影王の専属人は、森のひと

藤原 秋

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SS 影王と専属人の日常

賑やかと騒がしいは紙一重

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「いや、リーフィが落ち込むことないと思うよ? だって別れてから七年もの間、普通の幼なじみとしての付き合いで関係が成立していたんでしょ? それなら意思は伝わっているものだとオレでも思うし、無理ないよ。だからほら、元気出して」

 イーファの薬草園からわたしの実家へと向かう道中、わたしはそんな感じでヴァルターに励まされながら茜色に染まり始めたクォルフの村を歩いていた。

 肩から掛けた道具袋には、イーファから分けてもらった薬草が入っている。

「無理よ……だってイーファ、スゴく傷付いていたもの。あんな顔、見たことない」
「イーファは七年間も禁欲出来る自制心の持ち主なんだから、精神力メンタル強いんじゃないかな。きっと立ち直りも早いよ」
「禁欲って……いやらしい言い方しないでよ」
「だって付き合うってそういうことじゃん? 13歳のリーフィはイーファにもっと積極的に来てほしかったんでしょ?」
「だから、いやらしい言い方しないで! わたしは手を繋いだり、ロマンチックなデートがしたかっただけなの!」
「はは、やっといつもの調子が出てきた」

 ヴァルターは朗らかに笑って、息巻くわたしの頭をぐりぐりと撫でた。

「そっちの方がまだいいよ。笑っているリーフィが一番だけどね」
「……もう」

 その笑顔に何だか毒気を抜かれてしまったわたしは、それを隠すようにぼさぼさにされた髪を整えた。

 結果論だけど、ヴァルターが付いて来てくれて良かった。一人だったらきっと、今以上に落ち込んでいたもの。

 ……悔しいから言わないけど。

 実家の前までやって来ると、ドアも窓も閉まっているにも関わらず、中から騒がしい声が聞こえてきた。

「賑やかだね」
「わたし、五人姉弟の長子なの。弟も妹もいるんだけど、下の二人はまだ幼くて……スゴくうるさいから、覚悟してね」
「ああ、そういえば家族構成にそうあったね。下の二人はいくつなの?」

 しれっと尋ねられて、個人情報をしっかり把握されていることに溜め息が漏れた。

「年子で、6歳の妹と5歳の弟なの。年が近いせいか張り合ってケンカしてばかりで……わたしとは年が離れているから慕ってくれて、可愛いんだけど」

 そう言いながら玄関のドアを開けると、さっそく妹のセレアが「お姉ちゃーん!」と叫びながら飛びついてきた。

「わっ、セレア! ただいま」
「足音で分かったよぉ! お姉ちゃん、お姉ちゃん、お帰りぃ!」

 興奮した面持ちでわたしに顔をこすりつけるセレアの背後から、末弟のアレスが負けじとわたしに飛びついてくる。

「久し振りぃ、お姉ちゃん! お帰りなさーい!」
「ちょっとアレス、邪魔! 最初はあたしの番なの!」
「そんなのずるい! ボクだってお姉ちゃんにハグしたいもん!」
「ちょ、ちょっと二人とも、いきなりケンカしないで。お客様がいるのに」
「えっ? お客様?」

 可愛い声をハモらせて、二人同時にわたしの背後のヴァルターに気が付いた弟妹は、対照的な反応を見せた。

「はっ、初めましてっ、ボク、アレスです」

 頬を染めて直立不動の姿勢で挨拶をしたアレスに対し、初対面の人に弱いセレアは一目散に、出迎えに来ていた母親の後ろに隠れ込んでしまった。

「あらあら、セレア。ダメでしょう、お客様に失礼ですよ。ちゃんと挨拶なさい。アレスはよく出来たわね」
「お母さん、ただいま。久し振りね、元気だった?」
「お帰りなさい、リーフィア。わたし達は見ての通りよ、あなたも元気だったみたいで良かった。村のみんなからあなたが帰ってきたと聞いて、今か今かと待っていたのよ。イーファの方の用は済んだの?」
「……うん」
「そう。そちらの素敵な方は?」

 視線を振られて、アレスにかがんで挨拶を返していたヴァルターが立ち上がり、こなれた所作で母親に自己紹介をする。

「初めまして、ヴァルと申します。リーフィアさんと同じ職場で働いていて、彼女にはいつもお世話になっています」
「あら、こちらこそ娘がいつもお世話になっております。背が高くて、貴公子然としていらっしゃる方ね」
「お上手ですね。素敵な女性にそう言われると、お世辞でも嬉しいです」
「ふふ、言われ慣れていらっしゃるのね。さあどうぞ、お入りになって」
「お邪魔します」

 何だか変な感じだわ……ヴァルターがお母さんと会話をしながら、アレスに手を引っ張られて家の中を歩いているなんて。

「お父さんは?」
「狩りに行っているわ。そろそろ戻ってくるんじゃないかと思うけど……今日はゆっくりしていけるの?」
「ううん、お茶だけ飲んだら暗くなる前に王城へ戻ろうと思って」
「まあ、残念ね。夕食を一緒に食べていけたら良かったのに」

 お茶の用意がされたダイニングテーブルに着いてそんな話をしていると、二階から慌ただしい音を立てて下りてきたもう二人の弟妹が、わたし達を見てこんな声を上げた。

「あっ、お姉が人間の男を連れて帰って来てる!」
「わーイケメンじゃん! 何か気品があってキラキラしてる! お城に勤めている男はやっぱり、雰囲気が違うね!」

 十代の二人は下の二人と違って、言うことが明け透けで、可愛げがない。

「あんた達、第一声がそれってどうなの!? アレスの方がキチンとしているわよ! まずはお客様にちゃんと挨拶しなさい!」
「うわ、出た! お姉の説教」
「やだー、本性出しちゃっていいの? イケメンに引かれちゃわない?」
「シャイロン、フィリア、怒るわよ」

 わたしの声が不穏な響きを帯びると、途端に口を閉じた二人は殊勝な面持ちでヴァルターに挨拶をした。

「はは、リーフィやっぱりお姉ちゃんなんだな。しかも結構怖いんだ。生真面目で何だかんだ面倒見良くて、頼ったり甘えたりするのは下手で、長女気質だなとは思っていたけれど、この目で見て改めて納得」

 なっ……そんな評価なの、わたし!?

「ヴァルさん、お姉と付き合ってるの? 口うるさいよ? オススメしないよ?」
「はいはーい! あたしの方がオススメですよ~! 16歳、どうですかぁー?」
「フィリアちゃん可愛いけど、ちょっと若すぎるかなー。お姉さんの反応も怖いし」
「ええー、何、やっぱりお姉と付き合ってるのー?」
「付き合ってない! 職場の上役!! あんた達いい加減にしなさい!」
「えー、上役!? いいなぁ~、こんなキラキラした上役がいたら毎日楽しそう~!」

 あああもうっ、うるさーい!

 この騒がしさ、忘れてた。我が家はいつもこんな感じだった。

 その時玄関の方からドアをノックする音が聞こえてきて、わたし達の騒がしい会話に微笑みながら耳を傾けていた母親が戸口に立った。

「あら、イーファ。どうしたの? ええ、いるけど……リーフィアに用?」

 えっ……イーファ!?

 わたしは思わずヴァルターと顔を見合わせて、席を立った。

「イーファ……」

 玄関まで出向くと、戸口に佇んだイーファの秀麗な顔には先程の別れ際の憂いはなく、静かな、けれどどこか強い決意を湛えたような表情になってわたしを見つめていた。

「……リーフィ、僕ね、あれから考えたんだ。それで……思ったことがあって。どうしても、君に伝えたくて」
「イーファ、ここじゃ何だから、場所を変えて話しましょう」

 イーファは昔から熱くなると周りが見えなくなってしまうところがある。嫌な予感を覚えたわたしは彼をそう促したのだけれど、案の定感情が昂っていたらしい彼はその場で話し始めてしまった。

「君に言われて、気が付いたんだ。全部、僕の独りよがりだったってこと―――。僕は、君のことが大切だから、大事にしたくて。下手に触れて、傷つけたくなくて……それで、付き合ってからもずっと、自分を律していた。だけどそれは僕の勝手な思い込みで、そこに君の意思はなかったんだよね。
好きだったから付き合ったはずなのに、恋人になったはずだったのに、僕は自分の思い込みを押し付けるばかりで、君が僕に何を求めているのか、どうしたいと考えているのか、そこをおざなりにしてしまった。僕達には、互いの気持ちを確かめ合う言葉のやり取りが圧倒的に足りなかったんだ。
そのことに、今更ながら気付いて―――僕は男としてリーフィにきちんと向き合っていなかったんだなって、振られても仕方がなかったんだって―――そう、理解した」

 決して大きな声ではなかったけれど、その内容は近くにいた母親にはもちろん、ダイニングで耳をそばだてていた弟妹達にもしっかりと聞かれてしまい、家の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「えー!? お姉、イーファと付き合ってたの!?」
「うっそ、いつから!? でもって振ったの!? ついさっき!?」
「何、何、どうしたのぉ!?」
「みんな何で騒いでいるのぉ!?」
「あら、まあ……」

 きゃー! 親弟妹おやきょうだいに聞かれるとか、いたたまれなさすぎる!

「イ、イーファ、こっちへ来て……!」

 たまりかねて外へ出ようとイーファの手を引っ張ると、逆に手を握り返されて、至近距離で熱く見つめられてしまった。

「でも僕はやっぱり、リーフィ、君が好きなんだ。君を諦めることなんて、僕には出来ない」

 きゃー! 待って、待ってイーファ!

「キャー! イーファ、スゴい! 振られてからの公開告白!!」
「うっわ、マジか。ハート強ぇ~」
「? イーファ、お姉ちゃんのこといつも好きだよねぇ?」
「ねー? いつも仲良しなのに今更ー?」
「あらあら、ふふ……」

 家族の好奇の視線が集まる中、完全に自分の世界に入ってしまっているイーファは、ためらいもなく想いの丈をわたしにぶつけた。

「僕に、もう一度チャンスをくれないか。僕は変わる、慢心しない、思っていることをきちんと言葉にして君に伝える。そして君の意見も聞いて、君と心から分かり合える存在になりたい。今度こそ、本当の意味での恋人になりたいんだ」
「イ、イーファ、気持ちは嬉しいけれど、わたし、もうあなたをそういう目では―――」
「今すぐに結論を出さないで、リーフィ。お願いだから、僕に少し時間をくれない? しばらく時間を置いて、これからの僕を見て、返事はそれからにしてもらえないかな……?」

 切実な光を切れ長の瞳に乗せて、イーファは精一杯の想いをぶつけてくる。

 ここまで言ってくれているイーファをみんなの目の前でこのまま振ってしまうのは、あまりにも忍びなさすぎた。

 幼なじみとして彼のことは好きだし、必要以上に傷付けたくない。わたしの心だって、ひどく痛むのだ。

 彼を恋人として好きになることはない、と自分の中でもう答えは出ているけれど、それはまた二人きりの、別の機会の時にしよう―――。

「……分かった」

 後ろめたい思いで返事を保留にすると、イーファの顔がパッと輝いて、家の中からは歓声が上がった。

「おおっ! とりあえず良かったなー、イーファ!」
「わー、頑張ったね! これからも頑張ってねー!」

 もうっ、あの子達、面白がって適当なことを……!

「ありがとう、リーフィ。王城に戻るとまたなかなか会えないかもしれないけど、その分、君に手紙を書くよ」
「……。うん……」

 あああ、良心が痛む……! ゴメンね、イーファ。

 彼の顔を直視出来ずうつむくわたしの前で、イーファは何を思ったのか、家の中にいるヴァルターへ唐突に声をかけた。

「……ねえヴァル、君は普段からこんなふうにリーフィと行動を共にしているの?」
「え? まあ……同じ職場だからね」
「……。ふーん」

 ……。……え? 終わり……?

 ちょっ、会話、そこで終わりなの!? ―――やだイーファ、何、その意味深な振り!?

 意味ありげな彼の言動に、面白そうな気配を察知したシャイロンとフィリアが耳をピンと立てて、ニヤニヤしながらこっちを見ている。

 もう、穴があったら入りたい! ヴァルターは何の関係もないのに……!

 そこへタイミング悪く狩りから帰ってきた父親が合流して、状況は更に混沌としたものになってしまった。

「おーい、帰ったぞぉ! リーフィアまだいたか、良かった良かった! 見ろ、大猟だぞ! オレの獲った新鮮な肉を食っていけ! んっ? イーファもいたのか、ちょうど良かった、お前も一緒に食っていけよ! でもって母ちゃんに肉持ってけ! はっはっは、お前はたくさん食ってもうちょっと筋肉つけねぇとな! おっ、客人かぁ? 何だか小綺麗な野郎だな! えっ、リーフィアの上役!?」

 ……。何だかもう……。騒がし過ぎて、ああ……一気に疲れてしまったわ……。

 怒涛のような展開に打ちのめされ、豪快な父親の勢いに流されるようにしてイーファと共にダイニングへと戻ったわたしの背を、ヴァルターが無言でぽんと叩いた。

 そこにさり気ない彼の思いやりを感じたわたしは、妙な騒ぎに巻き込んでしまったことへの罪悪感を覚えながら、そこでそれを口にするわけにもいかず、心の中でただ手を合わせて、彼に詫びることしか出来なかったのだった。



<完>
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