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覚醒編
共鳴
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レイドリック王達に見送られドヴァーフ城を後にしたあたし達は、お久し振り感溢れる二羽のクリックルの背に乗って、一路王都の西を目指していた。
目的地のガゼ族の村を示す情報は、ドヴァーフへ向かう途中偶然知り合ったガゼ族の少女イルファが残していった言葉だけ。
『これはあたしの気持ち! 今度あたしの村に来てよ、たァーくさんお礼するからッ! ドヴァーフの王都のず~ッと西の森ン中だよ、ぜぇったい来てッ! じゃあねェ~ッ』
何ともはや、心許ないことこの上ないけど、これ以外に有力な手掛かりがない以上、仕方がない。
王都の西方にある森で、ドヴァーフの中枢が把握している範囲外の僻地……王城で識者からその対象となる地域を地図上に割り出してもらい、その中から有力と思われる箇所をいくつか絞ってひとつひとつ当たってみるしかないというのがつれない現状だった。
「頼むから歩いて行ける範囲にあってほしいわよねー。断崖絶壁に囲まれた場所とか、飛べないといけないトコっていうのは勘弁してほしいわ」
縁起でもないことを嘯いたのはガーネットだ。彼女はいつものようにパトロクロスの後ろに騎乗し、その隣を並走するアキレウスの後ろにはあたしが乗っている。
“竜使い”であるガゼ族なら有り得ない話じゃないからね。本当にそれだけは勘弁してほしいと全員が思っていた。
「イルファにもう一度会えればいいんだがな。彼女と出会ったあの場所へ行って待てばそのうち会えなくはないんだろうが、近いうちに必ず会えるという保証はないし、のんびりと待っていられる猶予もない」
溜め息混じりにそうこぼしたのはパトロクロスだ。
ガゼ族は元々閉鎖的な亜人の民族で、『紅焔の動乱』以来人間に対して極度の嫌悪感と不信感を抱いているという話だったけど、あたし達が出会ったイルファはあっけらかんとして物怖じせず、とても人間を毛嫌いしているふうには見えなかった。
アキレウスとガーネットには助けてくれたお礼、って言ってキスまでしていっちゃってるしね。しかも何故かアキレウスには唇にだった……今思い出してもあれはショックだったなぁ。
ガゼ族の中でも彼女が変わっているのか、それとも若い世代の中には彼女のように人間を敵視しない者が出てきているのか……分からなかったけど、彼女はあたし達にとってまさに頼みの綱、希望の光だった。
「イルファかぁ、嵐みたいな娘だったわよねー。アキレウス、彼女に会ったらまたキスされないように気を付けないとね」
ガーネットがニヤニヤしながらアキレウスに言った。あたしとアキレウスの関係が変わったのを知ってから、困ったことにガーネットはその件でからかいたくてたまらないらしく、でも王城では色々とあった彼をおもんばかって、これまでは彼女なりにそれを自重してきたらしい。
それを解禁、とばかりに瞳を輝かせるガーネットをアキレウスはすげなくあしらった。
「ああ……あれ、ガゼ族なりの流儀なんじゃねーの? だとしたらオレよりパトロクロスの方に気を付けてやらねーと。下手したらショック死しかねないぞ」
「なっ」
スケープゴートにされてしまったパトロクロスが頬を紅潮させる。そんな彼に後ろからガーネットがひしっと抱きついた。
「大丈夫よパトロクロスッ! パトロクロスの純潔は何があってもあたしが守ってあげるから、心配しないでっっ!」
「じゅんけっ……だ、だいたい何の心配だ!? いや、それよりもくっつくなっっ!」
ぎゃあ~っ、と悲鳴を上げながら蛇行を始める隣のクリックルを見やりながら、あたしは場違いなくらいにほのぼのとした気分になってしまった。
パトロクロスには気の毒だけど、何だか久し振りにいつもの光景でほっとするわ……。
アキレウスも楽しそうに笑っている。それにつられて、あたしも自然と笑顔になっていた。
うんうん、あたし達の旅はやっぱりこうでなくっちゃね!
時折遭遇する魔物を倒しながらひた進むこと、数日。
あたし達は硫黄臭漂う深い森の中にいた。
「うぅー、卵が腐ったみたいな匂い……」
「たまんねーな……」
「早く鼻が慣れてくれないかしら……」
独特のキツい臭いにみんな閉口気味。手綱を引かれて歩くクリックル達も何だか辛そうに見える。
「あの山は活火山らしいから、火山性の温泉が近くにあるのかもしれないな」
地図を見ながら位置を確認していたパトロクロスが生い茂る木々の合間から覗くとんがり山を示して言った。背の高い山で、今はその上方は雲に覆われていて、特徴的な頂きを見ることが出来ない。
正式名称をヴォルティオ山というこの活火山の周囲には深い樹海がはびこり(あたし達が今いるのがまさにここ!)、山自身の険しさと相まって、古くから人の侵入を阻んできた地らしい。魔物もたくさん生息していて、この辺りはドヴァーフの中枢も把握しきれていない未開の地になるんだって。いわゆる秘境というヤツだ。
つまり、この先があたし達の目指す場所になるってわけ。
「温泉かぁ、あったら嬉しいけど、この臭い何とかならないのかしら……ルザーの温泉は無臭なのに」
ガーネットが唇を尖らせてぼやく。彼女の故郷ルザーは豊富に湧き出る温泉で有名な町だった。
そういえばガーネットと初めて出会ったのはそこの温泉だったんだよね。何だか懐かしい。
ドヴァーフ城を出てからここまでずっと、日中はひたすらガゼの村を目指して進み、魔物と出くわしては戦って、日が暮れたら野宿して、朝日が昇ったらキャンプを畳んで出発……の繰り返し。入浴なんてもちろんしていない。
時々見つける小川とか湧き出る清水なんかをタオルに浸して、それで身体を拭いたりはしているけれど、全身さっぱり綺麗に、というわけにはいかない。こういう生活をしている以上仕方がないんだけど、この頃にはみんなすっかりくたびれ果てた様相になっていた。
温泉、あったら嬉しいな……なんて思っていたら、本当にあったんだ、温泉が!!
ほっかほっかの湯気を立てて、大きいのがひとつと小さいのがいくつか群生した天然温泉!
あたしとガーネットは抱き合ってキャーキャー言いながら喜び合った。あたし達ほどじゃないけど男性陣も嬉しそうだ。
久々のリフレッシュタイム! 先風呂を女子に譲ってもらって、あたし達は小さい方の温泉で身体を軽く洗い流してから大きい方の温泉に飛び込んだ。
ばっしゃーん! と音を立てて真昼の太陽の下、湯水がまばゆく散る。
「ふわぁ~」
あまりの気持ち良さに、そんな声がこぼれてしまった。
手足の先から温泉の温かさがじんわり浸透していって、全身に溜まっていた疲れを溶かしていってくれる気がする。心地良い開放感に笑顔が弾けた。
「うー、気持ちいい! 最っ高~!」
「あったかーい! 幸せ~!」
温泉の成分のせいなのか、こんもりとした樹海にあって、この周辺だけは岩肌が露出して、あまり草も茂っていない。背の高い木がないから、上を見ると久々にすっきり覗いた青空が清々しい、贅沢な気分にさせてくれた。
「は~、癒されるわねー」
温泉の縁に寄りかかるようにして足を伸ばしたガーネットが瞳を閉じて空を仰ぐ。大きい方の温泉はあたし達二人が足を伸ばして入ってもずいぶんと余裕がある広さだった。深さは腰を下ろして肩が隠れるくらいと、ちょうどいい。これならアキレウスとパトロクロスもゆったりと入れるんじゃないかな。
彼らは森の中で見張りを兼ねながらクリックルと一緒に休憩中。温泉に入る前にガーネットが魔除けの結界を張ってくれたから下手な魔物が襲ってくることはないだろうけど、一定以上の強さの魔物には効果がないから念の為の用心棒だ。
「こういうの野天風呂っていうのかな?」
「そうじゃない? ルザーの温泉とはまた違って、野趣溢れていい感じじゃない。こんな辺境じゃ覗きもいないだろうし、そういう意味では安心して入れるわね」
はは、確かに。好き好んでこの辺をうろついている人はまずいないだろうな。命がいくつあっても足りないもん。
「そういえばオーロラに初めて会ったのも温泉だったわね」
「あ、それ、実はさっきあたしも思い出していたんだ。懐かしいなー」
「確か、のぼせちゃったら危ないなーと思って声かけたんだっけ……あの時はまさか、こんな付き合いになるとは思わなかったわよねー、お互い」
「ホントホント、不思議な縁だよね。あたし、初めてガーネットを見た時、綺麗な娘だなーって思ったの覚えてる。まあのぼせかけてたし、中身がこんなとは思わなかっ」
た、と最後まで言わせてもらえなかった。
「やだもう、オーロラったらそんなホントのコト言って照れるじゃないのー!」
満面の笑みでばちこーん! と背中を叩かれて、あたしは悲鳴を上げた。
「いったーい! 人の話、最後まで聞いてよ!」
「ゴメンゴメン、あたし、いいことしか聞かない主義だから。あ、ちょっと赤くなっちゃった? ゴメンね」
「もうーっ」
絶対、手の痕ついてる!
ふくれながら背中をなでると、指先が古い傷痕に触れた。ふと、セルジュと遭遇した時そこに感じた鈍い痛みが脳裏に甦る。
あの時―――彼女の声に感じた、言い知れぬ恐怖―――それに呼応するようにこの傷痕に走った、重くて鈍い、あの痛み―――あれは……何だったんだろう?
温かな温泉に浸かっているはずなのに、あたしは寒気を覚えて微かに身体を震わせた。
痛みを訴えるはずのない古傷が、確かに鈍く痛んだような気がした―――出来れば二度と思い出したくない嫌な感覚だった。
「オーロラ? ゴメン、そんなに痛かったの?」
黙り込んでしまったあたしを心配したガーネットが顔を覗き込んできた。
「あ―――ううん、大丈夫。そうじゃないの。急に思い出したことがあって……」
「……そう?」
あたしはきっと強張った顔をしていたんだと思う。ガーネットはちょっと訝しげにしたけれど、深くは追及してこなかった。
あたしは嫌な記憶を振り払うように話題を変えた。
「ねえ、そういえば……パトロクロスはさ、その、あたしとアキレウスのことって知ってるのかな?」
それはずっと気になっていたことでもあった。
ガーネットはあたしから話を聞いて知っているわけだけど、彼はどうなんだろう?
一緒に旅をする大切な仲間だし、まだ知らないのであれば知っておいてもらいたいという気持ちもあった。
「さあ? あたしから伝えることじゃないなーと思ってあたしからは特に話してないけど……アキレウスからは何も言ってないの?」
「分かんない。何かバタバタしているうちにその辺のこと聞きそびれちゃって……」
「ふーん……案外今頃その話していたりしてね。パトロクロスがまだ知らないんなら、あんた達の雰囲気が微妙に変わったくらいには感じていても、まさかそういう展開になっているとは思っていないと思うわよ。あたしも聞いてビックリしたもの。分かりやすくもっとイチャイチャしていたらいいのに」
「い、イチャイチャって……アキレウスもあたしもそういうタイプじゃないし。……てか、あたし達の雰囲気、変わった?」
少なくともあたしの中では、みんなといる時は前と何ら変わっていないように思えるんだけど。
「んー、知ってるからそう思うのかもしれないけど。そうねー、何ていうの? ちょっとしっとりしたっていうか? 何気ない会話や目線に前より距離が近くなっているの、感じるわよ」
ガーネットにそう言われて、温泉のせいじゃなく顔が火照ってくるのが分かった。
「そう、なんだ……」
「あら、色っぽい顔になっちゃって。その顔、アキレウスに見せてやりたいわー。アキレウス、どんな反応するかしら」
「か、からかわないでよっ」
「だって、アキレウスをからかおうとしても軽ーくあしらわれちゃうんだもの。オーロラをからかわなくてどうするのよー」
「からかわなくていいからっ」
うー、この件は今度二人きりになった時にアキレウスに確認しよう。
そう結論付けたあたしだったけど、その問題はすぐに解決された。
全身こざっぱりと気分良く温泉から上がって男性陣と交代する時、パトロクロスに爽やかな顔でこう言われたんだ、さらっと。
「おめでとう、良かったな」
え!?
何の前触れもなかったから驚いた。目をしばたたかせていると、アキレウスが少しはにかみながらこう補足した。
「何かここまで言うタイミングなくてさ。さっきパトロクロスに話したんだ、オレ達のこと」
「あら、あたしの言ってたこと当たってたのね」
口元に手を当ててガーネットが呟く。
「あ―――ありがとう」
突然のことに弱いあたし、予期せぬ言葉をかけられて赤くなりながらそう返すと、パトロクロスは感慨深げな口調で言った。
「傍から見ていて健気なくらい頑張っていたものな……お前達がこういうふうに落ち着けばいいと思ってはいたが、実際そうなってくれて何だかほっとしたよ」
あ、バレてるとは思っていたけどそんなに分かりやすかったんだ、あたし。ちょっと恥ずかしい。パトロクロス、何か保護者みたいな言い方だし。
「あららー、オーロラったら耳まで真っ赤! 可っ愛い~」
ここぞとばかりガーネットがはやし立てる。
ううう、うるさいっ。自覚あるよっ。
濡れた髪を頭の上でタオルでひとつにまとめていたから、耳ばかりか多分首周りまで赤くなっているのはどうやっても隠しようがない。ムダなあがきと思いながらも何も言わずにはいられなくて、あたしは楽しげなガーネットに抗議した。
「これは、あの、お風呂上がりで血行が良くなってるのっっ」
「いやーん、可愛い言い訳っ。うなじも赤くて色っぽ~い、ねっ、アキレウス」
こっ、この娘は~っっ!
「もうーっ、ガーネットーッッ」
「きゃーっ、暴力反対っ! パトロクロス助けてーっ」
「自業自得だ。巻き込まれんうちに行こう、アキレウス」
パトロクロスがつれなくアキレウスを促す。パトロクロスに助けを求めるガーネットを後ろから羽交い絞めにしていたあたしは、アキレウスと目が合った瞬間、その瞳に今まで見たことがない種類の光を見い出して、こくんと息を飲んだ。
「ああ、そうだな……」
彼は苦笑混じりにそう言うと何事もなかったようにパトロクロスと連れ立って行ってしまったけど、あたしには何故かその瞳がひどく印象に残って、動悸を不規則なものにさせた。
野性的にきらめく、翠緑玉色の瞳。深い森の陰影の中にあたしを映し出していたその瞳は、言葉に出来ない深い魅力であたしの心を捕えていた。
変だよね。
うん、変な表現だ。
だって、あたしの心は既に彼に捕われている。だから好きで、恋愛関係になっているわけで……なのに今、また彼に心を掴まれた気がするなんて。
あたしはどう表したらいいか分からないその感覚に困惑して、一人眉根を寄せた。
何て言ったらいいんだろう。
彼から確かに何かを感じているのに、それが何かを理解出来ていない。でも、それを敏感に察知した心も身体も、とくとくと正直に反応している。
何だろう……何だかすごく、ドキドキして……。
『それ』が何なのか、結局その時のあたしには理解出来なかった。
謎が解けるのは、もう少し先の話。
いや、謎っていうような謎じゃなかったんだけどね。
ただ、あたしが精神的に幼かったっていうだけの話で……。
翌日は昨日までの晴天が嘘のように朝から鉛色の雲が広がり、ただでさえ薄暗い森は昼間とは思えない不気味さを醸し出していた。
鬱蒼とした木々の合間から時折覗く空はどんよりと暗く、すぐそこにあるはずのとんがり山も霞んで見えない。湿った風に乗って遠くからはゴロゴロと雷が近づいている気配がして、まもなく激しい雨が降り出すことを予感させた。
「風が強くなってきたな……」
パトロクロスが呟いた。
道らしい道もない森の中、あたし達はクリックルの手綱を引きながら雨風を凌げる場所を探していたんだけど、なかなか適当な場所が見つからない。そうこうしているうちに長かった森を抜けると、遮るものがなくなった突風が容赦なくあたし達に向かって吹きすさんだ。
うわっ、スゴい風!
手で顔をかばうようにしながら薄目を開けると、目の前には急な勾配とまばらに生えた木々、そしてそびえ立つ山の稜線が広がっていた。
厚い雲に覆われて全貌が見えないけど、これはあのとんがり山だ。あたし達はとんがり山の裾野に広がる樹海を抜け、ようやくこの山の麓までたどり着いたのだった。
やっと、ここまで来たけど……。
「ようやく森を抜けたが、タイミングが悪いな……」
曇天の合間を走り始めた稲光を見やり、パトロクロスが唸る。
「だな。一度引き返して、天候の回復を待つか」
「そうね。今のうちに雨宿りできる場所を探しましょ」
「賛成!」
強風に煽られながらそんな話をしていたあたし達の頬を雨が叩き始めた。と思ったらそれがあっという間に強くなり、すぐにバケツをひっくり返したような豪雨になった。
うわぁ!
申し合わせたかのようなタイミングで、頭上で雷光が弾ける。
「きゃあっ!」
耳をつんざくような轟音に思わず悲鳴を上げてしまった。重い音を立てて大気と大地が震え、痺れたようになってしまった耳の奥で雷の残響がざわめいている。
驚いて暴れかけるクリックルをなだめながらパトロクロスがあたし達を促した。
「ここは危ない、森の中に戻るぞ」
頷いて、あたし達が森の中へ引き返そうとした、その時―――。
第六感と呼ぶべきモノが、全身を総毛立てた。
―――危険!
振り向くとほぼ同時に、暴風雨を切り裂く鋭い音がした。
超人的な速さで大剣を抜き放ったアキレウスが何かを受け止めたのが視界に映る。重い金属音を響かせて弾かれたそれがどすりと大地へ突き刺さり、遅ればせながらそれを確認したあたしは青ざめた。
槍!?
それは、物々しい装飾の施された、人の身長をはるかに超える巨大な槍だった。
魔物!? それとも……!?
息を詰めて周囲を見やるけれど、激しい風雨に荒れ狂う視界には、それらしい影は映らない。
「おぅおぅ、ヤルねェ。ま、こんくれェやってくれねェとこっちとしても楽しめねェけどな」
愉悦混じりの横柄な声が上空から降ってきたのは、その時。
ドクンッ。
心臓が慄いた鼓動を立てる。
その旋律に共鳴するように、背中の古傷があの嫌な感覚を訴えた。
それはまるで、『あの時』の再現のようだった。
あたしは息を殺して、ずぶ濡れになった身体を強張らせながら、ゆっくりと頤を上げた。
強風に煽られて横殴りに打ちつける大粒の雨の中、目を開け続けていることもままならないような荒天の空に、微動だにせず浮かぶ影が、ひとつ。
その影は、不吉な紅い色を纏っていた―――。
目的地のガゼ族の村を示す情報は、ドヴァーフへ向かう途中偶然知り合ったガゼ族の少女イルファが残していった言葉だけ。
『これはあたしの気持ち! 今度あたしの村に来てよ、たァーくさんお礼するからッ! ドヴァーフの王都のず~ッと西の森ン中だよ、ぜぇったい来てッ! じゃあねェ~ッ』
何ともはや、心許ないことこの上ないけど、これ以外に有力な手掛かりがない以上、仕方がない。
王都の西方にある森で、ドヴァーフの中枢が把握している範囲外の僻地……王城で識者からその対象となる地域を地図上に割り出してもらい、その中から有力と思われる箇所をいくつか絞ってひとつひとつ当たってみるしかないというのがつれない現状だった。
「頼むから歩いて行ける範囲にあってほしいわよねー。断崖絶壁に囲まれた場所とか、飛べないといけないトコっていうのは勘弁してほしいわ」
縁起でもないことを嘯いたのはガーネットだ。彼女はいつものようにパトロクロスの後ろに騎乗し、その隣を並走するアキレウスの後ろにはあたしが乗っている。
“竜使い”であるガゼ族なら有り得ない話じゃないからね。本当にそれだけは勘弁してほしいと全員が思っていた。
「イルファにもう一度会えればいいんだがな。彼女と出会ったあの場所へ行って待てばそのうち会えなくはないんだろうが、近いうちに必ず会えるという保証はないし、のんびりと待っていられる猶予もない」
溜め息混じりにそうこぼしたのはパトロクロスだ。
ガゼ族は元々閉鎖的な亜人の民族で、『紅焔の動乱』以来人間に対して極度の嫌悪感と不信感を抱いているという話だったけど、あたし達が出会ったイルファはあっけらかんとして物怖じせず、とても人間を毛嫌いしているふうには見えなかった。
アキレウスとガーネットには助けてくれたお礼、って言ってキスまでしていっちゃってるしね。しかも何故かアキレウスには唇にだった……今思い出してもあれはショックだったなぁ。
ガゼ族の中でも彼女が変わっているのか、それとも若い世代の中には彼女のように人間を敵視しない者が出てきているのか……分からなかったけど、彼女はあたし達にとってまさに頼みの綱、希望の光だった。
「イルファかぁ、嵐みたいな娘だったわよねー。アキレウス、彼女に会ったらまたキスされないように気を付けないとね」
ガーネットがニヤニヤしながらアキレウスに言った。あたしとアキレウスの関係が変わったのを知ってから、困ったことにガーネットはその件でからかいたくてたまらないらしく、でも王城では色々とあった彼をおもんばかって、これまでは彼女なりにそれを自重してきたらしい。
それを解禁、とばかりに瞳を輝かせるガーネットをアキレウスはすげなくあしらった。
「ああ……あれ、ガゼ族なりの流儀なんじゃねーの? だとしたらオレよりパトロクロスの方に気を付けてやらねーと。下手したらショック死しかねないぞ」
「なっ」
スケープゴートにされてしまったパトロクロスが頬を紅潮させる。そんな彼に後ろからガーネットがひしっと抱きついた。
「大丈夫よパトロクロスッ! パトロクロスの純潔は何があってもあたしが守ってあげるから、心配しないでっっ!」
「じゅんけっ……だ、だいたい何の心配だ!? いや、それよりもくっつくなっっ!」
ぎゃあ~っ、と悲鳴を上げながら蛇行を始める隣のクリックルを見やりながら、あたしは場違いなくらいにほのぼのとした気分になってしまった。
パトロクロスには気の毒だけど、何だか久し振りにいつもの光景でほっとするわ……。
アキレウスも楽しそうに笑っている。それにつられて、あたしも自然と笑顔になっていた。
うんうん、あたし達の旅はやっぱりこうでなくっちゃね!
時折遭遇する魔物を倒しながらひた進むこと、数日。
あたし達は硫黄臭漂う深い森の中にいた。
「うぅー、卵が腐ったみたいな匂い……」
「たまんねーな……」
「早く鼻が慣れてくれないかしら……」
独特のキツい臭いにみんな閉口気味。手綱を引かれて歩くクリックル達も何だか辛そうに見える。
「あの山は活火山らしいから、火山性の温泉が近くにあるのかもしれないな」
地図を見ながら位置を確認していたパトロクロスが生い茂る木々の合間から覗くとんがり山を示して言った。背の高い山で、今はその上方は雲に覆われていて、特徴的な頂きを見ることが出来ない。
正式名称をヴォルティオ山というこの活火山の周囲には深い樹海がはびこり(あたし達が今いるのがまさにここ!)、山自身の険しさと相まって、古くから人の侵入を阻んできた地らしい。魔物もたくさん生息していて、この辺りはドヴァーフの中枢も把握しきれていない未開の地になるんだって。いわゆる秘境というヤツだ。
つまり、この先があたし達の目指す場所になるってわけ。
「温泉かぁ、あったら嬉しいけど、この臭い何とかならないのかしら……ルザーの温泉は無臭なのに」
ガーネットが唇を尖らせてぼやく。彼女の故郷ルザーは豊富に湧き出る温泉で有名な町だった。
そういえばガーネットと初めて出会ったのはそこの温泉だったんだよね。何だか懐かしい。
ドヴァーフ城を出てからここまでずっと、日中はひたすらガゼの村を目指して進み、魔物と出くわしては戦って、日が暮れたら野宿して、朝日が昇ったらキャンプを畳んで出発……の繰り返し。入浴なんてもちろんしていない。
時々見つける小川とか湧き出る清水なんかをタオルに浸して、それで身体を拭いたりはしているけれど、全身さっぱり綺麗に、というわけにはいかない。こういう生活をしている以上仕方がないんだけど、この頃にはみんなすっかりくたびれ果てた様相になっていた。
温泉、あったら嬉しいな……なんて思っていたら、本当にあったんだ、温泉が!!
ほっかほっかの湯気を立てて、大きいのがひとつと小さいのがいくつか群生した天然温泉!
あたしとガーネットは抱き合ってキャーキャー言いながら喜び合った。あたし達ほどじゃないけど男性陣も嬉しそうだ。
久々のリフレッシュタイム! 先風呂を女子に譲ってもらって、あたし達は小さい方の温泉で身体を軽く洗い流してから大きい方の温泉に飛び込んだ。
ばっしゃーん! と音を立てて真昼の太陽の下、湯水がまばゆく散る。
「ふわぁ~」
あまりの気持ち良さに、そんな声がこぼれてしまった。
手足の先から温泉の温かさがじんわり浸透していって、全身に溜まっていた疲れを溶かしていってくれる気がする。心地良い開放感に笑顔が弾けた。
「うー、気持ちいい! 最っ高~!」
「あったかーい! 幸せ~!」
温泉の成分のせいなのか、こんもりとした樹海にあって、この周辺だけは岩肌が露出して、あまり草も茂っていない。背の高い木がないから、上を見ると久々にすっきり覗いた青空が清々しい、贅沢な気分にさせてくれた。
「は~、癒されるわねー」
温泉の縁に寄りかかるようにして足を伸ばしたガーネットが瞳を閉じて空を仰ぐ。大きい方の温泉はあたし達二人が足を伸ばして入ってもずいぶんと余裕がある広さだった。深さは腰を下ろして肩が隠れるくらいと、ちょうどいい。これならアキレウスとパトロクロスもゆったりと入れるんじゃないかな。
彼らは森の中で見張りを兼ねながらクリックルと一緒に休憩中。温泉に入る前にガーネットが魔除けの結界を張ってくれたから下手な魔物が襲ってくることはないだろうけど、一定以上の強さの魔物には効果がないから念の為の用心棒だ。
「こういうの野天風呂っていうのかな?」
「そうじゃない? ルザーの温泉とはまた違って、野趣溢れていい感じじゃない。こんな辺境じゃ覗きもいないだろうし、そういう意味では安心して入れるわね」
はは、確かに。好き好んでこの辺をうろついている人はまずいないだろうな。命がいくつあっても足りないもん。
「そういえばオーロラに初めて会ったのも温泉だったわね」
「あ、それ、実はさっきあたしも思い出していたんだ。懐かしいなー」
「確か、のぼせちゃったら危ないなーと思って声かけたんだっけ……あの時はまさか、こんな付き合いになるとは思わなかったわよねー、お互い」
「ホントホント、不思議な縁だよね。あたし、初めてガーネットを見た時、綺麗な娘だなーって思ったの覚えてる。まあのぼせかけてたし、中身がこんなとは思わなかっ」
た、と最後まで言わせてもらえなかった。
「やだもう、オーロラったらそんなホントのコト言って照れるじゃないのー!」
満面の笑みでばちこーん! と背中を叩かれて、あたしは悲鳴を上げた。
「いったーい! 人の話、最後まで聞いてよ!」
「ゴメンゴメン、あたし、いいことしか聞かない主義だから。あ、ちょっと赤くなっちゃった? ゴメンね」
「もうーっ」
絶対、手の痕ついてる!
ふくれながら背中をなでると、指先が古い傷痕に触れた。ふと、セルジュと遭遇した時そこに感じた鈍い痛みが脳裏に甦る。
あの時―――彼女の声に感じた、言い知れぬ恐怖―――それに呼応するようにこの傷痕に走った、重くて鈍い、あの痛み―――あれは……何だったんだろう?
温かな温泉に浸かっているはずなのに、あたしは寒気を覚えて微かに身体を震わせた。
痛みを訴えるはずのない古傷が、確かに鈍く痛んだような気がした―――出来れば二度と思い出したくない嫌な感覚だった。
「オーロラ? ゴメン、そんなに痛かったの?」
黙り込んでしまったあたしを心配したガーネットが顔を覗き込んできた。
「あ―――ううん、大丈夫。そうじゃないの。急に思い出したことがあって……」
「……そう?」
あたしはきっと強張った顔をしていたんだと思う。ガーネットはちょっと訝しげにしたけれど、深くは追及してこなかった。
あたしは嫌な記憶を振り払うように話題を変えた。
「ねえ、そういえば……パトロクロスはさ、その、あたしとアキレウスのことって知ってるのかな?」
それはずっと気になっていたことでもあった。
ガーネットはあたしから話を聞いて知っているわけだけど、彼はどうなんだろう?
一緒に旅をする大切な仲間だし、まだ知らないのであれば知っておいてもらいたいという気持ちもあった。
「さあ? あたしから伝えることじゃないなーと思ってあたしからは特に話してないけど……アキレウスからは何も言ってないの?」
「分かんない。何かバタバタしているうちにその辺のこと聞きそびれちゃって……」
「ふーん……案外今頃その話していたりしてね。パトロクロスがまだ知らないんなら、あんた達の雰囲気が微妙に変わったくらいには感じていても、まさかそういう展開になっているとは思っていないと思うわよ。あたしも聞いてビックリしたもの。分かりやすくもっとイチャイチャしていたらいいのに」
「い、イチャイチャって……アキレウスもあたしもそういうタイプじゃないし。……てか、あたし達の雰囲気、変わった?」
少なくともあたしの中では、みんなといる時は前と何ら変わっていないように思えるんだけど。
「んー、知ってるからそう思うのかもしれないけど。そうねー、何ていうの? ちょっとしっとりしたっていうか? 何気ない会話や目線に前より距離が近くなっているの、感じるわよ」
ガーネットにそう言われて、温泉のせいじゃなく顔が火照ってくるのが分かった。
「そう、なんだ……」
「あら、色っぽい顔になっちゃって。その顔、アキレウスに見せてやりたいわー。アキレウス、どんな反応するかしら」
「か、からかわないでよっ」
「だって、アキレウスをからかおうとしても軽ーくあしらわれちゃうんだもの。オーロラをからかわなくてどうするのよー」
「からかわなくていいからっ」
うー、この件は今度二人きりになった時にアキレウスに確認しよう。
そう結論付けたあたしだったけど、その問題はすぐに解決された。
全身こざっぱりと気分良く温泉から上がって男性陣と交代する時、パトロクロスに爽やかな顔でこう言われたんだ、さらっと。
「おめでとう、良かったな」
え!?
何の前触れもなかったから驚いた。目をしばたたかせていると、アキレウスが少しはにかみながらこう補足した。
「何かここまで言うタイミングなくてさ。さっきパトロクロスに話したんだ、オレ達のこと」
「あら、あたしの言ってたこと当たってたのね」
口元に手を当ててガーネットが呟く。
「あ―――ありがとう」
突然のことに弱いあたし、予期せぬ言葉をかけられて赤くなりながらそう返すと、パトロクロスは感慨深げな口調で言った。
「傍から見ていて健気なくらい頑張っていたものな……お前達がこういうふうに落ち着けばいいと思ってはいたが、実際そうなってくれて何だかほっとしたよ」
あ、バレてるとは思っていたけどそんなに分かりやすかったんだ、あたし。ちょっと恥ずかしい。パトロクロス、何か保護者みたいな言い方だし。
「あららー、オーロラったら耳まで真っ赤! 可っ愛い~」
ここぞとばかりガーネットがはやし立てる。
ううう、うるさいっ。自覚あるよっ。
濡れた髪を頭の上でタオルでひとつにまとめていたから、耳ばかりか多分首周りまで赤くなっているのはどうやっても隠しようがない。ムダなあがきと思いながらも何も言わずにはいられなくて、あたしは楽しげなガーネットに抗議した。
「これは、あの、お風呂上がりで血行が良くなってるのっっ」
「いやーん、可愛い言い訳っ。うなじも赤くて色っぽ~い、ねっ、アキレウス」
こっ、この娘は~っっ!
「もうーっ、ガーネットーッッ」
「きゃーっ、暴力反対っ! パトロクロス助けてーっ」
「自業自得だ。巻き込まれんうちに行こう、アキレウス」
パトロクロスがつれなくアキレウスを促す。パトロクロスに助けを求めるガーネットを後ろから羽交い絞めにしていたあたしは、アキレウスと目が合った瞬間、その瞳に今まで見たことがない種類の光を見い出して、こくんと息を飲んだ。
「ああ、そうだな……」
彼は苦笑混じりにそう言うと何事もなかったようにパトロクロスと連れ立って行ってしまったけど、あたしには何故かその瞳がひどく印象に残って、動悸を不規則なものにさせた。
野性的にきらめく、翠緑玉色の瞳。深い森の陰影の中にあたしを映し出していたその瞳は、言葉に出来ない深い魅力であたしの心を捕えていた。
変だよね。
うん、変な表現だ。
だって、あたしの心は既に彼に捕われている。だから好きで、恋愛関係になっているわけで……なのに今、また彼に心を掴まれた気がするなんて。
あたしはどう表したらいいか分からないその感覚に困惑して、一人眉根を寄せた。
何て言ったらいいんだろう。
彼から確かに何かを感じているのに、それが何かを理解出来ていない。でも、それを敏感に察知した心も身体も、とくとくと正直に反応している。
何だろう……何だかすごく、ドキドキして……。
『それ』が何なのか、結局その時のあたしには理解出来なかった。
謎が解けるのは、もう少し先の話。
いや、謎っていうような謎じゃなかったんだけどね。
ただ、あたしが精神的に幼かったっていうだけの話で……。
翌日は昨日までの晴天が嘘のように朝から鉛色の雲が広がり、ただでさえ薄暗い森は昼間とは思えない不気味さを醸し出していた。
鬱蒼とした木々の合間から時折覗く空はどんよりと暗く、すぐそこにあるはずのとんがり山も霞んで見えない。湿った風に乗って遠くからはゴロゴロと雷が近づいている気配がして、まもなく激しい雨が降り出すことを予感させた。
「風が強くなってきたな……」
パトロクロスが呟いた。
道らしい道もない森の中、あたし達はクリックルの手綱を引きながら雨風を凌げる場所を探していたんだけど、なかなか適当な場所が見つからない。そうこうしているうちに長かった森を抜けると、遮るものがなくなった突風が容赦なくあたし達に向かって吹きすさんだ。
うわっ、スゴい風!
手で顔をかばうようにしながら薄目を開けると、目の前には急な勾配とまばらに生えた木々、そしてそびえ立つ山の稜線が広がっていた。
厚い雲に覆われて全貌が見えないけど、これはあのとんがり山だ。あたし達はとんがり山の裾野に広がる樹海を抜け、ようやくこの山の麓までたどり着いたのだった。
やっと、ここまで来たけど……。
「ようやく森を抜けたが、タイミングが悪いな……」
曇天の合間を走り始めた稲光を見やり、パトロクロスが唸る。
「だな。一度引き返して、天候の回復を待つか」
「そうね。今のうちに雨宿りできる場所を探しましょ」
「賛成!」
強風に煽られながらそんな話をしていたあたし達の頬を雨が叩き始めた。と思ったらそれがあっという間に強くなり、すぐにバケツをひっくり返したような豪雨になった。
うわぁ!
申し合わせたかのようなタイミングで、頭上で雷光が弾ける。
「きゃあっ!」
耳をつんざくような轟音に思わず悲鳴を上げてしまった。重い音を立てて大気と大地が震え、痺れたようになってしまった耳の奥で雷の残響がざわめいている。
驚いて暴れかけるクリックルをなだめながらパトロクロスがあたし達を促した。
「ここは危ない、森の中に戻るぞ」
頷いて、あたし達が森の中へ引き返そうとした、その時―――。
第六感と呼ぶべきモノが、全身を総毛立てた。
―――危険!
振り向くとほぼ同時に、暴風雨を切り裂く鋭い音がした。
超人的な速さで大剣を抜き放ったアキレウスが何かを受け止めたのが視界に映る。重い金属音を響かせて弾かれたそれがどすりと大地へ突き刺さり、遅ればせながらそれを確認したあたしは青ざめた。
槍!?
それは、物々しい装飾の施された、人の身長をはるかに超える巨大な槍だった。
魔物!? それとも……!?
息を詰めて周囲を見やるけれど、激しい風雨に荒れ狂う視界には、それらしい影は映らない。
「おぅおぅ、ヤルねェ。ま、こんくれェやってくれねェとこっちとしても楽しめねェけどな」
愉悦混じりの横柄な声が上空から降ってきたのは、その時。
ドクンッ。
心臓が慄いた鼓動を立てる。
その旋律に共鳴するように、背中の古傷があの嫌な感覚を訴えた。
それはまるで、『あの時』の再現のようだった。
あたしは息を殺して、ずぶ濡れになった身体を強張らせながら、ゆっくりと頤を上げた。
強風に煽られて横殴りに打ちつける大粒の雨の中、目を開け続けていることもままならないような荒天の空に、微動だにせず浮かぶ影が、ひとつ。
その影は、不吉な紅い色を纏っていた―――。
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