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 クラウスは咄嗟に、エルヴィアナにバルコニーに隠れるよう促した。エルヴィアナはカーテンの隙間から様子を覗き見ながら、耳を澄ませた。

(王女様は何をお考えなのかしら)

 ルーシェルは優美に微笑み、つかつかとクラウスの近くまで歩んだ。

「館の使用人にクラウス様がこちらにいらっしゃると伺ったのですが……。エルヴィアナさんは?」
「ここにはいない」
「そうですか。まぁ、あの方にはもうクラウス様に合わせる顔はないでしょうね」

 ルーシェルは、クラウスをうまく騙せたと勘違いしているようだった。自分が騙されているとは夢にも思っていないだろう。

「あなたにお伝えしたいことがありますの」

 彼女はクラウスの胸元に手を添えた。うっとりと目を細め、クラウスの顔を愛おしむように眺めた。

 そして、玲瓏と告げる。


「クラウス様。わたくしと結婚しましょう」


 一瞬、耳を疑った。仮にも婚約者がいる相手に求婚するだなんて、常識がない人だと。ルーシェルは切なげに目を伏せた。

「先程の騒動、気の毒でしたわね。まさかエルヴィアナさんが、第七王子まで篭絡していらしたなんて。わたくし、クラウス様が不憫でいても立ってもいられませんでしたの」

 クラウスはルーシェルの身体をそっと引き剥がした。彼女は面白くなさそうに顔をしかめた。

「あの方はクラウス様にはふさわしくありませんわ。わたくしと婚約し直せば、誰も文句は言わないでしょう。彼女の振る舞いは、婚約破棄に十分値します。――そうだ」

 ルーシェルは人差し指を唇の前に立てた。

「今日この夜会で――公開断罪する、というのはどうでしょうか」

 ルーシェルは、クラウスがエルヴィアナに冷めている思っているようだ。彼は、ルーシェルにずいと詰め寄り、表情ひとつ変えずに返す。

「殊勝なことだな」
「え……」
「同情で籍まで入れるというのか。君は」

 ルーシェルはしおらしげに上目遣いで頷いた。

「……はい。わたくしはクラウス様がお気の毒で……。だから力になりたいのです。でも同情だけでこのようなことを申し上げたのではありませんわ。もうお気づきでしょう? わたくしはあなたのことが好きなのです。ひと目見たときから……」
「俺は君を好きではない」

 そう言って、にべもなく斬り捨てる。嘲笑がクラウスの薄い唇を掠め、ルーシェルは萎縮して一歩後ずさる。

「あなたは演技の才能だけでなく、俺を怒らせる才能もお持ちのようだ」

 懐からエルヴィアナの作った飾り紐を取り出した。

「ルイス王子の所持していた飾り紐は、エルヴィアナの贈り物ではない。彼女は昔から器用だ。あのような粗末なものは作らない」
「…………」
「俺からもあなたに言いたいことがある。あなたが昔から飼っている白い獣を差し出してください」
「…………!」

 はっきりと告げるクラウス。ルーシェルはあからさまに青ざめて、目を泳がせた。

「知りま――せん。ニーニャはただの外来種のきつねで……。エルヴィアナさんの呪いとは無関係です!」
「エルヴィアナの呪い? そんなこと一言も言っていないが」
「…………っ」
「墓穴を掘りましたね」

 すると、客室の隣のサロンからもう一人男が現れた。爽やかな人好きのする美貌の彼は――ルイス第七王子。

「ルーシェル。その辺にしておけ」
「お兄……様」
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