28 / 32
SS 影王と専属人の日常
影王の予言と忖度
しおりを挟む
「先日は、本当にごめんなさい。あなたを巻き込む形になってしまって……」
クォルフの村から王城へと戻った翌朝。
わたしはヴァルターのデスクの前に立ち、改めて彼に謝罪していた。
「もういいよ、帰りの馬上からずっと謝りっ放しじゃん。あれはリーフィのせいじゃないから」
「でも、結局わたしの父に押し切られる形で夕食を共にすることになってしまって、そのせいで時間が遅くなってしまったから、その日はそのままうちに泊まらざるを得なくなってしまったし……しかもアレスとセレアがあなたと一緒に寝るって言って聞かないから、結果、狭いところで雑魚寝させるみたいな形になってしまって」
何だか言葉にすればするほど、申し訳ない。
「アレスとセレアと一緒に寝れたの、オレは貴重な体験で楽しかったけど。セレア、初めはスゴく距離を置いていたのに、最終的には仲良くなってくれて嬉しかったな。可愛い二人に挟まれて寝るの、あったかくってふわふわして、少しくすぐったかったけど心地好かったよ」
もふもふ好きのヴァルターがそう言うなら、それはそれで良かったのかもしれないけど。
「リーフィのお父さんが仕留めてきた新鮮な肉を使ったお母さんの手料理も美味しかったし、久々に賑やかな食卓で、リーフィはこういう環境で育ってきたんだなって知るいい機会にもなったし、オレ的には悪くなかったよ」
「そう言ってくれると、救われるけど……帰城が一日遅くなって、陛下に咎められたりはしなかった?」
「ああ何だ、そこ気にしてたの? 交渉が上手くいかない場合もままあるから、元々二日程度の猶予は見てあったんだ。今回は薬の備蓄を確保する為でとりあえず現状の分は足りているし、多少の遅れは問題ない。それに」
ヴァルターは言葉を区切り、デスクからわたしを見上げた。
「そこはオレの裁量の問題であって、その結果をクリストハルトに何と言われようが、君が気に病むところじゃない」
しっかりと一線を引かれた。
それを感じ、わたしは素直に頷いた。
「……そうね。出過ぎたことを言ったわ」
ヴァルターはわたしの仕える主であって、同僚や友人じゃない。こんな心配はお門違いだった。
そう頭では分かっているのに、何となくそれに寂しさを感じてしまったのは、普段があまりに気さくな間柄だからだろうか。
「それとリーフィが一番気にかけているのは、イーファのことじゃない?」
うっ……。
「彼のオレに対するあの振り、意味深だったもんな? 一緒に食卓を囲んだ後もずっとオレと君のこと見ていたし」
図星を差されたわたしは、呻くように声を絞り出した。
「本当に……実はそれが一番申し訳なくて、心に引っ掛かっていて。シャイロンとフィリアも面白がっちゃって、わざと波風立てるような物言いするし……あなたは全く関係ないのに、本当に嫌な思いをさせてしまったなって」
「はは、あのくらい軽く受け流せる程度に年は経ているから、そこも別段気にしなくていいよ」
その言葉にホッとしながら、わたしは今まで何となく尋ねることのなかった彼の年齢について聞いてみた。
「ありがとう。そういえば今まで聞いたことなかったけど……ヴァルターはいくつなの?」
「今ここでそれを聞いてくるあたり、君のオレへの興味のなさが見て取れるよね……。24だよ」
「へえ。思っていたより若いのね、何となく二十代後半をイメージしていたわ」
「どういう意味かな?」
「別に見た目が老けているとかじゃなくて、酸いも甘いも全部噛み分けていそうな、そういう、色んな経験を経て矯正されてきたんだろうなっていう雰囲気が醸し出されているから」
「それは、主にヤンチャなことをたくさんやってきただろうっていう悪口だな?」
「悪口を言っている意図はないけど、概ねその通りよ」
「……君って、こういうところは忖度の欠片もないのに」
ヴァルターは溜め息をついて椅子から立ち上がると、どこか読めない表情になってわたしに顔を近づけた。
「なのに、もういいっていうくらい同じことを謝ってきたり、よく分かんないな? ん?」
「な、何よ」
ここで引いたら何となく負けな気がする。表情を取り繕ってじっと端整な顔を見返すと、ヴァルターは薄く笑ってわたしに忠告した。
「正直で真っ直ぐなのは悪いことじゃないけど……20歳過ぎたら、そろそろ苦いことも覚えておくべきだな?」
わー、悪い顔……。陛下と同じ造作なのに、いつもより低い声と合わせると、全然違う印象になるのね……。
そんなことを思っていた次の瞬間、結構な勢いで耳にふっと息を吹き入れられて、油断していたわたしは反射的に悲鳴を上げてしまった。
「きゃっ!? な、何するの!」
「年上を敬わない年下に、お仕置きと教訓。パーティーの警護に就いたりする時は、酔っ払った貴族のおっさんなんかがもっと無体な行動に出てきたりすることもあるから、気を付けなよ。今みたいに油断しないように」
真っ赤になって耳を押さえるわたしをしたり顔で見やったヴァルターは、してやられて折れかけているわたしの心を更にへし折る予言を残した。
「あ、そうそう、酸いも甘いも噛み分けたオレから言わせると、イーファみたいな思い詰めるタイプは、相当な量の手紙を相当な回数寄越すと思うから、その気がないなら早めに対処した方がいいと思うよ」
「……! 対処したくたって、そうそう村へ帰る暇なんてないじゃない」
歯噛みしながら訴えると、彼は空々しく考える素振りを見せながらこう言った。
「今回クォルフの村へ同行して、その点はオレもちょっと反省したんだ。君に会いたがっている家族もいることだし、もう少しまとまった休みを取らせてあげないといけないなぁって。……でもなぁ、これはクリストハルトの予定にもよるところだからなぁ、オレの一存ではどうにも」
ぐぬぬぬ……!
そんな気、さらさらないクセに言ってるわね!? こんな仕返しをするなんて、何て大人げのない年上なの!
数日後―――ヴァルターの予言どおり、イーファから初めての、彼の熱い想いをしたためた分厚い手紙がわたしの元へと届いた。
するとそれを皮切りに、彼からの手紙はほぼ週一のペースで届くようになり、やがて、わたしの部屋の一角を占有していくほどの量になっていくのだった―――。
<完>
クォルフの村から王城へと戻った翌朝。
わたしはヴァルターのデスクの前に立ち、改めて彼に謝罪していた。
「もういいよ、帰りの馬上からずっと謝りっ放しじゃん。あれはリーフィのせいじゃないから」
「でも、結局わたしの父に押し切られる形で夕食を共にすることになってしまって、そのせいで時間が遅くなってしまったから、その日はそのままうちに泊まらざるを得なくなってしまったし……しかもアレスとセレアがあなたと一緒に寝るって言って聞かないから、結果、狭いところで雑魚寝させるみたいな形になってしまって」
何だか言葉にすればするほど、申し訳ない。
「アレスとセレアと一緒に寝れたの、オレは貴重な体験で楽しかったけど。セレア、初めはスゴく距離を置いていたのに、最終的には仲良くなってくれて嬉しかったな。可愛い二人に挟まれて寝るの、あったかくってふわふわして、少しくすぐったかったけど心地好かったよ」
もふもふ好きのヴァルターがそう言うなら、それはそれで良かったのかもしれないけど。
「リーフィのお父さんが仕留めてきた新鮮な肉を使ったお母さんの手料理も美味しかったし、久々に賑やかな食卓で、リーフィはこういう環境で育ってきたんだなって知るいい機会にもなったし、オレ的には悪くなかったよ」
「そう言ってくれると、救われるけど……帰城が一日遅くなって、陛下に咎められたりはしなかった?」
「ああ何だ、そこ気にしてたの? 交渉が上手くいかない場合もままあるから、元々二日程度の猶予は見てあったんだ。今回は薬の備蓄を確保する為でとりあえず現状の分は足りているし、多少の遅れは問題ない。それに」
ヴァルターは言葉を区切り、デスクからわたしを見上げた。
「そこはオレの裁量の問題であって、その結果をクリストハルトに何と言われようが、君が気に病むところじゃない」
しっかりと一線を引かれた。
それを感じ、わたしは素直に頷いた。
「……そうね。出過ぎたことを言ったわ」
ヴァルターはわたしの仕える主であって、同僚や友人じゃない。こんな心配はお門違いだった。
そう頭では分かっているのに、何となくそれに寂しさを感じてしまったのは、普段があまりに気さくな間柄だからだろうか。
「それとリーフィが一番気にかけているのは、イーファのことじゃない?」
うっ……。
「彼のオレに対するあの振り、意味深だったもんな? 一緒に食卓を囲んだ後もずっとオレと君のこと見ていたし」
図星を差されたわたしは、呻くように声を絞り出した。
「本当に……実はそれが一番申し訳なくて、心に引っ掛かっていて。シャイロンとフィリアも面白がっちゃって、わざと波風立てるような物言いするし……あなたは全く関係ないのに、本当に嫌な思いをさせてしまったなって」
「はは、あのくらい軽く受け流せる程度に年は経ているから、そこも別段気にしなくていいよ」
その言葉にホッとしながら、わたしは今まで何となく尋ねることのなかった彼の年齢について聞いてみた。
「ありがとう。そういえば今まで聞いたことなかったけど……ヴァルターはいくつなの?」
「今ここでそれを聞いてくるあたり、君のオレへの興味のなさが見て取れるよね……。24だよ」
「へえ。思っていたより若いのね、何となく二十代後半をイメージしていたわ」
「どういう意味かな?」
「別に見た目が老けているとかじゃなくて、酸いも甘いも全部噛み分けていそうな、そういう、色んな経験を経て矯正されてきたんだろうなっていう雰囲気が醸し出されているから」
「それは、主にヤンチャなことをたくさんやってきただろうっていう悪口だな?」
「悪口を言っている意図はないけど、概ねその通りよ」
「……君って、こういうところは忖度の欠片もないのに」
ヴァルターは溜め息をついて椅子から立ち上がると、どこか読めない表情になってわたしに顔を近づけた。
「なのに、もういいっていうくらい同じことを謝ってきたり、よく分かんないな? ん?」
「な、何よ」
ここで引いたら何となく負けな気がする。表情を取り繕ってじっと端整な顔を見返すと、ヴァルターは薄く笑ってわたしに忠告した。
「正直で真っ直ぐなのは悪いことじゃないけど……20歳過ぎたら、そろそろ苦いことも覚えておくべきだな?」
わー、悪い顔……。陛下と同じ造作なのに、いつもより低い声と合わせると、全然違う印象になるのね……。
そんなことを思っていた次の瞬間、結構な勢いで耳にふっと息を吹き入れられて、油断していたわたしは反射的に悲鳴を上げてしまった。
「きゃっ!? な、何するの!」
「年上を敬わない年下に、お仕置きと教訓。パーティーの警護に就いたりする時は、酔っ払った貴族のおっさんなんかがもっと無体な行動に出てきたりすることもあるから、気を付けなよ。今みたいに油断しないように」
真っ赤になって耳を押さえるわたしをしたり顔で見やったヴァルターは、してやられて折れかけているわたしの心を更にへし折る予言を残した。
「あ、そうそう、酸いも甘いも噛み分けたオレから言わせると、イーファみたいな思い詰めるタイプは、相当な量の手紙を相当な回数寄越すと思うから、その気がないなら早めに対処した方がいいと思うよ」
「……! 対処したくたって、そうそう村へ帰る暇なんてないじゃない」
歯噛みしながら訴えると、彼は空々しく考える素振りを見せながらこう言った。
「今回クォルフの村へ同行して、その点はオレもちょっと反省したんだ。君に会いたがっている家族もいることだし、もう少しまとまった休みを取らせてあげないといけないなぁって。……でもなぁ、これはクリストハルトの予定にもよるところだからなぁ、オレの一存ではどうにも」
ぐぬぬぬ……!
そんな気、さらさらないクセに言ってるわね!? こんな仕返しをするなんて、何て大人げのない年上なの!
数日後―――ヴァルターの予言どおり、イーファから初めての、彼の熱い想いをしたためた分厚い手紙がわたしの元へと届いた。
するとそれを皮切りに、彼からの手紙はほぼ週一のペースで届くようになり、やがて、わたしの部屋の一角を占有していくほどの量になっていくのだった―――。
<完>
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
悪役令嬢と氷の騎士兄弟
飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。
彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。
クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。
悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる