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しおりを挟む毎年春の終わりに、王城裏の王領地の森で狩猟祭が行われる。
国王は狩猟が好きだった。狩猟の時期は基本的に冬から春で、シーズンの最後を祭りで盛大に締め括るのだ。
四年前のその日。エルヴィアナはクラウスを庇い、魔獣の呪いを受けた。もっとも、クラウスはその事実を知らずにいるのだが。
(今年ももうそんな時期か)
今朝方届いた王家からの招待状を眺めながら、ため息を零す。それをそっと引き出しにしまい、部屋を出た。
厨房へ入り、エプロンを着けて髪を適当に束ね、お菓子作りを始めた。せっせと工程を重ねていく。誰もいない厨房で一人、タルト生地を麺棒で伸ばしながら遠い目をした。
(……わたしったら、何をしてるのかしら)
実は今日、クラウスが屋敷を訪れることになっている。しかも、エルヴィアナに会いたいという理由だけで。そしてエルヴィアナも、彼を喜ばせようとスイーツ作りに勤しんでるのだ。認めたくないが、もしかしたら少しだけ浮かれているかもしれない。
(早くお会いした――って、これじゃ舞い上がってるみたいじゃないの!)
ぶんぶんと顔を横に振って、逸る心を諌める。なんでもない日に会うのはいつぶりのことだろう。幼いとき、屋敷の中でかくれんぼをして叱られたり、一緒に絵を描いたり楽器を演奏したりした楽しい思い出が蘇り、自然と頬が緩む。やっぱりかなり浮かれている。
生地をタルト用の型に敷いて、フォークで空気穴を空けていく。焼き上がったタルトに、レアチーズとヨーグルトのムースを流し入れる。絞り袋で生クリームを絞っていき、最後にトッピングだ。
中央に丸いマスカットを一つ置いて、その周りを囲うように、半分にカットしたマスカットを並べていく。――ひとつの花を描くように。透明のジュレで艶出しをして、ブルーベリーとチャードルの葉を飾って完成だ。
(喜んでくれたらいいな)
◇◇◇
マスカットのタルトが完成してまもなく、クラウスが公爵邸に到着した。
エントランスで彼を出迎える。こちらの姿を見て開口一番、彼は言いかけた。
「エリィ、そのドレス――」
「い、言わないで!」
手をかざして言葉の続きを言わないように制する。――実は、クラウスの久々の訪問を聞いた侍女たちが身支度に気合いを入れまくったのだ。主にリジーが中心となって。
ドレスはクラウスの瞳を思わせる鮮やかなつつじ色で、ハーフアップに結った髪飾りもつつじの花。完全に「わたしはクラウス様のものです(テヘッ☆)」感が丸出しだ。
「おっしゃりたいことはよく分かってるから。みなまで言う必要はないわ」
腕を組みながら気まずそうに目を逸らす。声に出して指摘されたら、恥ずかしくて消えたくなってしまうだろう。
すると、クラウスがつかつかとこちらに歩んできて、両腕をエルヴィアナの首の後ろに回した。
「――首元が寂しいと思わないか?」
耳元で囁かれてびくっと肩を跳ねさせる。わずかでも身じろぎしたら肌が触れてしまいそうで、大人しくじっとして待つ。
「これで完璧だ」
満足気な顔をした彼が離れていく。首筋に触れる冷たい感触。視線を少し下に向ければ、ドレスによく合う綺麗なネックレスが輝いていて。
そういえば今日、リジーは頑としてネックレスを着けようとしなかった。クラウスからネックレスを贈られることも事前に知っていたかのような。まさかと思い振り返ると、リジーが決まりよく目配せしてきた。
やはり彼女は知っていたらしい。リジーとクラウスは、親指をぐっと立て合っている。"作戦成功"と言わんばかりに。一体いつの間に打ち合わせをしていたのだろうか。
「そのドレスは、君の侍女たちに協力してもらいながら仕立てさせたものだ。――今日の君は、頭の先からつま先まで全て俺だけのもののようだ。本当に綺麗だ。君はつつじの色が似合う」
「~~~~!?」
(言わないでって言ったのに!)
うっとりとした表情で賛辞を囁かれ、かあっと顔が熱くなる。彼の甘すぎる表情を見たくなくて俯いたら、首元に光るネックレスが目に入った。クラウスの所有物ということを主張するような輝きに目を眇める。
エルヴィアナは俯いたままネックレスを指先で弄び、小声でぼそぼそと呟いた。
「素敵な贈り物、ありがとう。……大事にするわ」
(きっと、一生)
"一生"という言葉だけ、重たい気がして喉元で留めておいた。この先ずっと宝物にするだろう。彼が自分のために選んでくれたのだと思うと、無意識に口角が上がってしまう。
クラウスは手で口元を覆い、目を見開いた。
「……そんな可愛い反応をされると、どうにかなりそうだ」
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