しげに整った顔を歪めながら、アキレウスをにらみ上げるルザン。アキレウスは無言で、彼女の腕を後ろ手に拘束した。

 パトロクロスがルザンの前に立ち、静かな声で呼びかける。

「マーナ姫」

 その声に、彼女の頬がピクンと揺れた。

「マーナ姫、私の声が聞こえますか」
「う……」

 眉根を寄せ、ルザンが短く呻いた。その額には、うっすらと汗がにじんでいる。今また、精神の奥底で、マーナ姫とルザンの戦いが始まったに違いなかった。

「ここにいる者の中で、ルザンの呪いを解くことが出来るのは貴女だけです。微力ながら、私達も力添えします。代々のアストレア王家の方々が浄化してきたこの指輪……今日ここで完全に浄化させ、永きに渡るルザンの呪いを永久に断ちましょう」
「―――う……あ、あぁ……!」

 暴れかける彼女の身体を、アキレウスとラオス将軍が押さえつける。

「姫……マーナ様! 貴女は我がアストレアの王女、国の命運を、未来を担っている方なのです! 魔女などにその肉体、明け渡してはなりませぬ! 私も及ばずながら支えさせていただきますゆえ!!」

 血を吐くような、ラオス将軍の叫び。

 あたしも心から、彼女が魔女に打ち勝つことを願った。

「マーナ姫……マーナ姫、頑張って!」

 祈ることしか出来ないけど、声に出して一生懸命、呼びかけた。

「マーナ姫」

 パトロクロスがマーナ姫の手を取った。そっ、と指輪に触れる。バチィッ、と暗黒の火花が散ったけど、パトロクロスはその手を離さなかった。呪いによって焼けただれていく彼の手に、ガーネットが回復呪文を唱えている。

「マーナ姫……行きますよ。頑張りましょう」

 ゆっくりと、パトロクロスが指輪を抜きにかかった。

「あっ、あぁっ……やめ、ろ……!」

 ルザンが目を見開く。ビクビクッ、とその身体が激しくのたうった。

「くっ……」

 パトロクロスのこめかみをつぅっ、と汗が伝っていく。

 指輪は暗黒の火花を激しくスパークさせながら、ゆっくりと動き始めた。

「あ……あぁっ、お……のれ、マーナ、邪魔をするかぁッ……!」

 震える息を吐き出しながら、ルザンが叫ぶ!

「―――血の盟約により命ず! 我が名はマーナ・レイ・アストレア―――……煉獄れんごくに繋がれし炎の魔人を解き放て! 灰燼かいじんと化せ、開け六道の門!!」
「何の呪文だッ!? まさか―――!?」

 アキレウスの叫びに、冷や汗を浮かべたガーネットが叫び返す。

「落ち着いてっ! 『鍵』がそろっていないのよ、何も起こらないはず!!」

 ルザンの詠唱が終わるのと、指輪が外れるのとがほぼ同時だった。

『おぉおぉぉ……!』

 怨嗟の声を上げながら、ルザンの霊魂がマーナ姫の肉体から幽離していく。

 力を失った彼女の身体を、ラオス将軍がしっかりと支えた。

「姫……!」
「将軍、彼女をお願いします」

 パトロクロスの言葉を受けて、ラオス将軍は深く頷いた。

「お任せ下さい!」

 良かった、マーナ姫からルザンを引き離せて。

 そのことにホッとしながら、あたし達は空中に浮かぶルザンを油断なく見据えた。

『おぉぉ……おのれマーナ、おのれ虫けら共! 許さぬぞ!!』

 長い黒髪をざわめかせ、空洞の目の奥から妖しい光を発しながら、ルザンは恨みの言葉を吐いた。その周囲には黒い鬼火のようなものが漂っていて、まるで生者の生気を求めるかのようにゆらゆらと揺らめいている。

 正真正銘の幽霊というものを、あたしは初めて見た。魔物モンスターとはまた違った、何とも言えない別次元の怖さがある。

 この姿、怖すぎるんですけどッ……夢に出てきそう!

「さっきの呪文は苦し紛れってコトか……?」

 呟くアキレウスに、ガーネットが小さく頷く。

「ええ、あれはおそらく『鍵』のひとつである“魔法の合言葉マジック・ルーン”……そうでないとシャレにならないわ」

 確かに、何か起こっちゃったら目も当てられないよ!

 霊体には確か、聖属性の武器と魔法が有効だってローズダウンの神官に習った記憶がある。けれどあたしは炎しか使えないし、その炎だって、向こうの方が二枚も三枚も上手で……あたしはどうしたら、みんなの役に立てるんだろう!?

 その時、パトロクロスがあたし達の前に進み出て、ルザンの眼前に立ちはだかった。

「彼女には借りがあってね―――ここは私に任せてもらえないか」

 彼はそう言うと、スラリと愛剣を抜き放った。

「だてに聖剣の名を冠しているわけじゃない―――イクシオノス。行くぞ」

 け、剣に名前があったの? 造りが凝っているから、由緒ある剣なんだろうなとは思っていたけれど。

「分かった。オレ達はサポートに回る」
「任せたわよ!」

 そう言い残して、アキレウスとガーネットはそれぞれ持ち場となる場所に散っていった。

「あ……」

 こんな時、戦いの経験が浅いあたしはどうしたらいいのか分からなくて、あせってしまう。

 もたもたしていると、ルザンを見据えたまま、パトロクロスがこう言ってくれた。

「オーロラはもう少し下がって、機会チャンスがあったら魔法で援護してほしい。エシェムと戦った時の炎は、ルザンに負けていなかったぞ」
「う……うん!」

 あたしは彼の言葉に従って、そこから少し離れた位置まで下がると、精神を集中する為の準備に入ろうとした。その時ふと、祭壇で燃える聖火が目に入った。

 聖火……聖なる、炎……。

 何かのヒントが、見えたような気がした。

『貴様らを皆殺しにして、我が子フールウールを復活させ、このアストレアを焦土と化してくれる……! ようやく……ようやくこの機会を手に入れたのだ、貴様らごときに邪魔はさせぬ!!』

 大気を震わせ、ルザンがえる!

 ―――な、ん……子供……!?

 確認するまでもなく、その場にいるみんなの衝撃が伝わってくるようだった。

 フールウールは、ルザンの子供だっていうの!?

いにしえの逆巻く怨念より生まれし暗黒のほのおよ―――』

 地の底を這うような声で、ルザンが呪文を唱え始めた。

 これ、さっき唱えかけていた……! 何の呪文!?

「これは……まさか、禁呪……!?」

 息を飲み、ガーネットが慌てて呪文を唱え始める。

 禁呪って……確か、そのあまりの威力と制御の難しさから、一般には伝えられることのない、ごく一部の者だけが知っているとされる、禁断の呪文。これを使う者は、魔導士達の間では外道扱いされるって聞いた。

 パトロクロスはじっとルザンを見つめたまま、まだ動かない。あたしの集中力も、まだ極限まで達していない!

「させるかぁッ!」

 アキレウスがルザンに斬りかかった。

の源は闇、其の威力は甚大、我を触媒とし、数多あまたの生命を闇へ還せ!』

 アキレウスの剣が、ルザンの霊体をすり抜けていく。

「ちッ……!」

『そのような攻撃、私には効かぬッ!』

 ルザンが哄笑する! その両の掌には、赤黒い巨大な焔が灯り、勢いを増しながら天をめ尽くす勢いで立ち昇る!

 その瞬間、パトロクロスが動いた。一気に間合いを詰めた彼に、呪文の最終段階に入っていたルザンが空洞の目を見開く!

『“流転暗黒レイジン”ッ……!』
「魔導士が一番無防備になる瞬間―――それは、呪文を唱え終わる直前」

 既に呪文を解き放つモーションに入っているルザンは、それを中断することが出来ない。

 聖剣の名を冠するパトロクロスの長剣が、引きつる魔女の表情をその研ぎ澄まされた刃に映し出す!

『“……焔舞ヴォー”!』
破邪顕正斬はじゃけんしょうざん!!」

 十文字に斬りつけられ、ルザンの口から絶叫がほとばしる!

『おぉおぉぉぉーッッ!!』

「“護法纏ガー・ロン”!」

 ガーネットの呪文が完成した瞬間、凄まじい暗黒の焔がルザンの手から解き放たれた!

 ボフォッ!

 封印の間を埋め尽くす勢いで迫る焔―――その瞬間、あたしの集中力も頂点に達した。

 頭の中にあったのは、祭壇に燃え盛る聖火と、アストレアの紋章―――。

 ―――聖なる炎、よ……。


不死鳥フェニックス!!」


 叫んだ瞬間、白銀の輝きを放つ炎が巨大な鳥の形を纏って解き放たれた!

 迫り来る暗黒の焔と、白銀の輝きを放つ火の鳥―――凄まじい音を立て、二つの炎が激突する!

 グバァァァッ!

 吹き荒れる炎の爆風、乱れ飛ぶ、炎の雨―――ラオス将軍が降り注ぐ火の粉の盾となり、マーナ姫をその胸に抱きかばう。

 ガーネットの魔法の加護のおかげで、熱風に煽られながらも、あたし達は炎の洗礼を直接その身に浴びることは免れた。

 ―――もう一度!

不死鳥フェニックス!!」

 先程のものよりは小振りながらも、白銀の輝きを纏った火の鳥がルザンに向かって飛んでいく!

 火の鳥は相殺された炎の残滓ざんしを突き抜け、聖剣を胸に突き立てられた魔女を聖なる炎で包み込んだ!

『お……おぉ、お……!』

 魔女の口からもれる、絶望の呻き―――業火に包まれ、呪詛の声を上げながら、ルザンは燃え盛る指をパトロクロスへと伸ばした。

『おのれ、力、がっ……生気が足りぬっ……! おぉお、でなければ貴様らごときに、この、私がぁぁぁッ……!』

 浄化の炎の中で、ぐず、とルザンの霊体が溶けるようにして消えていく。

『おの……れ、二度も、炎で……。フ……フールウール……我が子よ……母の、恨みをッ……!』

 断末魔の声を残して、ルザンは業火の中に滅していった。

 “紅の魔女”と称された、アストレアの伝説の魔女の最期だった。

 静まり返った神殿の中に、残り火の音だけが響く。



 ―――勝った、の……?



「やったわーっ、伝説の魔女、倒しちゃったッ!」

 沈黙を破ったのは、両腕を突き上げ、ガッツポーズしたガーネットだった。

「ほ……本当に倒せたんだ。良かったあぁぁ……」

 それを聞いて、安心感からあたしはへなへなと座り込んでしまった。

「やったなぁ!」
「あぁ、やったな! 一時はどうなることかと思ったが……」

 男性陣も晴れやかな顔で固い握手を交わした。

「皆様、本当に何と礼を申し上げてよいか……」

 マーナ姫を抱きかかえたラオス将軍が、そう言って感謝の表情を浮かべる。その時、彼の腕の中のマーナ姫がかすかに身じろぎした。

「! 姫……」

 ラオス将軍の周りに駆け寄ったあたし達が見守る中、マーナ姫の長い睫毛が震え、そして、澄んだ青玉色サファイアブルーの瞳がゆっくりと開いた。

「姫……! マーナ様!」

 安堵の笑みをこぼす忠臣に、マーナ姫はぼんやりとした表情を向けた。不思議そうな面持ちで、何度か瞬きをする。

「……ラオス……? わたくし―――」

 呟いてから、彼女は息を詰めて見守るあたし達の姿に気が付き、ハッとした様子で上体を起こした。

「パトロクロス様……皆様! 私……!?」

 起き上がり、荒廃したハンヴルグ神殿の様子を目にした彼女は、両手で口を覆った。

「夢では……なかったの、ですね……。私は、魔女の亡霊に―――」

 そう言って声を詰まらせた彼女は、パトロクロスの顔を見て、泣き崩れた。

「パ……パトロクロス様。申し訳ありません、私……私……!」

 その後は、言葉にならなかった。

 大粒の涙を流す彼女の背を、そっとラオス将軍が支えている。

 そんな彼女に、パトロクロスはこう声をかけた。

「貴女の力がなければ、ルザンを打ち倒すことは出来ませんでした。……よく、頑張りましたね」

 マーナ姫は涙に濡れた瞳で、しゃくりを上げながらパトロクロスを見上げた。

「大きな犠牲は伴いました。しかし、結果的に重大な危機から国を救うことにもなったのです。胸を張って下さい。貴女は、魔女の亡霊に打ち勝ったのだから。……アストレアの英霊達に、心から哀悼の意を捧げましょう」

 口元を押さえ、瞳を閉じながら涙するマーナ姫の背後で、ラオス将軍はじっと深く頭を下げていた。瞳を固く閉ざしたその姿は、殉職した部下達や大神官への黙祷もくとうを捧げているように見えた。







「オーロラの炎、何かパワーアップした! って感じだったわね。あのルザンに炎で勝っちゃうなんて……あぁいう形で炎を具現化するのって初めてじゃない? あ、エシェムの時にも一回竜の形になったことあったっけ?」

 マーナ姫の様子も落ち着いて、そろそろ神殿を出ようかという雰囲気になった頃。

 ガーネットにそう言われて、あたしは口元をほころばせた。

「へへー……まぁね! って言いたいトコだけど、パトロクロスの攻撃でルザンがダメージを負っていたおかげかな。霊体には聖属性の魔法が有効だって聞いていたけど、あたしは炎しか使えないし、どうしようかって考えていた時に、祭壇の聖火が目に入って―――あれと同じような性質の炎を呼び起こせれば……って。どうにか模索しながら、やっとっていうトコだったけど、結果的に上手くいって良かった!」

 するとガーネットは驚いたような顔になった。

「え? そうすると、あの不死鳥フェニックスは聖属性を持った炎だったっていうこと? 確かに普通の炎とはちょっと違う感じがしたけど……」
「? まぁ、そういう感じになる……のかな。あたしは、そのつもりで呼び起こしたんだけど……」
「炎属性と聖属性を組み合わせた、ってこと!?」
「う? う、うん……そうなのかな……?」

 畳掛けるようなその迫力に、思わず声が小さくなってしまったあたし。

「だから、あんなにルザンに効いたのか……」

 一人そう呟いたガーネットは、納得するように頷いた後、あたしの肩をバシッと叩いた。

「!?」
「スゴいわ、あんた!」

 意味が分からず目を丸くするあたしに、彼女は瞳をキラキラさせながら言った。

「異なる属性を組み合わせるのって、多分、まだ誰も成し遂げたことのない領域だと思う。それを即興でやってのけるなんて、スゴいことよ! あんたの魔法のセンス、大したモンだわ!」

 えぇ!?

「そ……そう、なの……?」
「あたしもいつかチャレンジしてみたいわー。白魔法を極めたらやってみようかしら」

 ガーネットは何だか興奮した面持ちだったけど、あたしは正直複雑な気分だった。

 考えないように考えないようにしているのに、ふとした瞬間に突きつけられる、疑問。



 あたしはいったい、何なんだろう?



「今回の炎はどうして不死鳥だったの?」

 無邪気なガーネットの声で、あたしは現実に引き戻された。

「え? あ……うん。アストレアの紋章が不死鳥だったから、その印象が頭の中に強くあって……」

 あたしは自分の掌を見つめ、きゅっと拳を握りしめた。

「オーロラさん……」

 それを聞いたマーナ姫が、瞳にうっすら涙を浮かべて微笑んだ。

 アキレウスもパトロクロスも、ラオス将軍も柔らかい表情を浮かべている。

 辺りがなごやかな雰囲気に包まれた、その時―――。



 ズッ……。



 かすかに、地面が揺れたような気がした。

 何……?

 次の瞬間、下から突き上げるような衝撃が来た。

「きゃっ!」
「何だッ!?」

 よろめくあたし達を嘲笑うかのように、今度は大きな横揺れが来る!

「きゃあーッ!?」
「うおっ!」
「地震か!?」

 あたし達の悲鳴が交錯する中、揺れは激しさを増しながら、床に壁に亀裂を作り、それはみるみる天井にも及んで、細かい破片を降らせ始めた。

 くっ……崩れる!?

「まずい! 急いで脱出するぞ!」
「姫ッ! こちらに……!」
「もうっ! またなのーッ!?」

 まともに立っていることが困難なほどの、激しい揺れ―――あせるあたし達の耳に、緊張をはらんだアキレウスの声が響き渡ったのはその時だった。

「―――おい、見ろ!」

 その緊迫した声音に驚いて、彼の指し示した先を見たあたし達は、あまりの光景に言葉を失ってしまった。

 な……ん……。

 祭壇に灯された聖火が、天を焦がすほどの異常な勢いで激しく燃え立ち、その先の何もなかったはずの天井に近い空間に、透明なおりのようなものが見える。

 そこから異様な光が放たれ、その中にいる何者かの異形の影を浮かび上がらせていた。


 オォォォオォォォォ……。


 威嚇とも呼吸音ともつかない底冷えするような“声”が辺りに響く。

「ラオス……あれ、何……?」

 消え入りそうな小さな声で、マーナ姫が呟く。

「……分かりません」

 そこを凝視したまま、ラオス将軍が青ざめた表情で答えた。

 ―――まさ、か……!?

 みんな、考えていることは一緒だった。

「有り得ない……封印は、解けていないはずよ!」

 ガーネットが叫ぶ。

「くそ……何故だ!?」

 舌打ちするアキレウスに、パトロクロスが切り返す。

「分からん! とりあえずはここを脱出だ!!」

 その時、崩れ落ちてきた天井の一部が、通路へと繋がる扉を塞いでしまった。

「! しまった……!」

 残る出口は祭壇の奥の隠し扉の魔法陣だけ……! でも、そこは……!

 息を飲んでそこを見上げたあたし達の目に、永い眠りから覚めようとする巨大な影が、絶望の色を落として映る。

 天井からは絶え間なく破片が降り注ぎ、祭壇へ通じる階段に走った無数の亀裂は、いつ崩れるか分からないような状況だ。

「ダメだ……危険すぎる!」

 ぎり、と唇をかみしめ、パトロクロスは決断した。

「退路は断たれた! 物陰に身を潜めてやり過ごすんだ!!」

 えぇッ!?

「柱など、支柱になってくれそうなものの隙間に飛び込め!」

 ホ、ホントに!? どうしようっ!?

 あせって辺りを見回したあたしの耳に、アキレウスの声が飛び込んできた。

「オーロラ!」

 力強い腕があたしの身体を抱き、飛び退く。間一髪、あたしは瓦礫の下敷きになるところを免れた。

「あ……ありがとう」
「―――こっちだ!」

 彼はあたしの腕を引っ張ると、巨大な瓦礫の下に身を寄せた。

 凄まじい音を立てて、神殿が崩壊していく。

 アキレウスの腕の中で彼にきつく抱きしめられながら、あたしは固く目をつぶり、ただただひたすら、それが治まるのを待ち続け、祈り続けた。

 ―――どうか、みんな……みんな無事でありますように!



 どのくらいそうしていたんだろう。



「……治まったかな」

 アキレウスの声に、あたしはそっと目を開けた。

 あたし達の周りのわずかな空間だけを残して、周囲は瓦礫に埋め尽くされていた。

 上方に開いた隙間から微かな光が差し込み、そこから外の空気が流れ込んでくる。

「ケガはないか?」
「うん、大丈夫……アキレウスは?」

 頷いて彼を振り仰いだあたしは、翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳にぶつかって息を飲んだ。

 うわっ、近っ!

 暗がりの中、微かに差し込む光を映した彼の瞳は、何だかとても綺麗で……こんな状況なのに、心臓の鼓動が跳ね上がるのをあたしは感じた。

 彼の腕はあたしの身体を包み込むように回され、あたしは彼の胸の中にすっぽりと守られている状態で、密着した胸の部分から動悸が彼の鎧を通して伝わってしまうんじゃないかと、本気で心配になった。

「オレも大丈夫だ。みんな無事だといいんだが……」

 アキレウスはそう言って、そっとあたしから手を離した。

「そこの隙間から出れるか?」

 彼が仰ぐ光の差込口を見て、あたしは頷いた。

「うん、多分……」

 あたしがぎりぎり通れそうなくらいの大きさの隙間。アキレウスが通るにはちょっと厳しそうだ。

「先に出て、隙間を広げてくれ」

 彼の肩を足場にして、あたしは恐る恐るその隙間から頭を出し、周囲を一度見渡してから、地上へと生還した。

 辺りを包み込むのは、夜の闇―――厚い雲の隙間からぼんやりとにじむ月が、神殿に入ってからの時間の経過を感じさせた。冷たい小雨が降り注ぐ中、瓦礫の山と化したハンヴルグ神殿が、無残な姿を晒している。

 夜の空気を吸い込みながら、あたしは出て来た隙間の周囲の瓦礫を崩さないよう気を付けながら取り除き、アキレウスが通れるくらいの広さを作った。

 彼がそこから出てくるのを見守っていると、ちょうど瓦礫の隙間から同じように這い出してきたパトロクロスとガーネットに会うことが出来た。

「パトロクロス、ガーネット!」
「オーロラ、アキレウス! 無事だったか!」
「無事で良かったわ~」
「ホントだな。……マーナ姫達は?」

 暗闇の中、目を凝らして辺りを見渡すと、少し離れた場所で手を振る二人の姿が確認できた。

 良かった、みんな無事だった!

 ホッとしたのも束の間―――夜にしては、月が隠れているにしては、不自然な光が差す箇所があることに、あたし達は気付いてしまった。

「……どうやら夜はまだまだ長そうだな」
「まいったな。もう、寝転がりてーんだけど」
「夜更かしは美容に良くないのにーッ」
「もうやめてってカンジなんだけど……」

 溜め息をつきつつ、覚悟を決めて振り返ったあたし達が見たモノは―――夜の闇にひと際赤く燃え立つ、伝説の魔人の姿だった。

「フールウール……」

 誰かがそう呟いた。

 グオォォォッ―――!

 異形の魔人の咆哮が、瓦礫と化した神殿跡に響き渡る。

 それはあたし達にとって、長い長い夜の始まりを告げる合図に他ならなかった。 
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